翡翠の羽 (3)

「おぉ、すげぇな! 完全に治ってやがる! これで大銀貨5枚で良いのか?」

「はい」

 私の目の前で嬉しそうに屈伸する、マッチョなお兄さん。

 暑苦しいので離れて欲しい。

 でもそんな事は口にせず、私は笑顔でお金を受け取る。

「ありがてぇ。これで仕事を休まなくてすむぜ!」

「ありがとうございました。またどうぞ~~。……ふぅ」

 今日も私の診療所は程々に盛況だった。

 そう、診療所。

 私たちの辿り着いた町――サールスタットの東門の外。

 そこに私の診療所はあった。

 土壁作りでわずか2部屋ながら、一応きちんとした建物。

 自作である。


    ◇    ◇    ◇


 何でこんなことになっているかと言えば、その原因は初日に遡る。

 税金払って、ギルドカード作って、川を渡って。

 反対側の門に辿り着いた時、私たちの手に残っていたのは、わずか1,200レア。

 宿に泊まったら1日で無くなっちゃう額。

 節約するミッションはどうなったって?

 もちろん失敗しましたとも。

 だって、皆さん、お仕事ですし? 値切れないって。


 で、どうしたかと言えば。

 野宿しました。

 町の外で。

 その時、紗江が魔法で作った土壁が今の小屋の原型。

 3人が何とか入れる囲いの中で、堅い黒パンをかじりつつ、1枚の毛布に包まって寝たのも、今となっては懐かしい思い出。

 2日目には、毛布は1人1枚になっていたし、歌穂が森から折ってきた木の枝を使って、茅葺きならぬ、木の枝葺きの屋根っぽい物ができあがっていた。

 そんな感じにちょっとずつ充実させていき……何時しか、わざわざ街中で宿を取る必要性が無くなったんだよねぇ。

 サールスタットにある宿をいくつか見てみた感じ、結構高いし?

 食事の準備は自前だけど、今となっては結構快適。

 歌穂と紗江が鉈とか、鋸とか買ってきて、暇にかせて色々頑張ってるから。


 けど、もちろん難点もある。

 一番はやっぱり安全性。

 すでに1ヶ月以上、ここで診療所をやってるものだから、女3人しかいないことが知れ渡ってるんだよね。

 で、そんな状況だと困ったことを考える人も出てくるわけで。

 ただまぁ、その不埒者にとって不幸だったのは、私たちはその時すでに、大剣を購入できるだけのお金を稼いでいたこと。

 【大剣 Lv.8】持ちが大剣を振り回せばどうなるか……解るよね?

 見事に両手両足、へし折られました。歌穂に。

 いや、まぁ、仮に大剣が無くても、歌穂には【豪腕 Lv.3】があるから、似たような結果になったと思うけど。

 ちなみにその時、歌穂の体調が少し悪くて非常に機嫌が悪かったから、一切の手加減も無く、かなり酷い状態だったんだけど……まぁ、別に良いよね。

 強姦魔なんて、死んでもオッケー。

 当然治療もせず、その状態のまま診療所の外に放り出して放置。

 翌日、事情を聞きに来た門番さんに詳細を話すと、そのまま連れて行かれました。

 そんな事が数回も続けば、『女しかいない』という情報に加えて、『手を出すとヤバい』という情報も同様に広がるわけで。

 半月ほどで平和になった代わりに、冒険者としての勧誘が……。

 今のところ、全部断ってるけどね。


 そうそう、体調と言えば、私はこの生活でも何ら問題は無いんだけど、慣れない環境と食事の影響か、歌穂と紗江は時々調子を崩している。

 多分この違いは、【頑強】スキルの有無なんだろうね。

 水を煮沸したりして注意はしてるけど、食べ慣れない黒パンを食べたり、よく解らない調味料を使ってみたり、初めて食べるような川魚を食べたりしてるから。

 鉄の胃袋でも持ってないと、お腹を壊すのは仕方ない。

 もちろん、調子が悪くなれば適宜私の魔法で治療してるんだけど、私が常に隣にいるわけでなし。

 急にゴロゴロッときたら、間に合わずに雨に降られる事(比喩的表現)もあったりするわけで。

 もし『浄化ピュリフィケイト』が無かったら、女の子としていろんな物がマズいことになってたね、うん。

 男子がいなくて良かったよ。2人の尊厳のためにも。

 一応すぐに治しているから、そこまで酷い状態にはならないんだけど、魔法を使えばすぐに元気溌剌はつらつになるわけも無く、その日ぐらいは休息が必要。

 私がボチボチと稼いでいるし、ゆっくり休める小屋があるから大丈夫だけど、これが無かったら結構キツかったと思う。

 【頑強】無し、治癒魔法も無しの人の場合、かなりマズい事になったんじゃないかな?

