296 クライミング、再び。

 パーティーの翌日、俺たちはロッククライミングの練習のため、前回俺とユキがレブライト鉱石を採掘した渓谷を訪れていた。

 途中、昨日消費したキノコの補充をしつつ。

 この時季しか採れないキノコ、多いからな。

 ちょっと時間は掛かったが、無視するなんてできようはずも無いし、メアリとミーティアも喜んでいたので、問題なし。

 そんなわけで、実際にはパーティーの翌々日の朝、渓谷に辿り着いた俺たち。

 今回は前回の道具に加え、縄梯子や杭なども用意されている。

 ただし、あの時壊れた器具に関しては、安全性と信頼性優先で不採用となったらしい。

「ここが、前回ナオたちが使った場所か。オレなら、ロープを使わなくても登れそうじゃね?」

「ここならな。だが、目的は道具の使い方に慣れることだからな。いきなり危険な場所でやるわけにもいかないだろ?」

 落下の恐怖を克服できるなら、各種器具を使わずとも登れそうなのがこの辺りの岩壁。

 だが、万が一を考えれば、命綱無しで登るのはリスクが高い。

「なるほど、ここは練習ステージと」

「そういう事だ。それじゃトーヤ、一番上の所にロープを引っかけてきてくれるか?」

「……どこだ?」

「あそこ」

 俺が指さした先を目を細めて見上げたトーヤは、少しマジな顔で俺の方を振り返る。

「あそこまでフリークライミング? かなり高いぞ? 落ちたら死ぬよな?」

「あぁ、問題なく死ねるな。地面も固い岩盤層だし」

「………」

「いや、トーヤがロープ無しで登れるって言うから」

 とても非難がましい視線を向けられたので、一応言い訳。

 危険な場所と安全な場所、同じ行為を同じようにできるとは限らないんですよ?

 高さ五〇センチの平均台と、高さ五〇メートルの平均台、同じように歩ける人がいたら、その人はかなりアレである。精神面が。

「冗談言ってないで、ナオが行ってきて。無意味に危険な行為をする必要は無いんだから」

「そうだよー。さすがにトーヤが降ってきたら、受け止められないからね」

「ですね、トーヤくんの体格だと……。あ、もしかして、空中で回転して、足から着地できたり?」

「いや、オレは猫じゃねぇよ!? ……不可能とも言えないが」

 できるのかよ。

 そして猫と言えば、メアリとミーティア。

 彼女たちならもしかして……?

「――? 何ですか、ナオさん?」

「ナオお兄ちゃん、なに?」

「いや、何でも無い」

 ちょっとやってみて、とはさすがに言えない。

「それじゃ、行ってくる」

 ハーネスやロープをしっかりと身に付け、俺は途中の金具も利用しつつ、一番上の金具にしっかりとロープを固定。

 ここ数日で破損したりしていないのも確認。

 その金具から少し離れた場所に土魔法で穴を空け、接着剤を注入、杭を打ち込み、そこにもロープを固定。

 こっちは保険。もし金具が壊れても、こっちで耐えてくれると期待して。

 もう一度、どちらも問題なく固定されているのを確認し、俺はロープを伝ってスルスルと岩壁を降りた。

「よし、オッケー。誰から行く?」

「オレからやろう。ナオはもう一カ所、練習できるような場所を作ったらどうだ?」

「そうね、一カ所だけじゃ効率が悪いし。お願いできる?」

「了解。少し離れた場所、もう少し高い物を作るとするか」

「あ、それじゃあたしがサポートするよ。前回もあたしたちのペアでやったし」

 シュバッと手を上げたユキに、ハルカが何か言いたそうな表情を見せたが、トーヤやナツキたちの顔を見回し、ため息をついて頷いた。

「トーヤの体重を考えると、私とナツキはいた方が良さそうよね」

 うん、ユキ、メアリ、ミーティアの三人だと、トーヤの体重に重力加速度が付けば、普通に持ち上げられそうだしな。

「解ったわ。気を付けて」

「うん、任せて! こういう時、あたしは真面目だよ!」

 ユキは笑顔で胸を叩いた。

 でもできれば、パーティーの夜も真面目でいて欲しかったなぁ。


    ◇    ◇    ◇


 もう一カ所作った練習場所は、最初の所のおよそ二倍の高さ。

 ほぼ渓谷の頂辺付近である。

 その半分ぐらいまでは最初の所と同じような感じなのだが、それ以降は段々と傾斜がキツくなり、最後四分の一ほどは完全な垂直。

 手がかりも少なく、杭を打ち込まずに登るのはほぼ不可能。

 少なくとも今の俺たちには。

 ちなみに、俺の提案したボルダリングのホールド風な物も用意はしてきているのだが、今回に関しては、取り付ける練習をするだけで、実際には使わない予定。

 登るのが目的では無く、技術を身に付けるのが目的なので。

 二人が登り、残りはサポート。

 そんな感じに練習を繰り返し、身体能力の高さ故か、一日目の終わりには、全員がある程度問題なく登れるようになっていた。――ユキ以外は。

 やはり、俺にスキルが生えるのを期待しているらしい。

 練習しないユキに、メアリとミーティアがとても素直に『何で練習しないの?』と訊ねていたのだが、ユキの返答は『あたしは問題なく登れるからね!』という、非常に苦しい物。

 お前、コピーしたら比較的すぐに覚えられるとはいっても、最初は下手なんだぞ?

 それを理解しているのか?

 ……まぁ、その時になって恥をかくがいい。

 楽をするんだから、それぐらいは許容範囲だよな?


 二日目は、もう少し険しい場所に練習場所を移す。

 最初から垂直の壁で、最後の辺りは微妙にオーバーハング気味。

 パーティーメンバーの中では一番経験が長い俺が最初に登って、杭などを打ち込み、安全を確保。

 オーバーハングしているところはどうなる物かと思ったが……案外何とかなるもんだな?

 指一本で身体を支える、なんて事はできないが、片手の指三本ほど掛かっていれば問題ない自分の身体能力に震える。

 これって絶対、筋力と筋肉量、それに体重が比例していないからこそ、である。

 簡単に言えば、『魔力って凄いね!』って話だ。

 で、まぁ、オーバーハングの壁をフリークライミング(もちろん、命綱を付けているけど)できるようになった頃、ついに俺のステータスに【登攀 Lv.1】が追加された。

 ……いや、レベル1の基準、高すぎません?

 器具を頼っちゃダメですか?

 取得できたから良いけどさ。

 さて。

「(ユキ、取れたぞ、スキル)」

「(ホント!? コピーしてもいい?)」

「(ああ。だが、結局練習は――)」

「ねぇ! あたしとナオはちょっと、レブライト鉱石を回収してくるから、みんなはここで練習を続けてて!」

 おっと、さすがユキ。ズルい。その手できたか。

 まぁ、メアリとミーティア以外は気付いているわけだが。

「……そう。気を付けてね?」

「うん。ま、すぐだと思うよ?」

 ハルカから少しだけ呆れたような視線を向けられつつも、ユキは平然と頷き、最初の場所に。

 ただし、最初に採掘した場所では無く、二倍の高さの所。

 少しはスリルを味わわせてやらないとな。せっかくロッククライミングをやるんだし?

