翡翠の羽 (4)
「お、オーク・イーターだ」
「あいつらが? 信じられねぇな……あの身長で、オークを真っ二つにするんだろ?」
「俺が聞いたのは、オークの首を3つ同時に刎ねたって話だぜ?」
「俺はオークの巨体を1発の魔法で燃やし尽くしたって話だな」
私たちが冒険者ギルドに入ると同時に、ヒソヒソとそんな噂話が聞こえてきた。
こんにちは。
オーク・イーターです。
……うん。不本意。
二つ名が欲しいなんて思ったこと無いけど、どうせ付くならもっと格好いいのが良かった!
そんな噂話を極力耳に入れないようにして、私はいつものようにギルドのカウンターへ。
「や、サーラさん」
「あら、オーク・イーターさん」
馴染みの受付嬢に声を掛けると、少し笑いながらそんな言葉が返ってきた。
「止めてよ、サーラさんまで。私たちのパーティー名は『翡翠の羽』。お願いだからそっちで広めて!」
なお、このパーティー名に深い意味は無い。
不本意な二つ名が広がり始めたものだから、それに対抗する意味でもパーティー名を付ける必要に迫られた私たち。
単にその時、目の前に翡翠色の鳥の羽が落ちていた、ただそれだけのこと。
「そうじゃ。こんな可憐な乙女を捕まえて、オーク・イーターとか、センスが無いにもほどがある」
全く同感。
でも、そんな二つ名が付いた理由の一端を担っている、歌穂が言ってもねぇ……。
◇ ◇ ◇
サールスタットからキウラに場所を移して3ヶ月あまり。
私たちの冒険者生活は、控えめに言っても順調だった。
小さいながらも一軒家を借りることができ、歌穂の大剣は多少マシな物に新調され、私のメイスも金属製にクラスチェンジ、紗江の杖も、一応は魔法使いが持つという物になった。
そんなに良い物じゃないけど、革製の鎧も身に着けているので、外見的にはちゃんとした冒険者になってるはず。
経験的にはルーキーの私たちだけど、やっぱりスキルがあると、全然違うね。
クラスメイトには会えていないけど、ま、生きていればどこかで会うこともあるんじゃないかな?
もしかすると、別の国とか、かなり遠くに転移しちゃったのかも。
取りあえず、私たちの生活は安定しているので、あえて遠くまで探しに行くつもりも無い。
国を跨がって移動するなんて、危険すぎるから。
ちなみに、私たちの生活が安定した一番の理由は、オーク。
そう。『オーク・イーター』なんて不本意な二つ名を付けられる原因になった魔物。
このキウラ周辺では、オークが結構な数、生息してるんだよね。
その関係で、ここを拠点にする冒険者の一番メジャーなお仕事は、オーク狩り。
冒険者が狩ってきたオークをギルドへ売却、それを輸出するのがキウラの町の主要な産業になっている。
その供給量はかなりの物で、この町を治めているオーニック男爵は、オーク男爵なんて呼ばれることもあるとか、無いとか?
会ったことは無いけど、ちょっと可哀想だよね。
呼ばれる事もさることながら、その本名自体が……。
ま、そんなわけで、当然私たちも、この町に来て以降はオーク狩りに精を出しているわけだけど、何で私たちがオーク・イーターなんて呼ばれる様になったか。
その理由は多分2つ。
一つは文字通り、人目に付くところでオークを食べていたから。
オークを狩るじゃない?
そうすると、解体しないといけないから、町の外で解体するじゃない?
でも、まだまだ解体が下手だから、綺麗には解体できないじゃない?
