369 マークス無双 (4)

「ミスリルって、どれぐらい集めれば、武器を作れるのかな?」

「そうだなぁ、含有量をどれぐらいにするかによるが、一般的な片手剣なら一〇〇万レア分のミスリルがあれば、ギリギリミスリルの剣と名乗れるだろうな」

「あれ……? その程度なの?」

 予想外に安いと思ったのか、ユキが不思議そうな表情になる。

「一応はな。もっとも、効果を実感するなら五〇〇万レアは欲しい。これで一割になるかどうかの含有率だが、魔鉄と組み合わせればそれなりの品質の物ができるはずだ」

 決して安くはないが、五〇〇万レアなら、今の俺たちでも払えなくもない。

 他のメンバーの装備とのバランスを考えると、共有資産で支払うには高いが、それこそエルダー・トレントが上手く売れれば、個人資産だけでもなんとかなる額。

 トーヤが個人的に買うのなら、是非応援したい。

「金額的にはな。だが、なかなか集まらないんだよ、ミスリルは」

 常に品薄で流通量が少ない上、販売されてもすぐに買われてしまう。

 俺が先日購入した指輪にもミスリルは含まれているが、せいぜい数グラム程度。

 それぐらいなら手に入っても、纏まった量を購入するのは難しいらしい。

「やっぱり、武器に使うから?」

「それもあるが、資産としても人気があるんだよ、ミスリルは。嵩張らない上に、換金性も悪くないからな」

 俺たちが普段よく使う金貨の上には、大金貨、白金貨があり、白金貨で一〇万レアの価値がある。

 この白金貨とミスリル、どちらが体積あたりの価値が高いかといえば、一応は白金貨なのだが、実のところ白金貨の使い勝手は、非常に悪い。

 屋台などは当然として、店舗を構えている少し大きめの店でも、まず受け取ってもらえない。

 大きな町であれば両替も可能だが、当然のように手数料を取られてしまう。

 それに対しミスリルは、ある程度の町であればほぼ確実に換金が可能で、白金貨と違い、一部を削って売ることもできる。

 更に、稀少ではあるがまったく手に入らないというほどではないし、宝石ほどには目利きも必要ない。

 正に金の上位互換のような代物である。

「ついでに言っておくと、ミスリルを用意できても、それを武器に加工できる鍛冶師は少ないぞ? 仕事も詰まっているから、時間もかかる。トータルでは、最低でも一千万レア以上は必要になると思った方が良いな」

「原料があっても制作費用が必要か。簡単にはいかねぇなぁ……」

 マークスさんの言う現実に、トーヤは残念そうにため息をつく。

 ミスリル集めにかかる年月と、鍛冶師の予約待ち。

 下手したら入手できるのは、引退間近になるんじゃないだろうか?

 マークスさんも、手に入れたのはそのぐらいみたいなことを言っていたし、そんなものなのかもしれないが、できればアイアン・ゴーレムをあっさりと斃せる武器は早めに欲しい。

「むむ、ミスリルの武器……ミーも、若いうちから、準備しておくの!」

「わ、私も考えておくべきでしょうか……?」

「マークスさんの話を聞くと、まだ早い、とはいえない感じよね」

 俺たちの中で一番の若手と二番の若手がそんなことを言うが、実際、金があるのなら、ミスリルを見つける度に買っておいても、損はない感じである。

 だが、そんな俺たちにマークスさんはやや呆れたような視線を向けた。

「あー、言っとくが、普通の冒険者はミスリルの武器なんぞ持ってないからな? 『将来的には手に入れて当然』みたいな武器じゃないからな?」

「それはそうなんだろうが、マークスさんの武器を見るとなぁ」

「だよな。やっぱオレも、あれぐらいの武器、使いてぇし」

「ミーだって、ゴーレムを斃したいの」

 これまでの敵相手ではそう思わなかったのだが、アイアン・ゴーレムと戦って感じたのは、純粋な武器の性能不足。

 もしかすると、正面からたたき壊そうと考えること自体、間違っているのかもしれないが、目の前でそれをやられると、目指したくなってしまうのは理解できる。

 ――俺にはできないことであるが。

 いや、逆に考えれば、更に魔法を研鑽する目標ができたとも考えられるか?

 便利魔法は生活を豊かにしてくれるが、冒険者を続けるならやはり攻撃力は重要だし、圧倒的な火力で敵を蹂躙するとか、ちょっと憧れるところはある。男として。

「ちなみにガンツさんは、ミスリルの武器を作れたりしねぇかな?」

「無理だろうな。あいつも腕は良いんだが、ミスリルを扱うには腕の他に、素質というか、才能というか、そんな物が必要らしい。俺もよく判らないが」

「才能……」

 マークスさんの言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせる。

 思い浮かべたのはトミーのこと。

 アイツは【鍛冶の才能】を持っていたはず。

 もしかすると、ミスリルを扱える、扱えないの違いはそれだろうか?

 であるならば、他の鍛冶師を探すよりも、トミーの技術力アップに協力して、彼に頼むという方法もあるか……?

