婚前晩餐会


 婚前晩餐会でのソルティス演じるアーレア王太子は完璧な王子だった。

 歴史と神秘と神の血筋を誇る神国ディウィフィリウスの年若き王太子として完璧に過ぎ、あれでは逆にカタラクタ帝国を始めとする七王国に不安を抱かせるのではないか、と心配する声さえ影で囁かれていたほどだ。

 アーレア王太子が立派な人物であればあるほど、狂王として立つときの聖徒どもの熱狂も凄まじいものとなるからだ。

 実のところルキウスだって、幼少のみぎりから折につけ疑ってきたことがある。アーレア王子は――只今行方不明中の本物のアーレア王子のことだが――、あの言動と奇行は全部わざと馬鹿を演じているだけなのではないか? 狂王予定者が凡愚と知られていれば味方を得られずに戦がなりたたないかもしれないし、暗殺の危険も減らすことができる……。

 ときどき疑いはするのだが、さりとてアーレア王子があのアーレア王子以外のものであったことなどなく、あるいはアーレア王子は本当に奇跡的な天然のバカなのかも知れず、結局ルキウスは、その答えは最後まで出ないのだろうと思っている。何をもって〈最後〉とするかといえば、腐れ縁の二人を死が別つまでである。

 クラウディウス家の両親とともに晩餐会用の衣装と支度馬車と従者がきて、ルキウスはクラウディウス家の新当主としての姿で婚前晩餐会に参列させられていた。生粋の武人の父が、死にかけのルキウスを休ませてくれるわけもないのである。

 参列者の前をアーレア王太子と進んでゆくカタラクタ帝国皇太子ガイウス・コルネリウス・カタラクトは短い金髪と深い碧眼の二十四歳の青年だが、すでにして覇者の風格にあふれていた。歩くだけで、人を見るだけで、話すだけで、英雄の気質が滲み出る。ああいうものを本当の覇者という。狂王などただの歴史の狂言回し(トリックスター)にすぎない。

 神々のいたずらな呪いに人生をのっとられたアーレア王子は哀れだ。


――それでも余が狂王の意識に呑まれたら、ルキウス、そのときは君が余を殺して


 〈神々の涙〉を前にしたアーレア王子の今にも壊れそうな表情を思い出して、いたたまれなくなり、ルキウスは談笑の場となった大広間を早々に抜けてバルコニーに出た。

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