312 休息と探索 (4)
翌日は朝早くから起き出し、俺たちは岩山の調査を始めた。
まずは山沿いに、川のあった方向へと向かう。
そして、岩山の裂け目から川が流れ出している場所まで到達したのだが、残念ながらそこまでの間に、登れそうな場所も、気になる場所も存在しなかった。
仕方なしに戻って、今度は反対側へ。
やや湾曲している山裾を、野営した場所から一時間ほど歩いた頃、それは現れた。
岩肌にポッカリと空いた穴。
洞窟と言うには綺麗な作り。
ちょうどここのダンジョンの入口にも似ているが、床や天井、それに壁面に関しても更に滑らかで、人工的な物を感じさせる。
「ダンジョンの入口、ってわけじゃないよな。すでにここ、ダンジョン内だし」
「はい。周囲は自然の森のように見えますけどね。これはダンジョンの作った通路、みたいな物でしょうね、やはり」
一〇層までがこんな感じだったので、そう不思議というわけではないが……。
「これ、入ってみるしか無いよな? たぶん、上に続いている道だよな?」
「そう、だと思いますが……。方向的には、二一層の入口がこの先ですから」
ナツキが指さしたのは岩山の上。
そこからここへ至る、正規ルートがあるはずである。
ダンジョンなのだから。
まさか、あの高さの崖をひたすら降り、川を下ってここに至るのが正規ルート、この入口は更に下へ続いている……なんて事は、無いと思いたい。
「入る……か?」
「しかないでしょう。コンディションとしても、悪くない状態ですし」
幸いなことに、岩山沿いに魔物は出現しなかったので、魔力消費は無し。
体力に関しても、単に一、二時間ほど歩いただけ。
この状態で先に進めないのであれば、もうどうしようも無い。詰みである。
俺とナツキは顔を見合わせ、軽く頷いてその通路へと侵入する。
高さ、幅共に二メートルほどの、あまり広くは無い通路。
そこを慎重に進むこと数分。
その先にあったのは、どこか既視感のある小部屋だった。
正面に扉、右側に宝箱、左側には恐らく転移陣――。
「って、これ、ボス部屋……の先にある部屋じゃないか?」
「え、えぇ、そんな気がします……?」
この状況、普通なら喜ぶべきところなのだが、あまりにも予想外だったため、ナツキの顔に浮かんでいるのは喜びよりも困惑の方が大きい。
そしてそれは、俺も同じだろう。
「う、う~む、これで帰還の心配は無くなったわけだが……なんか、拍子抜け?」
「考えてみれば、ルートを遡ればこういう状況もあり得るわけですが、これまでは階層の区切りにありましたからね」
一層のスケルトン・キング、二層のタイラント・ピッカウという例外はあったが、それ以降は連続してボスが出ることは無かったし、一層のスケルトン・キングをボスと呼んで良いのかには疑問がある。
その上、今回は下の階層に降りる階段も無いわけで。
同じ階層内のエリアを、ボス部屋で区切っているような感じなのだろうか?
「何はともあれ、宝箱は回収しておくか」
「ですね。えっと……これは、
ナツキが宝箱から取りだしたのは、柄の長さがナツキの顎の辺りまであるハンマー。
頭の部分は俺の握りこぶし二つ分ほどで、その形からしても彼女の言うとおり、武器としてのハンマー、所謂戦槌だろう。
「ちょっと貸してくれ。ふむ……思ったよりも使いやすそうな武器だな」
試しに軽く素振りしてみると、重量バランスがちょうど良いのか、パーティーの中では非力な方の俺でも、それなりに振り回せる。
もちろん、『それなりに』であり、何の訓練もしていない俺が、この武器でこの辺の魔物と戦えば、怪我では済まないとは思うが。
逆にトーヤぐらいの膂力があれば、スキル無しでも何とかなるかもしれない。
「これまでのパターンからすれば、何らかの特殊な効果を持つ可能性もありますし、これは持ち帰って鑑定が必要ですね」
「あぁ。とりあえずは、仕舞っておこう」
戦槌をマジックバッグに収納すれば、あと気になるのは一つの扉。
こちらも、これまでのパターンから言えば――。
「あの向こう、ボスがいるよな、たぶん」
「えぇ、おそらくは。……確認、してみますか?」
俺の顔を窺うように見るナツキに、俺はしばらく「う~ん」と唸った後、渋々ながら頷く。
「戦うかどうかは別にして、見ないわけにはいかないだろうな」