 体調を崩した時点で、もう終わり、みたいな。

 神殿とかに行けば、助けてもらえたりするのかな?


 そして、私たちにとってのもう一つの難点は食事。

 私は別に料理は得意じゃなかったけど、歌穂はそれなりに上手かったはず。

 けど……正直、あんまり美味しくない。

 これが【調理】スキルを取らなかった影響か、もしくは、土作りの竈で薪を使った調理をしている影響か……。

 多分、後者だよね?

 きっと、ガスコンロとかあったら、もうちょっと美味しい物が食べられたはず。

 あぁ、調味料が少ない事も大きいか。

 塩以外の調味料はあまり手に入らないし、手に入っても馴染みの無いハーブとかばかりだし。

 けど、それでも街中で食べるよりはマシ。

 安く売られている黒パンが口に合わないので、歌穂がナンっぽい物を作ってくれるんだけど、お手軽に作れるこちらの方が、よっぽど美味しいのだ。

 大半の食事はこのナンと、大味なスープ。

 そしてたまに食べられるお肉の塩焼き。

 このお肉は――。

「佳乃、仕事は終わったかの? なら、狩りに行くのじゃ!」

 そんな事を言いながら診療所の中に入ってきたのは歌穂。

 そう。実は私たちの食べているお肉、自家製ならぬ、自分たちで狩った物。

 買うとなかなかに高いので、未だ自分たちの装備も揃わない私たちには高嶺の花。

 運良く狩れた時だけのお楽しみなのだ。

 川沿いだけにお魚も売ってはいるんだけど……1度買って、あまりの泥臭さに懲りた。

「今日は狩れると良いんだけどね。それじゃ、紗江も呼んで――」

「聞こえてましたの」

 そう言いながら奥の部屋から出てきたのは、準備を整えた紗江。

 準備と言っても、こちらに来た時に着ていた服に、森から切りだしてきた木で作った杖を持っただけだけど。

 私と歌穂の装備も似たようなもので、違いと言えば歌穂が安物の大剣を持ち、私が棍棒よりちょっとだけマシなメイスを持っていることぐらい。

 あとは背負い袋を担げば準備は完了である。

 家の前に休診中の看板を置いて、近くの森の中へ。

「狩りって、結構難しいよね。なかなか動物、見つからないし」

「儂らは素人なのじゃ。猟師のようにはいかんのう……」

 見つけることさえできれば――いや、見つけて戦う事さえできれば、おそらくは大抵の動物など物ともしない歌穂と紗江。

 けど、それが難しい。

 大した技術も無い私たちは、歌穂の鼻を頼りに風下から動物を探して森を歩いているんだけど、まずなかなか見つからない上に、普通に近づくとすぐに気付かれて逃げられる。

 タスク・ボアーだけは、状況次第で突っ込んでくることもあるけど、それは少数派。

 鳥や兎なんて、捕まえられたためしがない。

「せっかく狩っても、随分買い叩かれてる感じだしねぇ……歌穂、そろそろ解体できるようになったりはしない?」

「無茶なのじゃ。まだ4匹しか斃していないんじゃぞ? ギルドの奴は解体の見学こそ邪魔せんが、解体方法を解説してくれるわけでもなし。とてもできるようになるのは……」

「ギルドにとっては、私たちはカモですの。解体できるようになったら、儲けが減りますから」

 これまで私たちが斃したタスク・ボアーの数は4匹。

 私たちも血抜きぐらいは知っていたので、それだけはしてから冒険者ギルドに持ち込んだんだけど……なんとなーく、安く買い叩かれている気がするんだよねぇ。

 解体手数料と言われてるけど、私の【異世界の常識】からすれば、もうちょっと高くても良いはず。

 なので、歌穂にはぜひにでも解体できるようになって欲しいところだけど、残念ながらギルド職員が、親切に解体方法を教えてくれたりはしない。

 それでもギルドに持ち込むしかないから、持ち込んでるけどさぁ。

 紗江の言うとおり、カモにされているような気がしないでもない。

「魔物の方がある意味、楽ではあるよね。逃げないし」

「じゃの。近づけば向こうからやってくるから、コイツでぶっ叩けば終わりなのじゃ」

「私も、魔物なら活躍できます。……でも、魔石の回収はまだちょっと慣れないですの」

 食卓の充実を考えなければ、魔物は案外悪くない。

 難点は、紗江の言うとおり、魔石の回収がちょっとグロ注意な事だけど……気持ち悪いとか言ってられるのは、お金に余裕がある人だけ。

 貧乏人は、吐こうがどうしようが、頑張って魔石を回収するしかないのだ。

 ――まぁ、思ったよりは大丈夫だったんだけどね。

 もしかして、こちらの『常識』が身についているおかげかも?

