第81話
「えーっ、そんなことして本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫、絶対に乗ってくる。それにあいつは品のないことは言わんよ。」
「…わかりました。やってみます」
会社の前に着き、リムジンから降りようとする麻貴にトニーが声をかける。
「何とも自信の無い目つきをしておるな。これを掛けなさい」
トニーは、カルティエ(Cartier)のサングラスを麻貴に渡す。麻貴は、サングラスをかけ、一度大きく深呼吸すると、ビルに向かって歩き始めた。
『胸を張って、腰を振って、誰の制止にも妨げられず…』
トニーのアドバイスを何度も頭の中で復唱して、闊歩する。
「失礼ですが…」
受付の呼びかけも無視して、直接エレベーターに乗り込む。
ジョンのオフィスの階で降りると、通路の真ん中を進み始める。社員たちは、乱入してきたセクシーな東洋美女に特別なオーラを感じ、自然と道を開けた。
秘書が立ち上がり彼女の行く手を遮る間もなく、麻貴は、ジョンのオフィスのドアを勢いよく開けた。
『あちゃーっ…』
部屋の中では、ジョンが大勢のシニアマネージャー達を集めてのミーティングの真っ最中だった。サングラスをしていなければ、心の動揺が読まれてしまっていたかもしれない。ジョンを含めて、部屋の中の男性陣は一斉に麻貴を見た。
『何ものにも動じず、まっすぐ彼のところへ…』
心に言い聞かせて麻貴がジョンのところへ進む。
ジョンは、慌てて椅子から立ち上がろうとしたが、麻貴その肩を抑えまた座らせる。そして、驚く彼を横目にスラリと伸びた足を組み、彼の膝の上に座ったのだ。
男たち全員の目が、フランス製のル・ブルジェ(Le Bourget)のストッキングに包まれた麻貴の美しい足に釘付けになった。サングラス越しにジョンを覗き込みながら、麻貴が言った。
「あなたはビジネスマンでしょう。だから取引に来たわ。わたしのお願いを聞いてきてくれたら、あなたのお願いも一つ聞いてあげる」
シニアマネージャーが、一斉にジョンを見た。
ジョンは、初めて香港国際空港で麻貴を見た時から、すでに彼女の美しさに魅かれていたのに、こうしてフランスの香りに包まれて、エキゾチックな姿で迫られては、もう彼女の魅力の前に白旗を上げるしかない。
「わかりました。取引しましょう。ミス・マキ、私の願いは帰国を伸ばしていただくことと、一度正式なデートをしていただくことです」
「それって、ふたつのお願いよね」
「それに…」
ジョンは麻貴のサングラスをはずしながら言った。
「これからは、マキと呼ばせてもらいますよ」
「さすが優秀なビジネスマンね。交渉がお上手なこと」
シニアマネージャー達は、即刻解放されたことは言うまでもない。
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