169 川遊び (2)
「着替え終わったか……お」
テントから出てきた3人が着ていたのは、全員同じワンピースタイプの水着だった。
ぴっちりとした競泳用水着では無く、少しだけゆったりとしたスクール水着のような形で、色は俺たちの水着と同じ、僅かに紺色が混ざったような濃い灰色。と言うか、ほぼ黒。
それが余計にスクール水着っぽい印象を強めている。
やや野暮ったく見えそうなものだが、3人とも着ている本人の素材が良いので、華やかさに欠けるようなことは全くない。
カメラが無いのが残念です。
「みんな、なかなか似合ってるぞ。しかし……セパレートタイプじゃないんだな?」
「だって、万が一戦闘になったら、ビキニとか危ないじゃない」
「それもそうか」
普通は魔法で片が付くと思うが、もし武器を取って戦う事になれば、ビキニは無いだろう。
スレンダーなハルカはともかく、普通サイズのユキとナツキは――。
「ごめんね、ナオ。ポロリの期待には応えられないんだよ」
「期待してねーから!」
肩をすくめ、やれやれと首を振りながらおかしな事を言ったユキに、即座にツッコむ。
まったく、おかしな言いがかりはやめて欲しい。そんな事はこれっぽちも……考えてなかったよ?
「だよな。脱げない方が良いよな?」
「お、おぅ……?」
俺の肩をポンポンと叩きながら、ウンウンと頷くトーヤに、何か違和感を感じながらも頷く。
そりゃ、脱げたら困るだろ?
「おーい、ハルカ、ユキ、ナツキ。ナオは、スク水フェチだと!」
「誰がそんな事言ったぁぁぁ!?」
おかしな事を口走るトーヤに、俺がツッコミ(物理)を行うが、トーヤにはひょいと避けられ、俺の脚は地面へと突き刺さる。チッ。
そんな俺にハルカとユキは悪戯っぽい視線を向けた。
「あら、そうだったの? 知らなかったわ。プールの時間は別々だし」
「男の子だね、ナオも」
「違うから!」
少なくとも、スク水フェチとか、そんな事は無いから!
「あの、見ても良いですよ? ナオくんなら」
「あ、いや……」
少し顔を赤くして、恥ずかしそうに俺を見るナツキから、俺は目を逸らした。
もちろん俺も男、興味が無いなんて間違っても言えないが――。
「そもそも何でこの色なんだ? 余計にスクール水着っぽいじゃん」
「さすがに水着で生成りはちょっと。透けちゃいますから」
「濃い色で染めやすいのがこれだったんだよね」
この世界で庶民が着ている服の多くには、特に染色されていない生成りの布が使われている。
その理由はもちろん、コスト。
鮮やかな色は当然のこととして、それ以外の色であっても濃く染めようと思うとなかなかに手間が掛かるのだ。
そのため、庶民の普段着にはあまり染色された布が使われず、服の色は裕福さのバロメーターとも言える。
「ナオたちが穿いているのもだけど、私たちで染めたんだよ?」
「ちょうどお茶の葉がありましたから、それで。鉄媒染で何度か染めると、良い色が出るんです」
俺は草木染めなんてしたこと無かったが、簡単に言えばお茶を煮出した液に布を浸け、その後で錆びた鉄から作った液にその布を浸ければ良いらしい。
簡単である。染めるだけならば。
ただ、柄を染めるのであれば、
「あと、黒とか茶色は比較的簡単に染められるんだけど、鮮やかな色が出しにくいのが難点だよねぇ」
「そういえば、作ってくれた服、赤とか青、緑は無かったな?」
「そのあたりの色は、特定の植物が必要になりますから……」
やはり女の子、綺麗な色の服も欲しいのか、残念そうな表情を浮かべる2人。
その代わり、黒から茶色、黄色系までは、森で適当に集めてきた植物を使っても簡単に出せるらしい。
カラフルな布も一応売っているらしいが、かなり高価なので、手は出していないんだとか。
「錬金術で染料も作れるから、作ってみても良いとは思ってるんだけどね」
「でもハルカ、そのための素材って、結構高いじゃん? 実用性には関係ない部分にあまりお金をかけるのも……」
