263 事件調査 (2)

「その頃というと……あぁ、ケルグの件か」

 忙しかったといったサジウスの言葉に、少し考え込んだトーヤはすぐに思い出したのか、納得したように頷く。

「そうだ。ほとんどの領兵が動員されたからな。で、まぁ、色々片が付いた頃、その女の死体が見つかった」

「その女というと、痴情の縺れとか言ってた?」

「ああ。正確には、見つかっていた事に気付いた、だな。俺が書類の整理をしていた時に、名前に引っかかって確認したら、だから」

 実際に死体が見つかったのは、サトミー聖女教団への摘発が行われる、その直前。

 当然、その頃の領兵たちはかなりドタバタしていて、その上司であるサジウスもまた、言うまでもない。

 必然的に簡単な報告書が作られただけで、その死体は処理されていた。

「用水路での溺死だったから、俺としては身を投げたのかと思ったんだが……その後、そこを通った時に見たら、膝までもないんだよな、水の深さが」

「一応、足首ぐらいまでしか水深がなくても、溺死自体は可能ですが……」

「そうなのか? 俺たちは不審に思ったから、調べてみたんだが?」

「はい。状況次第では、溺死します」

 実際、耳に水が入って三半規管が狂い、立ち上がれなくなって溺死する、というのはあり得る事故である。

 だがそれはかなり特殊な状況で、普通に健康な人であれば、泥酔していたりしなければ、そうは起こり得ないし、自殺する方法としては考えにくい。

「とは言え、身投げする場所として不適格なのは間違いないですね。どちらかと言えば、墜落死になりますし」

「だよな? だからまぁ、ケルグの騒乱に目処が付いて、少し余裕が出た後、行方不明者なんかを調べてみたんだが……」

 そう言いつつ、サジウスは深くため息をつくと、一枚の紙をナツキたちに示した。

「こんな状態だ」

「えーっと、男が二〇人、女が一七人、トータル三七人? ちょい、多くね?」

 その紙を覗き込んだトーヤたちが少し呆れたように言うが、サジウスもまた困ったように苦笑を浮かべる。

「しゃーねぇだろ。ケルグの件で、結構消えてるんだよ。その中には、あの争乱で死んでる奴も含まれてるとは思うんだが……正直、わからん!」

 サジウスが示したのは、ピニングに住んでいるはずなのに行方が判っていない人物、かつ死体も見つかっていない人物のリストだが、ケルグの騒乱では商家や貴族もいくつか潰されている。

 それらの関係者がピニングに住んでいる場合もあり、行方不明になった原因に事件性があるのか、それとも争乱の時にケルグにいて巻き込まれたのか、単に町から逃げ出しただけなのか。

 状況的に、それらの切り分けが非常に難しいのだ。

「それでも多少は削ってるんだぜ? ……曖昧なのは残してるけどよ」

「ネーナス子爵は一〇人に満たない、って言っておられたと思うのですが」

「それは、懸案となっている行方不明の被害者が、だな。お前たちに頼みたいのは、誘拐事件の解決だ。そのリストには、それとは関係ない行方不明が含まれてる……だからな」

「この中で、怪しそうなのが一〇人未満って事なんだ? つまり、勘?」

「まぁ、言ってしまえばそうだが、一応調査結果も含めて、だぞ?」

「なるほど……。しかし、なぜネーナス子爵は誘拐と判断したのでしょう?」

 これだけでは誘拐とは断定できない。

 にもかかわらず、なぜネーナス子爵は“誘拐事件”として、ナツキたちに解決を依頼したのか。

 その答えをあっさりと口にしたのはサジウスだった。

「あぁ、それは俺がそう報告したからだ」

「え?」

「一件目の事件はともかく、二件目の事件、これと似たような事件がもう一つ起きている。こっちはまだ女の死体は出てきていないが……これだな」

 サジウスが引っ張り出した紙に書かれていた事件は、男女のペアのうち、男が死体で見つかり、女の方が行方不明という事件。

 こちらは男女が争っている場面は目撃されていないのだが、男女の年齢層など、サジウスが説明した二件目の事件に似ていると言えば似ている。

「あと、行方不明になる奴にはある程度傾向があるんだが……これとか、これなんかはありがち。自分の意思でどっかに行ったタイプ。だが、このへんは違うような気がするんだよな。俺の勘では」

 リストの名前を指さしながら、そんな事を言うサジウス。

「つまり、お前が誘拐事件だと思ったから、オレたちはこの面倒くさい仕事をする事になったのか?」

「ま、そういう事だな。けど間違いないと思うぜ? 一応これでも、専門家だからな」

「それは、そうなのでしょうが……」

 経験はバカにならないし、本当に誘拐事件であれば解決しないといけないのだから、領兵としてサジウスの行動に間違いは無いのだが、それが無ければさっさと家に帰れていただけに、なんだか釈然としない物を感じるナツキたち。

 そんな彼女たちの気持ちを他所に、サジウスはすっきりした表情でパンパンと手を叩くと、広げていた資料をまとめて積み重ね、それをナツキたちに突き出した。

「さて、俺に説明できるのはこれぐらいだ。関連資料は全部渡すから、後は頼んだ。正直、俺は頭を使う仕事は苦手なんだよ。その点、お前らは賢そうなのがいるだろ? エルフの二人は、今は留守みてぇだけど」

