お・か・し

 マールム金行の前で馬を降りた二人の前を、反対側の道からやってきてすたすたと歩いてゆく者がいた。

 フードを深くかぶった黒装束の若者だった。

「スカラベ男……」

 眉をひそめたルキウスの視線の先でスカラベ男は剣を抜き、まっすぐ金行へと入っていった。

「わあ、気の合う人がいた~」

 腰ベルトから銃を抜いてアーレア王子があとにつづく。

「殿下!」

「おさない、かけない、しゃべらない! お・か・し、ですよ~皆さん、お・か・し、を守ってすみやかに金目のものをここへ出すぞよ~!」

 避難訓練が混じってるんだが。

「殿下、銃をしまってください……」

 カウンターの向こうですでに番頭の首を羽交いじめにして剣を突きたてているスカラベ男は救いようがないが、他人のフリをして逃げたい。

 というか、赤の他人であり、別件である。

 しかし行員はみな、手ぶらで年長のルキウスを強盗団の首領と判断し、怯えた顔でこちらを見ていた。

「クラウディウス公爵家の者だ。頭取を呼んでもらいたい」

 仕方がないので、大教室のざわつきを一瞬で静まらせる首席教授の声音を使い、ルキウスは行員たちを見渡して言った。

 奥のほうの机の下から、小太りの中年男性がずりずりと這って出てきた。

「は、はい、わたくしが、当行頭取でございますが」

 ダミ声の頭取は卑屈そうな表情をみせ、両手を擦り合わせる。

「こちらはアーレア王太子殿下だ。殿下がここへ来られた意味はわかるな?」

 わかるわけないのだが、という同情を心に隠してルキウスは最大限もっともらしく言った。

「はっ……ええと……ええ、まあ」

 わかるのかよ。

「あれでございますね。ソルティス王女殿下のお祝い事の件で、御用立てが御必要なのでございますね。それは何とも光栄なことでございます。どうぞ御幾らなりと申しつけいただければ、すぐに御用意いたしますですので」

 ソルティス王女殿下のお祝い事?

 ルキウスはアーレア王子に目で訊いた。何の事です?

「そうよ、そうそれ! あのね余の可愛い妹姫ソルティスが、お祝いに欲しいものがあるってゆーのだぞよ。そりゃもう、かわゆくおねだりされちゃってさ。なんだっけ、ダミダミの談合トウドリにプギャー五万遍ヒットやったぜー?」

「《神々の暗号鍵フィギュア5点セット純金製》」

 言い直したルキウスに、頭取が顔を明るませてポンと手を打つ。

「それならば当行に保管してございます。あいや、盗品の疑いがあるため鑑定中のいわくつき品でございまして、鑑定でクロという結果が出ましたら王都警備隊に届け出る予定のものなのですが……」

 ダミ声の頭取は都合のいい言い訳をすらすらと言った。

「余は金庫の中が見たい!」

「ご案内いたします……」

 ルキウスはスカラベ男に〈もうそいつは放してやれ〉と目で言った。

 スカラベ男は番頭を解放すると、地下室への階段を降りるアーレア王子一行のあとを音もなく着いてきた。

 そもそも金行に押し入って何をしようとしていたのだ、彼は。

 王子の行動の先回りか?

 王宮内の情報が、漏れている?

 情報といえば、もう一件……。

「王子、ソルティス王女殿下の件とは何ですか」

 アーレア王子の耳元で声をひそめてルキウスは訊いた。

「あールキウスはまだ知らなかったのね? ソルティスはね、近々カタラクタ帝国に輿入れするかもしれないの」

「輿入れ?」

 寝耳に水の話にルキウスは愕然とした。

「そんな馬鹿な。ソルティス王女殿下はお体が……」

「そうだけど、でもソルティスだって今日まで立派に生きているじゃない? 無理さえしなければ、あの子だって人生の経験を少しずつ積んでいけるのよ。体が弱いから国同士の決めた強引な結婚をさせるつもりは父上も母上もなかったけれど、このご縁は国同士の決めた強引なものじゃないし」

 たんたんたん、と軽快に階段を降りていきながらアーレア王子は柔らかな声で語った。

「カタラクタ帝国のガイウス皇太子はソルティスの文通相手の一人だったの。二人はまだ会ったことがないけれど、手紙のやりとりで想いを通じあわせていったわけよ。カタラクタ帝国は医療だって進んでいるし、お金持ちだし、あのソルティスが言葉だけで恋した相手なのだから、何も問題ないと思わない?」

 だがルキウスは、釈然としない思いでそれを聞いている。

「しかし国のことが無関係とは言えない」

 ――時がきたら、協力してくれますね?

 そう言ったソルティス王女の真摯な表情が脳裏によみがえった。

 あの言葉は、このことを指していたのだろうか。

 カタラクタ帝国に神国ディウィフィリウスの姫が嫁ぐとすれば、絶対に大きな意味が生まれる。人質という意味が。

 歴史的にも繰り返されてきた要求だ。

 聡明なソルティス王女が自分自身の価値に気づいていないはずはない。アーレア王女の双子の妹である彼女がカタラクタ帝国の人質になれば、世界はアーレア王子の理性に期待することができ、神国ディウィフィリウスへの恐怖も多少は和らぐ。それは神国ディウィフィリウス、ひいてはアーレア王子の益にもなる。

「王子、あなたはそれでいいんですか。ソルティス王女殿下はあなたのためにご自身という駒を動かそうとしているんです。でも彼女はあなたにとってかけがえのない半身でしょう」

「ルキウスは嫌なの?」

「すんなりとは納得できません。あなたが妹姫の自己犠牲を見過ごそうとしていることにも疑問をおぼえる」

「そう」

 問答のあいだアーレア王子は一度も背後のルキウスを振り返らなかった。

「アーレア王子。ソルティス王女殿下ときちんと話し合うべきです。でないと後悔――」

「貴様、いいかげんにしろ……!」

 とつぜん襟首を掴まれルキウスは石組みの壁に後頭部を叩きつけられた。

 そのまま首を締めあげるようにしてスカラベ男が怒りの気をぶつけてくる。いったい急にどうした。

「スカラベお前、俺の後頭部の価値がわかってるんだろうな」

「黙れ、ふざけるな! 何も知らないくせに偉そうな顔をするな! 残された最期の時間をせいいっぱい楽しもうとしている王子の気持ちがわからないか? わからないよな?! 何で貴様はいつも、昔から、何で貴様などが、何でっ、何をっ、何がっ、貴様は何なんだ……」

「何なんだはお前だよスカラベ」

 初歩の文法からやりなおしてこいと言いたい。

「貴様は何も知ろうとしない……! 姉上は……っ」

「姉? 誰の姉だ。……誰のことだ?」

 そのとき明かりのついた階段のいちばん下からアーレア王子の呼ばわる声がした。

「ちょっと男子ィ~。遅れないでよ真面目に強盗してっ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます