第十二章 新たな一歩と新しい命
362 海の価値とは (1)
「海、ですか?」
「はい。海です」
「地底湖とか、そういうのではなく?」
「はい。
数日かけてダンジョンから帰還した俺たちは、冒険者ギルドを訪れてディオラさんに報告を行っていた。
切り通しの向こうにあったのは、僅かばかりの草地と広い砂浜、そして視界を埋め尽くす広大な海。
あれだけの川が流れているのだから、海がある可能性はあったのだが……俺たちの気持ちとしては、『まさか本当にあるとは』である。
実際に見た俺たちでも信じられない部分があるのだから、ディオラさんが懐疑的になるのも仕方のないことだろう。
「やっぱり、ダンジョン内に海って珍しいの?」
「少なくとも、この国にあるダンジョンでは発見されていませんね。完全踏破されたダンジョンもありませんので、どこかにはあるのかもしれませんけど……」
「そうなんだ?」
「私の知る限り、ですけどね。ダンジョンのすべての情報が公開されるわけではありませんから」
「つまり、よく判らないってことかぁ。あそこも、もしかしたら塩湖という可能性もあるけど……ん? ダンジョン内にある場合、海と塩湖の違いって何だろ?」
「大きさでしょうか。私はダンジョン内に塩湖があるという話は聞いたことありませんが、溜まっているのが塩水で、果てが見えない大きさなら、“海”に分類して良いと思いますよ」
「それなら、“海”ですね。高台から見ても、水平線が見えましたから」
切り通しを抜けて見えたのは、島など一切ない一面の海。
水平線があるあたり、『ダンジョンも惑星上に存在するのか?』とか不思議な部分はあるのだが、そのへんは考えるだけ無駄というものだろう。
「しかし海となると、そのままというわけにもいきませんね」
「そうなの?」
「はい。鉄もそうですが、塩も重要な物資ですからね」
「……いや、さすがにダンジョン内で製塩は難しいと思いますが」
不可能とは言わないが、塩田を作るのも大変だろうし、そこで働く労働者をどうやって確保するのかと。
一般人を連れて行って兵士で警護するにしても、警護が必要のない腕利きを労働者として使うにしても、割に合うとは思えない。
――と思ったのだが、ディオラさんは首を振った。
「そうでもないですよ? まぁ、運搬は大変ですが」
訊いてみれば、塩田を作らずとも、製塩用の魔道具が存在しているんだとか。
塩田での作業は重労働だったと聞くし、錬金術があれば、そんな魔道具が開発されるのも、当然といえば当然か。
それに加えて、魔道具のエネルギー源は魔石なわけで、ダンジョン内であればその供給にも困らない。
この国は海に面していないため一般的ではないが、沿岸国では普通に使われている魔道具らしい。
もっとも、ダンジョン内であればその魔道具を守るために警備員の常駐が必須になるわけで、簡単に事業化できるようなものではなさそうだが。
「それに、実際にやるかどうかは別にして、できることが重要ですからね」
「……この町で売っている塩って、岩塩よね? 産出場所、少ないの?」
「『はい』とも言えますし、『いいえ』とも言えます。北の山脈、ありますよね? 岩塩坑はあの辺りにあるのですが、周辺の魔物が強く、危険度が高いのです」
山脈を探せば採掘できる場所はあるかもしれないが、今のところ、安全且つ大々的に採掘できるような場所は見つかっていないらしい。
埋蔵量もあまり多くなく、産業としてはあまりうまみがない。
それでも採掘しているのは、必需品でもある塩を完全に他国に依存するわけにはいかない、という事情があるからなんだとか。
「この町は山脈に近く、他国からは遠い立地ですので、岩塩が流通していますが、他国に近い場所では、外国からの輸入品が多いのです」
「つまり交渉力、ということかしら」
「そういうことです。少なくとも、国内生産の塩の値段、それ以上には値上げされずに済みますからね」
輸入先に『塩を止めるぞ!』とか『値上げするぞ!』と言われたとき、『じゃあ、自国で作ります』と言えるかどうかは、大きい。
そういえば、資源外交なんて言葉もあったよなぁ。
そう考えると、単純に『安いから外国から買えば良い』とか、『自国で作る必要はない』とか、外交から考えるとかなりのリスクではある。
「ですので、今回のような場合は、確認が必要となるのですが……」
「確認というと……?」
「ハルカさんたちの報告通り、本当に海があるのかどうか、ですね。私は信用していますが、それはそれとして、重要な報告書を上げるには、第三者による確認が必要なのです」
「それは、そうでしょうね」
「理解はできますが……そもそも報告が必要なんですか? あそこは俺たちの私有地、ですよね、一応は」
「だよね? 私有地内に何があっても、冒険者ギルドには関係なくない?」
俺とユキの言葉に、ディオラさんは少し困ったように眉を下げる。
「そ、それはそうなのですが、一応、冒険者ギルドとしては、ダンジョンの管理をする役目がありますので、ご協力頂けると……」
通常、ダンジョンの所有権は誰にあるのか。
それは言うまでもなく、その土地を治めている領主である。
俺たちが“避暑のダンジョン”を自分たちの物と言えるのは、その領主から所有権を譲渡されたからだ。
では、冒険者ギルドとダンジョンの関係はといえば、『所有者から管理を委託されている関係』となる。
ダンジョンなんて、そこに冒険者が入って素材を回収してきて、初めて価値を持つ。
もちろん、それを領主の方で管理する方法もあるのだろうが、ノウハウの面から考えても、冒険者ギルドに委託する方が余程楽。
それ故、ほとんどのダンジョンは冒険者ギルドの管理の下、運営されている。
その場合、ダンジョン内の探索状況などは逐次、所有者である領主に報告されるのだが、特に重要と思われることに関しては、国に対しても報告が義務づけられているようで……。
「つまり、私たちのダンジョンは関係ないってことよね?」
「厳密に言えば、そうなのですが……」
本来は国に報告すべき重要な情報なのに、管理していないダンジョンに関しては報告義務がないため、知っていても報告しない、それで良いのかどうか。そういうことらしい。
確かにそれは難しい。
もし何かで追及されたとき、『義務じゃないので報告しませんでした』という言い分が通るかどうか。
法治国家なら『法律に違反してないし』で済むかもしれないが、ここだと……。
「もちろん、ハルカさんたちが『どうしても』と仰るのであれば、私の胸の内にとどめておきます。ただその場合、もし海に関する素材を持ち込まれると……」
キリッとした表情でディオラさんはそう言いつつ、言葉を濁す。
それを出されてしまっては、報告せざるを得ない、そういうことなのだろう。
そのときの報告は『あのダンジョンには海がある』ではなく、『海があるかもしれない』になるのかもしれないが、そこまでして隠す意味があるのか。
特に、ディオラさんの立場を考えると、リスクを背負わせるのは申し訳なくなる。
「ディオラさんにはお世話になっていますし、協力しても良いんじゃないでしょうか?」
「まぁ、私も協力すること自体はやぶさかではないけど――」
「助かります!」
ホッとしたように表情を緩めたディオラさんを制止するように、ハルカは手を上げて言葉を続ける。
「でも、誰が確認に行くの? 正直、変な人にダンジョン内を荒らされたりすると、困るのよね」
「通常は高ランクの冒険者に確認してもらうことになります。それで言うと、ハルカさんたちも条件は満たしているのですが、今回は当事者ですからね」
「他の高ランク冒険者?」
「そうなんですが……ご存じの通り、この町にはいないんですよね、高ランクの冒険者って」
ディオラさんは少し困ったように、頬に手を当ててため息をついた。
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