284 一周年 (2)

 招待予定者と予定のすりあわせを行った結果、“一周年記念パーティー”はおよそ二週間後に決まった。

 普通はそんな事しないのか、結構な人に『記念パーティなんかするのか? ただの一周年で?』的な感じに驚かれたのだが、一応、全員参加してくれることになった。

 まぁ、言ってしまえば冒険者になって一年経っただけの事。

 普通に考えれば“それだけ”である。

 だが、俺たちからすればちょっと違う。

 これは、“別の世界にやって来て、誰も欠ける事も無く一年間生き残った”記念でもあるのだ。

 極力命の危険を避け、事実、ハルカの慎重な性格もあって、危険を感じる事は少なかったが、それでも皆無というわけでは無かった。

 それを考えれば、一年間、無事に生き抜き、この世界に事は、十分にお祝いする価値があるだろう。

 もちろん、そんな事は説明していないので、深く同意してくれたのは、トミーだけだったのだが。


 パーティーまでの二週間はダンジョンに入ったりはせず、基本的には自由行動になった。

 と言っても、料理やお菓子を作ったり、トミーの所で精米機の製造に関わったりしている女性陣に対して、俺たち男性陣はイマイチする事がない。

 『どうするよ?』とトーヤと話し合った結果、俺たちが選んだのは、メアリたちを連れて森に入る事。

 そろそろマジックキノコの季節だったし、適当にタスク・ボアーを狩って来れば、多少の金にもなる。

 運良くキノコが確保できれば、こちらはハルカたちへのお土産にすれば良いだろう。

 去年はお金の方が重要だったので、その大半を売ってしまったが、マジックキノコは【錬金術】や【薬学】の素材として使えるのだ。確保しておいて損はない。

 そんな感じに気楽に過ごしつつ、一週間ほど経ち――。


 それは、メアリたちが孤児院に出かけ、俺たちも家にいたある日の事だった。

 居間で手持ち無沙汰にしていた俺に対し、声を掛けてくる怪しげな人物がいた。

「旦那、旦那、ちょっと良いですかい?」

「――いや、なんだよ、その話し方」

 もとい。怪しげな声のかけ方をしてくる人物がいた。

 ユキである。

「いやぁ、ちょっと困った事がありまして~」

 その言葉通り、困ったように笑いながら言うユキに、俺は嫌な予感を覚えたが、ここで無視する事もできない。

「……なに?」

「ハルカとのペアリング、『アジャスト』を付けてあげるって話、したよね?」

「あぁ。……してくれるんだよな?」

 仕方なしに聞き返せば、それは俺にも非常に関係のある事だった。

 サイズを合わせて買ってないから、してもらえないと、贈れなくなるんだが?

 ハルカに頼むってのは、ちょっと格好悪いし。

「いや、したいのは山々なんだけどね。素材が手に入らなくて……」

 俺と約束して以降、ユキは空き時間を利用して、ラファンの町でその素材を探していたらしい。

 だが、元々それほど大きくないラファンの町。

 錬金術に使う素材はあまり扱われておらず、今のところ空振りが続いているらしい。

 そういえば、これまでも錬金術の素材、見つけられない事、多かったよなぁ。

 ケルグとかでも買い込んでたし。

「今思えば、クレヴィリーで買っとくべきだったねぇ。あそこなら、絶対あったと思うし。――今更だけど」

「あの時、相談しておけば良かったのか……」

 けどあの時は、そんな事を考える余裕は無かったから、正に今更、なのだが。

 ――正直言って、ハルカと結ばれて、浮かれてました!

 口には出さないけどな!

「入手は難しいのか、その素材は」

「売ってはいない。けど、手に入らない事はない」

「歯切れの悪い言い方だな。端的に言うと……?」

「採りに行こっか!」

 ユキはニッコリと笑って、俺に向かってサムズアップした。


    ◇    ◇    ◇


 採りに行く。

 ユキは気軽にそんな事を言ったが、実際はそんな簡単な話ではない。

 コッソリと家を空ける事なんかできないのだから、適当な理由を考えないといけない。

 それも、ハルカにバレないような。

 だが、しかし――。

「あ、出かけるの? 気を付けてね」

 あっさりだった。

 ――うん、よく考えたらこの一週間、俺とトーヤ、それにメアリたち、普通に森に出かけてたよ。

 多少面子が変わっても、普通に出かければ怪しまれないよねー。

 ちなみに今回の面子は、俺とユキの二人。

 ……何気に、この面子で行動するのって初めてだな?

