297 ボーナス
【登攀】スキルを得て帰宅したその翌日は、明日からのダンジョン探索に備えて休養日とした。
休養日なので、トーヤとメアリ、ミーティアを除く四人は、居間でゴロゴロと、文字通りに休養。
メアリとミーティアは孤児院へと遊びに行き、トーヤはそれに付いて行ったのだ。
先ほどまではナツキも、薬学の実験室で登攀訓練に行く前に仕込んでおいた物から、カビを取り分けていたのだが、今は一段落して休んでいた。
もちろん、カビと言っても単なるカビでは無く、目的はコウジカビ。
何種類かピックアップして、シャーレ(俺の土魔法謹製)で培養、実際に澱粉を糖に分解できるか実験するらしい。
もちろん、闇雲にカビを集めたわけではなく、コウジカビの分離方法を試した上での実験なのだが、実験結果の確認方法が『実際に食べてみる』らしいから、なかなかにチャレンジングである。
ナツキ曰く『私には【毒耐性】がありますから、大丈夫ですよ』との事だが……う~む。
まぁ、ナツキとハルカ、治療の専門家がいるのだから、大丈夫だと思うしかないだろう。
「しかし、こうして居間で昼間から寛ぐのも久しぶりだな」
「そうね、最近はパーティーの準備とか、ロッククライミングに使う道具の準備とかで、慌ただしかったし」
「あと、ナオとハルカのペアリングの用意ね。地味に大変だったんだよ? 職人を急かして、『アジャスト』の練習して、本番で成功させて、と」
「はいはい、ありがと。あの時、静かにフェードアウトしてくれていれば、最高の仕事だったわね」
「うん、あれは失敗だったね。しっかりと目に焼き付けるだけにして、後から利用すべきだったよ」
ウンウンと頷くユキに、ハルカがちろりと冷たい視線を向ける。
「……反省が足りないみたいね?」
「冗談! 冗談だから! アレは……そう! お酒が残っていたんだよ! 怖いよね、お酒って。飲んでも飲まれるな! だね!」
焦ったように言葉を連ねるユキに向かって、寝転んでいたハルカがゆっくりと近づこうとした時、居間の扉が開いた。
視線をそちらに向けると、そこに立っていたのはトーヤだった。
そして彼は開口一番、言い放った。
「アドヴァストリス様に重課金ボーナスをもらったぞ」
その言葉に俺たち全員が即座に互いの顔を見回し、状況を理解、ホッと息を吐いた。
俺たちのそんな行動が気に入らなかったのか、トーヤは少し不満げな表情を浮かべる。
「いや、さすがに確認してるぞ? オレが最後って事は。じゃなきゃ、言わねぇよ」
まぁ、そりゃそうか。
いくら何でも、何も考えずに言うわけが無いよな。
ちょうどメアリとミーティアもいないことだし。
あの二人、暇な時には結構な頻度で、孤児院を訪れているみたいなんだよな。
やはり、年齢層が同じぐらいだからか、孤児たちとも仲が良い様子。
楽しく過ごせているのであれば、俺たちとしても、引き取った甲斐がある。
「つまり、私たち全員が、重課金ボーナスをもらえたって事ね」
「それなりに寄付、続けてたからな、俺たち。これでやっと口に出せるわけだが……みんな、何をもらったんだ? 俺は【ラッキー!】って、微妙な代物だったんだが」
「私は【無病息災】でした」
「あたしは【体力アップ】」
「オレは【フサフサ】っての」
「【フサフサ】? 微妙に気になる恩恵だが……ハルカは?」
俺たちが口々に何をもらったか言う中、一人だけ沈黙を保っているハルカに話を振ると、彼女は少し視線を逸らし、頬を染める。
「わ、私は……あ、【安産】」
「あ、うん。そっ、そうか……コホン」
小さな声で答えたハルカに、俺も曖昧な返答をして咳払い。
ユキたちのニヤニヤが気になるが、それは無視してトーヤに尋ねる。
「えっと、トーヤの【フサフサ】って、どんな意味があるんだ? 十分フサフサだろ、お前の耳とか尻尾とか。キューティクルが良い感じになるのか?」
「いや、禿げ防止だと」
「禿げ……防止……?」
それは……ちょっと重要か?
禿げた獣人って……頭だけならまだしも、耳や尻尾の毛が無くなったら、かなり悲しい事になりかねないし。
「いや、そもそも獣人って禿げるのか?」
「滅多に無いみたいだが、ゼロじゃない、らしい。頭だけだけどな」
「頭だけ……なるほど。まぁ、人間でも、頭ツルツルで髭はフサフサってのもあるし、あり得るか」
そもそも何で頭だけ禿げるんだろうな?
髭とかなら、影響も少ないのに。
もっとも、日本人が禿げを厭うようになったのはごく最近の話で、それは某カツラメーカーのプロモーションのせいとか何とか。
昔は剃っている人も多かった事を考えると……日本人、流され易すぎである。
給料三ヶ月分の指輪とか、ダイヤモンドが永遠の輝きだとか、バレンタインデーにチョコレートだとか。全部売る方の都合である。
……ハルカに給料三ヶ月どころじゃない、指輪を贈っている俺が言うのも何だが。
「オレとしては、ナオの方が気になるけどな。何だよ、【ラッキー!】って」
「これもそのままだな。なんか、ラッキーになるらしい。微妙に」
「微妙に?」
「微妙に。アドヴァストリス様が言うには、膝に矢を受ける場面で、その矢が太股にズレるぐらいの幸運、らしい」
その効果に、全員がなんとも言いがたい表情を浮かべる。
決して“凄い”とは言えないが、“無意味”とまでは言い切れない。
そんな“微妙”さ。
「……本当に微妙ね。せめて、矢が逸れるぐらいの幸運が欲しいわよね」
「ですね。それじゃ、幸運なのかすら判らないような……」
「矢には当たってるもんねぇ……」
ホントにな!
