351 方針決定会議 (4)

「全部美味しかったの!」

 である。

 もちろん、それはミーティア。

 最初こそメアリを見習って少しずつ飲み比べをしていたのだが、途中からよく解らなくなったのか、ニコニコと美味しそうに全部飲み干してしまった。

「だが、ミーティアの言う通りではあるよな。味の違いはあるが、全部美味いぞ?」

 白味噌っぽいとか、赤味噌っぽいとか、味が違うことはもちろん理解できるのだが、どれが一番美味いかと言われても……困る。

 それこそ、『料理によるんじゃないか?』としか言い様がない。

「オレも同感。醤油の方は、正直判らん!」

「ほぼ同意。少しは違うと思うが……。醤油をそのまま舐めれば少しは判るかも?」

 味噌に比べて醤油の方は、色もほぼ同じで、味の違いも微妙。

 順番を入れ替えられたら、たぶん、俺には区別が付かない。

「味噌に関しては私も同感ね。私の家の味に近かったのは四番だけど、こだわりがないなら、適当に日替わりでも良いんじゃないかしら? 澄まし汁の方は、この出汁には二番が合っていたように思うわ」

「あたしも同じかな? メーカーの違い程度の差だよね。十分に美味しくできているから、料理を作る人が好きに使えば良いんじゃないかな?」

「そうですか。……メアリはどうですか?」

 こちらの人代表ということか、ナツキはメアリにも訊ねるが、メアリは申し訳なさそうに首を振る。

「私も、美味しいです、ぐらいしか……すみません。以前に比べると、ここに来て食べる物すべてがずっと美味しいので」

「発酵臭が気になるとかはないですか?」

「発酵臭、ですか? いえ、全然。こちらのお味噌、ですか? こちらは少し臭いますけど、他の物に比べたら全然。お野菜の漬物とか、もっともっと臭いのキツい物はたくさんありますから」

