299 二一層 (2)

「それって、明らかに、この階層のせいでしょ」

 ハルカが雄大な景色を見回して言うと、トーヤもまた同意するように頷く。

「だよな。階段、メッチャ長かったし、この空の高さとか……いや、空は二〇層までも一緒だったか」

「うん。天井は見えなかったけど、転移ポイントを感知した距離から言えば、そこまで高くはなかったんだよね」

「階段の長さ自体は、感知できなくなるような距離じゃないが……空間が歪んでいるのか?」

「あり得ますね。そもそも、ダンジョン自体、普通に地面の下にあるわけじゃないですから」

 場所的にダンジョンの上に位置する地面を掘っても、ダンジョンには到達できないように、ダンジョンの床を掘っていっても、下の層に到達するとは限らない、らしい。

 到達する場合もあるようだが、二〇層から二一層は、確実に到達しないタイプだろう。

 と言うか、到達してしまったら、落下して確実に死ぬ。

 階段の長さ、そのままの高さしか無かったとしても。

「……まぁ、ここに転移ポイントを設置してしまえば、実用上は問題ない、か?」

「そうよね。それなりに転移ポイントの在庫はあるし」

 最初の頃に比べ、錬金術のレベルも上がっているため、転移ポイントはある程度の余裕を見て、マジックバッグ内に確保している。

 少し多めに使ったところで、ハルカたちの手間とコストが、多少余計にかかるだけで済む。

 必要コストが低いとは言えないのだが、命の保険として使うなら、問題ないレベルだろう。

「問題はどこから降りるか、だけど……」

「こうやって見てみると、何カ所か、降りられそうな場所があるんだな」

 その場で地面に這いつくばるようにして、崖下を見下ろすトーヤに倣い、俺もまた見てみると、崖沿いの道に沿うようにして、数十メートル下に何カ所も飛び出た岩棚が見える。

 はっきりは見えないのだが、崖をえぐるようにして、その岩棚から細い道が続いている……のか?