「ですよね。さすがにこの水着は染めざるを得なかったですけど」
透けたら困るもんな。女性陣だけでなく、俺たち男性陣も。
ちなみに染色した布を使うと、イメージ的には服1着当たり10万円以上という感じらしい。
ハルカたちの場合、自分たちで染料を作れるため、理屈的には多少安く作れるようだが、個人で使う量をチマチマと何色も染めていては本末転倒。時間的コストが見合わない。
今回の水着のように、全部まとめて一色に染め上げる程度ならまだマシなようだが……。
でも、生活にはある程度余裕があるのだから、好きな色の布ぐらい、買っても良いと思うけどなぁ。
やはりユキとナツキは、最初の生活のトラウマが残っているのだろうか。
「ところで、水着の形が全員一緒なのは? そっちは好きにできただろ?」
「あまり伸縮もしないから、作れる水着の形も限られるのよ。それに私たちの歳で、変にフリルとか着けても、ちょっとねぇ?」
「昔のスクール水着があの形だったのは、今ほど素材が良くなかったから、なんだって。だから、それを参考にしたの」
一応、普通の綿などに比べて伸縮する少し高い布地を使ったらしいが、それでも現代の水着のように身体にピッタリ張り付くような物は作れなかったらしい。
妥協案としてできたのが、今ハルカたちが着ている昔のスク水のような水着。俺は実際に見たことは無いのだが、一部の界隈では旧スクと呼ぶらしい。
なお、俺とトーヤの水着はごく普通の綿素材。伸縮性も無く腰の所を紐で縛っているだけ。
無駄に高い素材を使う必要は無いし、別に構わないのだが、本来はこの下にサポーターという物を穿くんだよなぁ。こう……ナニがぶらぶらしないように。
ハルカたちには縁の無い物だろうし、気付かなかったのだろう。まぁ、微妙に落ち着かないだけで、さほど問題は無いのだが。
「なあ、水着の話は良いから、早く泳ごうぜ。日差しが結構キツくて暑い!」
「そうですね。それじゃ行きましょうか」
薄着になったのに暑く感じるのは、トーヤの言うとおり日差しが強いからだろう。
俺たちは野営に使っている場所、魚釣りをしている場所から少し移動する。
そこは少し川幅が広くなった、流れの緩やかなエリア。
魚をあまり見かけないので、遊ぶのにはちょうど良い。
「ふいぃぃ、涼しいな」
帽子を脱いだ俺は肩まで水に浸かり、息を吐く。
澄んだ水にやや低めの水温。
山の中だけに長時間浸かっていると身体が冷えると思うが、日差しの暑さにかなりの汗をかいていた今の俺にはちょうど良い。
そんな俺に対し、トーヤが呆れたような視線を向けてきた。
「お前、温泉に入った年寄りかよ。若者同士で来てるんだから、もっとキャッキャウフフしろよ」
「お前の言い方の方が若者っぽく無いよっ!? そもそもそんな事する――」
「隙ありですっ!」
「わっぷ!」
のんびりしていた俺の顔が冷たい水に洗われる。
俺の優雅な一時を邪魔してきたのはナツキ。
ふふふ、と笑いながら川の中に手を突っ込んだまま、俺の方を窺っている。
「ふー。のんびりと――ぶはっ!」
ゆっくりと立ち上がろうとした俺に、横合いから突然波が押し寄せ、トーヤ共々押し流していく。
「ちょ、ちょ、マジか!」
「ゲホッ、エホッ」
咳き込みつつ立ち上がり、波の来た方に目をやると、そこに居たのは得意げな顔をしたハルカ。
俺がナツキの方に気を取られている間にやったらしいが……。
「ハ、ハルカ、お前、魔法使った?」
「なかなかの物でしょ? 水があると、魔法で水を出すよりも操りやすいわね」
通常、『
なかなかに器用である。
「魔法はズルいだろ! トーヤ、手伝え!」
「おう!」
体力で言えばトーヤがダントツ。
2人してバシャバシャと水をかき分けながら、ハルカたちに向かっていったのだが――ドバンッ。
背後から襲来した波に、再び押し流される男2人。
「なるほど! こうやれば良いんだね!」
流されながら聞こえてきたのはユキの声だった。
クソッ、もう1人水魔法が使えるのが居たか!
