360 再戦、エルダー・トレント! (4)
「……うわぉ」
「ひっ!」
「………」
思わず言葉を失う。
赤黒く染まったその腕は、どう見てもちょっとした怪我ではない。
「よくもまぁ、『折れてないと思う』なんて言えたわね。開放骨折寸前じゃないの?」
「鎖帷子と鎧下で圧迫されていたから無事だった、という感じでしょうか? これでよく腕が動かせますね?」
さすがは治療士というべきか、ハルカとナツキは顔を顰めつつも、目を逸らすこともせず、トーヤの腕の骨を指でなぞりながら呆れたような声を上げる。
まぁ、見た目の悲惨さで言えば、最初に会ったときのメアリとミーティアの方が酷かったのだが。
「トーヤ、痛くないか? いや、痛いよな?」
「うん、痛い。つーか、見たら超痛くなった」
「それだけじゃなく、血流が多くなったからでしょうね。取りあえず、もうちょっと我慢しなさい。力を抜いてね」
ハルカが目配せすると、ナツキがトーヤの肩を押さえる。
そして俺の方にも。うむ、了解。
俺もまたトーヤの肩を押さえた瞬間、ハルカがトーヤの腕を掴んでグイッと。
「――ぐぅっ!」
トーヤが歯を食いしばって耐える。
解る、解るぞ。俺も経験したからな!
ちょうど一年ぐらい前に。
「『
ハルカが魔法をかけると同時に、赤黒くなっていた腕の色は見る見るうちに元に戻っていき、強ばっていたトーヤの体から力が抜ける。
「はい、終了」
「トーヤお兄ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫ですか? トーヤさん」
「くはぁ~、大丈夫だ。でもキツい。マジで。去年、ナオが泣いたのが理解できる」
「いや、泣いてねぇよ!? とんでもない風評被害だ!」
メアリとミーティアに揃って見つめられ、俺は慌てて首を振る。
ちょっとだけ、涙がこぼれたかもしれないが、あれを泣いたと判定されるのは、ちょっと厳しくないですか?
「そういうトーヤだって、涙が出てるわよ?」
「こ、これは歯を食いしばっていたからだよ!」
慌てて目元を擦ろうとするトーヤの手を、ナツキががっしりと掴み、ニッコリと笑う。
「まぁまぁ、良いじゃないですか。痛ければ涙が出る。普通のことですよ」
「だよね。そもそも痛ければ『痛い』と口に出した方が、痛みに耐えられるって聞いたことあるよ?」
「ぐっ……」
あ、ちなみにナツキは、悪戯っぽく笑うユキとは違い、別に意地悪をしたわけではなく、汚れた手で目を擦るなということだったようで、トーヤに『
汚れと一緒に涙も綺麗になくなっているので、トーヤとしては文句も言えない。
しかし、ユキたちの言い分も解るが、俺としてはどちらかといえばトーヤ側。
無意味でも、男の矜持というヤツである。
「……オレとしては、ナツキに麻酔薬の調合を希望したい。使わないポーションよりも」
「酷いですね、トーヤくん。あれは万が一のときの備えなのに……」
先ほどの意趣返しか、少しだけとげのあることを言ったトーヤに対し、ナツキの方はあまり気にした様子もなく応える。
「飲み薬の麻酔薬が効くまで、痛みを耐えるのも大変だと思うけど?」
「じゃあ、錬金術だとどうだ? すぐに効く麻酔薬とか作れねぇの?」
「作れないこともないと思うけど……麻酔薬を使うと、治療した後、『
「合理的に考えるなら、ユキの言う通りだが……」
痛みにさえ耐えられるなら、麻酔薬に使うコストも、本来必要ない『毒治療』に使われる魔力も不要なもの。
普通の冒険者なら、確実に贅沢品である。
「でもお前ら、一度も経験してねぇじゃん! ナオは賛同してくれるよな?」
「まぁ、目の前が真っ白になるぐらいには痛いな、あれは」
「確かに、あたしたちはあそこまで酷い骨折はしたこと、ないけど……」
さすがに一年以上も冒険者を続けていれば、ユキたちだって骨折ぐらいの怪我は経験している。
