283 一周年 (1)
「今回の成果は……良いとも言えないけど、悪くもなかったのかしら?」
ダンジョンから帰還後、なんやかんやと処理し終わって一息。
テーブルの上に十枚ずつ積み上げた硬貨を数えながら、ハルカがそう言った。
そしてハルカの言葉通り、テーブルの上にある硬貨の数は決して少なくはない。
まずは、十一層から二〇層までで回収したナッツや果物。
これは自分たち用を確保した上で売却したが、この近辺には果物の産地がない事もあり、それなりの値段で売れた。
初回討伐報酬のテントは、すぐに鑑定結果がでて、中の温度や湿度などを快適に保ってくれる、なかなかに便利な物と判明。
試しに庭で広げてみたところ、余裕を持って寝られるのはせいぜい三人まで。
頑張れば、小柄なミーティアを含めて五人まではいけそうだったが、俺たちの人数にはちょっと足りない。
もっとも、外に見張りを置かずにテントで寝る事などあり得ないので、ちょうど良いと言えば良いサイズである。
もちろんこれは売ったりはせず、確保。
金にはならなかったが、これも十分な成果だろう。
更にレッド・タイラント・ストライク・オックスの死体。
これがすんごく金になった。
元々ストライク・オックスの肉自体、オーク肉よりも高いのだが、サイズがサイズである。
普段は適当に解体してギルドに卸すのだが、これだけの巨体。
プロに任せた方がより上手く解体してもらえるだろうと、ギルドの伝手を頼って肉屋のオヤジにお越し頂いた。
いや、オヤジというのも悪いな。まだ三〇歳ぐらいだったし。
とは言え、三〇歳をお兄さんというのも――まぁいいか。
グリード。名前で呼ぼう。
さて、そのグリードさんだが、さすがは肉屋である。
俺たちが処分しようとしていた頭も『それを捨てるなんてとんでもない!』と、しっかりと肉が取れる場所を教えてくれた。
その他にも、『牛一頭から少ししか取れない希少部位!』も色々と教えてもらったのだが……その希少部位がミーティアぐらいのサイズだと、有り難みが薄れる。
グリードさんも乾いた笑みを浮かべていたし。
正に、“大きい事は良い事だ!”である。
そんなグリードさんには、お肉をお土産に持たせて、お礼を言ってお帰り頂いた。
直接売っても良いのだが、最近はアエラさんのお店以外、基本的に冒険者ギルドを通して売っているので、必要ならそちらから買ってもらいたい。
ただし、大きい事による弊害もある。
それは一部のモツ。
結構な部位が、でかすぎて食べるのに適さなかったのだ。
レバーなんかはスライスすれば良いのだが、それができない――いや、スライスしたら食べるのに適さない部位もある。
例えば小腸。食べた事があれば解ると思うのだが、巨大化したあれの一部を切り取って食べたいかと言われると……少なくとも俺は要らない。
胃袋なんかも同様で、このへんは素直にコンポストに放り込んだ。
大きくても堆肥にするなら問題ない。
しかし、処理に困ったのが骨。
トーヤの一撃を跳ね返す、あの骨である。
オークすらスクラップにするハルカたち特製のコンポストも、この骨を粉砕するのはさすがに厳しいだろう。
トーヤは『入れてみようぜ!』とか言っていたのだが、ハルカとユキに、即座に止められた。
かなり手荒に。
当たり前である。ほぼ確実に壊れる事が判っているのだから。
「先には進めなかったが、懐事情は大分改善したな」
「そうね。少なくとも、不安感はなくなったわね。――はい、みんな、これが分け前ね」
硬貨を数えていたハルカが、俺たちの前にそれぞれちょっとした山を作る。
それを自分の財布に移すと、軽かった俺の財布が大分重さを増した。
指輪にだいぶ吸い取られたからなぁ、俺の貯蓄。
後悔はしてないけど、ちょっと心許なくは感じていた。
「これで一通りは片付いたけど……」
「あの骨、どう処理するか、ですよね」
「うん。博物館でもあれば、寄贈したいぐらいだよねー」
処理に困ったレッド・タイラント・ストライク・オックスの骨。
マジックバッグに入れていても邪魔なので、とりあえずは庭の隅に積んであるのだが……どうしたものか。
『
塀があるおかげで、ほとんど見えないのが救いである。
ユキの言うとおり、組み立てればなかなかに見事な骨格標本ができそうなので、ある意味、博物館級のお宝なのだが、買い手がいなければ意味が無い。
「武器にできそうな感じだよなぁ、あの硬さ。ガンツさんのとこにでも持っていくか?」
「いや、いくら何でも、無理じゃない? 骨は骨だし……」
トーヤの言葉に、ハルカが少し呆れたように首を振り、俺もまた頷く。
「骨の武器とか、蛮族みたいだよな。……あ、でも、魔物の牙を使った槍とかも売ってたか」
もう一年近く前、ガンツさんから薦められた槍にそんな物があった。
これぐらい硬い骨なら、素材として使える、のか?
