407 冒険者ギルドにて (1)
何故か、トーヤが強硬に単独行動を主張して出て行ったため、残った俺たちは二つに分かれて行動することになった。
ヴァルム・グレは比較的治安の良い町のようだが、来て早々、ハルカたち女性陣を単独行動させるのはさすがに不安。
なので、ハルカ、ナツキ、ユキは三人纏まって借りられる家を探しに行ってもらい、俺はミーティアの冒険者ギルドに行きたいという希望に付き合うことにした。
もちろんメアリも俺たちと一緒。
冒険者ギルドということを考えれば、トーヤも連れて行きたかったところだが……まぁ、大丈夫か。
時間的にもあまり冒険者は多くないだろうし、この世界の冒険者ギルドって、案外、規律正しいからな。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、宿を出た俺たちは冒険者ギルドにやってきたわけだが……。
「大きいな」
「はい。ラファン――いえ、ピニングと比べても、何倍も大きいです」
町の人に訊いて辿り着いた冒険者ギルドの建物は、ネーナス子爵領の領都であるピニングは言うに及ばず、これまで訪れた中で最も栄えていたクレヴィリーと比較してもずっと大きい。
間口だけでもラファンのギルドの数倍で、更には四階建て。
隣には塀で囲まれた訓練場らしき物があり、そこで冒険者が訓練しているところを見ると、おそらくはあれもギルド所有の物なのだろう。
「ギルドの活動が盛んなのか? 町が大きいことも要因だろうが……」
正確なところは判らないが、単純な人口比で考えると、差がありすぎるように思える。
冒険者が集まるダンジョン都市などであればそれも判らなくもないが、事前調査ではこの町の近くにダンジョンがあるという話はなかった。
「獣人が多いから、でしょうか? 冒険者に向いていますし」
「それは……あるかもな」
魔法は使えなくても獣人の多くは身体能力が高いし、そもそも人間もその大半は魔法を使えない。
つまり冒険者の多くを占める戦士系になるのなら、人間よりもかなり有利なのだから、冒険者の数が多くなるのも必然かもしれない。
ただしその分、競争も激しそうではあるが。
「仕事が多くあれば良いが……」
「楽しみなの! 早速入るの!」
「あ、ミー! 待って!」
大きな建物にも臆することなく、ミーティアは嬉しそうな笑みを浮かべて突入し、その後を慌てたようにメアリが追った。
俺もその後からギルドに入ってみれば、その中は思った以上に人が多かった。
ラファンなどであれば、今はほとんど冒険者がいない時間帯なのだが、ここヴァルム・グレでは違うようで、数十人の冒険者がカウンターや依頼を張ってある掲示板の辺りに屯している。
だがおそらくは、これでもこのギルドとしては少ない人数なのだろう。
カウンターの多くは空席になっていて、ギルド職員がいるのは三つのみ。
折角だから、可愛い獣耳の受付嬢とか期待したいところだが……残念。
二つの窓口は冒険者が前にいてよく見えないが、担当のいないカウンターに座っているのは、小柄な獣人のおじさんだ。
あれは何系の獣人なんだろうか?
頭の上に付いている耳は先端が丸くやや薄い。
熊、ではないよな。
トーヤでも連れてきて【鑑定】させれば判るのだろうが、俺の【看破】だと獣人ということしか判らないからなぁ。
まぁ、判ったところで、どうというわけでもないのだが。
目を転じて掲示板の方を見れば、そこにはラファンとはまったく異なる様子が広がる。
まずは掲示板の数。
ラファンでは一つしかないのに、ここでは複数、それも一つ一つの大きさがラファン以上である。
その上、すべてが埋まるほどではないものの、それぞれにある程度の数の依頼票が貼ってある。
これは……種類毎に分けられているのか。
町中での雑用依頼、採取依頼、護衛依頼、討伐依頼、その他。
掲示板の上にはそんなことが書いてあり、それぞれの掲示板の中でもおおよそ難易度毎に貼る場所が分けられていて判りやすい。
これなら字があまり読めない冒険者でも、依頼を選びやすいだろう。
メアリたちが今見ているのは……討伐依頼の掲示板か。
まぁ、お手軽に請けるなら、採取か討伐だよな。
町中の雑用なんかも、ものによってはお手軽だろうが、面白いかどうかは別だし。
取りあえずそちらはメアリたちに任せ、俺は採取依頼と……ついでに雑用も確認してみる。
家の片付け、清掃、倉庫整理……あまり目新しい物はないな。
今も残っているだけあって、いずれも報酬は安め。
今泊まっている宿だと一泊もできない程度であり、暇潰しで請けるとしてもこれはない。
体力は多少付くかもしれないが、これなら普通に筋トレをしていた方がマシ。
少し報酬が良い物としては、事務処理手伝いというのがあるな。
これは計算能力必須とあるので、そこが報酬に反映されているのだろう。
冒険者ギルドで募集しているところからして、おそらく求められるのは四則演算程度と思われるが、報酬額は肉体労働の一・五倍から二倍ぐらいで、かなり割が良い。
そっち方面の頭脳労働にはご無沙汰だし、久しぶりに頭を使うのも良いだろうか?
