353 森エリアを抜けろ (2)

「……あ、オレ、なんか判ったかも」

「おぉ、さすが、トーヤさん。頼りになる! ――これで俺も休めるか」

 地味に辛いんだよ、【擬態】や【隠密】を見破れるレベルで意識を集中しているのって。

 トレントが一番やっかいだが、シャドウ・マーゲイやら、シャドウ・バイパーやらも侮れないし。

「つっても、決め打ちして反応を探れば、だぞ? 歩きながら気付けって言われたら厳しいな、たぶん」

「ちっ、何だよ、使えないなぁ。トーヤはやっぱり呼び捨てで十分だな」

 期待を裏切られた俺がわざとらしく舌打ちをすると、トーヤからジト目が飛んできた。

「おい。ずっと呼び捨てだっただろうが」

「冗談だ。まぁ、あれだ。数回遭遇すれば気づけるようになる、かもしれない」

 俺も最初は見つけるのに苦労したし。

「命の危機に曝されれば、すぐに判るようになるかもしれないが……」

「死んだら意味ねぇよ?」

「解ってるって。取りあえず、動かしてみるか。えっと……『石弾ストーン・ミサイル』」

 何を使うべきかと少し悩み、最も無難な魔法を選択する。

 俺の手元からまっすぐに飛んだ拳大の石は、トレントの幹にガツンとぶつかるが――。

「動かないわね……?」

「そうだね?」

 おっと、疑うような視線が突き刺さりますよ?

 困りますね、トレントさん。

 無視されると、俺の信用が落ちるじゃないですか。

「……『爆炎エクスプロージョン』」

「おいぃぃぃ!!」

「ちょっと!?」

 なんだか慌てたような声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 大丈夫。俺は冷静。

 狙ったのはトレントの上部。枝がしっかりと茂っているあたり。

 その内部で爆発が起こり、小枝を吹き飛ばし、葉っぱをふるい落とした段階で、それは動き出した。

「やり過ぎ……って、思ったけど、そうでもなかったわね」

「『爆炎エクスプロージョン』って爆発だからねー。結構融通が利くよ? 炎少なめで爆風多めとか、その逆とか。自由度あるよね、この世界の魔法って」

「俺だって、ぶっつけ本番では使わないって」

 このあたりは、ユキと共に検証と練習をしている。

 森の中で火魔法を使って大火災、とかシャレにならないし。

 他の『火炎弾フレイム・ミサイル』や『火炎放射ファイアー・ジェット』などはどうやっても炎なのだが、『爆炎』だけは炎を減らして爆風を増やすこともできたのだ。

 その分ダメージは減りそうだが、森の中でも比較的安心して使える範囲型の火魔法として、重宝しそうである。

 もっとも魔法の素質的には、ハルカに風魔法の範囲型攻撃魔法を覚えてもらう方が、順当だとは思うのだが。

「つか、気持ち悪いな! はははは!」

「そうね、あの根っこの動き……ちょっとあれよね」

 ウニョウニョと近づいてくるトレントの動きに、気持ち悪いと言いながらも笑っているトーヤと、苦笑を浮かべるハルカ。

 動きは有機的だが、見た目は木の根っこというギャップ。

 それになんとも言えない違和感を覚える。

 だからといってイソギンチャクみたいな触手なら良いかと言われれば、そっちの方が気持ち悪いとは思うのだが。

「うん。もう斃して良いのかな? ……それじゃ、『空間分断プレーン・シフト』」

 全員が頷くのを確認し、ユキが魔法で根元を分断。

 ズズン、地響きを立ててトレントが倒れ、ウニョウニョと動いていた根っこもすぐに動きを止めた。

「え、これで終わりか? あっさりしてるなぁ……」

 何の苦労もせずに斃されたトレントに、トーヤは拍子抜けしたように言葉を漏らす。

「森の中で突然動き出したら、こうはいかないぞ? 下手に逃げて距離を開けようとしたら、そこにもトレントがいる、ってことになりかねないし」

「ですね。他にも隠れて襲ってくる魔物が多い森ですから、一度逃げ始めると、かなり厄介なことになると思います」

「森の外から攻撃したから、ってわけね」

「そういうこと。だから、あまり侮らないように。気を抜いていたら、突然頭上から殴りつけられたり、背後から襲われたりするからな?」

「解ったの!」

「はい!」

 返事をしたのはミーティアとメアリだけだったが、トーヤたちも同じように頷く。

「さて、トレントの厄介さを理解してもらえたところで……どちらへ向かう?」

 前回は帰還が目的だったので、ハルカたちが設置した転移ポイントを目指して移動したが、今回は違う。

 森を抜けて進むことになるのだが、地図もなく、道もないこのエリア。

 どの方向へ向かえば良いのか、なかなかに迷う。

「今回は、【マッピング】ができるユキがいますから、前回よりは楽だと思いますが……」

「あたし? そりゃ、ある程度はなんとかなるけど、できれば迷いにくい方法をとりたいかな? この岩山沿いか、あっち、川があるんだよね? その川沿いを行くか」

 稼ぎをいうなら森の中なのだろうが、現状だとトレントが売れないしなぁ……。

「あ、そういえば、シャドウ・マーゲイとシャドウ・バイパーは売ってなかったな、まだ。蛇の方はともかく、マーゲイの毛皮はそれなりに高く売れそうな気がするんだが」

「言われてみれば、私も話に訊いただけで見てなかったわね。今は……」

「持ってきてないぞ? トレントが入っているのと同じマジックバッグに入れてるから、家に置いたままだ」

「そう。まぁ、すぐに見る機会もありそうよね、このエリアにいれば」

「だな。で、どっちに行く? 地形が判ればもう少し判断しやすいんだが」

「なら、上から見てみれば良くね?」

 俺がぽつりと漏らした言葉に、トーヤが空を指さしながら、なかなかに無茶なことを言う。

「どうやって? 言っておくが、俺の『空中歩行ウォーク・オン・エア』は高いところに登れるほどの効果はないぞ?」

「いや、そんなことしなくても、あるじゃん、高い場所が」

 そう言いながらトーヤが指さしたのは……背後?

 振り返ってそこに見えるのは、切り立った高い崖。

「……なるほど。確かにここを登れば見えるな」

 ロッククライミングの練習をし、せっかく【登攀】スキルを手に入れたのに、下りるばかりで登る機会はほぼなかったのだが、ここに来て生きてくるとは。

「で、誰から行く?」

 と、言いながら、俺の視線はトーヤの方へ。

 トーヤも心得た物で、すぐに頷く。

「ま、オレだろうな」

 一度ロープをかけてしまえば誰でも登れるようになるが、最初は少し大変。

 俺たちの【登攀】スキルにはほぼ差がないのだから、誰が行くべきかとなれば、やはり体力のあるトーヤが第一候補になってしまう。

 トーヤは文句を言うこともなく、ロッククライミング用の道具を取り出すと、岩壁に取り付いた。

 残った俺たちは命綱を持ってバックアップ。

 時々背後を振り返って景色を確認しつつ、ひょいひょいと登っていくトーヤを見送る。

 あの身軽さは、さすが獣人というべきか。

 さほど時間をかけることもなく、姿が小さくなるほどまで高く登ったトーヤは、納得したのか俺たちに合図を送り、ロープを伝ってシュルシュルと下りてきた。

「どうだった?」

「あのぐらいまで登れば、全体が見渡せる。どんな感じかは……全員、自分で見れば良いんじゃないか? 説明、しづらいし、ちょっと興味深い物があったから」

「何だ、期待感を煽るな? じゃ、次は俺、ちょっと行ってくる」

 そんな風に言われたら、登ってみるしかないだろう。

 すでにロープがかけてあるのだから、危険性も低い。

 俺はトーヤに続いて崖に取り付くと、一番上まで登って背後を振り返った。

 まず目に入るのは、かなり大きな円形に近い森。

 その左側三分の一ほどを分断するように、俺とナツキの落ちた川が流れ、全体を囲むように岩山が存在する。

 イメージとしてはカルデラ内部にある森、だろうか?

 だが、外壁とも言えるその部分はかなり急峻で、少なくとも簡単な登山気分で越えられるような状態ではない。

 外に出られそうな切れ込みがあるのは、川の上流と下流部分。

 そしてもう一カ所だけ、今登っている場所の正面やや右寄りに、切り通しの様になっている場所が。

 つまり、この森を抜けて先に進もうとするなら、川を下るか、切り通しの部分を抜けるか、危険を冒して岩山を超えるか、そのいずれか。

 しかし、切り通しの部分にはトーヤが言った通り、なかなかに興味深い物が存在していた。

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