閑話:蕎麦食いねぇ

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200話頃の話です。

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「蕎麦が食いたい……」

 トーヤがそう言葉を漏らしたのは、ある暑い日のことだった。

 時期的には解らなくもないし、俺も蕎麦を食いたいと思うのだが、作ってもらった昼飯を食べながらそれを口にするのはダメじゃないか?

 案の定、今日の昼食を作ったハルカが微妙に不機嫌そうである。

「突然どうしたの? 私の料理が不満?」

「いや、料理は美味い。いつも通り。だが、以前買った蕎麦、そのままだろ? そろそろざる蕎麦の季節。ハルカは食いたくないか? 醤油もある事だし」

 正確には醤油では無いのだが、最近俺たちの間で、醤油っぽいインスピール・ソースは単純に『醤油』と呼ばれるようになっている。

 毎回、『っぽいインスピール・ソース』とか『風インスピール・ソース』とか付けるのが面倒くさいので、こうなったのだが、これは恐らく本物が見つかるまで、もしくは自作できるまではこのままだろう。

 同様に『味噌っぽいインスピール・ソース』や『ウスターソースっぽいインスピール・ソース』、『お好みソースっぽいインスピール・ソース』も、『味噌』、『ウスターソース』、『お好みソース』呼びである。

「そうね、鰹出汁も昆布出汁も無いけど、なんとかならないことも無いかな?」

 俺たちの話を訊いていたメアリが、不思議そうに根本的な疑問を口にした。

「『そば』って何ですか?」

「……あー、メアリは知らないか。ケルグあたりだと、あまり食べられてないって言ってたからなぁ。ミーティアも?」

 蕎麦を買ったとき、売れないって言っていたし、救荒作物のイメージが強いようなので、人気は無いのだろう。そう考えればメアリが知らないのも当然かもしれない。

 俺がミーティアに視線を向けると、ミーティアもまたコクンと頷く。

「知らないの。美味しいのです?」

「あたしたちは好きかな? ただ、どっちかと言えば、めんつゆの味が好みに合うかが大きい部分はあるよね」

「麺の良し悪しはあるけど、まずはそこよね」

「あ、でも、めんつゆが作れるなら、素麺も食いたいなぁ。夏なら」

 そんな事を口にしたトーヤに、ハルカが少し呆れたような視線を向けた。

「素麺って……ある意味、一番素人お断りな麺類じゃない?」

「ん? そうなのか? ――確かに細いし、難しそうではあるが」

「メジャーな麺類の中では一番でしょうね。安物は圧力をかけて押し出して作るのでしょうが、手延べ素麺となると……あれは特に職人技ですよね。私では難しいかと」

 そんな気はしていたが、やはり難しいのか。

 ナツキが言ったように「圧力をかけて押し出す」それっぽいだけ素麺であれば、以前作った家庭用製麺機を少し改造すればできるようだが、素麺っぽいコシがなければ、やはり素麺は美味くない。

 安物の素麺を食べたときの「コレじゃない!」感はなんとも言えないので、この方法は無しだろう。

 まぁ、CMとかで見るだけでも、如何にも難しそうだもんな、素麺を伸ばすの。

 一見すれば2本の棒の間に張られた麺を、2本の棒で『ちょいちょーい』って簡単そうにやっているが、アレはいわゆる『腕の立つ職人がやるから簡単そうに見える』というヤツなのだろう。