 崖がひさしになっているようにも見え、ここからでは判りにくい。

「普通に、一番近いところで良いんじゃないかな?」

「そうですね。転移で戻ることを考えると、ここに近いところが良いでしょうし」

「と、なると、あそこか」

 階段を下りた所にある広場、そこから右側に伸びる道を一〇メートルほど進んだ場所の下に見える岩棚が、最も近い降下ポイントとなるだろう。

「一番手は、やっぱオレだよな?」

「他に誰がいる?」

 何かにつけてトーヤに一番手を任せてしまうのは申し訳ないとは思うのだが、一番堅いのが彼なので、合理的に考えればそうならざるを得ない。

「だよな。解ってた」

「あの……何だったら、私が代わっても――」

「さすがにそれは受けられねぇよ、メアリ」

 遠慮がちに口を出したメアリに、トーヤは苦笑して首を振る。

 獣人という事を考慮に入れると、もしかすると肉体強度的には、俺やユキよりも上かもしれないが、さすがに彼女に任せるぐらいなら、俺が行く方がマシ。

 そしてそれ以上に適任なのがトーヤなのだから、むべなるかな。

「ごめんね~、トーヤ。でも、代わりがいないから。決して、男女差別、とかいうわけじゃないんだよ?」

「わーってるよ。治癒担当は論外、年少組も除けば、ユキとナオ。二人と比べりゃ、オレの役目になるって事ぐらい」

「サポートはするから頑張れ」

 ため息をつきつつ、命綱を結び始めるトーヤの肩を叩き、俺は地面に杭を打ち込む。

 降りる時に使うのは縄梯子だが、万が一に備えてきちんと命綱も結んでおく。

「ナオ、ロック・スパイダーは? 降りている途中で攻撃されたら、さすがに危険よ?」

「ここの壁面に関しては大丈夫っぽい。……が、一応、チェックしてみるか」

 索敵に反応は無いが、相手は隠れるのが得意な敵である。

 万が一に備えて、何カ所か怪しげな岩には軽く魔法を撃ち込んでみるが……反応は無し。

「よし。それじゃトーヤ、逝ってこい」

 そう言いながら崖の方を指さした俺に、トーヤは訝しげに首を傾げる。

「なんか今の、イントネーションが違わなかったか……?」

「違わない、違わない。周囲の警戒はしておくから心配するな」

「そうか? まぁ、行くけどよ」

「あ、そうだ、トーヤ。ついでにそのへんに生えている、スタック・マッシュやフローニオンも採取しておいてね」

 しっかりと命綱を付けたトーヤが、縄梯子に足を掛けたところでそんな事を言ったのは、ユキ。

 そしてそれに同意するように、ハルカやナツキも頷く。

「ですね。それらがあれば料理の幅も広がりますし」

「この緊張状態で、それを言う? まぁ、余裕があればな」

「トーヤお兄ちゃん、ガンバレ!」

「おう」

 ミーティアからも声援を受け、トーヤは崖を下り始める。

 残っている縄梯子の長さから考えて、下の岩棚までは二〇メートルを優に超えているだろうか。なかなかに高い。

 俺たちの高校で一番高い校舎が、四階建て。

 降りる距離はそれの二倍ほどもあり、しかもそれは岩棚までの高さ。

 その下には底が見えない崖が続いているのだから、そんな高さから縄梯子で下り始めるとか、なかなかに恐怖である。

 だがトーヤは律儀な事に、手の届く範囲にあるスタック・マッシュやフローニオンはきちんと回収しつつ、下へ。

 そして、慎重に足を運ぶトーヤが三メートルほども降りた時、俺の【索敵】に反応があった。

「なっ! 速い!? 上!」

「鳥!?」

 俺の言葉に即座に反応したのはハルカ。

 索敵の範囲外、上空高くから一気に突っ込んできたのは、鷹のような鳥が三羽。

 まったく羽ばたくこともなく、無音で突っ込んでくる。

「――っ!」

 最初の攻撃もハルカだった。

 魔法の威力で負けるつもりは無いが、射程の長さで言うと、ハルカの弓には敵わない。

 素早く矢をつがえたハルカが、弦から手を離すと同時に空を走った矢が、一羽の鳥に向かう。

 直撃コース。

 だが、敵もそのまま突っ込んできたりはしなかった。

 僅かに羽の角度を変えて回避に移るが、それに成功するよりも、ハルカの矢が羽を貫く方が早かった。

 胴体への直撃こそ避けたものの、羽をやられては飛ぶこともできず、そのまま崖に突っ込みながら落下していく。

「「『火矢ファイア・アロー』!」」

 次の攻撃は、俺とユキが同時。

 射程範囲に入ったところで、『火矢』が敵の胴体を貫き、その二羽もまた崖下へと落ちていった。

「あ、焦ったぁぁ……」

 それを見て安堵の息を吐いたのは、もちろん縄梯子を下りていたトーヤ。

 あの鳥は明らかに彼を狙っていたし、トーヤの状態では避けることも難しい。

「すまん。索敵範囲外だった」

「いや、それは良いんだが……ナオの索敵範囲外から攻撃を開始するとか、どんだけ目が良いんだよ……」

「正に、鷹の目、ね。本家本元の」

「俺の【鷹の目】スキル、負けてる?」

 どれほど遠くからトーヤを認識したのかは不明だが、確実に狙っていたところを見れば、かなり目が良いことは間違いないだろう。

「ま、油断できないって事――っ! また! しかも、多い!」

 今度反応があったのは、左前方、滝の上部。

 そこから一気に接近してくる反応がある。

 目を向ければ小さな点がこちらに向かって飛んできていた。

「くっ! 的が小さすぎる!」

 再び素早く弓を構えたハルカだったが、黒い点にしか見えない敵に厳しそうな声を漏らす。

「ナオ、あれ、なに!?」

「たぶん、魚!」

 まだ遠く、正面から向かって来ているのではっきりとは見えないのだが、おそらくはトビウオのような魚。

 ただし、形状はダツのようで、その頭には長く鋭いふんが突き出ている。

 斜め上方から、滑るように飛んでくる無数の点。

 ある程度近づいたところでハルカから矢が飛ぶが、さすがのハルカでも、かすめるだけで撃ち落とすには至らない。

 それを確認するか否か、ハルカは弓を捨て、手を突き出す。

「「『火矢ファイア・アロー』!」」

「――『火炎放射ファイアー・ジェット』!」

 即座に慣れた魔法を使ったユキとハルカに対し、一瞬悩んで、不完全な魔法を使った俺。

 敵の多さを考えての魔法だったのだが、結果から言えば、完全に不正解。

 ユキたちの魔法が正解とは言わないが、それでも一匹ずつは弾き飛ばした彼女たちに対し、敵は俺の噴射した炎を簡単に突き抜けて来た。

 魔法が不完全なこともあるだろうが、一番の原因は使った魔法が火魔法だったことだろう。

 攻撃力が高く、使い勝手の良い魔法である火魔法だが、欠点が無いわけではない。

 その事は理解していた――いや、正確に言うならば知ってはいても、あまり深刻に問題とは思っていなかった。

 だが、その欠点がここに来て露呈した。

 それは質量に乏しい事。

 例えば突進してくるオーク。

 『火矢ファイア・アロー』で頭を吹き飛ばしても、その身体は慣性のまま、こちらへと転がってくる。

 それは、『火矢』自体には、相手を押し返すような効果が無いため。

 多少の爆発力はあるのだが、貫通力の方が強いため、後ろに吹っ飛んでいったりはしないのだ。

 そしてそれよりも効果が低いのが『火炎放射ファイアー・ジェット』。

 広範囲の敵を焼ける魔法ではあるのだが、少なくとも今の俺が使えるような物では、一瞬にして焼き尽くせるような威力はない。

 つまり、炎を突っ切って敵が飛んでくる。

 それの生死は別として、それ自体が既に脅威である。

「トーヤ!」

 炎を突き破った空飛ぶダツは、狙い違わず縄梯子を上がろうとしているトーヤへと向かい――。

「ぬあぁぁぁ!」

 トーヤが岩壁を蹴って跳んだ。

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