「命綱はしっかりと結んだな? それじゃ、ロープや金具は使わずに、上まで登ってみようか」

「……え、いきなり?」

「大丈夫、大丈夫。落ちても、フォローするから!」

「本当にお願いね? ちょっとぐらい長く落ちた方が、スリルがあっても面白いかも、とか思わなくて良いからね?」

「……おう。もちろん」

「その『もちろん』って、すぐに引っ張ってくれるって意味だよねっ!? 信じて良いよね!?」

 下までは落下しない程度に、少しだけ余裕を持ってロープを持っておこうかと思ったんだが……うん、ユキが涙目になっているから、止めておこう。

「はいはい、ちゃんとやるから、登ってこい」

「お願いねっ! 本当に! ナオやハルカみたいに、高い場所、平気じゃないんだから!」

 俺も木の上以外だと、そこまで平気じゃないんだが。

 不思議だよな、ディンドルの木では、この崖よりも何倍も高い場所に登ってるってのに。

「大丈夫だから。ほら!」

「ううぅ、信じて良いのかなぁ?」

「安心しろ。お前が先日ハルカに誓った、『二度と覗かない』という言葉ぐらいには信じて良いから」

「それは、全然信じられない!」

「やっぱりか! ……いや、まぁ、俺はちゃんとやるから。ほらほら!」

 俺に背中を押され、ユキはチラチラとこちらを振り返りながら岩壁に向かう。

 そして岩壁に取り付き、俺のアドバイス通り、金具には手を掛けずに登っていく。

 俺はその速度に合わせてロープを引き、弛まないように調整。

 足を滑らせた時に、ガクンと落ちると、マジで心臓が止まりそうになるから。

 大丈夫だとは解っていても。

「大丈夫か?」

「うん~、この辺りは、前と同じぐらいだから~」

 レブライト鉱石を採掘する時、一応はユキも登ってるんだよな。

 問題は、垂直になるあたり。

 そこからはユキの速度も落ちて、かなり慎重に手がかり、足がかりを探して登っていく。

 まだややぎこちないが、ずっと俺たちが登るのを見ていたからか、結構しっかりと場所を見極めて、失敗をしない。

 ……いや、別に失敗して欲しいわけじゃないが。

 決して、地上数十メートルで宙ぶらりんになる経験をして欲しいとか、思ってないから。

 俺のドキドキ体験を共有して欲しいとか、思ってないから。

 でも、同じ体験をすると、連帯感、高まるよな?

「もうちょい、もうちょい……」

 微かにユキの声が聞こえてくる。

 そしてその言葉通り、もう少しでロープが固定されている場所へと到達する。

「……良し! ナオ~、着いた!」

「ちっ。――おめでとう。それじゃ、今度はそのまま降りてこい。下りの方が難しいから」

 こちらを振り返り手を振るユキに応えつつ、次の課題を与える。

「うへ~、フリークライミングで下りとか、すっごく怖いんだけど……頑張る」

 すぐに下り始めたユキに合わせ、今度はロープを緩めていく。

 なかなか足下が確認できない状態で、ロープも使わずに降りるのって、かなり困難なんだが……やっぱり失敗しないな?

 これ、もうすでにスキルが付いてないか?

「――ふぃぃぃ。到・着! やったね! 落ちずにすんだよ!」

「おめー」

「心こもってない!」

 投げやりな俺の祝福にユキが頬を膨らませるが、仕方ないだろう?

 俺は結構苦労したのに……やっぱり微妙に理不尽。

「で、スキルは有効化されたか?」

「あ、そうだね。……うん。してる、ありがとう、ナオ」

「どういたしまして。俺のこのやるせない気持ちは、時間の有効活用と納得する」

「あはは……ゴメンね?」

 片目を瞑って手を合わせるユキに、俺は肩をすくめて苦笑する。

 そのかわいさに免じて、許してやろう。

「ま、良いさ。――さて、ハルカたちの方はどんな感じだろうな? そろそろスキルを得られたか」

「そうだね。戻ろっか」


 ハルカたちの方へ戻ってみると、無事に全員が【登攀 Lv.1】を身に付けていた。

 ここを離れる時に『フリークライミングをするのが良いかも』と言っておいたのだが、実際にそれをメインにすることで、比較的すぐにスキルとして表示されたらしい。

 残念ながらメアリとミーティアのステータスが見られないが、ハルカたちと同じレベルで上り下りができるようになったみたいなので、問題は無いだろう。

「これでとりあえずは、目標達成か」

 ホッと一息ついた俺に、ハルカは首を振る。

「いいえ。まだ縄梯子を使う練習があるわ」

「ん? 縄梯子って、練習が必要な物か?」

「ナオ、使った事あるの?」

「……無いけど」

 だけど、梯子だぞ?

 ロープだけで上り下りするより、ずっと簡単だろ?

「普通の梯子とは違うからね、縄梯子って。ブラブラ揺れる縄梯子を素早く上り下りするのって、難しいと思うわよ?」

「……そう言われると、練習が必要な気がしてくるな?」

 一理ある。

 何事も経験せずに安易に考えるのは、よろしくない。

 と言うことで、渓谷の頂辺まで登り、そこから縄梯子を垂らしてみる。

 かなり長い縄梯子はきちんと底まで到達したし、ワイヤーを使って作られたそれは、強度面でもまったく問題は無かったのだが……うん、かなり使いづらい。

 最初のうちは良いのだが、下に降りるにつれてブラブラと揺れが大きくなるし、普通の梯子とは違って、左右の棒を持って素早く降りる、なんて事はできない。

 その上、あまり壁際に垂らすと、手足を掛ける時に壁にぶつかる。

 正直、降りる事に関して言えば、ロープを使う方が速いかもしれない。

 ただ、やはり登りに関しては縄梯子の方が便利だったので、俺たちは全員がそれなりに慣れるまで、縄梯子の上り下りを繰り返すのだった。

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