 職人技の多くがそうであるように。

「しかし、ちょっと残念だなぁ。俺、結構好きなんだが。素麺」

 俺がため息をつきつつそう言葉を漏らすと、クルリと俺の方を振り返ったナツキが、言葉もクルリと翻す。

「努力してみます。すぐには形にならないかもしれませんが」

「え、良いのか?」

 難しいって言ってたのに。

「はい。できるのが来年とかになっても許してくれますか?」

「そりゃもちろん。作ってくれるだけで嬉しい」

「はいっ。頑張りますね!」

 良い笑顔でそう応えるナツキ。

 【調理】スキルもあるし、これは本当に期待できるかもしれない。

「あたしたちも手伝うよ! ねぇ、ハルカ」

「そうね。それも良いわね。以前工場見学に行ったから、方法だけなら知ってるし」

 そんな2人の反応に、少し不満そうな表情を浮かべたのはトーヤである。

「あれー? オレの時と対応違わない?」

「別に無理とは言ってないじゃない。難しいって言っただけで。ねぇ?」

「そうそう。時間が掛かりそうだから、今シーズンは無理っぽいと思ってただけだよ?」

 顔を見合わせ、頷き合うハルカとユキ。

 そしてそんな2人に胡乱な視線を向けるトーヤ。

「それじゃ、ナオが要らないって言っても作ったか?」

「もちろんじゃない。ねぇ、ナツキ?」

「はい。もちろんです」

「もちろんだよ。トーヤ」

「もちろん、なのか……?」

 揃って『もちろん』と口にするハルカたちだが、誰一人、『もちろん何なのか』は口にしていない。

 だがそれをトーヤが追求する前に、ユキがサラリと話題を変えた。

「でもまずは蕎麦だよね。最初は粉にしないといけないんだけど……」

「石臼、作ろうか?」

 抹茶を挽くために作ったので、石臼を作ること自体は問題ない。

 ユキには『自動化したら?』とか言われたので、普通の石臼じゃ満足しないかもしれないが。

「うーん、蕎麦だし、ローラーの方が良いかな? 蕎麦殻も付いてるし……ハルカ、どう思う?」

「量がいるから、その方が手間は少なそうね。ローラーで設計してみましょう」

 ローラーとはその名の通り、2つのローラーの間に蕎麦の実を通し、押しつぶして砕く方法らしい。

 ふるいに掛ける、ローラーに通すを繰り返すことで、最終的に蕎麦殻を取り除かれた粉が得られる。

 ちなみに、石臼を使って挽く場合も同様に、挽いては篩に掛けるを繰り返すようで、1回挽けばできる抹茶に比べると面倒くさい。

 更に、1度に使用する量も抹茶とは比べものにならないわけで。

 確かにこれは自動化したいところ。

「あの、ハルカさんたちは魔道具も作れるんですか?」

「一応ね。お風呂を温める物とか、台所のコンロとか、色々魔道具あるでしょ、この家に。あれ、全部自作だし」

 うちに設置された多くの魔道具を思い出したのか、メアリとミーティアが目を丸くする。

「お姉ちゃんたち、スゴイの! 何でもできるの!」

「それほどでも~~あるかな? だから、蕎麦挽きも簡単に作っちゃうよ? 期待しててね?」

「期待してるの! 蕎麦、食べてみたいの!」

 俺たちが楽しみにしていることから期待値が上がったのか、ニコニコとそう言うミーティアだが……冷静に考えると、蕎麦ってそれほど「めちゃウマ!」って感じじゃないよな?

 暑いときにツルツルと喉ごしを楽しむ。

 蕎麦の風味を楽しむ。

 暑さにやられて食欲が無いときでも、スルスルと食べられる。

 そう言うメリットはあるが……ミーティア、期待外れにならなければ良いのだが。


    ◇    ◇    ◇


 ユキの言葉に嘘は無く、蕎麦を挽く魔道具は1日ほどで完成した。

 もちろん、ユキ1人で作ったわけではなく、当然ハルカは協力し、俺も多少は協力したのだが、それでも十分に早いと言って良いだろう。

 ちなみに、大半の仕組みは店で買ってきた小麦を挽く道具や、コンポストの『魔物の死体シュレッダー』部分などを流用しているらしく、新規に開発したのは挽いた粉を篩に掛ける部分程度とか。