 元の世界でも、ユキと二人だけってのは無かった気がするし。

 二人だけ、更に今回は泊まりがけでもあるのだが、それを気にされないのは、俺がハルカに信頼されていると考えれば良いのだろーか?

 いや、もちろん、やましい気持ちなんかは全くないけどな?


 ちなみに他の面子は、と言えば。

 トミーに依頼した作業、それが少々上手くいっていないらしく、トーヤはそちらの手伝いに向かい、メアリとミーティアの二人は、孤児院の子供たちと共に庭の整備をするらしい。

 パーティー会場の整備という面の他に、半ば放置されている家庭菜園……いや、かなり広いので本格菜園? それの作業も行うようだ。

 これからの時期に収穫出来る、秋野菜から冬野菜を植える予定なんだとか。

 あ、お手伝いに来てくれる孤児院の子供たちには、きちんとお小遣いを払うぞ?

 前回の草刈りと違って、きちんとした仕事の依頼じゃないので、あまり多くないが。

 正式な依頼じゃなくても、ミーティアが『パーティーではお肉食べ放題なの!』と言ったら、簡単に集まったらしい。

 肉は強し! ということか。

「目的地は、北の山脈地帯なんだよな?」

「そう。これまでは山裾までしか行っていないけど、更にその奥になるね。素材が採れるのは」

 ラファンの北、山深くまで入った場所にある渓谷、そこが今回の目的地で、ユキが調べてきた素材の採取地である。

 そこで採れるレブライト鉱石という物が、『アジャスト』の効果を付けるために必要不可欠らしい。

 量はあまり必要ないみたいだが、売っていない以上は採りに行くしか無い。

「危険は無いって話だったが……」

「魔物とかに関しては、ね。じゃないと、ハルカも普通に送り出したりはしないよ」

 俺たち二人。

 メアリたちを除いたフルメンバーの時と比較すると、戦力的には三分の一以下。

 ……いや、遠距離攻撃だけなら二分の一以上だろうが、接近戦になると、ちょっと弱い。

 俺とユキ、共に中衛って感じだから。

「それに、あたしたちの場合、危なくなったら『転移テレポーテーション』で逃げ帰れるからね。本当に危なければそれで脱出しよ?」

「まぁ、そうだな」

 自分だけを転移させる『転移』の魔法。

 転移ポイントさえ設置しておけば、キロ単位で移動が可能になっている。

 一瞬で発動出来るほどには練達していないが、俺もユキも、数秒あれば発動出来る程度にはなっているので、俺の【索敵】と併用すれば、危険性は十分に低い。

「って事で、頑張りましょー。おー!」

「お、おぉー?」

 なんだか嬉しげに腕を突き上げるユキに釣られ、俺もまた声を上げたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 北の森。

 最初の頃は恐る恐る入っていたこの辺りの森も、ダンジョンに通うために何度も往復するうち、自分の庭、とまでは言わないでも、知り合いの庭程度には慣れた場所になっていた。

 真っ直ぐ北に向かって出てくる魔物は、スカルプ・エイプとか、バインド・バイパーとか、その程度。

 最初の頃は数が厄介だったスカルプ・エイプも、【索敵】を活用して、包囲される前にその数を減らせば十分に対処可能。ここにいるのは遠距離攻撃が可能な二人なのだからして。

「この辺りからは、初めて来る場所だね」

「あぁ、ちょっとした山登りって感じだな」

 キツくはないが、確かに地面は傾斜していて、木々の植生も少し変化してきたように思える。

 道らしい道も無く、混み合った木々のせいで見通しも悪く――。

「なぁ、ユキ。ふと、“遭難”って言葉が頭をよぎったんだが……」

 “低い山でも侮るな”

 “山に入る時はしっかり準備して、万が一に備え、入山届を”

 そんな話を耳にした事を、今更ながら思い出した。

 今の俺たちって、富士山にサンダルで登って、ヘリで救助された不心得者みたいな……いや、そこまで酷くはないか。

 ビバークできるだけの準備はしてあるし、ハルカたちにはきちんと行き先を伝えてある。

 登山用装備として最適かは不明だが、冒険用の各種装備は、これまで俺たちの命を守ってくれた。

 不安な点を挙げるなら、もし俺たちが道を失っても、救助ヘリが飛んできてくれたりはしないところだが。

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