神の子アーレア

 噴水広場の篝火明かりに照らし出されたのは、ガイウス皇太子の姿だった。

「ガイウス皇太子……?」

 カタラクタ帝国の皇太子に面識などない。

「えっ。覚えてらっしゃらないですか? ぼくですよ。ルキウス教授の最後の講義で、名誉あるクルミをいただいた」

「……? 〈再生の虚無数〉を答えた、彼か……?」

 ルキウスは記憶の講義室の学生と、目の前のガイウス皇太子を重ね合わせた。

 だが顔かたちよりも先に、声の記憶が確かに両名は同一人物だと告げていた。

「でも、まさか。帝国皇太子が留学しているとは教授会でも聞いていない」

「あれは留学ではなく潜入ですね」

 金髪碧眼のガイウス皇太子は大広間でずっと明朗快活な笑顔をみせていたように、ここでも楽しげな若者の顔をしていた。

「目的はルキウス教授の〈解析機械〉でした」

 そのとき草地の向こうの森が、いっせいに明るくなった。

 雷鳴とどろく瞬間の空のような真白い光が、森の木々のあいだを白々と照らし出していた。

「あれは……」

 明かりに浮かび上がったものにルキウスは目を見張った。

 鉄の枠組みに歯車と櫛歯とダイアルをつめこんだ機械仕掛けの箱型装置が、森の奥の奥の奥まで無数に置かれていた。

「そうですよ。あなたが構想し、制作をはじめた〈解析機械〉。あれはその完成形です。我がカタラクタ帝国の科学者を総動員し、糸目をつけない予算と人海戦術で、あっという間に完成させました。凄いでしょう、我がカタラクタ帝国は」

 とても自然な口ぶりでガイウス皇太子は自慢してみせた。

「というか、ぼくは凄いでしょう」

 ごくごく自然に自画自賛した。

「頭がいいのは自分だけだと思っていないでしょうね? 確かにあなたは天才でしょう。でも、それはあなたが学問の才能を伸ばすことを周囲が許し、環境を与えてくれたからです。ぼくはね、神童と呼ばれることもありましたが、もっと魅力的なのは〈完全無欠の帝国皇太子〉としての道だと思って」

 ルキウスはじろりとガイウス皇太子を振り返る。

「〈卑劣な泥棒の潜入工作員〉と二足のわらじで?」

「それもありますね。称号はまだまだいろいろ持っていますよ」

 ルキウスは〈水路塔〉を去るとき、あの学生なら〈解析機械〉の研究を引き継ぐ能力があるかもしれないと少しだけ考えないでもなかったことを思い出す。けれど、それはできないとも思っていた。もし引き継ぎの時間があっても、〈解析機械〉はやはり封印しただろう。――〈解析機械〉はルキウスのおもちゃだったから。

「自慢しにきてくれたなら悪いが、俺はもうあのおもちゃには興味ないんだ」

「そうですか? ではこれならどうでしょう」

 ガイウス皇太子の配下によって、アーレア王子が連れてこられた。

 薄紅色の夜会ドレスに真紅のマントを羽織らされ、目隠しをされた状態で。

「姉上っ!」

 飛びだしたソルティスをカタラクタ帝国の騎士たちが制止する。

「〈解析機械〉が完成形に近づくにつれ、素晴らしいことがわかってきました。この〈解析機械〉は、神々の暗号を解読する機能と同時に、我々の言葉を神々に伝えることを可能にする再暗号化の機能を持ちうると」

 ルキウスの表情が険しくなったのをみて、ガイウス皇太子は興が乗ってきたように笑みを深めた。

 配下が森から引きずってきた入力鍵盤の上に彼は片足をかけ、傍らには出力装置らしき鉄箱を置かせた。装置はすべて様々な金属素材の線でつながっている。

「神の子アーレア姫。我々の言葉をどうかお聞き届けください。――神々の血に覚醒せよ」

 ガイウス皇太子の言葉につづけて配下が出力装置から打ち出された神々の文字と数字の羅列を読み上げた。

 やめろ、とソルティスが叫ぶ。


「『……まだ……まだ早い……杯はまだ……』」


 澄んだ少女の声で、アーレア王子は人の言葉をしゃべった。

 目隠しを取り払わせると、ガイウス皇太子は満足げに頷く。

「反応していますね。成功のようだ」

 アーレア王子の両瞳に、ちりちりと燃えるような真紅の光がまたたいていた。

「どうやら彼女は本物のアーレア王子にして間違いなく狂王予定者のようですね。ド田舎の小国まできて偽者を連れて帰らされたら大恥なので、現地確認させてもらいました。ただでさえ、ややこしいしな。――神の子よ、今しばらく寝まれよ」


「『…………』」


 アーレア王子は糸の切れたようにカタラクタ帝国騎士の腕の中に崩れ落ちた。

「このまま暗号化の精度を上げていけば、我がカタラクタ帝国は狂王を制御して〈平和の神〉とすることができる。というわけです。おわかりいただけましたね。ありがとうございました。たっぷりと卒業演習もできましたし、これであなたは用済みです、ルキウス教授」

 帝国の騎士たちが一斉に抜刀した。

 ルキウスは目を細めてガイウス皇太子の理論のごまかしを指摘する

「〈平和の神〉=〈カタラクタ帝国の覇道の道具〉だろう。他国が〈解析機械〉を手に入れることのないように俺を殺しておくわけだからな」

 背後から大柄の騎士に頭を掴まれ、ルキウスは膝を折らされた。

 確かにここは因縁の場所だ。

 昔ここで自分が殺した刺客の男のように、首を落とされるわけだ――。


「…………ルキ……ウ…………」


 アーレア王子が倒れたまま苦しげに瞼を震わせた。

「斬首!」

 ヒュルヒュルヒュルと夜を切り裂き大斧が舞う。

 ズトン、と騎士の胸に斧がつきたつ。

 地響きが噴水盤のみなもを激しく揺らがせた。


「だっだっだーぁっ! 危機一髪でござったなルキウス殿」


 振り返ると畳んだテントや鍋を担いで撤収中の坊主たちが大集団で駆けてくる。

 先頭のフォルテースが騎士の胸から大斧を抜き、後続に号令をかけた。

「助太刀いたす!」


「「「 我ら〈聖徒教団〉! アーレア王太子殿下救出に助太刀いたす!!! 」」」


 地鳴りをたてて走りながら荷物を放りだし、彼らは肉用の手斧と包丁を手に手に帝国騎士たちに襲いかかった。

「フォルテース殿。助けてもらうのは三度目だ」

 ぜったいに敵には回したくない……と思いながら立って握手を交わしたルキウスに、フォルテースが豪快に言った。

「貸し借りは数えるものではござらぬぞ。だっだっだっだっだっ」

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