389 お仕事のお誘い (6)

 俺の手から噴き出した炎が、巨大なペトシーの身体を舐めていく。

 少しの煙とパチパチという音をたてながら、目に見えて粘液が消えていく。

「お、効果あるじゃん! よっしゃ、ナオ、頑張れ!」

「まぁ、頑張るが……」

 しかし、デカい。

 その上、一瞬だけ炎を噴射するのではなく、継続的に出し続けるのは、地味に辛い。

「ユキにいて欲しかった」

 思わず漏れた愚痴に、トーヤがニヤリと笑う。

「おっ。浮気か? ハルカには秘密にしておこうか?」

「ナオ、恋人がいるっすか? 羨ましいっす!」

「違うわっ! いや、恋人がいるのは違わないが……」

 言葉を濁した俺に、フレディとサイラスは、笑顔でウムウムと頷く。

「大切にするっすよ。冒険者と付き合ってくれる娘は貴重っすから」

「だよなぁ。金がある冒険者なら、一夜の恋人には困らねぇんだが、本気で付き合ってくれる相手っつうのはなぁ……」

「厳しいっすよね、サイラスさん。告白しても、『まともな職に就いてから言え』ってフラれるっす! ちょっと腕が立つぐらいじゃ、対象外になるっす!」

 悲しい思い出でもあるのか、サイラスは涙を堪えるように空を見上げた。

「せ、世知辛い……。もしかしてオレ、当分結婚できねぇ?」

「安心しろ、トーヤ。大丈夫だ」

 笑顔で肩に手を置いたサイラスに、トーヤは救われたような顔を向けた。

「希望はあるか?」

「男は引退してからでも結婚できる」

「それは当分先ってことだよ!」

「ちなみに俺は半引退で多少は蓄えもあるが、結婚できていない」

「更に安心できねぇ!?」

「大丈夫なの、トーヤお兄ちゃん。そのときは、ミーが結婚してあげるの!」

 冒険者になって自信を付けてきたのか、『養って』もらう対象から、『結婚してあげる』相手にクラスチェンジを果たしたらしいミーティアは、笑顔でポンと自分の胸を叩いた。

 だが、言われたトーヤの方は半笑いで首を振る。

「すまん。年齢的にミーティアは対象外だ。せめて揺れるぐらいにはなってくれ」

「酷いの!? ミーはこれから成長するの!」

 トーヤは『何が』とは言わなかったが、その視線から言いたいことを理解したらしく、ミーティアがトーヤに食ってかかる。

「いや、どうだろ。ミーティアは可愛いが、成長するかは……」

 ミーティアの頭を押さえつつ、トーヤがチラリと視線を向けたのは、ミーティアの後ろに立っているメアリだった。

「トーヤさん……」

 当然、視線を向けられた方はそれに気付き、文句こそ言わないが、明らかに不満そうな表情になる。

 そんなメアリを庇うかのように、ミーティアがずずいっとトーヤに迫る。

「トーヤお兄ちゃん、それは『せくはら』なの。謝罪と賠償を要求するの!」

「おぉ、ミーティア。難しい言葉を覚えたな。ハルカたちに教えてもらったのか? だが残念。お前たちはまだ、性的云々言うのは早いぞ~?」

 ミーティアの頭を撫でながら、揶揄うように言うトーヤに、ミーティアの頬が膨らむ。

「むぅ……。えっと、えっと……それなら『もらはら』なの! 謝罪と賠償を要求するの!」

「ぐっ。そ、それは……ハルカたち、いらん言葉ばかり教えやがって」

 セクシャルハラスメント――つまり、性的な嫌がらせには該当しないとは強弁できても、モラルに反すると言われてしまっては、トーヤとしても返答に困ってしまうだろう。

 実際、身体的特徴を揶揄したのは間違いないだけに。

 俺としては、まだ十になったばかりのメアリに対し、女性的身体の発育を云々すること自体無意味だと思うし、気にすることでもないと思うのだが、少なくとも今の段階に於いては、メアリに女性らしいプロポーションの良さは皆無である。

 そもそも、俺たちが引き取るまで、あまり良い食事をしていなかったらしい二人だけに、身体の成長は遅れ気味。

 一緒に生活するようになって以降は、好きなだけ肉を食べさせているし、身体も動かすようになった影響か、ぐんぐんと成長し、体力も大幅についた二人ではあるが、それでも女らしくなったとは言いづらい。

 トーヤも、被保護者として可愛がりはしても、恋人や結婚相手としては考えにくいようで、完全に子供の扱い。

 まぁ、あと一〇年も経てば、この世界では全然問題ない――どころか、少し遅いぐらいの年齢になるので、トーヤを除く俺たちの間では、その頃まではのんびり見守るというコンセンサスができている。