「こんな仕事がラファンでもあれば、最初はもうちょっと楽だったんだろうなぁ」
やはり都会故、だろうか。
このぐらいの報酬であれば、それなりにお金も貯められそうだし、木剣一本でタスク・ボアーに挑むことはなかっただろう。
「まさか、微積や三角関数を使って計算しろ、なんてことはないだろうし」
いや、それならそれで、対応はできるけどな?
俺たち、別に成績は悪くなかったし。
もしもこの辺りに転移していれば、しばらくは頭脳労働で生計を立てることになったかもしれない。
「……ま、仮定に意味はないか」
ナツキたちも一緒にいるならそれも良いが、そうでなかったなら、どちらにしろ探しに行くことになっただろうし。
「少し変わったところでは、調査依頼があるな――って、これって雑用か!?」
調査対象はユピクリスア帝国。
この国の仮想敵国……いや、一応は戦端を開いていたか。
完全に国境を封鎖してしまうほどではないようだが。
元の世界で喩えるなら、『戦争』ではなく『紛争』といったところか。
報酬は時価。情報の重要度や鮮度によって、適切な報酬が支払われるとあるが、ちょっと微妙だよな。
情報を渡した上で、相手が勝手に値付けをするんだから、安く買い叩かれる恐れもある。
上手く交渉するか、たまたま手に入れた情報を小遣い稼ぎに売るか。
情報を得るためにユピクリスア帝国に赴くのは、リスクが高すぎる。
イリアス様の護衛をした時には、あの国の軍人と思われる奴らに襲われたし、人ごとではないが、大半が人間でない俺たちが関わるのは悪手だろう。
「採取依頼の方は……やはり、見たことのない依頼も多いな」
植生の違いなどもあるのか、見慣れない素材の名前もちらほらと。
地元じゃない俺たちが手を出すには、ちょっと効率が悪そうだな。
「これは報酬が高い――『黒竜の骨』って、本気か?」
その額、一キロ当たり白金貨一〇枚。
俺たちのマイホームと同じぐらいの価値。
「高いことは間違いないが……危険度に見合わないよなぁ」
この世界の基本的な認識として、『竜と遭遇すること=死』である。
実際には、幸いなことに竜は魔物とは違うようで、不用意に攻撃を仕掛けたりしなければ襲われることはないらしいのだが、それを当てにして竜の生息地に死体を探しに行くなんてこと、危険すぎて誰もやらないだろう。
もちろん、多少腕が立つ程度では戦って斃すことなど、絶対に不可能。
なのでこの依頼は、積極的に探しに行くと言うよりも、偶然竜の死体や骨を見つけたら持ち込んで欲しい、と解するべきだろう。
「喩えるならば、宝くじに当たるような物か」
積極的に探すなんて割に合わない。
これが討伐依頼になっていないあたり、お察しである。
なので、黒竜の骨については頭の隅に留めておくだけにして、他に良さそうな依頼を探す。
高値で引き取ってもらえる素材の依頼はいくつもあるが……この辺りでの採取難易度が判らないと無意味だよなぁ。
俺も本で勉強はしているが、【鑑定】スキルのあるトーヤたちと違い、俺の場合は普通に暗記するしかないわけで。
一度採取したことがある物ならともかく、それ以外に関してはあまり覚えていない。
「どうするかは、メアリたちに決めさせるか」
半年程度なら、働かなくても暮らしていけるだけの資金的余裕はあるのだ。
報酬にこだわらずに依頼を選んでみるのも良いかもしれない――まぁ、俺たち、報酬額で依頼を選んだ記憶がない、というか、ほとんど依頼を請けていないのだが。
取りあえず、俺が興味を引かれる依頼をいくつかピックアップしていると――。
「ミーは、一人前の冒険者なの!」
突然ミーティアの強い声が耳に飛び込んできた。
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