「あぁ、それは確かに……」

 メアリの言葉に、思わず顔を顰める俺たち。

 野菜の漬物といっても、その辺のスーパーで売っているような、『ちょっとだけ調味液につけておきました』みたいな物を想像してはいけない。

 がっつりと数ヶ月漬け込み、しっかりと乳酸発酵したような酸っぱい漬物。

 それらもかなり臭いがきついのだが、そのへんはまだ食べやすい方。

 中には『発酵よりも腐敗に近いんじゃ?』みたいな代物だって存在するのだ。

 特に冬場、野菜がない時期には、そんな物が普通の食堂に並んだりする。

 幸いにして、俺たちにはほぼ縁がない代物なのだが、メアリによれば、そんな漬物でも野菜が食べられるだけまだマシらしい。

 それ以外に干し肉なんかも、しつの悪い物は地味に臭い。

 腐らないように乾燥させるのが干し肉だろうに、普通に腐って黴びた物も混ざっている。カラカラになっていてよく判らないが。

 間違っても、ビーフジャーキーみたいな美味しい干し肉を想像してはいけない。

「それじゃ、この調味料って、売れると思う?」

「お値段次第だと思いますけど、味は十分に美味しいと思います」

「なるほど。とても現実的な答えね」

「事業化するなら、他の調味料の値段とかも調査して、採算が取れるか考えてから、ですね」

 メアリの正直な言葉に、ハルカとナツキがふむふむと頷く。

 当然だが、誰も彼も醤油と味噌を大絶賛、高くてもバカ売れ、なんてことはあり得ないだろう。

 クラスメイトなら喜ぶだろうが、彼ら相手に商売しても仕方ない。

「でもさ、ナツキ。他の調味料って、ほとんど売ってないよ? さすがに塩とは価格競争できないし」

「そこですよね。この町の人たちが、食に対してどれくらいお金を出せるか……難しいです」

「食べられれば良い、ってところ、あるよなぁ」

 マズい屋台でも潰れずに存在しているあたり。

 もちろん、アエラさんのお店が流行っているように、美味しい物ならお金を出す層も、ある程度は存在するのだろうが……。

「自宅で食事を作る人の割合も考えないとダメよね」

「うん。場合によっては、ターゲットを飲食店だけに絞るか……他の人の意見も聞いてみた方が良さそうだよね」

「アエラさんに協力してもらって、試食してもらうのも手か……」

 味が受け入れられるか、需要はあるか、どのくらいなら庶民も買えるのか。

 酒ならば多少マズくても大量消費が可能だろうが、調味料はそうはいかない。

 そのあたりをよく調べた上で、仕込まないと後で泣きを見そうである。

 売れ残って大量廃棄となったら、金銭面はともかく、気持ち的にかなり痛い。

「原料のお米が手に入りやすくなるのは、しばらく先の話です。それまでにいろんな人の意見を聞いて、検討しましょう」

「了解。今日のところは、俺たちが美味い飯を食えるようになったことを、素直に喜ぼう」

「だね! ナオとトーヤも、何か作って欲しいものがあったら言ってね。取りあえず今日のお昼ご飯は、お味噌汁とお醤油を塗った焼きおにぎりだよ!」

「おぉ、焼きおにぎり!」

 本当の醤油を塗った焼きおにぎり。

 これが食えるなら、多少コスト高でも、自分たちのために味噌と醤油を作る価値がある。

 想像しただけで溢れてくる唾を、俺はゴクリと飲み込んだ。


    ◇    ◇    ◇


 宝石の原石、その粗加工が終わるまで自由行動となっていた俺たちだったが、俺とユキはその時間を利用して、ガーゴイルがいたボス部屋で見つけた水晶玉の調査を行っていた。

 こちらに来た当初であれば、スキル任せで知識が伴っていなかったため、調査など不可能だっただろう。

 だが、俺たちもこの一年あまり、多くの本を読んだり、実際に魔法を使って検証を行ったりすることで、魔法に関する知識や理解度は大幅に向上した。

 専門家ほどとはいかないだろうが、ある程度の調査を行うことはできる。

 その結果判ったのが――。

「転移魔法の阻害?」

「あぁ、おそらくな。マジック・バッグに入らなかった時点で、予想していた部分はあったんだが……」

「それはオレも思ってた。意味ありげにボス部屋に並んでいる時点で」

「ですね」

 トーヤの言葉に、ナツキたちも同意するように頷く。

 宝箱に入っていたのならともかく、あんな風に設置されていて、時空魔法の何らかの魔道具、二一層では長距離転移が難しいという要素が集まった時点で、その考えに至るのは、当然といえば当然。

 俺とユキが、この水晶玉の効果をおおよそでも判断できたのは、その仮説があったからこそである。

「一個だとほとんど意味がないみたいだけどね。六個を正しい形できちんと設置することで効果を発揮する、そんな魔道具みたい」

「六個、無傷で手に入れられれば、かなりの額で売れたと思うんだが……俺たちの魔法で壊してしまったからなぁ」

 安全のために必要と思って使った魔法だから後悔はないが、莫大な収入を逃してしまったのは残念ではある。

「売れるのか? こんな魔道具が?」

「うん、売れるはずだよ。本にも載ってたからね、似たような魔道具が。防犯用みたい」

 たとえば王城のような重要施設。

 そんな所に転移魔法で簡単に侵入されたらシャレにならない。

 転移魔法を使える人は限られるとはいえ、そういった施設には、万が一に備えて、そんな装置が備え付けられているらしい。

 だが、本に載っている魔道具で防げるのはせいぜい数十メートルの範囲。

 キロ単位で転移を阻害していたこの魔道具に比べると、ずいぶんと効果は低い。

 つまり、これはそれだけ高価なのだ。

 ――水晶玉の数が揃っていれば。

「現状だと、ただでかいだけの水晶玉ってぇことか?」

「そうなる。魔道具としての価値はないが、水晶玉としての価値はあるから、それでも高級品ではあるが……どうする?」

 売るのか、持っておくのか、そう訊ねた俺に全員が難しそうな表情になる。

「このサイズだと、インテリアとしてもちょっと微妙よね」

「はい。下手な場所に置いてしまうと、収斂火災の危険性もありますからね」

「あぁ、窓際に丸い透明な物を置くのはダメってやつだよな」

 水晶玉以外にも、金魚鉢とか、瓶とか、凸レンズの役割を果たす物を置いて火事になったとか、物が焦げたとか、そんな事故がたまに発生していたからなぁ。

「窓際じゃなくても危ないんですよ? 夏場はともかく、冬場の夕暮れなどは部屋の奥まで日が差し込みますから、本当に気をつけておかないと」

「この家だと……たいていの場所はアウトね」

 この屋敷のすべての部屋は、南向きに窓がついているので、とても明るい。

 明るいのだが、逆に言うと、水晶玉を部屋のどこに置いても危険ということ。

 衝立でも置けば日を遮ることはできるが、そこまでして置きたいインテリアかと言われると……微妙。

 はっきり言えば、どこに飾っていても邪魔である。

 このサイズの水晶玉なんて。

「使い道、ねぇなぁ」

「ミーは売っちゃえば良いと思うの」

「それが無難か」

「ですね」

 売らずに持っておけば何かに使えるかも、という意見もあったが、地味にネックなのが、マジックバッグに入らないこと。

 壊れ物だし、重いし、球形で転がるしで、結構面倒くさい。

 珍しい魔道具ではあったが、結局この水晶玉は、お金に換えて各自に分配することになったのだった。

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