358 再戦、エルダー・トレント! (2)
「そろそろ、『
ハルカがそう言った直後、渦巻いていた風が止まる。
風による空気の供給がなくなったことで、燃えさかっていた炎が下火になった結果、見えてきたエルダー・トレントの全体像は、八割以上の葉っぱがなくなった、ややみすぼらしい姿だった。
「結構効果が――うわっ!」
『
慌てて飛び退いたその地面に枝――いや、すでに丸太の様になっているそれが大きくめり込み、穴を穿つ。
「空気抵抗がなくなったから、でしょうか!」
ナツキも大きく飛び退きつつ、薙刀を置いてバルディッシュを手に取った。
「身軽になって、速度アップ、ってか!」
「根っこ、数が増えてます!」
正確に言うなら、攻撃に使われる根っこの数が増えている、だろう。
再びエルダー・トレントの根元に近づいたトーヤとメアリだったが、これまでよりも多くの根っこに狙われ、攻めあぐねている。
頭が軽くなったので、支える部分も少なくてすむってことなのかもしれないが……厄介だなぁ、おい。
「あっ! でも! 再生は遅くなっている気がします!」
「おう! なかなか切れねぇけどな!」
良かった。
ダメージを与えたつもりが、強くなっただけとか、シャレにならん。
俺が提案しただけに。
そして俺の方は、といえば――。
「――くっ!」
むなしくも地面に叩きつけることになったバルディッシュを持ち上げ、その場から逃げだすとほぼ同時、再びそこに枝が叩きつけられる。
素早く振り下ろされ、そして素早く引き上げられるようになった結果、俺の【戦斧術】スキルではまったく対処できないのだ。
一応、レベル1になるまでは訓練してきたのだが、この階層では不足ということなのだろう。
「キャラレベルでゴリ押しは無理かっ!」
極力ギリギリで枝を避け、【筋力増強】を多めに強化して、引き戻される枝にバルディッシュを振り上げてみるが、僅かに表面を削るのみ。
そもそも筋力が足りない俺にとって、振り下ろしてこそのバルディッシュ。
斬り上げで効果的なダメージを与えることなど、不可能である。
まぁそれでも、ある程度ながら使えていること自体、そろそろ30が見えてきたレベルの恩恵だとは思うのだが。
こちらに来た当初であれば、今回ぐらいの短期間の訓練で【戦斧術】のスキルを得ることはできなかっただろうし、振り回すこと自体、厳しかっただろう。
「つっても……うん、無理。俺にマッチョな戦いとか、不可能」
切れないのであれば、バルディッシュとか重たいだけである。
俺は手に持っていたそれを放り投げ、予備として出しておいた槍を手に取る。
しっくり。
やはり俺の手にはこれが合う。
他の三人を見れば……ナツキはなんとか枝を削っているが、ユキとミーティアは、俺とほぼ同じ状態。まったく攻撃が当たっていない。
特にミーティアは、その状態でも何とかしようと頑張っているので、やや危うくも見える。
そしてそれはハルカから見ても、同じだったのだろう。
「ミーティア! 攻撃はしなくて良いわ。避けるだけに専念!」
「解ったの!」
ハルカの言葉に素直に返事をしたミーティアは、バルディッシュの持ち方を変え、無理に突っ込むことを止めた。
実際、ミーティアの膂力では、不安定な体勢で振ったバルディッシュの攻撃など、大した効果はなく、危険を冒す意味などないのだ。
もちろん俺も人のことは言えないのだが、俺には魔法がある。
枝の攻撃を避けつつじっくりと魔力を練り上げ――。
「『
収束させた『爆炎』を枝の中程にぶつける。
不完全でもレベル8の魔法は伊達ではない。
しかも本来はメートル単位で爆発を起こす魔法を、小さな範囲に収束させるのだ。
その威力は推して知るべし。
爆音と共に俺の胴体ほどはある枝が弾け飛び、落下。
ズズンと音を響かせる。
「うしっ!」
今回初めての……いや、エルダー・トレント相手で初めての、大きな戦果。
思わずガッツポーズ。