貰ってからそれなりの日数が経過しているが、この恩恵が機能した事があるのかすら判らない。
敢えて言うなら、ハルカと無事に結ばれたのは幸運だけど……いや、順当に行けば普通に結ばれたよな? たぶん。
「その点、ナツキたちのは判りやすいな。名称自体は。効果は不明だが」
「全部、悪くは無いけど、こっちもちょっと微妙、って感じだよね」
「はい、神社のお守りみたいです」
言い得て妙。
特に、無病息災と安産祈願。これに交通安全が加われば、神社のお守りの定番である。
「効果の方は? ナツキの方は元々病気知らずのスキル構成だし――」
「あたしは少し効果があった、ような気がしないでもない? でも、普通に訓練は続けているからなぁ」
「普通に体力が付いただけかもしれない、と」
そして、ハルカに関してはノーコメント。
俺やトーヤはもちろん、ユキたちも【安産】に関してはツッコまない。
ちょっとセンシティブである。
「う~ん、ここまでアレだと、作為を感じるのはオレだけか?」
「確率の操作ぐらいはされていそうですよね」
「当たり障りの無い物が当たるようにって事? ……まぁ、元々それが目的で寄付してたわけじゃないから、別に良いんだけどねぇ」
良いと言いつつも、少し不満そうなユキ。
ちなみに、ユキもダーツを選んだらしい。
他は、ナツキが紐釣りクジ、トーヤはスロット、ハルカがガラガラ。
案外ばらけているが……。
「ハルカ、良くガラガラなんか選んだな? 怖い事言われたのに」
「“微妙なスキル”の事? うーん、それはあまり心配してなかったかしら? 私が要望したわけじゃなくて、アドヴァストリス様が最初から用意してた物だし、たぶん、地雷スキルは入ってなかったんじゃないかしら? 例えば、ほら、私がもらった恩恵、ナオがもらっても、“微妙”でしょ?」
「そ、そうだな。うん」
確かにあれは、男がもらっても意味が無い。
むしろ意味があったら困る。
……相手がそうなる、のであれば、それなりに意味はあるとは思うが。
「後は……神様から何か情報を得られた人、いた?」
「ぜーんぜん。『ヒ・ミ・ツ♪』とか言って、何も教えてくれなかった」
「私もですね。『その情報に接する権限を、あなたは持っていません』とかなんとか」
俺の時は『禁則事項』だったが、人によって芸風を変えてきているのか、アドヴァストリス様?
どちらにしても教えるつもりは無さそうだが。
「私たちがもらった恩恵からすると、あまり世界に影響を与えるつもりは無いんでしょうね。スロットとかにあった変な恩恵は冗談で」
「神の名前を利用して悪いことをすると、神罰を下す。私が調べた範囲では、それ以外の事例は無かったですしね」
例えば、獣人が虐げられている国や、奴隷制が認められている国、この国でもダイアス男爵領のように、弱者が虐げられている地域もある。
だがそれに対して、神が何かしたという話は聞いたことが無い。
お布施の横領には厳しいわりに、と思わなくも無いが、自身の名を使っているかどうか、そのあたりが線引きなのだろう。
もし、『神によって奴隷は認められている!』か言い始める国が出てきたら、特大の神罰が下るのかもしれないが……。
「ま、人であるオレたちからすれば、そのぐらいの方が良いんだろうけどな。神様はアドヴァストリス様だけじゃないわけだし」
「悪神もいるかもしれないし、アドヴァストリス様だって、必ずしも善神とは言えないしね」
「自称、“邪神”だからな。程々で……あ、でも俺、『またね』とか言われたんだが」
「そうなんですか? 私の時は……その言葉は無かったと思います」
「また何かの機会に、微妙な恩恵をもらえるのかしら? ちょっとお得感があって、私は嫌いじゃないけど」
そんな事を言って小首を傾げるハルカだが、ハルカの恩恵は、地味に凄いと思うぞ?
どうこう言っても、医療体制が整っていない所での出産って、危険性が高いし。
治癒魔法があるから、一概には言えないとは思うが。
「う~む、ナオは“初回ログイン”をもらったんだよな? そこから“重課金”があって……次は、“連続ログイン”ボーナスとか?」
「それって、あたしたちには無理じゃん! 毎日神殿に行くなんて、仕事をしてたら無理なんだし」
「だよな。俺ってそっち系にはあまり詳しくないんだが、他にどんなのがあるんだ?」
「記念日でのイベントとか、何周年記念とか、コラボとか、友達紹介とか、色々あるが……」
俺の疑問に、トーヤが頭を捻り、いくつかの例を挙げたのだが……。
「……ツッコミどころ満載だな。コラボって何とだよ。他の神様と、とか?」
「友達紹介って、完全に宗教の勧誘よね」
「何周年記念は特に考える必要は無いでしょうが、記念日は……アドヴァストリス様の誕生日とか?」
「クリスマス的に? でも、神様に誕生日とかあるのかな?」
いずれもダメそうである。
何周年以外は。
そして転移一周年では何も無かった。
「……狙って何かする、ってのは考えない方が良さそうだな。無駄そうだし」
「だな。それにアドヴァストリス様ってひねくれてそうだし、オレたちが敢えてやってたら、除外されそうじゃね?」
「ありそうよね。ま、何かもらえたら、運が良かった、その程度に思っておきましょ」
所詮は神の気まぐれ。
あまり意識せずに行動しようという事で、俺たちの間では一応の決着を見たのだった。
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