328 再始動 (1)
「戸板の出番だな。トーヤ、大丈夫なんだよな?」
「もちろん実験済みだ。自分で使うんだからな」
トーヤがそう言いながら、マジックバッグからズリズリと引き出したのは、正に戸板。
古民家の雨戸とかに使われていそうな代物である。
違いといえば、かなりぶ厚いことと、背負えるように肩紐が取り付けられていることか。
あ、よく見ればあともう一点、肩紐の少し上の部分に、横に細長い布袋が取り付けられているな。
「その上に付いている布袋は?」
「あぁ、これはパラシュートだ。これを背負うと、バックパックを背負えなくなるからな。落ちたら、困るだろ?」
「なるほど……?」
ナツキの作ったパラシュートは、バックパックに取り付けるアタッチメント方式で、当然、全員のバックパックに取り付けられている。
だからこそトーヤが、バックパックを背負っていない間の対策として、これを考えたのは判るのだが……トーヤ、その戸板を背負って落下するつもりなのか?
下は川だぞ?
それで川に入ったら、溺れないか?
戸板にパラシュートを付ける前に、戸板のキャストオフを考えるべきだと思うのだが……。
チラリとナツキを見れば、彼女も知らなかったのか、目を丸くしている。
……うん、次への検討課題としておこう。
今更、変更できないし。
可能なら即座にキャストオフする機構と、トーヤと戸板、両方に独立したパラシュートを付けるようにすべきだな。
「ちなみに、間に鉄板が入っているからな。なかなかに重いぞ?」
「どれ……っ、お、重っ!」
トーヤにホイと渡されて、持ってみたその戸板はズシリと重く、俺の筋力ではふらつくほど。
これを背負って縄梯子を上り下りとか……うん、無理。
「トーヤ、これ、大丈夫なのか? 体力的に」
「これを背負っての戦闘は無理だが、上り下りぐらいなら、なんとか?」
トーヤはバックパックを下ろし、俺が「よいせっ!」と返した戸板を軽く背負うと、その場を普通に歩いてみせる。
「おー、さすがだな……」
「やっぱり体力は随一だよねー、トーヤは」
その後ろ姿は、文字通り歩く戸板。
トーヤの全身が完全に隠れて、まったく見えない。
これなら厚い板と鉄板を貫かれない限り、危険性はなさそうである。
その重さにさえ、耐えられるのならば。
俺は無理。
そして、これを背負ったトーヤを支えるのも無理。
もしトーヤが落下したならば、共に水泳するしかないだろう。
「縄梯子の方は大丈夫なの? 重量的に」
「そっちも対策済み。前回のこともあったからな。少し太めのワイヤーにしてもらった」
「あぁ、新しくなっただけじゃないのか」
前回の崩落で傷が付いたので、補修してもらったのは知っていたが、太さも変更されていたらしい。
見ただけではあまり差が判らなかったのだが、プロが大丈夫だというのだから、大丈夫なのだろう。
「そいじゃ、行ってくる! アローヘッド・イーグルの方の対処は頼むな? まったく見えないから」
「えぇ、そちらは任せて」
弓を構えるハルカを見て、トーヤは『うむ』と頷くと、縄梯子に足を掛けてゆっくりと下りていく。
問題がないとは言っていても、あの戸板の重量を考えれば、自重が二倍ぐらいにはなっているはず。かなり慎重に行動しなければ危ないだろう。
そして、トーヤが五メートルほど下りたところで最初にやって来たのは、やはりアローヘッド・イーグル。それが四羽。
俺たちもだいぶ慣れてきたので、死体が岩棚の上に落ちる位置で、ハルカが一羽、俺が二羽、ユキが一羽の割り当てで撃ち抜く。
あっさりと命を刈り取られたアローヘッド・イーグルは、慣性のままにトーヤの方へ。
ドン、ドン、と戸板にぶつかり、なかなかに良い音を奏でる。
「おぃぃ! 背中にぶつかってんだけど!?」
「問題ない。そいつはもう死んでいる」
「……その台詞、死体が爆発しそうで怖いんだが?」
不本意そうな表情で見上げるトーヤだが、確実に岩棚に落とそうと思ったら、かなりの近距離で迎撃することになるわけで。
かなりの速度で飛んできている以上、トーヤにぶつかる物も出てくるわけだ。
だって、せっかく斃すなら回収したいじゃん?