「――っと!」
だが、即座に振り下ろされてきた次の枝に、俺は慌てて後退。
再び魔力を練り上げようとしたところで、轟音。
メキメキという音が響き、俺の目の前に巨大な枝が落下してきた。
俺は慌てて大きく後退し、チラリと後ろを見れば、ハルカが弓を放った状態で立っていた。
「使ったのか?」
「えぇ、十分に効果があるみたいね」
ハルカが攻撃対象としたのは、俺が狙った場所よりも幹に近い場所で、太さも俺が攻撃した枝以上だったが、爆裂矢はそれを吹き飛ばすだけの威力があったようだ。
「八割も削れば、自重で折れるみたいよ?」
「なるほど、完全に吹き飛ばす必要はないのか」
そして、折れた枝は根っことは違って、再生はしないらしい。
エルダー・トレントは短くなった枝を振り回しているが、その長さでは地面まで届かないので、脅威にはならない。
そして今度はユキの方から爆発音。
俺とハルカの行動を見て、同じことを始めたのだろう。
「おおよそ、パターンが見えてきたか」
「そうね。対処は可能そうね」
少々有機的で気持ちの悪い動きをするトレントではあるが、それにも限界はある。
例えば幹の部分。
多少波打つことはあるが、いきなり幹が九〇度にぐにょっと曲がったりはしない。
例えば枝の部分。
結構自由に動かしているようだが、自由にぐりぐりと動いているのは幹との付け根部分であり、枝の部分は
若干伸び縮みしているようにも見えるが、それも若干である。
つまり、先ほどのように枝を短くすることができれば、攻撃が地上まで届かなくなるのだ。
そして高いところにある枝は、そもそも長さが足りず、そのままでも届かない。
対処すべきは、下に生えている長めの枝のみ。
「魔力は……足りるか?」
攻撃を避けつつ、上を見上げて残る枝を数える。
俺の場所は二本の枝が機能しなくなったことで、攻撃が散発的になっている。
おそらく、あと四本も落とせば、俺まで届く枝はなくなるだろう。
だが、トーヤたちが戦っている根元部分となると、もう少し多く削らないとダメだろうし、俺の場所以外の三方も残っている。
ユキも使えるとはいえ、『
二〇回ぐらい使うとなると……ヤバいな。倒れるぞ。
「爆裂矢を何本使うか、でしょうね」
「なかなかの威力だよなぁ、高いけど」
「そうね。高いけど」
効果範囲は狭いが、上手く当たりさえすれば、オーク程度なら素人でも倒せるだけの威力がある爆裂矢。
現代のイメージ的には、RPG-7――所謂、ロケットランチャーみたいな代物で、便利そうなアイテムなのだが、欠点もあるので、実はあまり使われていない。
まずはなんといっても値段。
威力にもよるが、普通に購入すると金貨五枚から一〇枚。
ハルカぐらいの腕があれば、的確に急所を狙うことも可能だろうが、もし外せば、それだけの金貨が無駄になる。
オークの売却益を考えるなら、使えるのはせいぜい二本までか。
ついでに言うなら、正面からはオークを斃せない猟師や冒険者が無理して使えば、外した瞬間、命が危ない。
相手が一匹なら逃げ切れるかもしれないが、爆音を立てている時点で、敵を引き寄せること、確実。少々分の悪い賭けだろう。
そしてもう一点、発動方法の問題。
今ハルカが使っている爆裂矢は魔力をスイッチとしてあるのだが、魔力を上手く操作できるのは魔法使いやある程度の訓練を積んだ冒険者など、一部の人のみ。
普通の猟師には少々ハードルが高い。
それに対処するため、ぶつかったときの衝撃で発動するタイプもあるのだが、こちらはこちらで扱いが難しい。
安全ピンのような仕組みがないため、マジックバッグがあるならともかく、普通に矢筒に入れていたりしたら、万が一が起こりうる。
これらの欠点があることから、威力はあっても、気軽に持ち歩くには厳しいアイテムなのだ。
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