一巻発売記念 SS6 美味い飯は……

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話の区切りに関係から、ちょっと発売日からはずれていますが、

この話は一巻の発売記念に書いたのSSです。

特典としていくつか書いたSSの内、ボツにした物を加筆修正。

一巻を読んだ後の方が楽しめるかもしれません。

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 ナオとハルカがデートに出かけた。

 ――違った。夕紀と那月の捜索に出かけた。

「ふぅ……」

 久しぶりに一人になった室内で、オレは窓を開け、ゆっくりと流れる空気を感じながらベッドへと寝転がる。

 ナオたちとは気が置けない仲だが、ずっと一緒というのは、やはり少し気疲れする。

 あいつらは自覚が無いのかもしれないが、さりげなく、自然な感じでイチャつかれると、目のやり場に困るのだ。オレとしても。

 『頻繁にデートでも行ってこい! オレのためにも!』と言いたいところだが、残念ながら今のオレたちに、そんな時間の余裕は無いのが問題だよなぁ。

「ま、おかげさまで、明日の寝床の心配をする必要が無くなったのは、ありがたいけどな」

 これに関してはハルカの功績が大きい。

 さほど余裕は無いが、一宿一飯を心配して汲々とするほどでは無い。

 現状はそんな感じ。

 オレは窓から差し込む日差しを浴び、ゆるゆると尻尾を揺らしながら微睡む。

 “微睡みの熊”で微睡む狼。くぷぷっ。

 そんな暢気な事を考えられる、穏やかで贅沢な時間。

 だがそんな時間も、『ぐるるるる~』という、オレのお腹が奏でる抗議の音で中断された。

「むー、腹が減ってきたな。何にもしてねぇのに」

 この身体になって、大幅に身体能力がアップした代わりに、燃費の方はかなり悪くなった様に感じる。

 筋肉が増えれば消費エネルギーも増えるわけで、当たり前と言えば当たり前なんだろうが……確実にダイエットは必要なさそうだな。

 逆に、食糧不足になったら、すぐに死にそうだけどな。

「……とりあえず、メシでも食いに行くか」

 たぶんハルカたちは帰って来ねぇし。

 オレは身体を起こすと、部屋を出て食堂に向かう。

 宿と言うよりも、地元民の酒場って印象が強いここは、昼間は比較的空いている。

 いつものようにカウンター席に腰を下ろしたオレは、オヤジさんに声を掛けた。

「オヤジさん、パンと卵、後は……スープ」

「肉も残っているが、載せるか?」

「お、マジで? 食う、食う!」

 ラッキー! 肉がなくても美味いが、あったらなお美味い。

 最初に泊まった頃なら、懐事情を考えて我慢するところだが、今ならば断る理由も無い。

 肉が焼ける匂いと音を楽しみながら、待つこと暫し。

 出てきたのは、あっさり塩味のスープが一杯と、三センチぐらいのぶ厚さでカットされたパン。

 大きさは食パンよりも二回りほど大きく、硬さは少し柔らかめのバゲットぐらい。

 そのパンの上を厚切りのベーコンっぽい肉が占有し、更にその上に、目玉焼きが一つ載せられている。

 野菜は無いが、そんな事は関係ない。

 オレは肉から滲み出る脂がこぼれ落ちないよう、慎重にパンを持ち上げると、大きく口を開けて豪快に齧りつく。

「ん~~! 美味い!」

 プリプリした肉の脂と塩味、そして濃厚な卵の黄身。

 それが少しパサついたパンに、良い感じにジュワリと染み込んで、とても美味い。

「――っと!」

 タラリと垂れてきた黄身を一舐め。

 目玉焼きの味付けは軽い塩のみだが、卵自体の旨味なのか、それだけでも十分に美味い。

 もう一度大きく齧り付き、パンと肉も味わう。

「この肉もやっぱ美味いよなぁ」

「お前たちが持ち込んだ肉だ」

「いや、そうだけどさ」

 最近オレたちが狩っている猪の肉。

 その大半はそのまま売却しているのだが、一部は宿に持ち帰り、オヤジさんに預けていた。

 それはオレたちの食事のグレードアップと、宿代の足しとして使われている。

「けど、焼いただけじゃこんなにならねぇもん。オヤジさんの腕だよ」

「ふん」

 無表情で鼻を鳴らしつつも、微妙に嬉しそうなオヤジさん。

 ハルカの作る串焼きも美味いんだが、手間を掛けているオヤジさんの料理もまた美味いのだ。

 何か下拵えに秘密があるのだろう。

 このプリプリ感は串焼きでは出せない。

「それでいて、高くねぇしなぁ。大して値段が変わらないオヤジさんの料理は美味いのに、屋台の料理って何であんなに不味いんだ?」

 純粋な疑問を口にしたオレに、オヤジさんは不満そうに鼻を鳴らした。

「素人だからな、あいつらは」

「素人? 屋台をやってるのに?」

「あいつらの大半は引退した冒険者だ。料理人になりたかったわけじゃない」

 訊いてみれば、怪我や年齢などの理由で引退した冒険者が始める仕事として、屋台というのは案外多いらしい。

 少なくとも、この町に関しては。

 理由は簡単。

 自分たちが現役時代に食べた屋台の味を基準に、『あの程度なら自分でもできる』と考えてしまうらしい。

「多少原価が安くても、腕があれば食える物が作れる。だがあいつらにはそれが無い。半端者なんだよ。……それだけのことだ」

 さすが料理が上手いだけあって、そのへんのことに関しては一家言あるのか、無口なオヤジさんには珍しく、長く語った。

「へぇ、つまり、屋台は避けて、普通の食堂に入れば良いのか? 美味い飯を食べるためには」

「いや、それもダメだな。現役時代に多少金を貯めて、店舗を構える奴もいるからな」

「ダメじゃん! じゃあ、不味い飯を避ける方法は無いのか……」

「簡単だ。ウチで食えば良い。それだけの事だ」

 そう言ってオヤジさんは、ニヤリと笑う。

「もう少し食うか? 卵もまだ残っているぞ」

「そうだなぁ……」

 贅沢は敵。

 だが、ナオとハルカは、現在、デート中。

 イコール、ちょっとぐらい贅沢しても良い。

「よし。オヤジさん、同じの追加で。卵も載せて!」

 再び、料理の匂いを楽しみながら待つ事暫し、同じ肉載せパンが出てきた。

 ただし、今度のパンには卵が二つ。

 オヤジさんの方を窺うと、うむと一つ頷く。

「昨日のが余っていたからな。サービスだ」

「マジで? ラッキー!」

 卵って、常温でも結構長持ちしたと思ったが、こっちではちょっと違うのか?

 だが、オレの腹ならば、多少古いぐらい、何でも無い。

 美味い物が増えて文句を言う理由があろうか。

 一つはそのままペロリと、もう一つは肉の上に載せたまま味わう。

 オレ、別に目玉焼きとか、大して好きとか嫌いとか考えた事も無かったんだが、料理のバリエーションが少ないこちらでは、これも結構なご馳走なのだ。

「黄身だけじゃなく、白身部分も美味いんだよなぁ、これ」

「ウチはまともな業者から仕入れているからな」

「へぇ、そうなのか」

 飼育方法によって白身の味が変わるのかどうかは知らないが、美味いのだから何の問題も無い。

 ちょっとした贅沢に微妙な背徳感を覚えながら、オレは舌鼓を打つ。


 ――夕方、帰って来たナオに聞かされる常識的な話[#「常識的な話」に傍点]の事など、今は思いもせずに。

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