350 方針決定会議 (3)
一年前であれば、是非行きたいと答えたところだろうが、クレヴィリーまでの護衛依頼を経て、心境にも少し変化が出ていた。
ミジャーラでの光景が一般的だとは思わないが、あんな町では、とても観光だなんて気分にはなれない。
それから盗賊など、道中の危険。
あのときに襲ってきたのは軍の人間だったようだが、あのレベルの盗賊がいない保証も、またないのだ。
俺たちよりも強い敵がいる。
そのことは当然、頭では理解していたが、あの時改めて、身体で理解したことは大きい。
状況によっては、死ぬこともあるのだと。
「……まず、外国に行くのは、かなりの注意が必要でしょうね。この国に隣接する国のうち、少なくともユピクリスア帝国とフェグレイ王国、この二つに入るのは避けるべきでしょう」
「差別、大きいみたいだもんなぁ」
人間以外は危険。そんな国である。
いや、フェグレイ王国の方は、人間でも危険か。
かなり不安定な国みたいなので。
「オースティアニム公国はその面では大丈夫みたいですが……」
「道中の安全だよな。まともな地図もないし」
大きな街道だけを選んで旅をすれば、そこまで危険性は高くないし、道に迷うこともないようなのだが……。
「命を危険にさらしてまで、観光する必要があるのかといえば……どうなんだ?」
「程度問題でしょ。レーニアム王国内だけで旅をするなら、そこまで危険じゃないみたいだし」
「例えば、海水浴に行こう、とか思うと、マジで命がけになりそうだけどな! はっはっは!」
トーヤは笑うが、シャレになっていないあたり、困る。
ラブコメにはありがちな、キャッキャウフフが遠すぎる。
距離的にも、難易度的にも。
気分的には、日本から陸路(徒歩と馬車)でユーラシア大陸を横断、地中海に海水浴に行くようなものである。
事前情報もないので、紛争地帯を避けることもできない。
「まぁ、俺たちはこの町に来てまだ一年ほど。観光云々を考えるのは、当分先でも良いだろ。年齢を考えれば俺たちはまだ学生、数年は真面目にレベルアップに励んでも罰は当たらない」
「一理あるわね。この世界での旅行のハードルの高さを考えれば、そのぐらいの準備期間、あっても良いと思うわ」
「稼げなくなっているわけでは、ないですしね」
「行商ってわけじゃないけど、これからの数年で手に入れた素材を、行く先々で売っても良いかも? ラファンだと、売れる量に限界がありそうだし」
「それも、ありか」
銘木にしても、アイアン・ゴーレムにしても、ある程度の量であればそれなりの価格で買い取ってもらえるだろうし、それだけでも生活費は十分にまかなえる。
であるならば、ユキのいう通り、売れない素材は無理に売ろうとはせず、貯め込んでおくのも一つの手。
絶対に勝てない敵が出現したというわけでもなし、今はこのままダンジョン探索を進めていくのが妥当なのかもしれない。
「つーことは、結局のところ、やることは変わらずかぁ~。――なぁ、時間をかけて話し合った意味、あったか?」
ヤレヤレとばかりに肩をすくめ、首を振るトーヤだったが、そんな彼にハルカは少しあきれたような視線を向け、少し含みのある笑みを浮かべた。
「あら、トーヤ、意思のすりあわせは重要よ? 予定が判らなければ、使って良い予算とかも決めにくいじゃない? ――もちろん、分配されたお金をどう使うかは、自由なんだけどね?」
「食べるのには困りませんから、気持ちは解らなくはないですが……貯蓄は重要ですよ?」
「そうそう。現状、ハルカが共通費を管理してるから、困ってないだけなんだから」
「うぐっ……」
三人揃ってそんな風に言われ、トーヤが言葉に詰まる。
実際、冒険に必要な物や食費などは全部共通費から出ているし、俺たちが普段着として使っている服も、ハルカたちのお手製で、金は払っていない。
生活に関する部分を任せているので、自分の所持金がゼロでもさほど困らないのが、今の環境。