 最初、ミーティアが養ってもらう気満々だったので、ちょっと煽ってみたものの――なんというか、思ったよりもトーヤがまともだったので。

 トーヤのことだから、『ウホ! 獣耳。嫁さん。ウホ!』と暴走するかも、と俺たちが思っていたのは内緒である。

「――つか、お前ら、無駄話してるなら手伝え!」

「す、すみません」

「何すれば良いの?」

「いや、オレは魔法使えねぇし?」

「俺もっす! それはナオにしかできないことっす!」

「同じく。適材適所だな」

 素直なメアリたちと違って、飄々と応えるサイラスたちの様子に俺は拳を握りつつ、ペトシーを指さす。

「適材適所には同意する。だから、ひっくり返せ」

 上側は炙り終わったが、ペトシーの腹側、地面に着いている部分については、このままでは炙れない。

 俺でもちょっとずつ転がすことはできるだろうが、明らかに効率が悪い。

 体力自慢に働いてもらうべき。

「へーい。……お、滑らねぇ。サイラス、フレディ、一気に転がすぞ」

「おう。そいじゃ、フレディはそっちな」

「了解っす!」

 言えばすぐに動く。それは評価すべきだろう。

 トーヤたちがペトシーの胴体に足を掛け、ぐいっと押すと、ペトシーの身体はゴロリと転がり、腹側を見せる。

 俺はラストスパートと、そこに向かって炎の威力を強めた。


    ◇    ◇    ◇


「やっと、終わった……」

「ナオさん、お疲れ様でした」

「ホントにな。後処理の面倒くささでは、過去随一じゃないか?」

 時間がかかるという意味ではエルダー・トレントなんかもそうだが、あれは全員でやったし、魔力をずっと消費し続けるような作業ではなかった。

 他の人が暢気に話している中、俺だけ苦労しているというのは、なんというか、地味にしんどい。

「でも、ナオのおかげで、こうしてまともに触れるようになったな。なんか香ばしい匂いもしているし」

「火加減、適当だったからな」

 粘液だけを焼き払う、なんて繊細なことができるはずもなく――いや、頑張ればできたかもしれないが、やる意味も見いだせず適当に炙ったものだから、表面の皮の一部は炭化し、あたりには少し香ばしい匂いが漂っていた。

「サイラス、これって食えるのか?」

 食えないのなら持ち帰るまでもなく、この場でバラして埋めていくという重労働が追加されるのだが、幸いなことにサイラスの返答は、肯定だった。

「モンスター・イール自体は食えるぞ? 小骨が多くて、あんまり好まれないが」

「でも、すっごく、食べ応えがありそうなの!」

「う~ん、ここまで大きいと、かなり大味なんじゃないか?」

 いや、巨大生物でも美味い物もいるから、必ずしもそうとは言えないか。

 野菜や果物なんかだと、大きく育ってしまうと美味しくなくなったりするが。

「もし大味でも良いの。お腹いっぱいは正義なの! それに、お姉ちゃんたちなら、大抵の物は美味しくしてくれるの!」

「なるほど、正論だな」

 ハルカたちの【調理】スキルは伊達じゃない。

 そのことは俺も、この一年あまりで良く実感している。

「それじゃ、解体すっか。ギルドに持ち込めば売れるよな?」

「このサイズなら、小骨も大骨になってそうだし、切り身としては売れるんじゃないか? 取り分は等分で良いか?」

「良いと思うの。それでもたくさん、食べられるの」

 等分しても、一人当たり三メートルを超えるわけで。

 仮に毎日食べたとしても、優に一〇年以上は食べ続けられるだろう。

 食べ続けたいとは思わないし、そんなに長期間保存することも、普通は難しいのだが。

「良いんすか? 俺、あんまり役に立ってないっすけど」

「構わねぇだろ。この程度でケチ臭いことを言うほど、俺もナオたちも金に困ってねぇだろ」

「助かるっす。――あ、運搬も頼めたりするっすか?」

「せざるを得ないだろうな」

 荷車を借りて戻ってくるという手もあるが、俺たちだけでさっさと帰って、フレディとサイラスは頑張れ、というのは、あまりに薄情すぎるだろう。

 それに時間的にも日暮れが近いし、さっさと帰って休みたい。

「つーことで、切り分けていくか」

「了解。手早くやっていくぞ」

 俺とトーヤは大物用の解体用ナイフを取り出すと、それをペトシーに突き立てた。

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