「この町はギルドの依頼も殆ど無いようじゃし、武器や防具も大した物が売ってない。早めに目処を付けて、別の町に移動するべきかもしれんのう」

「だよね。私のメイスも、こんなだし」

 一応メイスとして購入したけれど、見た目としては棍棒の先に鉄の輪が3つばかし埋め込まれているだけ。

 クラブかメイスかと言われたら、どちらかと言えばクラブに分類されそうな代物。

「最低限の生活雑貨は揃っていますの。これから先は冬になるから、早めに決心するべきだと思います」

「うーん、だよね。私の診療所もあんまり儲からないし……」

 元手ゼロなので、商売としては美味しいんだけど、サールスタットにやってくる人数は高が知れているし、町の人口も少ないので、お客も少ない。

 と言うか、そもそも冒険者以外が来てくれたこと、無いんだけどね。

 町の人には知られていないのか、それとも信用されていないのか。

 宿代が掛かってないから何とか生活はできてるけど、ちょっとマズいよね、このままだと。

「どうしよう? 防具すら手に入ってないけど、思い切って別の町に行ってみる?」

「一応、野営に必要な道具類は買えたからのう。戦闘面だけは、なんとかなると思うんじゃが……」

「経験は横に置いておくとして、私たちのスキルレベルで対処できない魔物って、そうそう出てこないと思いますの」

「だよね、サールスタットにやってくる冒険者の事を考えると」

 この町の先にあるのはキウラという町。

 そこまでの道中はそれなりに危険で、魔物に襲われる危険もそれなりにあるんだとか。

 けど、私の治療を受けに来る冒険者はそんなに強そうじゃないし、実際、勘違いした強姦魔は歌穂にあっさりとたたまれてしまった。

 逆に言うと、魔物が多いキウラの町周辺は、サールスタットに比べると、冒険者として稼ぐだけの余地もあるわけで。

 少なくとも、ギルドに行っても依頼票が貼ってない、なんて事は無いらしい。

 ちなみに、私たちが最初に転移してきた道の逆側、そちらにあるのはラファンという町。

 でも、その町もサールスタット同様、冒険者が稼ぐにはあまり向いていないんだとか。

 この町よりは大分マシって話だけど、少なくとも私たちぐらいの実力があれば、キウラの方が良い、というのが、私たちの結論。

 ソースは、私の診療所に来た冒険者から聞き出した情報。

 あと、他のクラスメイトも少し気になるんだけど……ここ1カ月ほど、暇な時間にサールスタットの町を歩いてみても、1人にも出会えてない。

 私たちはくっついていたから一緒に転移できたけど、もしかすると、そうじゃなかった人たちはかなりの広範囲に飛ばされちゃったのかもしれない。

 キウラで出会える可能性もあるけど……望み薄かな?

 ま、歌穂と紗江はいるから、どうしても会いたい人がいるわけじゃないけどね。

「それじゃ、次に狩りが成功したら、この町を出ようか。纏まったお金が無いと、次の町でも生活が不安だし」

「じゃの。キウラではせめて、街中の家でも借りたいのう」

「愛着はありますけど、やっぱり木の家が良いのです」

 これから冬に向かうことを考えると、さすがに今の家はちょっと厳しい。

 そう考えると、良い機会だったのかも?

 後は、できるだけ早くタスク・ボアーを狩って、お金を作らないといけないね。


    ◇    ◇    ◇


 幸いと言うべきかは少し疑問なんだけど、その日、私たちの狩りは成功した。

 ある意味では大成功。

 但し、気分的には大ダメージ。

 なぜって?

 それは出会ったタスク・ボアーが親子連れだったから!

 子供を守ろうと夫婦で突進してくるタスク・ボアー。

 それを容赦なく撲殺する私と歌穂。

 そして、小さい身体で向かってくる瓜坊うりぼうが4匹。

 そんな子供でも、やはり容赦なく撲殺する私たち……。

 可愛いからと見逃していたら、狩猟なんてできないからね、現実には。

 ただ一言感想を述べるのであれば……瓜坊のお肉、柔らかくて美味しかったです。

 ごちそうさまでした。

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