俺に関して言えば、自分の金で買った物など、ハルカに贈った指輪とか、その程度である。
――もっとも、それで大半の金が吹っ飛んだのだが。
給料三ヶ月分とか、目じゃないぐらいに。
ミスリル、マジ高い。
「ま、トーヤも程々にね。それに、あたしとしては、メアリたちの気持ちが聞けたことも良かったと思ってるよ? どうするのかなぁ、どうしてあげたら良いかなぁ、と思ってたところ、あるし」
「そうなんですか?」
少し不思議そうなメアリに、ユキは深く頷く。
「そりゃね。あたしたちだって――あまり経験豊富じゃないし?」
ユキは少し言葉を濁したが、子供を育てる――とまで言うと、少し言いすぎかもしれないが、子供を引き取った上で、成人まで面倒を見る、そんな経験をしたことはないし、こちらの世界の知識も乏しい。
もちろん、【異世界の常識】などのスキルはあるが、それだけで上手くいくほど、甘いものではないだろう。
その程度で上手くいくなら、子供の虐待やら、非行やら、そのへんの社会問題も、もっと簡単に解決しているはずだ。
「私たちは感謝してますし、不満はないですよ? ねぇ、ミー?」
「うん。ミーたちはすっごく幸運だったの。普通なら、生きてないの。改めて、ありがとうなの」
「ですね。ありがとうございます、助けていただいて」
そう言って、揃って頭を下げた姉妹の表情を見るに、俺たちの選択は間違っていなかったのだろう。
そのことを感じた俺たちは、顔を見合わせて頬を緩めた。
「さて! 堅い話はこのくらいにして、美味しい話をしましょう」
「美味しい話? 美味しいのは大歓迎なの!」
会議の間は概ね真面目な表情を浮かべていたミーティアが、嬉しそうな声を上げた。
――ちなみに、表情は真面目でも、食欲が落ちるわけではなかったようで、大皿に盛られていたお菓子は、大半がなくなっているのだが。
「ん? 昼飯か?」
時間的にはそろそろお昼。
そう訊ねたトーヤに、ナツキは頷きつつ立ち上がる。
「それもありますが、その前に。お味噌とお醤油の味見です」
ハルカたちと手分けしてナツキが持ってきたのは、お
それらの器を、俺たちの前に一〇個ずつ置く。
「見ての通り、お味噌汁と澄まし汁が五種類ずつです。具はあえて入れていませんが、出汁はあご出汁……いえ、フライング・ガー出汁です。もっと多くの種類を作ったのですが、私の方で五種類まで絞っておきました」
「ほうほう……結構色に差があるな?」
澄まし汁の方はほとんど同じなのだが、味噌汁の方は薄茶色から少し赤みがかかった物まで、はっきりと色に違いがある。
「材料の配合の違いですね。熟成時間によってどんどん変化していきますが……取りあえず現状でどれが良いか意見を求めたいと思います」
「おう、じゃあ、早速……」
最初に手を出したのはトーヤだったが、すぐに俺も目の前に並んでいる器を手に取り、味を確認していく。
……ふむ。美味い。文句なく。
フライング・ガー出汁――いや、面倒だからあご出汁で良いか。
あご出汁の旨みはもちろんだが、久しぶりに食べる味噌と醤油の味がとても良い。
インスピール・ソースは代替品として十分に優秀だったが、どこまでも代替品。
こうやって実際に食べてみれば、本物にはかなわない。
懐かしい味に、ともすればホロリと涙がこぼれそうである。
その懐かしさを脇に置き、再度味わって比較してみるが、これはなかなか難しい。
すでにナツキが選別してあるだけあって、間違いなくどれも美味いのだから。
「左から一番、二番として、どれが美味しかったですか?」
全員が味わい終わるのを待ち、ナツキがそう訊ねたが、誰からもすぐに答えは返ってこなかった。
いや、一人、すぐに答えた人はいるのだが――。
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