「大丈夫、頭脳の半分以上はこっちに残ってるから!」

 突き出された資料をユキが受け取り、そんな答えを返したのだが、その言葉を聞いたサジウスはユキ、ナツキ、そして最後にトーヤを見て、納得したように頷く。

「ふむ。なるほど」

「おい、サジウス。なんに納得した?」

「いや、別に? 単にその“頭脳”にトーヤはどれぐらい寄与しているのか、と思っただけだぞ?」

「……少なくとも、オレ、サジウスよりはマシだと思うぞ?」

 茶化すように答えたサジウスに、トーヤは憮然とした様子を見せるが、そんな彼に対してサジウスは、大げさに肩をすくめて、ヤレヤレと首を振る。

「オイオイ、トーヤ、無理するな。お前は明らかに俺たち寄りだろう? あれだけ戦えて、それで頭も良いとか、許されないぞ? 戦う事は得意だが、頭を使うのは他のメンバーにお任せ。それがお前のポジションだろ?」

「めっちゃ偏見だな!? そりゃ、ナツキたちには敵わねぇけどよ……てか、オレ褒められてる?」

 戦闘力を認められている事は間違いないわけで、微妙な表情で首をかしげるトーヤの肩を、ナツキがポンポンと叩く。

「どちらでも良いですが、資料は頂きましたし、そろそろお暇しましょう。サジウスさんも忙しいでしょうし」

「まぁな。だが、手伝える事があれば声を掛けてみてくれ。本来、治安を守るのは俺たちの仕事だからな」

「解りました。その時には相談させていただきますね」

「おう、そいじゃな。サジウスも仕事、頑張れよ」

「あぁ、ありがとよ」

 大きく伸びをして息をついたサジウスをその場に残し、トーヤたちは彼の執務室を後にしたのだった。


    ◇    ◇    ◇


「さて、まずは全部の資料に目を通しておきましょうか」

「それしか無いよねー。でも、行方不明者が三七人とか、多すぎ~」

「でも日本だって、年間の行方不明者って数千人はいるよな?」

「いえ、もう一桁多いですよ」

「え、数万!? 日本って、そんなに行方不明者が多いのか……」

 予想外の数値にトーヤが驚きの声を上げるが、ナツキは苦笑を浮かべて首を振る。

「もっとも、そもそもの人口が違いますから、比較する意味も無いですけど」

 その上、日本の行方不明者数は、警察への届出数であり、その大半はその後見つかる。

 原因も未成年の家出や、認知症での失踪などで、今回のような犯罪絡みの割合はかなり小さいのだ。

 ナツキの言うとおり、比較する数値としては不適切だろう。

 その後は黙々と、サジウスから渡された資料を読み込んでいく三人だったが、その表情はイマイチ冴えない。

 書かれている内容があまり明るくなるような事ではないのは勿論だが、それらを読んだところで、簡単に事件の糸口が掴めるわけではない事も大きいのだろう。

 そしてすべてを読み終わり、最初に口を開いたのはナツキだった。

「どうでした?」

「どうと言われてもなぁ……事実は分かったが、これから推理しろ、とか言われてもさっぱりだ」

「うん、被害者は判ったけど、容疑者の情報は無いんだよね、全然」

 渡された資料に書かれていたのは、行方不明と思われる人物の名前や年齢、性別など。

 行方不明になった状況なども判る範囲で書かれているが、基本的には目撃者から訊いた話などで、物証も乏しく、もちろん、科学的調査などは皆無である。

「このリスト全員の追跡調査なんて無理だし、とりあえず、サトミー聖女教団に嵌まっていたと思われる二一人、これは省いても良いんじゃない?」

「そうですね。何か理由を付けて省かないと、私たちの能力じゃ、収拾が付きませんしね」

「でもさ、その行方不明者って、サトミーの脱走に関わってる可能性もあるよな? それに関連して考えたら、ネーナス子爵が探している行方不明事件の犯人? それもそっち関係ってことも……」

「それはそうなんですが、領兵が調べた上で、『この町にいないと思われる』って書いてありますし、調べるにしても後回しにしても構わないでしょう」

 ユキが挙げた二一人については、やはり領兵もサトミーの脱走に関与した可能性を考慮し、かなりしっかりとした調査が行われている。

 その結果、かなり濃厚に関与が疑われる人物が何人もいたのだが、それらの人物はほぼ確実にピニングから出ていることが確認できたため、それらの調査に関しては、サトミーの追跡と共に行われることになっていた。

「何か判れば、サジウスさんから連絡があるでしょうし、私たちは残りの人を調べましょう」

「つっても、まだ一六人もいるわけだが……」

「他にも、五人の死体が見つかっている、と」

 ちなみに、この五人の中に、先ほどのサジウスの話に出てきた、春に見つかった死体と用水路で見つかった死体も含まれている。

「男性七人に、女性が九人ですか」

「この、『親と喧嘩して、冒険者になると言って家を飛び出した』という、一四歳の少年は省かないか? 冒険者登録をしたところまでは確認できてるわけだろ? サジウスも『このへんは違う』とか言ってただろ」

「冒険中の事故かな……? 可哀想だけど」

「このへんも、そうですね」

 そんな感じで、事件性の低そうな物を更に六件ほど省き、結果的にナツキたちが残したのは男性三人、女性七人であった。

「それじゃ、明日からはこの死体が見つかった場所五件と、行方不明一〇件について調べる、ということで良いですか?」

「だね。とりあえず、そこからでも手を付けるしか無いでしょ。共通点とか、そんなの全然解らないし」

「年齢も性別もバラバラ。場所の偏りをどうこう言えるほどのデータも無い。足で稼ぐしか無いよな」

「稼げれば良いんですけど……」

「不安だねぇ」

 ナツキたちは、なんとも五里霧中な状態に揃ってため息をついた。

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