「ナオ、お前、対抗できないのかよっ!」
「俺は努力型の魔法使いなんだよっ!」
何となくではなく、何度も練習して少しずつコツを掴むタイプなのだ。
素質のある時空系ならまだしも、あまり使っていない水魔法でいきなり川の水を操るとか、俺には無理である。
「あ~~、それじゃ、魔法の邪魔をするとか。ジャミング的に」
「それも無理! あれ、厳密には水を操ってないから」
最近はだいぶ魔力の感知などもできるようになっているのだが、ハルカとユキの使った方法は、水を操って俺たちにぶつけたわけではなく、波を起こしてその波をぶつける方法。
魔法で水を動かしているのなら、その水に俺の魔法で干渉して、ということも原理的には不可能では無いのだが、ハルカたちが魔法を使ったのは、波を起こす一瞬。
あとは単純な物理現象である。
判りやすく言うなら、ボールを投げた後で投手に何かしても、ボールが空中で止まったりしないのと同じ。
「ズルいぞ、お前ら!」
「ごめんなさい、トーヤ。私、遊びにも真剣なの。……ぷぷっ」
ハルカは少し愁いを帯びたような真面目な顔で答えつつ、途中で吹き出す。
更にユキもハルカたちに合流し、3対2。
男女差を考慮すればバランスは良いのだが、魔法使いの人数的には圧倒的に不利。
だが、さすがにナツキの光魔法は、水遊びには使えないだろう。
とはいえ、水魔法のレベルはハルカ、ユキ共に俺より上なわけで、対抗するのは無理。
ならば――。
「とりゃっ!」
「ふふふ、そんなもの――痛っ! ナオ、何使ってるのよ!」
俺が手でかけた程度の水、何でもないとばかりに受け止めたハルカだったが、その水が当たった途端、抗議の声が飛んできた。
そして、ナツキが掬ってかけた水も、俺たちまで届くこと無く水面へと落ちる。
「身体が重いです!」
俺が使用したのは『
重い水をぶつけられたら当然痛いし、接近戦で戦う必要も無いので『
その領域に入ると、水の飛ぶ距離が短くなるのが難点だが、まぁ、大した問題では無い。
「良くやった、ナオ! そりゃそりゃそりゃ!!」
トーヤが領域外からバシャバシャと大量にかける水が、ハルカたちに降り注ぐ。
こちらには『
「はっはっはぁ! どうよ!」
マジになるなんて大人げない?
大丈夫、こっちでは成人だが、日本ならまだ子供だ。
たまには童心に返るのも良いだろう?
「……こ、こうなったら!」
ハルカの姿が、ナツキとユキの後ろに隠れたと思った数瞬後――
「どわっ!」
飛んできたのは氷の塊。
慌てて倒れ込んだ俺の上を通り過ぎ、後ろの岩にぶつかって氷が砕け散る。――岩の破片と共に。
その威力に、盛大に水をかけていたトーヤの手も止まる。
「あ、あぶ、危ないなっ!? いくら何でも攻撃魔法は無しだろ!」
「そう? さっき暑いって言ってたから、涼しくしてあげようかと思って。喜びなさい、初公開の魔法よ?」
「冷や汗が出たわっ!」
もちろん調整はしていたのだろうが、防具無しでぶつかったら打撲は確実である。
いくらレベルアップしていても、俺の身体は岩ほどに硬くはない。
「いくらなんでも、その魔法はねーだろ!」
「そう? 雪合戦だって、カチカチに固めた氷のような雪玉、使ったりするじゃない。同じような物よ」
「全然っ、違うわ!」
なんと言っても防御力が違う。
こちとら、水着の短パン1つなのだ。
『
初めて使うのが遊びの時とか、なんか間違ってる。
「おーけー、解った、落ち着こう。お互い、魔法は止めよう」
これ、ちっともキャッキャウフフじゃないから。
しかもさっきハルカが例に出した雪合戦とは違い、『ぶつかったらアウト』みたいなルールが無いのもマズい。
このまま行くと、体力、魔力の続く限り、水を掛け合う未来が想像できる。
「仕方ないわね。それじゃ魔法無しでやりましょ」
「ありがと」
最初に魔法を使ったのはハルカたちなのだが、それを口に出さないだけの分別はある。
そして、それ以降はのんびりと、キャッキャウフフ(?)しながら水を掛け合ったり、川で泳いだり。
少し陽が落ちる頃まで遊んで過ごすと、その後は野営地を片付けて撤収の準備を整える。
そして、少し涼しくなる頃に野営地を発った俺たちは、一気にラファンまで走り抜けて、その日のうちに自宅へと帰還したのだった。
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