356 森エリアを抜けろ (5)

「次回に備え、別の魔法を試しましょ」

「了解」

「だね」

 ハルカの言葉で、撤退は決定した。

 実際、『空間分断』が効果を発揮しない時点で、幹を切るどころか、根っこを切ることすらも厳しい。

 俺たちは少しずつ後退しつつ、効く魔法を探し、実験を行う。

「『鎌嵐カッター・ストーム』!」

 最初に放たれたのはハルカの魔法。

 エルダー・トレントを中心に発生した巨大な竜巻が、その天頂部までをすっぽりと覆う。

 これまで見たことのない、広範囲の魔法。

 だが、さすがに魔力を使いすぎたのか、ふらりと身体を揺らしたハルカを慌てて支える。

「凄いの!」

「やったか!?」

「やってないわよ」

 あえてフラグを立てるかのようなトーヤの台詞を、身体を立て直したハルカが言下に否定する。

 竜巻の中からはバキバキと枝が折れる音が響き、強制的にちぎり取られた葉っぱによって風が緑に染まっているが、下に見えている根っこは竜巻を気にした様子もなく、前に進んでいる。

 動く度に深く打ち込まれる根っこによって、足腰(?)も安定しているため、倒れる様子もない。

 そしてしばらくして収まった竜巻の中から現れたのは、細い枝がカットされ、葉っぱの七割ほどがなくなった、ちょっとスリムなエルダー・トレント。

 ダメージを与えられているのかは……不明。

「ちっ。魔力の八割は使ったのに」

 本当に悔しかったのか、珍しいハルカの舌打ち。

「まっかせて! 『爆炎エクスプロージョン』」

 ごく普通の、周りの被害を考えない『爆炎』。

 森の中で使えば延焼を気にする必要があるだろうが、ここではそんな心配もない。

 ユキの手から放たれた『爆炎』が、ミーティアの胴ぐらいはある根っこを一本吹き飛ばすが……それだけ。

 残念ながら、彼、もしくは彼女の足はたくさんある。

 爆発の際に少し揺れただけで、足を止めもしない。

「『火炎弾フレイム・ミサイル』」

 半ばダメ元で燃やすことを試みるが――。

「やっぱダメか」

「生木だもんね」

 一応、木の上半分、葉っぱが茂っている部分を狙ったのだが、多少枝を吹き飛ばしただけで、火が付くことはなかった。

「油でもかけなければ無理でしょうね」

「どうするよ? そろそろスペースがねぇぞ?」

 トーヤの言葉通り、下がり続けていた俺たちは、すでに広場の端近くまで来ていた。

 そして、エルダー・トレントへのダメージは……ほとんど期待できないレベル。

 急激に襲ってくるタイプではなく、じっくり追い詰めるタイプなのは助かっているが、ある意味ではこのエリアの特性を利用した攻撃方法でもある。

 森に追い込まれてしまえば、そこに存在するトレント、隠密系の魔物も同時に相手をする羽目になるのだから。

「ラスト。ユキ、ナオ、背後に落とし穴」

「うん!」

「「……『落とし穴ピットフォール』!」」

 エルダー・トレントの後ろ側、その巨体を支えている部分の根っこを狙い、転移に影響が出ない範囲で魔力を振り絞ったのだが――。

「思ったよりも深い!」

「ダメか!」

 『落とし穴』はエルダー・トレント自体ではなく、地面に作用する魔法。

 エルダー・トレントのレジスト能力が高くても十分に効果を発揮すると読んだのだが、想定外はエルダー・トレントの根っこの深さ。

 トーヤぐらいならすっぽりと頭まで入る落とし穴なのに、根っこはその更に下まで延びていた。

 三分の一ぐらいの支えがなくなれば倒れるかも、とちょっと期待したのだが、ほとんど揺らぎもしない。

「……これは無理ね。撤退!」

「「「はい!」」」

 今回は様子見。

 この状況で固執する意味もない。

 俺たちはトレントに背を向け、一気に駆け出す。

「あい・しゃる・りたーん!」

「トーヤ、置いていくぞ!」

 一人、エルダー・トレントをビシリと指さすトーヤを急き立て、俺は転移魔法を使用。

 早々と、ラファンへ逃げ帰ることになったのだった。