結果的に出るのが、きちんとした枝肉にできなかったお肉。
一応、これも買い取ってもらえるんだけど、クズ肉扱いで、二束三文なんだよね。
なので私たちは、解体を練習する傍らで、大量に出るクズ肉を鉄板焼きにして食べていたのだ。
街道脇で。
それがまぁ、想像以上に美味しくて、人目を気にせず、ちょっと食べ過ぎちゃった気がしないでもない。
特に、歌穂など、身体が小さい割に大量の肉を消費するものだから、あんな二つ名が付くのも、理解できないとは言わない。
通りがかった冒険者を誘って、一緒に食べることもままあったし。
でも最近は解体の腕も上がったし、寒くなった事もあり、街道脇でバーベキューなんてしてないんだけどね。
もう一つは、私たちが食い尽くすような勢いで、大量のオークを狩っているから。
最初こそ、1匹狩っては解体、町へ持ち帰って売却ってやってたんだけど、これだと往復に結構な時間が掛かる。
なので、ある程度お金が貯まった段階で、町の鍛冶屋さんにリヤカーの製造を依頼。
これのおかげで、複数のオークが出てきても全部持ち帰ることができるようになった。
一部には真似している冒険者もいるようで、鍛冶屋さんには感謝されたんだけど、残念ながら私たちの収入には繋がらず。
上手くやれば特許収入的な物が得られた可能性もあったみたいで、ちょっと失敗。
後はまぁ、女3人でオークを簡単に狩っていることも理由かも。
私たちにとっては、かなり容易い相手であるオークも、このあたりの冒険者なら6人ぐらいで対応するのが普通みたいだし。
そう、最初に冒険者が口にしていた真っ二つとか、消し炭とかは事実なんだよね、誠に遺憾ながら。
新しくなった大剣にはしゃいだ歌穂と、魔法の威力調節に失敗した紗江がやらかしちゃった事件。
肉として売れなくなったので、完全な失敗事例。
もちろん今はそんな事無いんだけど……インパクトは強かったからねぇ。
もっと別のことで名前を売らないと、『オーク・イーター』の代わりに『翡翠の羽』の名前が有名になるのは難しいかも知れない。
◇ ◇ ◇
今日も今日とて、オークを3体分冒険者ギルドに売却した私たちは、100枚ほどの金貨を手に、借りている家へと戻ってきていた。
「お疲れ様ですの」
「おつかれ~。今回も、無事に稼げたね」
「儂らも安定して稼げる様になったのう」
悪くて1匹、良くて3匹。それが私たちの狩りの成果。
1日仕事に行くと1日休んでいるので、諸経費を除いても、1ヶ月で1人あたり、金貨200枚ぐらいは稼げている計算になる。
これだけあれば、多少贅沢をしても十分に貯蓄が可能。
結構余裕を持って、のんびりと仕事ができるし、予想以上に不満の無い生活を送れている。
でも、他の冒険者からすれば働き過ぎに見えるみたいで、それがオーク・イーターなんて二つ名の原因になっている部分もあるらしい。
だからと言って、月の半分以上休むのは怠けすぎだと思うから、このペースは維持するつもり。
「やはり、特化型のキャラメイクは正解じゃったな!」
「そうですね。私でも、簡単に斃せますの」
「まぁ、ねぇ。……ちょっとデメリットがあるけど」
そのデメリットとは、簡単に言えば、最初の紗江と同じ事。
簡単な治癒魔法を使っているときや、猪を狩っているときには気付かなかったんだけど、とにかくスタミナが足りない!
いや、私の方は高度な光魔法なんて使わないから、あんまり関係ないんだけど、歌穂の方はオーク相手にアクロバティックな動きをして首ちょんぱしたら、その後、しばらくは役に立たなくなったんだよね。
技量に対して、身体が追いついていない感じ?
軽自動車にF1のエンジンを積み込んだら、こんな感じなのかも?
「むぅ……やはり、身体作りは必須かのう……」
「モチベーションが上がらないけどね」
少し苦い表情で腕を組む歌穂に、同意するように私も頷く。
スタミナが足りないと言っても、派手な動きを控えれば何とかなるのだ。
そんな状態で身体を虐めろと言っても、太ってないのに、ダイエットをさせられる気分?