だが強引に骨の位置を修正する必要があるほどの怪我はなく、トーヤの言う通り、あれを経験しているのは俺とトーヤのみである。
ちなみに、冒険中に怪我をすることは案外少なく、骨折など、大怪我の原因の大半は、訓練時の模擬戦だったりする。
一番やってるのはトーヤ、一番やられているのは俺。
他の女性陣に比べ、俺にだけ寸止めが甘い気がするのは、きっと気のせいではない。
だからというわけじゃないが、俺もトーヤ相手のときは思いっきりやっているのだが、残念ながら――もとい、幸いなことに、トーヤが骨折するような事故は起きていない。
「じゃあ、あれをミーティアにも経験させるのか?」
トーヤのその言葉に、全員の視線がミーティアに集中する。
あの痛みを思い出し、ミーティアを見て、思わず考え込んでしまう。
冒険者とはいえ、まだ小さいミーティアに我慢させるのは……。
「ミ、ミーは頑張れるの!」
全員に見つめられ、気丈にそう答えたミーティアだが、先ほどのトーヤの様子を思い出したのか、尻尾が丸まり、耳はぷるぷると震えている。
その様子に、ハルカがこくりと頷く。
「……検討しましょう。それよりトーヤ、指もやったんでしょ?」
「おっと、そうだった。腕が痛すぎて忘れかけてたぜ」
そう言いながら手袋を外したトーヤの中指、薬指部分は、これまた青くなっていた。
それを今度は、ナツキがそっと触って診察。
「こちらも折れていますね。ふぅ……『
「ぐあっ!」
何の前触れもなく。
ちょっと息を吐いた瞬間に、なにやら指を動かして『治療』をかけたナツキ。
歯を食いしばる暇もなかったトーヤは、先ほどよりも大きな声を上げるが、ナツキは気にした様子もなく、手を離す。
「はい、治りましたよ」
「……言ってくれよ、事前に。もしかして、ポーションのことで怒ってるか?」
「いえ? まったく。予告したところで、余計な力が入るだけですからね」
そう言って微笑むナツキの表情に怒りの気配は感じられないが、本当かどうかは不明である。
だが、そう言われてしまえばトーヤとしても何も言えず、無言のまま、治療してもらった手を
「さて。治療が終わったところで、エルダー・トレント、処理してしまいましょうか。これを持ち帰らないと、完全に赤字になるし」
「シャレにならねぇレベルでな」
「普通に家が建つよね、今回使ったお金」
「冗談じゃなく、な」
掛け値なしに、今回俺たちが用意した諸々の価値は、俺たちの自宅の土地・建物の値段を軽く超えている。
材料などを自前で用意しているので、使った現金自体はそこまでではないのだが、それらの素材の売却価格を計算すればそのぐらい。
消耗品である爆裂矢はどうしようもないが、トーヤたちの斧や俺たちのバルディッシュ、こちらに関しては、今後も活躍する機会があれば、多少は元が取れるのだが。
――いや、間違っても、エルダー・トレントに、もう一度出てきてくれって話じゃないけどな?
「差し当たっては、エルダー・トレントの処理に使えるわけだが」
「これまで使っていた斧と比べれば、めちゃくちゃ切れるぞ?」
がんがんと斧を振るって、枝を落としていくトーヤとメアリ。
俺とユキは、『
死んでしまえばレジストされる心配もないのだが、魔力が残り少ないので、少々しんどい。
なので、特に太いところのみ魔法で、あとは手作業。
しばらく休んでから俺たちも枝打ちに参加し、やがて巨大な丸太と多くの枝、根っこ、そして切り株が完成した。
そしてそれらはすべてマジックバッグの中に。
「拾える物は全部回収ね。エルダー・トレントなら、枝でも売れそうだし」
「枝といっても、丸太ぐらいの太さはありますからね。物によっては十分に使えると思います。お金の耳です」
「了解なの! お金は大事なの!」
元気に返事をしたミーティアは、遠くに落ちている枝に向かって駆け出した。
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