一夜の奇跡

 大広間に一歩入ると静寂の意味が感染した。

 みながソルティス王女の神々しい美しさに立ち竦んでいた。

 静けさをそっと割るように、音楽が流れはじめた。

 今宵を最後に旅立つソルティス王女が国王と別れの一曲を踊る慣例だが、国王は大戦の敗走時に負った怪我の後遺症で、踊りを楽しむことができない。

「兄の私が代わりを務めます」

 そして双子は踊りはじめた。

 神国ディウィフィリウスで双子の王子と王女がふたり揃って公の場に姿を現すことそのものが滅多にない。

 奇跡の一夜に王子と王女はいっそう華麗な魔法をかけてしまった。

 王子がエメラルドの剣ならば、王女はかぎりなく白に近い薄紅色の奔放な蝶だった。とどまることを知らぬステップで、剣と蝶とは絡み合い、追いかけ合い、じゃれ合い、睦み合い、天を翔けるように人々の目の前を流れていった。

 震えるほどの感動のために、誰も群舞の花として加わりに出ていこうとする者がいない。

 神々の羽のように舞いながらソルティス王女が参列者の中のルキウスをちらりと見た。

 ソルティス王女はアーレア王子に何事か囁いた。アーレア王子は小さく頷く。

 音楽が終わるころ、兄王子は大広間の中央に妹姫を残していった。

 王女がまっすぐにルキウスを見つめていた。

 薔薇色に輝く瞳で。


               ◇ ◇ ◇



 ガイウス皇太子のかたわらで、アーレア王太子が言う。

「彼は私たち兄妹の親友なのです。最後に挨拶を交わして去りたいと」

「ええ。彼のことは彼女がお手紙でよく話してくれました。幼少からの友は特別なものです。どうぞ思い残すことのないように」

 覇気に満ちた帝国皇太子は、心を潤わす宝物のような光景の連続に満足して笑っていた。

「いずれにしろ今宵が二人の最後の夜なのだから」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます