第十三章 誰が為の……
406 ヴァルム・グレ
「オレの求める
道の真ん中で仁王立ちになり、そんな意味不明なことを呟く人を見かけた場合、どう対処するのが正しいのだろうか?
そっと目を逸らし、静かに立ち去る?
うん、とても正しい選択。
普通に選ぶならばそれだろう。
しかし、それが知り合いであったなら?
選べる選択肢はそう多くない。
そしてとても残念なことに、対象の頭上には見慣れた狼耳が屹立し、力強く振られている立派な尻尾も普段から目にしているもの。
――認めたくないことではあるが、その変人は誰あろうトーヤであった。
◇ ◇ ◇
何でトーヤがこんなことになっているのか。
それの説明には、まずは俺たちのいるここがどこなのか、それを語る必要があるだろう。
ヤスエの息子、アルの回復を見届けてケルグを発った俺たちは、川越え、山越え、谷を越え。
多少の紆余曲折がありながらも、俺たちは異世界を満喫しつつ旅を続け、一応の目的地、レーニアム王国有数の大都市ヴァルム・グレまで辿り着いていた。
何故目的地としてこの都市を選んだのか。
実のところ、それにさほど深い意味があるわけではない。
一つ目の理由は、大都市だから。
短期間ならともかく、ある程度の間滞在するなら宿泊場所の確保や、住民の閉鎖性などの面から、小さな町よりも大きな町の方が都合が良いし、おそらくは余暇の充実という面でも優れている。
普段から田舎を満喫している俺たちが、更に田舎で一体何をしろと? ってなもんである。
都会という点では以前訪れたクレヴィリーも良かったのだが、領主の人柄的に、あまり長期滞在したいような町ではなかったため、候補地からは除外。
特に俺とハルカは、僅かなりとも顔が知られているので、平穏に過ごすことを望むならば避けるべきだろう。
二つ目の理由は、マーモント侯爵の治める領地だから。
以前、イリアス様の護衛をした際に面識を得た、熊の獣人の御仁である。
この国に於ける生活のしやすさは、その地を治める領主によってかなり変わる――らしい。
俺たちはネーナス子爵領を除けば、ダイアス男爵領ぐらいしか訪れていないため、やや実感に乏しいところはあるが、あそこで見た光景を考えれば、それは正しいのだろう。
そもそも一つの王国であっても、それぞれの領地を治める領主の権限はかなり強い。
国王に逆らわなければ、司法、立法、行政のすべての権限が領主に集中し、何をするのも自由。
半ば別の国のようなものなのだから、暮らしやすさに差が出るのも当然だろう。
その点、あの時に見たランバー・マーモント侯爵の人柄は好感が持てるものであり、彼の領地であれば安心して暮らせそう、と考えるに足るものであった。
そして三つ目の理由。
ある意味、この町を選んだ最大の理由であり、トーヤが強く薦めた――いや、薦めたと言う言葉では生ぬるいな。かなり強硬に駄々を捏ねまくった原因。
それは、この領地の住人の大半が獣人であること。
それ以上でも、それ以下でもなく、それがトーヤが来たがった理由。
そしてそれが原因故に、冒頭のようなことになったわけである。
「むー。ミーとお姉ちゃんにも、お耳は付いているの」
「ミーティアは可愛いぞ? もちろん、メアリもな」
「あ、ありがとうございます……」
ミーティアの頭を撫でつつそう言えば、ぷっくりと膨らんでいたその頬が「にゅふふ」と緩み、メアリも少し恥ずかしそうにはにかむ。
「けど、それはそれ。これはこれ、なんだろ」
微妙に表現は悪いが、猫を飼っている人でも、猫カフェには興味がある。
そんな感じだろうか?
それに、人間は慣れる生き物である。
メアリ、ミーティアと一緒に暮らして一年以上。
今の俺にとって獣耳は、『魅力度補正 +五%』と言ったところ。
トーヤの場合?
トーヤの場合は、精神力抵抗に失敗すると『状態異常・魅了(獣耳)』ぐらいか?
当然、今のトーヤは思いっきり失敗している。
「で、どうするよ?」
正直、他人の振りをして立ち去りたかったが、それでもトーヤは幼なじみであり、苦楽をともにした仲。放り出すのは薄情である。
トーヤに対しても、そしてそんなものを放り出される町の人に対しても。
「……『
「いや、狂ってはないからな? アレでも平常運転だからな? ――残念なことに」
「平常運転でも、正常運転かはびみょーだよねー」
なかなかに酷い言葉。
否定はできないが。
「『
「取りあえず使ってみましょ。悪影響はないはずだから。――『
ハルカが魔法を掛けると同時に、『しゅう~~』と垂れ下がるトーヤの尻尾。
そして、その表情が『無』とでもいうようなものになる。
「トーヤ、落ち着いたか?」
「……あぁ、何というか、賢者タイム?」
いや、それはたぶん違うと思う。
だが、敢えて指摘はすまい。面倒なので。
「落ち着いたのなら、さっさと行くぞ。こんな所に立ち止まっていたら邪魔だ」
「そうだな。すぐにこの町を離れるわけじゃない。まだまだ十分に、堪能する時間はあるよな!」
などと言っている間にも、トーヤの尻尾の角度が段々と回復してくる。
って、短いな、オイ!
俺は慌てて、トーヤの背中を押す。
「あー、そうだな、そうだな。だがトーヤ、Yes,
容姿を褒めてもセクハラ、服装を褒めてもセクハラ、とか、そんな微妙なものじゃなく、普通にダメな行為である。
「いや、
「はいはい、行くぞ~」
何だか危ないことを口走りかけるトーヤの口を塞ぎ、俺たちは急いでその場を離れたのだった。
◇ ◇ ◇
さて、町の入り口からは離れた俺たちだったが、それですんなりと終わるほど、トーヤは甘くなかった。
なんと言っても、歩いている人の九割以上が獣人。
その人種も様々で、トーヤの足が頻繁に止まるのも、宜なるかな。
そんな彼を追い立てつつ、宿を探した俺たちは、中級程度の宿を見つけて一泊し、翌日の朝食後に、全員で集まって話し合いをしていた。
「取りあえず、今後の予定を決めておくか。基本的には自由行動になると思うが……」
今回の俺たちの目的は、ラファンをしばらく離れること。
行き先としてこの町を選んだことに理由はあるが、目的があったわけではない。
だから、この町でしなければいけないことも、特にないわけで。
どうしたものかと見回せば、即座に手を挙げたのはトーヤだった。
「観光! オレは観光がしたい!」
「トーヤ、その観光対象に、人は入っていないだろうな?」
「うっ……」
言葉の裏に含まれる意味合いを感じ取り、俺がジト目を向ければ、トーヤは言葉に詰まった。
「いや、その――風景を見ていたら目に入るのは仕方ないよな?」
「なくねぇよ! 確実に不審人物になるだろうが!」
例えば観光地で、雄大な景色を何時間も眺めるのであれば、『ちょっと変わった人』ぐらいで済むだろう。
キャンバスと絵筆でも持っていれば完璧。
不審に思う人はおそらくいない。
だが、なんでもない町中で、何時間も道行く人を眺めていればどうだろうか?
しかもトーヤの場合、確実に特定の人物(おそらくは可愛い女の子)を凝視するだろうから、多少の小道具ぐらいでは誤魔化せない。
きっと通報待ったなし。
最高のセキュリティを完備した部屋で一泊、程度で済めばまだマシ。
下手をすれば、強制的に連泊、罰金、追放のオプションまで付いてきかねない。
「さりげなく見ているつもりでも、異性の視線って、結構判るものだからねぇ」
「えぇ、不快な視線だと、特に」
呆れたようなユキとハルカの言葉に、トーヤは『ふむ』と頷く。
「そうか……。つまり、【隠形】スキルのレベルアップに励めってことだな!!」
「違うわ! やるな、と言っているんだ!」
もしくは素直に娼館に行け。
この町なら、普通に獣人がいるはずだから。
――さすがにハルカたちがいる前では言えないが。
「まずは、どれぐらいの間滞在するか、考えませんか? 長期滞在するなら、家を借りることも考えた方が良いと思いますし」
「そうよね。無尽蔵にお金があるわけじゃないし」
今の俺たちはそれなりにお金を持っているが、今回泊まった中級程度の宿屋でも、何ヶ月も泊まり続けると負担は大きい。
かといって、マイホームの快適さに慣れた今の俺たちからすれば、安宿に泊まるのはさすがに避けたい。
コストと快適さのバランスを考えるなら、家を借りるのは良い選択肢だろう。
借家なら料理もできて、ハルカたちが作る美味しい物が食べられるしな。
「滞在期間は最低でも二、三ヶ月。長ければ半年ぐらいか?」
「ダンジョンを強引に買い取ろうとする人たちが、どれぐらいで諦めるか、よね」
避暑のダンジョン自体は、所有したとしてもそこまで儲かるダンジョンではない。
場所が悪いことに加え、得られる物もとんでもなく高価というわけではなく、仮に公開したとしても、探索に入ろうとする冒険者はほとんどいない――いや、実力的にラファンの冒険者が近付けないことを考えれば、わざわざ他の町から来て入ろうとする冒険者は皆無だろう。
塩に関しても、それは国の戦略的な価値であり、事業化して儲けられるような商業的な価値は低い。
まぁ、一部貴族からすれば、その『戦略的価値』こそが重要なのかもしれないが、そんな権力闘争的なものに俺たちのような一般人を巻き込んで欲しくはない。
「ま、そのへんは臨機応変でいきましょ。基本的には各自自由行動。何かあれば、報告、連絡、相談。ホウレンソウを忘れずに。そんな感じでね」
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