「放置するわけにもいかないしね~」
「世間体もありますから……」
訪れる人なんてほとんどいないが、見た目、悪いよな。
「一応、ガンツさんに訊いてみて、ダメなら森の中に廃棄するか? なんか、ゴミを投棄するみたいで、ちょっと気が咎めるが」
「ここは、トーヤに頑張って砕いてもらうしかないでしょ」
「役割的にはそうかもしれないが……メッチャ硬いぞ、あの骨。むしろトミーを呼んでくるべきだろう。ハンマー使いとして」
「燃やせば脆くなるんじゃないでしょうか? ……骨灰にしてしまえば、用途はありそうですね。ボーンチャイナとか、肥料として」
ボーンチャイナは、所謂陶磁器。粘土に骨灰を混ぜて作るらしい。
肥料の方はそのまま。リン酸肥料になるんだとか。
「……うん。とりあえず私が色々声を掛けてみるわ。処分方法が見つかるかも? 無理そうなら、ナツキの意見を採用で。燃やすのは……魔法使い組で頑張りましょ」
「……見つかる事を祈ってる。切実に」
ちょっとうんざりしたようなハルカの言葉に、そう言ったトーヤに加え、俺たち魔法使い組もまた、深く頷いたのだった。
意外かつ、幸いな事に、レッド・タイラント・ストライク・オックスの骨には買い手が付いた。
毎度お世話になっているディオラさんが伝を辿って買い手を探してくれたところ、なんと、このラファンの町の代官であるジョセフ・フェイダーが手を挙げてくれたのだ。
なんに使うのかと思えば、しばらくの間見える場所に展示して『この町にはこんな魔物を斃せる冒険者がいる』と言う事をアピールした後、肥料に加工して販売する予定らしい。
一種の示威行為?
古くは馬揃え、最近で言えば軍事パレードみたいなものだろうか。
その“魔物を倒せる冒険者”が代官に協力するとは限らないのだが……。
まぁ、俺たちからすれば、不要物が金になったんだから、別に良いんだけどな。
◇ ◇ ◇
「うーん、予想外の収入になったな」
廃棄方法に困っていたぐらいだったのに。
「私のおかげね。褒めて良いのよ?」
「むしろ、ディオラさんのおかげですけどね」
「だよね。話を持っていったのはハルカだけど」
少し得意気な表情を浮かべたハルカに、ユキたちからツッコミが入る。
だが実際、以前一度会っただけで、それ以降は関わり合いが無かったし、ディオラさんの伝を頼らなければ話も通らなかっただろうから、どちらかと言えばユキたちの方が正しい。
ハルカもそれは理解しているのか、特にそれ以上言う事は無く話を変えた。
「ま、それは良いとして。少し懐に余裕ができたから、パーティー結成一周年記念パーティーでもやろうかしら?」
「え、ハルカさんたちって、まだ一年なんですか?」
ハルカの提案に、驚いたような声を出したのはメアリだった。
そう言えば、そのへんの話、した事がなかった、か?
