襲撃

 〈絶唱酒場・肉肉亭〉を出ると、護衛隊が道に全員倒れていた。

「これは……?」

 まがりなりにも近衛の若手の精鋭が石畳に転がって……そこまで考えたところでルキウスはとっさに足元で呻く怪我人の手から剣を奪っていた。王子に合わせて庶民のボンボンを装っているため、帯刀していない。

 間髪を容れずに最初の一人が斬りかかってきた。

「どこの王都が、いたって平和だと?」

 相手は個性を殺した黒づくめ。剣の手応えは兵隊や騎士のものじゃない。

 暗殺者。

 視界に数えた数は十五人。どこの勢力の者たちだ?

 可能性のある相手を列挙するあいだにルキウスは三人を斬り伏せた。人を斬るのは初めてじゃない――。けれどもだいぶ久しぶりではある。

「いやあっ、ルッキーが……ルッキーが……っ! ルッキーが死んじゃう~っ」

 悲鳴にふりかえると、ぼて腹に三本の矢の刺さったウサギのぬいぐるみを抱いてアーレア王子が狂乱していた。どこかの屋根に射手がいる。ルキウスは背中にかばうアーレア王子を酒場の玄関扉とのあいだに挟み、飛びかかる刺客の首を正確に刎ねた。

 この扉の向こうにはすでに裏口から侵入した敵が待ち構えているかもしれず(ルキウスが敵ならそうする)、迂闊に店内へ逃げ込むことはできない。

 敵の手放した剣をルキウスは靴底で背後に蹴りおくる。

「殿下、剣をとりなさい」

「ルッキーが~~ルッキーがご臨終~~~」

「殿下。敵の数が多すぎる」

 戦力にならずとも自己防衛くらいはしてもらえないだろうか。

「鍛錬はなさっておられるのですよね?」

「してるけどぉ、好きじゃな~い~」

「ならばなぜ専属の騎士を任命しないんです。こういう時のためのものです」

「副官とかいらな~い。クラディウス家の次代は女公爵の予定だったし~」

「その嫌味っぽい口調は何なんですか」

「えっ、気のせいじゃない? ――きゃあっ」

 ドン、という音とともにアーレア王子がルキウスの背中にモフモフ兄弟ごとつんのめるようにぶつかってきた。

「ギュワっ」

 店内から押しあけられた玄関扉から何者かが飛びだしてくる。やはりか、とルキウスは息を吸った。反射神経が命運をわける――。

 ガツンと真っ向から噛みあった剣と剣に火花が散った。

 重い。

 競りあう剣が重い。ぎりぎりと軋む鋼の向こうに、暗色のフードを目深にかぶった長身の剣士の姿を見すえる。初手の剣筋といい、顔を隠したいでたちといい、この相手は他の暗殺者たちとはやや毛色が異なる。

 ……奴らの指揮者か?

