第45話

 大学の近くの小さな食堂で、ドナは佑麻が3杯目のタプシログ(牛肉の甘みフライ&チャーハン&玉子)をたいらげるのを眺めていた。


 さっきから彼女は、本物の彼が目の前にいるという喜びで、こころが震えていた。彼に飛びつきたいほど嬉しいのだが、彼に悟られないように自分を押さえていた。佑麻は、口にタプシログを掻き込みながら、到着してドナに会うまでの悲惨な3日間を話したが、ここに来た理由をまだ聞いていない。


「ところで、何しにここへ来たの?」


 佑麻はスプーンの手を止めて、ストレートな質問をするドナをまじまじと見た。

 命を救ってくれたから文句も言えないけれど、そんな質問の前に再会のよろこびの言葉とか言うことがあるだろうに。


「大学の課題だよ。実験教育プログラムなんだ。」。

「ふーん?」

「『世界の都市から東京を考える』という課題で、自分はマニラの担当に割り振られたわけで…」

「それで?」

「だから…仕方なくここにやってきたわけさ」


 相変わらず佑麻は嘘が下手だなと、ドナは心の中でクスリと笑った。素直に私に会いたくて来たのだと言えばいいのに。


「それで、一文無しでこれからどうするの?」

「…ドナの家にしばらく泊めてもらえないかな?」


 ドナは彼にわからないように小さなガッツポーズをする。


「それでどれくらい居るつもり?」

「うーん…大学の休暇が終わる2カ月間ぐらい…」


ドナの心の中で歓喜の拍手が鳴り響いた。


「マムに頼んであげてもいいけど、うちのマムは厳しいわよ。何もしないで遊んでいるだけだったら家に入れてもらえないと思う。それでも良いの?」

「もちろんだよ」


 蚊に刺されながら大学の門の前で寝るのは、もうごめんだ。今の佑麻は、それが避けられるならどんな条件ものんだであろう。


 ドナは、大学の用事が済むまでここで待つように佑麻に言ったが、今までのサバイバルを考えるとドナと一秒たりとも離れるのが怖いと言ってきかない。この三日間でよほど打ちのめされたのだろう。仕方なく、ドナは佑麻を引き連れて大学校内へ。

 ゼミの先生との打合せの時も、講義の最中も、佑麻はドナのそばを離れない。日本人のPogi(イケメン男)にべったりくっつかれて歩くドナは、校内でたちまち注目の的となる。クラスメイトからはやしたてられ、はたまたゼミの先生からも、ドナの新しいペットかなどと皮肉を言われる始末。それでも誰も校内から佑麻を追い出そうとしないところが、この国のおおらかさでもある。


 佑麻は、ドナの家に向かうジプニーの中でも喋り通しだった。


「この国はなんでこうも道端で寝ている人が多いんだ。貧困というよりは、年中暖かいから家がなくとも生きていけるからかね。この国に雪が降ったら大変だ。きっと大勢死んじゃうと思うよ」

「しかし、街にゴミが多いよね。見ているとみんなゴミをポイ捨てなんだ。街にゴミ箱も見あたらないし。路上に捨てられたゴミはその後どうなっちゃうんだい。もっと市民のモラルを高めないといけないな」

「トイレに行きたくて、学校のを借りたんだけど、なんで紙がないの?バケツに水が張ってあるだけで、用を達した後どうするのかな。まさか、手で拭けなんてことないよね」


 佑麻は、三日間の都市観察で得た感想を一生懸命に語って聞かせていたが、たいしてドナの耳に入ってはいかなかった。

 ドナはただ目の前に実在する佑麻の、声や体温や香りを体感できることに酔っていた。

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