 それ故簡単に作れたようだが、『魔物の死体をミンチにするのと同じ仕組み』とか言われてしまうと、何だかなぁ……。

 ただまぁ、魔物の死体を粉砕できるだけのパワーがあるので、蕎麦を粉砕する程度は全く余裕である。

 すでに1晩ほど動かして、俺たちが食べるには十分な量の蕎麦粉を確保済み。

 その他の道具として、麺棒、麺を切る際に押さえる板と包丁に関しては、うどんの物を流用。

 蕎麦粉を捏ねるときに使うという木鉢は、当然と言うべきか売っていなかったので、これは土魔法を使って作った。

 この町なら木工の得意な職人は多いので、注文すれば作ってはもらえたのだろうが、本来の木鉢は漆塗り。

 残念ながら、このあたりで漆塗りの食器は見たことが無いし、その他の塗料では少し不安がある。具体的には臭いとか、安全性とか。

 それならばいっそ、防水も完璧な二酸化ケイ素を使って作った方がマシだろうと。

 難点は重いことと、落とせば割れることだが、それはガラスのボールでも同じである。

 それに割れても簡単に作り直せるので、大した問題でもない。

「それじゃ、作っていくか」

 今日の麺打ち職人は、父親と一緒に蕎麦を打ったことがあるらしいトーヤ。

 その隣で、うどん作りで活躍しているユキも、同じように準備している。

 経験者のトーヤと未経験者のユキ。但し、後者は【調理】スキル持ち。

 どちらが上手く作れるのか……まぁ、結果は見えている気もするが、少し楽しみである。

「今日は蕎麦粉7、小麦粉3で作る」

 トーヤがそう言いながら、蕎麦粉と小麦粉をザックリとカップで量り、鉢の中に入れていく。

「蕎麦粉十割じゃないんだな?」

 せっかく蕎麦粉がたくさんあるのに、と思って指摘した俺に、トーヤは少し呆れたように首を振る。

「十割蕎麦なんて、よほど上手く作らないと、ボソボソして逆に美味くないぞ? つなぎを上手く使えば別だろうが、良いつなぎなんてここでは手に入らないし、ある意味、つなぎを入れたら十割蕎麦じゃないだろ? だから、素人はちょっと小麦粉多めぐらいがちょうど良い」

「だから3割? 二八蕎麦でもなくて」

 ユキもトーヤに倣って粉を入れつつ、そう言う。

 こちらはトーヤとは違い、きっちりすり切りで粉を量っている。

「ああ。小麦粉自体、品質が一定じゃねぇから」

 そうなんだよなぁ。

 このへんで買える小麦粉は、薄力粉、中力粉、強力粉、みたいに明確には分類されていないのだ。

 以前、パスタを作る時に購入したデュラム種みたいな小麦ですら、一般的な小麦と同じ感じで売られてたりするし。

 最近は特定の店で買うようになって、比較的安定した品質の物を手に入れられるようになったが、最初の頃なんて、下手したら砂が混じったような物すら掴まされたことがあった。