「冒険者になったのはそうね。ずっと昔から知り合いだけど」
「はい。私たちが参加してから、ちょうど一年、ってところですね」
「パーティーってぇと、あれか? メアリたちの歓迎会でやった、知り合いを呼んでご馳走を食べる」
「パーティー! 素敵なの!」
トーヤの喩えに、ミーティアはあの時の事を思い出したのか、嬉しそうにバンザイをする。
あの時は嫌というほどに肉を食べたから、それを期待しているのだろうが、俺としては――。
「どうせなら別の料理が良いな。……煮込みとか?」
「それじゃ、ビーフシチュー的な?」
俺の言葉にハルカが顎に指を当て、小首をかしげてそんな提案をしてくれるが、俺はちょっと考えて首を振る。
「いや、それも良いが、煮込みハンバーグとか。ちょうど、牛肉も手に入ったし?」
「オレはローストビーフが食いたい」
「うん、ま、希望の料理があれば、事前に言ってくれれば、可能な範囲で作るわよ? ねぇ?」
「はい。今回はお米が手に入りましたから、それも使いたいところですね」
「粒の大きさは、ちょっと意外だったけどねー。手作業は大変だから、そのへんは、トミーの頑張り次第かな?」
いつもなかなかの無茶振りをされるトミー、大変だな。
まぁ、二一層攻略のため、ロッククライミングの道具も依頼する事になりそうなのだが。
ガンバレ。金はちゃんと払うから。
「それで、いつ頃やるんだ? すぐにか?」
「せっかくだから、お世話になった人を呼びたいし、ある程度余裕を見て、数週間以内?」
「少なくともディオラさんは呼びたいよね。他にも、アエラさんとか……」
「同意。後はトミーとかか」
いつも世話になっているディオラさんは言うに及ばず、俺たちの豊かな食生活を支えてくれているインスピール・ソース、それを提供してくれたアエラさんは当然呼ぶべきだろう。
であれば、やはりある程度の余裕は必要か。店も予定もあるだろうし。
ついでに、来られるようならルーチェさんも誘おう。
アエラさんを呼んで、ルーチェさんは呼ばないってのはさすがにない。
「予定が合えば、ガンツさんとシモンさんもか? 地味に世話になってるからなぁ」
武器、防具を一手に担っているガンツさんは言うに及ばず、家を建ててもらった後も、ちょいちょい世話になっている大工のシモンさん。
来てくれるかどうかは判らないが、声は掛けておきたいところ。
「他には誰を……」
世話にはなっていないが、同じ町にいるのならヤスエを呼んでも良いかとは思うが、さすがにケルグの町はちょっと遠い。
安全性を考慮するなら、送迎は必須だろうし。
「イシュカさんは……無理、か?」
「神殿、人が少ないみたいだしね……」
「話だけは、してみる?」
神殿に対してはギブアンドテイク――いや、ギブの方が多いとは思うが、親しくはしている。
アドヴァストリス様には、かなり世話になっているが、こちらは呼べるはずもない。
「あの、孤児院の子供たちは……ダメでしょうか?」
イシュカさんに声を掛けるべきかと考える俺たちに、メアリが遠慮がちに、そんな提案をした。
「ふむ、孤児たちか……」
“世話になった”という分類からは完全に外れるが、懐いてくれている子はいる。
具体的には、レミーちゃんとか、アレンとか、あとは………レミーちゃんとか。
うん、あんま懐いてくれていなくても、俺は差別しないぞ?
「別に良いんじゃないか? 酒を飲むわけじゃないし、たいした負担にもならないだろう」
「本当ですか!?」
「良いんじゃないでしょうか。 問題は場所ですが……庭で良いでしょうか」
「けどよー、ハルカたち、料理は大丈夫か? 大変じゃね? その人数だと」
仲の良い子だけとはいかないので、孤児たちを呼ぶのであれば、一気に二〇人以上増えることになる。
消費量が二倍以上になる事を考えると、その手間は……。
俺たちのお祝いなのに、ハルカたちが忙しすぎるのは申し訳ない。
窺うように見た俺に、ハルカは少し考えて頷く。
「まぁ、良いんじゃない? 幸い、作り置きができるからね」
「ですね。料理のできあがり時間を考慮しなくて良いのは、随分と楽ですから」
「焼きたて、揚げたてがいつでも食べられるのは凄いよねぇ。超ハイテク!」
なるほど、それがあったか。
テクノロジーではない気もするが、保存庫がとても便利なことは間違いない。
「それじゃ、そんな感じで、手分けして案内しましょ。予定のすりあわせが必要でしょうし。他に呼びたい人があれば声を掛けて良いけど、事前に私たち料理を作る側に言っておくこと。準備があるからね」
「ですね。飛び入りは無しでお願いします」
前回の歓迎会の時、トミーが来ることを聞いていなかったからか、ハルカとナツキがトーヤの方を見て、チクリとそんな事を言う。
それを受けてトーヤは、神妙に「解った」と頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます