御前会議

 国王執務室につながる議場広間では、遅めの朝議がはじまっていた。

「おお、クラウディウス公爵やないか。無事に回復したやんか。えかった、えかった」

 衛兵の制止を押しのけて踏み入ったルキウスに、国王陛下のおっとりした声がかかった。

 国王陛下は七十を越える高齢ながら、豊かな金髪を肩に流して薔薇色の瞳を瞬かせる華麗な初老男性の姿を保っておられる。しかし半世紀前に荒ぶる戦神として世界を破壊しつくした狂王の面影は今やなく、その中身は泡の抜けた炭酸水のごとき好々爺となっている。

「陛下。身なりも整えぬままご無礼いたします。至急ご報告したいことがあって参りました」

 王女の祝賀の日ゆえ、朝議の席には王妃も加わっていた。

「アーレアの行方の手がかりですか?」

 大戦後の国王はしばらく王都ディーウィで事実上の軟禁状態にあったため、結婚が遅かった。お二方の姿からはわからないことだが、王妃と国王とは三十歳以上も齢が離れている。

 七王国に挟まれた小さな公国からカタラクタ帝国皇帝の命令によって神秘的な敗戦国に嫁いだ若い王妃は、大国勢の思惑をよそに、今はすっかり神国ディウィフィリウスのがわの人間になっていた。対価として国王が全身ピンク色に染め上げられることにはなったけれども。

「これは両陛下とソルティス王女殿下に聞いていただきたい――」

「ああ可哀想なアーレア!」

 憔悴する王妃がハンカチを絞って泣き崩れた。

「王妃はん。今宵はカタラクタ帝国相手の祝い事も無事やりとげなあかん。アーレアは心配やけど、その麗しい瞳を泣き腫らすんは見つかったときにしとき」

 国王が王妃の肩を抱いてよしよしと力づける。

「しかし何ということでしょうな。よりによって帝国の皇太子が来る日にアーレア王太子がいないとなると、神国ディウィフィリウスの面目が立たない!」

 重臣の一人が苦境に弱りきった顔で叫んだとき。

「その点ならご心配は要りませんよ。父上。母上。大臣がた」

 凛としたその声に皆がふりむいた。

「アーレア王子?!」

 誰ともなく驚きの声が上がる。皆一様に同じ表情で〈彼〉を見ていた。

「いいえ、私はソルティスです」

 ひとまとめに結って垂らした金色の長髪。輝かしい薔薇色の瞳。神代の美貌。

 一寸の狂いもないアーレア王子の姿がそこにある。

 いや、背丈だけが違う、か……。

 十六歳と半分の若者らしい体を上品なエメラルド色の正装でつつんだソルティスが、堂々たるまなざしで一同を見渡した。

「今宵のアーレア王太子は私が演じます。進行上の問題はないはずです。まずアーレア王太子がカタラクタ帝国ガイウス皇太子を迎え、そして宴が進んだころ、満を持してソルティス王女が現われる。もともとそういう趣向でしたね? 神秘のソルティス姫が登場すれば御客人がたの視線は〈わたくし〉に集中するでしょう。大丈夫。この計画で行けますよ」

 生来の高貴さを漂わす落ち着いた自信に、一同は圧倒された。

「今宵の晩餐会行事は絶対に失敗が許されない。帝国人は、下手な言い繕いで騙されてくれるような方々ではありません。さきほど大臣が言ったとおり、アーレア王子の誘拐は我が神国ディウィフィリウスが失点することを狙った帝国の手の者の犯行という可能性もある。ゆえにこそ、ここは私に任せてくれませんか。今までずっと私は神国ディウィフィリウスのために何の役にもたてず、寝室で燻ってばかりいたのです。そして私は今日かぎり生まれた国を出てゆく身。せめて、最後となる今宵くらいは華をもたせてもらいたい」

 さらりと、ソルティス王子はルキウスを見返った。

「クラウディウス公爵。その体で立ち歩いて平気なのか?」

 血の気の足りた覇気を宿す薔薇色の瞳に、ひそかな愉悦をうかべてソルティスは問うた。

「それとも、あなたの数式でアーレア王子の居場所を割り出すことができた、とか?」

 ルキウスはまっすぐにソルティスの瞳を見て言った。

「いや。大きな計算間違いをしていたようです。殿下」

 勝ち誇る微笑みを口の端にのせてソルティスが頷く。

「そうか。じゃあ、ゆっくり頭と体を休めて、出直してくるといい」

 顔色が悪いよ、すぐに典医を呼ばせよう――。

 これみよがしに端正な気遣いをみせるソルティスの前で、本当にめまいに襲われた頭をふり、ルキウスは御前に深々と一礼して議場広間を退がった。

 ふらつきに耐えられず壁に倒れこんで、吐き気をこらえる。

 ソルティス演じるアーレア王子は皆の心をつかんだ。

 先手を取られた。

 廷臣としては若輩でたかが宮廷教師のルキウスは、王の子供に発言権で勝てない。

 ソルティスの立場なら、今すぐルキウスを捕らえることすら可能だ。

 アーレア王子誘拐現場の第一発見者はソルティス王女だからだ。どんな証言でも自由にできる……。

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