 ネックは、いくら才能があろうとも、ぶっつけ本番では成功しないだろうことと、だからといって、練習のためのミスリルを用意するのも難しいという点だが。

「まぁ、お前らはまだ二年目だろ? ――二年目とは思えないほど強いが。あまり焦らないことだ。取りあえず今は、海の確認だ。先に進もう」

「そうですね。といっても、すぐそこなんですが。あそこの切り通しを抜ければもう見えますから」


    ◇    ◇    ◇


「これは……確かに海だな……」

 切り通しを抜け、眼前に広がった光景を見て、マークスさんはやや唖然としたように言葉を漏らした。

 聞いてはいても、実際に見ると驚かずにはいられない。

 これはそういう光景である。

「――っと、見惚れてても仕方ないな。行くか」

「マークスさんは、海を見たことが?」

 気を取り直して歩き出したマークスさんを追いかけ、訊いてみれば、マークスさんは「あぁ」と頷く。

「現役時代は、この国以外でも活動していたからな。なかなか良い経験にはなった――が、お前たちは注意した方が良いぞ? 俺たちは人間だけのパーティーだったが、一部の国はエルフや獣人に対して不寛容……いや、はっきり言えば、奴隷にされかねない所もあるからな。かなりクソだぞ、場所によっては」

 半分以上が人間以外の俺たちを見て、マークスさんは何かを思い出すかのように宙を見て、苦々しげな表情でため息をつく。

「はい、聞いたことがあります。でも、この国でもエルフや獣人を差別する地域はありますよね?」

 ハルカの言葉に、マークスさんはふっと笑う。

「比較にはならねぇよ。この国は国法で禁止されてるからな、理不尽に抵抗できる。だが、その抵抗が違法とされる国すらある。けど、ま、若い内に他の国に行くのも良い経験にはなるだろう。ただし行くなら、オースティアニム公国だろうな。ちょっと堅苦しいところもあるが、悪くない国だ」

「この国と同盟関係なんだよな?」

「一応な。実際のところ、公には互いに援軍を出したことはないはずだ。本当かどうかは知らないが、フェグレイ王国対策と聞いたことがある」

 レーニアム王国とオースティアニム公国が共通して国境を接する国は、フェグレイ王国のみ。

 それ以外の国との戦いに援軍を出すのであれば、距離的制約が大きい。

 地図を見れば、その予測は間違っていないようにも思えるが……。

「その国って、内輪もめが多くて、国力も大したことないって聞いたんだが」

「そうだな。ただ……なんつーか、面倒くさい国なんだよ、フェグレイ王国は。自分たちは強いと勘違いしているというか……」

 ため息をついたマークスさんが教えてくれたところによると、そんな勘違いをしているものだから、時々思い出したかのようにレーニアム王国とオースティアニム公国の国境を侵すらしい。

 しかし、実際に強いわけでもないので、毎回あっさりと撃退されるのだが、二国は決して逆侵攻をしないため、『自分たちを恐れている!』と勘違いを加速させるのだとか。

 だが実際は、『フェグレイ王国を切り取るなんて、まっぴらゴメン!』というのが二国の本音。

 多種族で成り立っている二国に対し、フェグレイ王国は種族どころか他国人というだけで差別するような国。

 そんな国の民を取り込むなど、トラブルの原因にしかならない。

「住人を全部排除すれば併合しても良いかもしれないが、そんなコストをかける価値がある土地でもないからなぁ、あの辺は」

 特別な技術を持つわけでもなく、内輪もめで国土も荒れているような場所、くれるといってもいらないのが本音だろう。

「まだ空白地がありますもんね、西側に」

「そういうことだな」

「……あれ? でも、マークスさん。フェグレイ王国って、一応は友好国って聞いたことがあるよ? 侵略してくるの?」

 ユキの疑問に、マークスさんの渋い顔が加速する。

「おう、一応はな。そこらへんも面倒くさい所以だな。地方の暴走だなんだと、だらだらと言い訳するらしいぜ? 国の上層部としては、『関わってくれるな!』が本音だろうな」

「うわぁ、面倒くさいね! むしろ、敵国よりもたちが悪いね!」

「実際、戦争中のユピクリスア帝国より、フェグレイ王国を嫌っている奴も多いらしいからな」

 脅威度を言うならユピクリスア帝国の方が圧倒的に高いのだが、きちんと宣戦布告してから戦争している帝国に対し、フェグレイ王国はそんなルールもお構いなしに侵略してきて、まともな謝罪もしない。

 人種差別に加え、そのあたりも嫌われている理由らしい。

「お前たちも、絶対、不愉快な思いしかしないから、行かない方が良いぞ?」

「ちなみに、マークスさんは行ったことが?」

「……ある。仕事でな。もう、絶対行かねぇ」

 マークスさんは苦虫を大量に噛み潰したような表情で、半ば吐き捨てるように言う。

 人間であるマークスさんがそれなら、俺たち、マジで行けないな。

「行く気はないけど、見るべき所はなかった?」

「ない。はっきり言ってしまえば、全体的に薄汚れてるんだよな、あの国。文化も遅れてるし。内輪もめばかりで余裕がないからなんだろうが……口が悪い奴なんかは、『蛮族だ』と言ったりするからな」

 そんなにか。

 異文化には興味があるが、行った人が『行く価値がない』という場所、且つトラブル確実の場所に、行く必要はなさそうだなぁ。

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