    ◇    ◇    ◇


 エルダー・トレントから撤退してしばらく。

 俺たちは再び、その場所へと戻ってきていた。

 もちろん、その日のうちにとか、数日後、とかそういう話ではない。

 さすがに魔法だけで対処するのは無理っぽいということで、今回はそれなりの時間と金をかけて準備を整えている。

 オーダーメイドでトレントに有効そうな武器を作り、それを使った訓練を行い、アイテム類も買いあさり……斃せなかったら大赤字である。

 むしろ、斃せたとしても、場合によっては大赤字である。

 普通のトレント素材すら、持て余しているのだから。

 それでも、せっかくだから斃したい。

 そんなわけで――。

「ガーゴイルに引き続き、今回も特化武器か」

「仕方ないでしょ、どう考えても無理があるもの。臨機応変よ」

 自分の得意武器、剣のみで対処できないことが気に入らないのか、少し不満そうなトーヤに、ハルカが肩をすくめる。

 だが、持ち運びに問題がないのなら、そして、スキルレベルでどうにかできる範囲を超えているのなら、敵に応じた武器を使うのは、間違っていないだろう。

 今回、トーヤとメアリが持つのは、ドワーフが持っていそうな巨大な斧。

 ちょっとした木ぐらいなら一撃で切り倒せそうな重厚感。

 ここに来るとき、ロック・ゴーレムで試してみれば、一撃で胴体を真っ二つにしていた。

 それほどに威力はあるのだが、めちゃくちゃ重い。

 身体強化すれば、俺でも持つことはできるが、戦えるかどうかは別問題。

 なので、ハルカを除く俺たちが持つのは、バルディッシュ。

 長い柄の先に斧が付いた武器である。

 これは遠心力を使って叩きつける武器なので、力に劣る俺たちでもある程度の威力が担保される。

 その代わりに攻撃の際の隙は多くなりがちだし、扱いも難しいんだけどな。

 ちなみに、こちらの威力は、クリーンヒットすれば、オークが両断できるほどである。

 そして、唯一斧を持っていないハルカの武器は、爆裂矢である。

 その名の通り、突き刺さると爆発する矢なのだが……原価で金貨二枚ほど。

 作ったのはハルカだが、普通に買うと最低でも金貨五枚はするとか。

 ついでに言うと、トーヤたちの斧も、俺たちのバルディッシュも、すべて炎の属性鋼。

 とにかく肉厚なトーヤたちの斧はもちろん、俺たちが使うバルディッシュに使用されている属性鋼の量も多く、かかっているコストはちょっとシャレにならない。

 アイアン・ゴーレムの臨時収入がなければ、かなり厳しいことになっていたはずである。

「これで斃せても、たぶん、赤字だよねー」

「どうでしょうか? 私たちの場合、ある程度の素材は自前で用意してますから……普通に買うと、少し厳しいかもしれませんが」

「一応、ディオラさん曰く、『王都まで持って行けば、大儲け』みたいだけどね、エルダー・トレントなら」

「輸送が大変だからな、あのサイズだと」

 ここまで金をかけてまで斃す必要があるのか、という意見も出たのだが……借金は論外としても、使える金は手元にある。

 全力を尽くしたわけでもないのに、ここで逃げるのはどうよ? オレなんて『あい・しゃる・りたーん』とか言ったんだぞ? 的な意見が一部から出され、討伐作戦は決行されることになった。

 まぁ、今回が赤字だったとしても、武器に関しては次回以降も使える。

 消耗品である、ハルカの爆裂矢以外は。

 どちらかといえば、金よりも戦斧の訓練に費やした時間の方が気になるぐらいだが、これも経験だろう。

 今回、なんやかんやで取得できてしまった【戦斧術】のスキルを、今後使う機会があるのかどうか、やや疑問はあるのだが、デカい敵と戦う経験自体は無駄にならないはずだ。

「それじゃ、行くか?」

「行くの!」

 トーヤの言葉に頷いた俺たちは、エルダー・トレントの待つ広場へと足を踏み入れた。

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