「――っ」

 揺れたフードの陰から一瞬だけ覗いた顔にルキウスは息をのんだ。

 スカラベ。

 その男の顔にはエメラルド色の大きなスカラベが這っていた。緑と黒の色粉で描かれたスカラベが。

「クラウディウス公爵。邪魔だ、どけ」

 低い声が命じる。

 つい昨日帰ってきたばかりで名前と顔が知られているとは。よほど情報力に長けた組織か。それとも……。

 ルキウスは開きっぱなしの玄関扉の奥に目をはしらせる。

 酒場の中には暗殺者の骸が無数に転がっていた。

「俺のいないあいだに王都は怪人の巣窟になったらしいな」

 ギュインと音をたてて剣が弾かれた。

 反発したように離れた先で、左右から忍び寄っていた暗殺者の血しぶきが同時に吹きあがる。

 背中合わせに立ってルキウスとスカラベ男は残りの敵数を数えた。

「殿下、扉の陰で矢を避けててください」

 闇夜に剣戟を響かせて彼らふたりは暗殺者の群れを打ちのめしていった。

 弓弦のしなる音がした。ふりむくことなくルキウスは血に濡れた剣を投げ放つ。スカラベ男に向かって狙い落ちた矢が宙を舞う剣の回転にまきこまれて破砕した。

 礼を言うよりも先にスカラベ男は屋根の上を見定めて走りだした。

 射手を追うつもりだ。

 すれ違いざまスカラベ男は、血脂に鈍りかけた剣をルキウスに投げてよこした。地上の敵はあと二人。すでに腰の引けた残党はなまくらで充分だ。

「怪人に名前はあるのか?」

 貰った剣を構えながら、男の消えていこうとする路地に声を投げかける。

 すると男は建物の影の中で立ちどまった。

 腰に佩く二刀目の柄に手をかけ、フードの陰に横顔を隠して男は言った。

「王子を殺すのはこの者たちではない。お前だぞ、ルキウス・クラウディウス」

 謎めいた言葉とともに、どす黒い敵意を残して男は闇の奥に去った。

 声にこもった殺気をまともに食らってルキウスは首をすくめる。

――あいつは敵か、味方か?

 残党がルキウスの隙をついて向かってこようとしていた。けれどそれはルキウスがわざと見せた隙だ。

「ルキウス、もうよして。捕まえたりもしちゃだめ。拷問して取調べようとか思ってるかもしれないけどそれ凄くまずいから」

 残党の攻撃をあしらいながらルキウスはアーレア王子をふりかえった。

「敵の名前を知るとまずい? 外交問題になるからということですか。まるでこんなことが日常茶飯事みたいな言い方を――」

 扉の陰で、アーレア王子はとぼけるように口笛を吹いた。

 ルキウスは眉をひそめた。

 敵のひとりを剣圧で吹き飛ばし、すでに及び腰のもうひとりを睨みつける。そのまま、ゆっくりと剣を引いてルキウスはアーレア王子の元に歩みよった。

 意図を察した暗殺者の生き残りたちは互いに肩を貸しあって逃走をはじめる。

「まさか本当に日常茶飯事、よくあることだと言うんじゃないでしょうね。さっきのスカラベの剣士は何ですか?」

「うーん知らない。知らないけど、よく会うんだよね~」

 街でよく見かけるあいつ、みたいに言う。が、けっして平和な街角にひょっこり現れて大丈夫な風体の者ではない。

「アーレア王子」

 モフモフ兄弟に埋もれてしゃがんでいるアーレア王子に、ルキウスは厳しく問いただす。

 刃を伝う血糊を石畳に払い落として。

「こんなことが、何度目なんですか」

 ルッキー・モフモフ氏(故人)の両耳のあいだから上目遣いの瞳をのぞかせて、うしろめたそうにアーレア王子は答えた。

「余は両手以上の数は数えらんないのよルキウス!」

「危険がわかっているならどうして先にちゃんと言わないんですか」

 城内で話した侍従や女官たちも近衛隊も、ルキウスに何の警告もしてこなかった。いや今思えば、彼らは何か言いたそうな様子だった気もするのだが……。

「ゆったらルキウスはぜったい城下に降りるのを許してくれなくなるでしょう? 余はせんせと同じようにルキウスと街で遊びたかったのだもの。だから皆んなにもナイショにしてもらっ……」

 ルキウスの無表情をみてアーレア王子は口をつぐんだ。

「立ちなさい。帰りますよ」

「ちょっと待って。近衛隊の手当てが先よ。王都警備隊に手伝ってもらって城に連れて帰らなきゃ……」

「近衛隊は殿下を守りきることが仕事です。志願したわりに最低限の役割も果たせず、この者たちは訓練が足りないように思います。命に関わる状態の者もいますが放っておきなさい」

 〈肉肉亭〉の店の奥から、やれやれまたかという表情をした店主と歌姫カンティが、おっかなびっくり暗殺者たちの骸を跨いで出てくる。

 この店が襲撃されるのも初めてではないらしい。

 あとのことは彼らが適当に王都警備隊か自警団に対応するだろう。

 ルキウスはアーレア王子の手を無理やり掴んで、馬の係留場に向かって歩きだした。

「ま、待ってルキウス。彼らは余のために血を流しているのに、放り捨てていくなんていやだ!」

「珍しく正解を言うじゃないですか。そのとおり彼らは殿下のせいで死にかけています。あなたがとんでもなく愚かなせいで」

 足取りをもつれさせるアーレア王子をルキウスはふりかえらなかった。

 傷ついて言葉をなくしたその顔をみてしまったら、きっとまた――。

「これ以上、俺を苛立たせないでください。七年経ってもまだ俺は人間ができていない」

 そして七年前と違って、ルキウスにはもう――。

「こんな自分が嫌になったって、俺にはもう、逃げ場がないんですよ」

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