 あれはマジ酷かった。

 結構そんな小麦が食料として売られているせいか、万能と思われた『浄化』でも分離できなかったし。服に付いた砂は取り除けるのに、不思議である。

 ちなみにその時は、発想を転換、『土操作グランド・コントロール』であっさりと解決した。

 レベルが上がった今であれば、レベル5で使える『土消去イレイズ・アース』あたりで一発だろうか。

 なお、今使っている店は品質を優先している分、安くはないのだが、当然ながらそれに文句を言うようなヤツは、俺たちの中にはいない。

 ジャリッとしたパンなんて食いたくないし。

 だが、混ぜ物こそ無いものの、品質が不安定なのは否定できない。

 今回の蕎麦挽き機が良い感じだったので、むしろ今後は、挽く前の状態で仕入れる方が良いかもしれない。

「次は水回し。水を入れて全体を混ぜていく」

「ふむふむ」

 計量した水を回しかけ、全体を大雑把に混ぜると、小さな塊でボロボロとした感じになってくる。

「手早くな。乾くと綺麗に伸ばせないから、蕎麦は手際の良さが重要だぞ」

 トーヤはボロボロとした物をまとめて、グリグリと捏ねていく。

「菊練りして、へそ出しして……表面に割れ目なんかができないように、綺麗にする。最後に上から押しつぶして鏡餅みたいな形にしたら完成」

「ほえぇ~~」

 初めて見る作業に、ミーティアが興味深そうに釘付けになっている。

 そしてユキは、トーヤの作業を横目で見ながら同じように――いや、見ながら作業していることを考えれば、トーヤよりも手際よく同じ作業を完了させた。

「ユキは……何も言うことは無いな。うん。それじゃ伸ばしていくぞ。角だし――丸を四角く広げていくのが重要。菱形を作るイメージだな」

 テーブルの上で麺棒を使って伸ばしていくトーヤとユキ。

 ここまで来るともう、完全にユキの方が手際が良い。

 トーヤよりも速く、大きく薄く延ばしていく。

「ユキ、さすがに上手いな?」

「うーん、でも、うどんよりも薄いしコシも少なめだから、ちょっと難しいかな?」

 難しいとか言ってるわりに、ユキのその手際は見事である。

 縁も綺麗だし、全く切れたりはしていない。

「後は畳んで切るだけだ。好きにやってくれ」

 ユキに作業工程で追い抜かれたトーヤは苦笑しつつ、丸投げする。

「りょうか~い。うどんより細いから、ちょっと面倒だね」

 などと言いつつ、カッカッカッ、とテンポ良く切られていく蕎麦。

 見た目、市販の物と遜色が無い。

「凄いわね、ユキ。見とれるほど」

「んー、やっぱスキル効果と、うどん作りで慣れたからかな? ハルカだって上手く切るよね?」

「まだそこまでのペースでは切れないわよ。うどんの半分ぐらいの細さでしょ、蕎麦って」

「こう、切り終わった後、傾ける包丁の角度を調整するだけだから、慣れたらすぐだよ、すぐ」

 俺たちの主食がパンなのは変わっていないのだが、パンだけでは飽きるし、パスタやうどんもかなりの頻度で食べている。

 パスタに関しては、ユキたちの作った製麺機で作るのだが、うどんは手打ち。

 ナツキとハルカも作るし、捏ねる作業は俺やトーヤも手伝うのだが、延ばしたり切ったりする作業はユキが担当することが多い。必然的に、経験も多く積んでいる。

 蕎麦とうどんで異なる部分があるとはいえ、その経験値は無駄ではないのだろう。

「おい、ハルカ。オレの切ってくれ。畳むまではやったから」

「自分でやらないの?」

「オレより上手いヤツがいるんだから任せる。そもそもオレ、蕎麦作り、そんなに上手いわけじゃないし」

「素人にしては、十分手際は良かったと思うけど。ま、解ったわ」

 トーヤと交代し、ハルカが手早く蕎麦をカットしていく。

 ユキほどではないが、ハルカもうどん作りを行っているため、捏ねる専門のトーヤに比べれば上手いのだ。

「後はたっぷりのお湯で茹でれば完了だな」

「はい。準備してますよ」

 カットし終わった麺をパラパラと捌くように湯の中に投入。

 ゆであがった蕎麦をザルに取り、氷をぶち込んだ冷水でしっかりと洗い、水を切る。

「お姉ちゃん! あんなにたくさんの氷があるの。夏なのに」

「すごいね。それにきれいな水もあんなに……」

 驚きポイントはそっちか。

 まぁ、普通の庶民だとこの時期、氷は使えないよな。

 魔法があるので、昔の日本のように氷室に貯めておかないと氷が手に入らない、なんてことは無いし、街中には氷の魔法が使える魔法使いが経営している『氷屋』があるのだが、その値段は庶民には、ちと高い。だがそれでも売れる。買う人がいる。

 なのでこの『氷屋』、夏季のみの運営にもかかわらず、左団扇うちわで生活できるほどに稼げるらしい。

 やることと言えば、それこそ文字通り、左団扇で涼みながら魔法を使うだけ。氷を作る魔法さえ使えれば、誰でもできるし、店舗スペースも殆ど要らない。

 つまり、氷を作れる俺とハルカ、更にユキも、仮に冒険者を引退しても、結構安泰なのだ。

 難点を挙げるなら、別々の町に店を構えないと、競合して稼ぎが減ることか?