地味なトレーニングだからねぇ、必要とされるのは。
今は少数のオークしか相手にしてないから、ほぼ影響は無いけど、もし今後、高レベルなりの動きが必要とされる強敵や、継戦能力が必要とされる多数の敵を相手にするのであれば、避けられないところ。
魔力の増強が必要なのは紗江も同じだけど、こっちは多分順調?
なんか、『
「でも、最近、私の出番が無いよね」
実のところ、キウラの町に来て、私の出番は殆ど無くなっているんだよねぇ。
基本的にオークしか相手にしてないから、私のメイスでは威力不足だし、オーク相手なら歌穂も紗江もあっさり斃しちゃうので、怪我をすることもない。
診療所で稼ごうとか思ってたけど、当たり前と言えば当たり前の話で、街中で勝手に診療所なんて開くことはできず、領主の許可が必要。
そして、これまた当たり前の話として、何処の誰とも判らない人間相手に、そんな許可が出るわけも無い。
つまり、『治癒魔法でお小遣い』という私の夢はあっさりと絶たれたのだった。
「戦闘だとそうじゃが、それ以外では十分に役に立っているではないか」
「そうですの。佳乃がいなければ、暮らしていけません」
「まぁ、私たち、日常的なスキルは壊滅だもんねぇ」
衣食住で言うと、まず『食』は家を借りたことで少しまともな台所が手に入ったんだけど……まだまだ微妙。
別に日本に居たときの知識を忘れたわけじゃないけど、料理のさしすせそ、まともに手に入るのは塩だけだし、火加減も難しいから。
後の4つ。
砂糖は高価ながら売っている。但し、白砂糖とは風味が全然違うので、同じようには使えない。
お酢はワインビネガーが売ってた。良いお値段で。
でも、私たちの中でそんなお酢を使ったことがある人はいなかった。
うちにあるお酢って、米酢か穀物酢だったよ?
後の2つ、お醤油とお味噌は言うまでも無いよね?
材料が手に入らなければ、多少の知識があってもホント無意味。
せめて火加減だけはやりやすくなるよう、近いうちに魔道具のコンロを買う予定。
『衣』はちょっと贅沢に、新品の服をオーダーメイドで作ってもらってる。
普通の庶民はある程度自分たちで縫ったりするみたいだけど……私たち、授業以外で縫い物をすることなんて無かったから、そのへんは壊滅。
いえ、波縫い程度ならできますけどね? うん、その程度。
『住』は家を借りたのでなんとかなってるけど、贅沢を言うならあんまり住みやすくはない。
『お金を貯めて、自分たちの好きな家を建てるのを目標にするのも良いかも』と、3人で妄想の間取りを話し合う程度には。
想像するだけならタダだし、娯楽が無いからね、この世界。
元の世界より便利な点を挙げるなら、掃除と洗濯かな?
どちらも私の『浄化』で、一瞬にして終わるから。
あとお風呂もなんだけど……こちらは、『できればお湯に入りたい』というのが私たち全員の正直な気持ち。
もし『浄化』が無かったら、もっと大変だったので、文句を言うのは贅沢だとは思ってるけどね。
むしろ『浄化』が、最近の私の存在意義と言っても過言では無い――いや、過言。
過言だよね? 過言であって欲しい。
……ま、そんな感じで、全員でやってる料理はともかく、普段の生活で一番活躍しているのは私という自負はある。戦闘で役に立っていないだけに。
「そういえば、最近は歌穂も紗江も、体調崩さなくなったね?」
最初の頃は結構頻繁に、お腹に雷雨(比喩的表現)が来ていた2人なのに、最近は私が『
乙女的尊厳も守られて、間違いなく良いことなんだけど……。
「ふっふっふ、何時までも昔の儂じゃないぞ? 先日ついに、【頑強 Lv.1】を手に入れたのじゃ!」
「『ついに』と言うよりも、『やっと』ですの。あれだけの回数、お腹を壊せばさすがに慣れて欲しいです」
ドヤ顔を浮かべた歌穂に対し、紗江の方はやや疲れたような表情。
その都度治していたので、長期間苦しむようなことは無かったけど、まぁ、色々とキツいよね、お腹を下すのは。
「それは、いわゆる『なぁに、かえって耐性が付く』ってやつかな?」
「うっ。そう言われると、なんか微妙じゃのう……。じゃが、そういうことじゃろうな」
「こちらで生活する以上は、無いと辛いですの。さすがに最初の時、【頑強】ぐらいは取っておくべきだったと、後悔しました」
「普通のゲームじゃ、キャラクターがお腹を壊したりしないからねぇ」
たぶん、コンピュータゲームで『生水を飲んでお腹を壊しました』みたいなゲームは無いんじゃないかな? 良く知らないけど。
それに、普通の食事でも合わない物は案外合わなかったりする。
私だと、搾りたてのオリーブオイルとか、ダメだったなぁ。
食べてるときは良かったのに、しばらくしたら全部戻すことになっちゃって……あれは辛かった。
あれ以来、オリーブオイルに気を付けるようになったんだよね。
あ、でも、この身体なら大丈夫かも?
オリーブは見かけないけど。
「あ、そういえば。先日、ギルドに行ったときに小耳に挟んだんですが、ちょっと変わった鞄が買えるみたいですの」
ふと思い出したようにそんな事を口にしたのは、紗江だった。
「変わった鞄?」
「簡単に言えばリュックサックです」
「……そういえば、リュックは見かけたこと無かったのう。儂らはリヤカーを使っとるからあんまり困っとらんが、背負い袋よりは便利そうじゃな?」
「もしかして、クラスメイトが作ったのかしら?」
「それは判りませんの。訊いても教えてくれませんでした」
「まぁ、そうじゃろうなぁ。ホイホイ教えていては、面倒事になりかねん」
少し残念そうながら、納得したように歌穂が頷く。
人気があればたくさん売れて儲かるだろうし、そんな小金持ちの名前や居場所をギルドがあっさり漏らしたりしては、逆に私たちもギルドを信用できなくなる。
「良さそうなら買っても良いけど……いくらだった?」
「金貨24枚でした」
「高っ……くもないのかな? 手作業で縫うことを考えると……?」
日本で売っている鞄のお値段を考えて、一瞬高いと思ってしまったけど、全部手縫いすることを考えれば、実はそうでもないようにも思える。
特にリュックなんて、縫う場所が多いわけだし。
日本でも、ブランド物のバッグとか、もっと高いしね。
「儂は賛成じゃ。ここで今の仕事を続けるなら必須じゃないが、どこかに遠出するなり、別の仕事をするなりを考えるなら、あった方が良いじゃろう」
「私も買いたいですの。同じ事ばかりしてたら、成長が無いです」
「まぁ、そうだね。オーク相手ばっかじゃ、私の戦闘技術は上がらないし……うん。それじゃ、注文しておこうか。在庫があるわけじゃないんだよね?」
「判らないですが、多分注文ですの」
数ヶ月も生活すれば、この世界にも慣れてくる。
家具とか服とか、手間の掛かる物は大抵が受注生産品なのだ。
大量に売れる物は在庫を抱えていたりするみたいだけど、金貨24枚ともなれば、なかなかのお値段。
たぶん、注文して作ってもらう形だと思う。
ま、ギルドで話を訊けば判るよね。
案の定、翌日の冒険者ギルドで話を訊くと、リュックは受注生産品で、各自の身体のサイズに合わせて作製し、納品まではしばらくの時間が必要になるとのこと。
確かに、小学生サイズの歌穂と大人サイズの紗江が同じリュックだと、使い勝手が悪いか。
ありがたい。
特に急ぐわけではないけれど、お金にも余裕があったので、私たちはその場で3人分のリュックを注文。
実際にそれを受け取れたのは、1ヶ月ほど後のことだった。
そしてそれ以降、私たち『翡翠の羽』は、オーク狩り以外の依頼にも手を出すようになっていったのだった。
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