そういう問題じゃない

 翌日、出仕してすぐルキウスが恭しく献上した品に、アーレア王子は怪訝そうな目を落とした。

「ナニコレ」

 それはピンク色のフェルトでできた巾着で、掴むと砂のような重さの中身がくしゃりと崩れた。

「即席懐炉です。焼いた石よりゴロゴロしませんし、軽くて温かさの持ちがいい。布を巻いて腹に巻きつけるとよいですよ。中には鉄粉と、ヒル石の粉と、炭と、塩が入っています」

 用意していた洗面器からとりだして絞った海綿を、ルキウスは巾着の中に入れた。

「こうやって、水で軽く濡らした海綿をですね、中に入れて、しばらく揉んでみてください。すぐに鉄粉が酸化して発熱します」

「……」

「しかし必ず上から布を巻いて肌に当たる温度を調節しないと、低温でも長く当てていると火傷しますからそれだけは気をつけて」

「……」

「? どうかしましたか?」

 とつぜんアーレア王子は大きく振りかぶって即席懐炉の巾着を床に叩きつけた。

「そういう問題じゃないのよルキウス!」

「は?」

 唖然としてルキウスは訊き返す。

「ルキウスの馬鹿者!」

 アーレア王子は凄まじい形相で睨みつけた。その表情は凄絶なまでに美しく迫力があった。そして――。

 ルキウスは我が目を疑う。

「殿下……?」

 アーレア王子の薔薇色の瞳が、血に塗れたように紅く輝いていた。

 〈破壊神の紅〉――。

 まさか。

「殿下、落ち着きなさい。まさかこの程度の知恵で狂王化するなどありえない……」

 いや、一瞬うつむいて再び顔をあげたアーレア王子の瞳は、いつもの薔薇色だった。

 その顔はまだ怒っていたけれど。

「見間違いか……」

「もう今日は帰っていい!」

 アーレア王子は叫ぶように言って、自分から王子のサロンを出ていこうとした。……が、忘れ物をしたように戻ってきて床に落ちた即席懐炉の巾着を拾いあげ、呆然としているルキウスの前を駈け去っていった。

「……何なんだ」

 ルキウスは材料あつめと調合作業で寝不足の目をほそめて眉間を押さえ、たぶんさっきのは見間違いだよなと自分に向かって念を押した。

 アーレア王子が激昂した理由については深追いしないことにした。どうせバカ王子の考えることはルキウスには理解できないだろう。

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