「フライング・ガーも防ぐんでしょ? アローヘッド・イーグルなら、仮に死んでなくても大丈夫よ」
「衝撃が強いんだよ、サイズが大きいから!」
そんなに気にする必要がないと言う俺たちに、トーヤは抗議の声を上げるが、そこに年少組から声援が送られる。
「トーヤお兄ちゃん、頑張って、なの! アローヘッド・イーグルも美味しいの!」
「焼き鳥ですよ、トーヤさん!」
「うぐっ……まぁ、事前に言ってくれれば、問題はねぇけどよ」
事実、アローヘッド・イーグルの焼き鳥は、結構美味かった。
特にモモ肉。
猛禽類っぽいし、足で獲物を掴んだりするためか、モモ肉はかなり太く、引き締まって、程よい歯応えがあるのにパサついたところがない。
豚っぽい肉や牛っぽい肉に比べ、鳥の肉は手に入りづらいだけに、それなりのサイズがあるアローヘッド・イーグルは貴重。
一応、フレイム・ピーコックやビッグ・オストリッチも分類としては鳥なんだろうが、あんまり肉が鳥っぽくないというか、獣臭いというか……特に後者は。
いくら他に美味い肉があっても、焼き鳥は焼き鳥で食べたいのだ。
「ただ、足を上げているときだと危険だから、ぶつかる前に教えてくれ。身構えるから」
「了解。あー、そろそろぶつかるぞ。フライング・ガーが」
「へっ? ……おわっ!?」
俺の警告に一瞬だけ呆けて、すぐに縄梯子をガッシリと掴んだトーヤの背中に、フライング・ガーが「ガガガガッ」と突き立った。
――もちろん、突き立ったのは、その背中に背負われた戸板に、であるが。
「お、おぉぉ……」
「「わぁぁぁ」」
フライング・ガーが大量に突き立つ衝撃に、なんとも言えない声を上げたトーヤに対し、メアリたちから上がったのは歓声。
言うまでもなく、大量のお魚が嬉しいのだろう。
「トーヤ、大丈夫? 背中、痛かったりしない?」
「あ、あぁ、問題ない。きっちり防げている。重いけど」
「大盤振る舞いだからな」
途中の崖を転移でスキップしたからか、飛んで来たフライング・ガーの数は、恐らく過去最大。
それらがすべて戸板に突き刺さっているのだから、重くもなるだろう。
「……しかし、かなりシュールな光景ね」
「そうですね。ビチビチ動いているのがまた……」
戸板を背負って縄梯子を下りること自体、かなりシュールなのに、その戸板には大量の魚が突き刺さり、ビチビチと尾を振っているのだから、何というか……表現に困る。
「でも、お魚はいっぱいなの!」
「あぁ、そうだな。目的はきっちり、達しているな」
トーヤの背中を守るという目的も、フライング・ガーを効率的に捕るという目的も。
「よし、トーヤ、おかわりはないみたいだ。下りても大丈夫だぞ」
「了~解~」
再び梯子を下り始めたトーヤを上から見守ること、暫し。
追加でアローヘッド・イーグルが飛んで来ることも、フライング・ガーが飛んで来ることもなく、トーヤは下の岩棚へと下り立った。
「大丈夫、みたいね。それじゃ順番に下りていきましょ。最後は……やっぱり、ナオかしら」
「俺? ……まぁ、順当か」
残ったメンバーを見て、俺は頷く。
最後に下りる人は、縄梯子を取り外し、ロープで下りることになるのだが、前回その担当はトーヤだった。体力的に適任だったので。
今回はトーヤが最初に下りているので、残ったメンバーの中で誰がやるかとなれば、俺ということになるだろう。
さすがにトーヤに、『もう一度上がってこい』と言えるほど、俺は鬼畜じゃない。
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