今後、このダンジョンの探索を止めるというのなら、あんな扉は見なかったことにして転移陣で逃げ帰るのも一つの選択肢。
だが俺たち、限界を決めてしまうには、さすがに若すぎるだろう。
それにここで確認しておけば、あまりにもヤバい物がいた場合には、探索を一時中断して、レベルアップに励む事もできるわけで。
「危なくなったら、転移陣に飛び込む。それで良いよな?」
「はい」
俺とナツキは扉の前にスタンバイして、二人して隙間からのぞき込める様な位置を取った。
「……それじゃ、開けるぞ?」
極力音がしないよう、ゆっくりと扉を開けて数センチほどの隙間を作り、そこに顔を寄せる。
そこから見えたのは、いつものボス部屋と同じ様な広い部屋。
すぐに目に付くのは、その部屋の内周部分に並んでいる六つの台座。
扉のすぐ傍に一つ、正面に見える本来の入口部分に一つ、そして左右の壁際に二つずつ。
高さ五〇センチほどのその台座の上には、直径三〇センチほどの透明な玉が置かれていて、その玉を抱える様に石像が作られていた。
石像の大きさは、座った状態で一メートルほど。
翼と二本の角があり、長い尻尾も付いている。
一見するとガーゴイルっぽいが、なかなかにマッシブで、俺の印象的には、どちらかと言えば悪魔みたいな姿。
部屋の中にあるのはそれらだけで、魔物の姿は見えない。
これまでのボスは大きい魔物ばかりだったので、いるならば見落とすはずも無いのだが……。
「なーんか、嫌な感じだな」
「私もです。ここから攻撃してみますか? あの石像。どう見ても怪しいですし」
「うん。あれが敵じゃなければ、そちらの方が驚く――いや、この怪しげな配置。部屋に入った途端、中心部分から何か出現するって事も?」
あの玉、その不思議な力で召喚されるとか……?
「つまり、どちらにしても、破壊して損は無いって事ですね」
「……いや、まぁ、そうなんだが」
何というか、変身ヒーローの変身中に攻撃を仕掛けるような気分である。
だが、ロマンよりも実利。
天秤の片方に、自分たちの命が載っているなら躊躇はしない。
「このパターンなら、『
敵(推定)が動いていないのなら、最大威力の魔法を使う良い機会である。
俺は一番近くの台座、その上にある石像の胴体を狙い、魔法の準備に入る。
「……あ、う、動いてます!」
俺が攻撃しようとしていること感知したのか、ナツキの言うとおり、すべての石像が動き始めていた。
だがその動きは未だ遅く――。
「『
魔法が発動する、その瞬間。
すべての石像が一斉に飛び上がった。
「くっ!」
魔法の発動は一瞬遅かったが、狙った石像の膝から下と尻尾の先の切断に成功する。
しかし、それによるダメージがどの程度なのか。
その石像も他の五体と同じように、翼をはためかせて空中に浮いたまま。
動き出したことで【看破】できたのだが、やはり対象はガーゴイルだったようだ。
【飛行】というスキルに加え、【爪撃】や【尾撃】というスキルも見える。
前者はともかく、後者は尻尾による攻撃だろうか……?
「――っ! 速――」
ガーゴイルが空中に滞空していたのは僅かな時間だった。
一斉に俺たちの方へ視線を向けると、一気に滑空――。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
攻撃が到達する前に、素早く扉を閉めたのはナツキだった。
そのまま扉を押さえるナツキに助力して俺も扉を押さえると、扉に何かがぶつかる重い音が三回。鈍い振動が伝わってくる。
ここの扉の素材は、石のような、コンクリのような、硬そうな素材。
だが、このまま攻撃を受け止め続けられるかと言えば、正直心許ない。
そもそも一番の問題は、俺たちの筋力。
二人で押さえていても、攻撃が加えられる度に扉が僅かに開くのだから、六体全部での力押しになれば支えきれないだろう。
「ナツキ! 逃げるぞ!!」
「はい! カウントします! ――三、二、一!」
ゼロのタイミングで、俺たちは扉から離れ、転移陣へ走る。
そこに飛び込んだ途端、バンッと開かれる扉、激突するように地面に着地するガーゴイル。
だが次の瞬間、俺たちの姿はその部屋から消えたのだった。
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