 ……うん、まぁ、稼ぎが減るのは許容すべきだろうな。

「さて、ゆであがりましたね。早速食べてみましょう。薬味が無いのが残念ですが……」

 ザルが無いので、見た目はイマイチだが、普通の皿の上に盛った蕎麦を持って食堂へ。

 そして、ナツキが用意していたそばつゆを配る。

「「「いただきます」」」

 個人的には、蕎麦には生姜しょうがだが、山葵わさびを否定するつもりは無い。無いのだが、残念ながらいずれも入手できていない。

 せめてどちらかがあれば良かったのだが……無い物は仕方ない。

 まずは……ユキが作った方から。

 つゆをチョイと付けて啜る。

「……おー、蕎麦の香りが全然違う」

 蕎麦の産地で食べたことがあるが、それに勝るとも劣らない。

 いや、香りに関して言えば、確実に勝っている。

 これで初めて蕎麦を打ったというのだから……凄いな。

「そうですね。つゆの出来はちょっとイマイチですが、蕎麦はすごく美味しいです」

「材料が無い中では十分でしょ。上手く再現してると思うわよ?」

「うん。キノコを使ったのかな?」

「はい。あとは燻して干した魚ですね。……昆布、ほしいです」

 ナツキはちょっと不満がある様だが、俺も十分に良くできためんつゆだと思う。まともに材料が無い中で作っているのだから。

 メアリとミーティアも俺たちに倣って――ただし、使っているのはフォークだが――恐る恐る蕎麦を口にし、うんうんと頷いている。

「どう? メアリ、ミーティア」

「見た目と違って、思ったより美味しいの」

「こら! ミー!」

 はっきりと口にするミーティアをメアリが叱るが、ハルカが特に気にした様子も無く笑う。

 実際、見た目はあまり良くないよな、蕎麦って。

 ちょっと茶色っぽく細長い物を、黒い液体に浸けて食べるのだから。

「良いのよ、素直に言ってくれて。でも、それなりに口に合ったみたいね。メアリはどう?」

「はい。あっさりしていて、暑いときには良いと思います。……正直に言うと、ちょっと物足りないですが」

「ですよね。何か持ってきますね」

 そう言って台所に行ったナツキが持ってきたのは、保存庫に入れておいた天ぷらだった。

 蕎麦にベストマッチな海老えび天とかき揚げ。

 それに肉が好きなメアリたちに配慮してか、唐揚げ。多分あれは、キラーゲーターの肉を使ったヤツだろう。

「やったー! いただきます! なの!!」

「いただきます!」

 嬉しそうにフォークで唐揚げを突き刺し、笑顔で口に運ぶミーティアとメアリ。

 うん、若者に蕎麦はちょっとシンプルすぎるか……俺も若者だけど。

 俺は海老天とかき揚げを取り、つゆに浸けてパクリ。

 うん、いつも通り美味い。保存庫に入れておいたおかげで、熱々、サクサク。

 海老天に使っているのはザリガニ的な甲殻エビだが、尻尾付きのエビ天が作れないこと以外、全く不都合は無い。むしろ、普通の海老天より味が濃くて美味しいし。

 かき揚げの方にもカワエビが入っているので、結構贅沢である。

 天ぷらで箸休めをした後は、続いてトーヤが打った蕎麦を食べる。

 ――うん、こっちも美味いが……ちょっと麺が太いか。

 カットしたのはハルカだから、トーヤの伸ばしが足りなかったのだろう。

 ただ、結構大きいサイズに延ばすのだから、千切れないよう、薄く延ばすのはかなり難しいはずである。

 そう考えれば十分に良くできている。

「すまんな、下手で」

「いやいや、素人としては十分だろ。以前、知り合いから貰った手打ち蕎麦なんて、もっと太かったし、茹でたらブツブツ切れるしで、ちょっと酷かったぞ?」

 貰った蕎麦を貶すつもりは無いし、十分に食べられる物だったが、素人の蕎麦打ちなんて、普通はそんな物である。

 俺がじっくりと麺を見比べているのに気がついたのか、トーヤが自嘲するように言ったが、それに比べれば実際十分に上手いと思う。

 手際も悪くなかったし、趣味としても十分に自慢できるレベルだろう。

「親父さん、結構嵌まってたのか?」

「まぁな。しっかり道具を揃えて作ってたからなぁ。知り合いにも頻繁にお裾分けするレベルで。オレもそれなりに付き合わされた」

 ちなみに、レバーを上げ下げするだけで、指定した幅で麺をカットできる裁断機のような道具まで買っていたらしい。

 トーヤがカットできなかったのは、これのせいでもあるようだ。

 ユキたちはプロ並みに手早くカットできるからあまり必要ないとも言えるが……大量生産するなら持っていると便利そうである。

 今回2人で打った蕎麦も、この1回で無くなりそうだし、この夏には何度も作ることになるだろう。

「ま、今後はオレが打つことも無いだろ。やり方を教えた以上、ユキたちに任せておけば万事オッケー」

「否定はできないな」

 初めて蕎麦を打ったユキがトーヤよりも上手いのだから、【調理】スキルは伊達では無い。

 そしてやはりと言うべきか、ユキに教えられたハルカとナツキも同レベルの蕎麦がすぐに作れるようになり、トーヤの言葉通り、彼の出番が来ることはもう二度と無かったのだった。


 ちなみに、素麺についてだが、3人が協力して取り組んだこともあり、夏が終わりに近づく頃にはそれなりに素麺っぽい物……いや、そのへんで売っている安物の素麺に比べれば十分に美味しい物が完成していた。

 俺としてはこれでも十分にありがたかったのだが、3人は出来に不満があるらしく、「来年の夏に向けて頑張る!」んだとか。

 そもそも素麺は、冬場に作って貯蔵し、ゆっくり乾燥させる物らしい。

 工場見学に行ったことのあるハルカによると。

 ――正直なことを言えば、この夏は蕎麦が結構な回数出てきて少々飽きが来ていたので、無理しない範囲で頑張ってもらいたい。

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