163 廃坑 (4)

 ディオラさんが口にしたとおり、その対応はかなり迅速だったようだ。

 翌日、トーヤが簡易寝台を改良するのをのんびり眺めていると、ギルドから使いがやって来て、午後一でギルドへと来てくれ、と言われたのだ。

 言われるまま、昼食を食べてギルドを訪れると、普段は入ることのない部屋に通される。

 その部屋は賓客を迎えるための場所なのか、ラファン特産の高品質な家具が置かれた部屋だった。

 そこで待つこと暫し、部屋に入ってきたのは少し偉そうな――態度が大きいというわけではなく、雰囲気的に――中年過ぎの男性。

 ハルカとナツキが立って出迎えるのに合わせ、俺たちも慌てて立ち上がり、頭を下げる。

「あぁ、楽にしてください」

 にこやかに笑いながらそう言った男性が席に着き、促されるまま俺たちも再び座った。

「初めまして。ラファンの代官を任されているジョセフ・フェイダーです」

「代表のナツキと申します。こちらはハルカにユキ、それにトーヤとナオです」

 ナツキの紹介に合わせ、それぞれが礼をする。

 普段であればハルカが交渉するのだが、一応相手が偉い人ということで、そういう人との対応に慣れているナツキに一任している。

 ディオラさん曰く、「冒険者なので、よほど失礼なことでもしなければ大目に見てもらえる」ということだったが、好印象を与えておくに越したことは無いだろう。

 本当は「男の人、具体的にはナオさんが交渉するほうが良い」とも言われたのだが、自信が無かったので、今回はナツキにお願いしたのだ。

 きっとその美貌で、性別の差ぐらいなんとかしてくれるだろう。

 一応、立場的にはこちらが頼まれる方だし。

「この度は無理を言いまして、すみません」

「いいえ。私どもの知識がこの町の平和と安定に寄与できるのであれば、光栄なことです」

 穏やかな表情で腰の低いことを言う代官に、ナツキもまた(たぶん)心にも無い事を言う。

 確かに平和なのは良いと思っているだろうが、光栄とまでは思っていないはずである。

 まぁ、言うだけはタダ、と言うヤツだ。

 無理に攻撃的になる必要も無いわけだしな。

「これはこれは。なんともありがたい言葉です。とは言え、この町を治める代官としては、その厚意に甘えるわけにもいきませんね。些少ですが、こちらをお渡ししておきましょう」

「恐れ入ります」

 テーブルの上に置かれた小袋をナツキがそのまま受け取る。

 どのくらい入っているのかは解らないが、金貨であればそれなりの額、かな?

 まさか銀貨ということは無いと思うが……いや、どうだろう?

 扱い方次第ではとても有益な知識ではあるが、それをどう評価しているか。

 そして、ただの冒険者である俺たちに対して、どう対応するのか。微妙なところである。

 少なくとも高圧的に技術開示させないだけ、ディオラさんの言うようにまともな代官だとは思うが。

「しかし、作り方を開示するのは構いませんが、それが役に立つとは限りません。それでもよろしいですか?」

「えぇ。それを考えるのは私の仕事ですから」

「わかりました。それでは――」

 そう言って、俺たちの肥料の作り方を説明するナツキ。

 とは言っても、極論、錬金術で作った普通のコンポストに魔物を放り込むだけなので、難しいことは何も無いのだが。

「なるほど、魔物の廃棄物で作った物でしたか。マジックバッグを持つ冒険者ならでは、ですね」

「……マジックバッグを持っていることも、ご存じでしたか」

「はい。あなた方の供給する肉の量は、一冒険者のパーティーとしては多いですからね」

 ちょっとだけ沈黙して応えたナツキに、代官は穏やかな表情のままそう言った。

 たかだか一冒険者のことをしっかりと調べているあたり、有能なのだろう。

 それとも、今回のことで事前に調べたのか?

 いくら多いとは言っても、この町の食糧事情を左右するほどじゃ……無いよな? いや、食肉の流通量を考えれば、案外大きいのか?

「しかも、単独のパーティーでオークの巣まで殲滅したとか。若いのに凄いですね」

「少しずつ減らしたから可能になっただけです。さすがに最初からオークの巣に突入するような力量はありませんよ」

「いやいや、どういう方法であれ、オークの巣を殲滅できるというだけで十分です。そのような腕利きの冒険者がこの町に定住してくれることは、代官としてもありがたいですから」

 そういえば、以前の代官は、オークの処理に失敗して更迭されたとかいう話があったな。

 俺たちが対応すれば、ギルド主催の殲滅を行わずに済み、代官としてもコストメリットがあるんだよな。

「しかし、そうですか。あなた方ぐらいの力量があれば、魔物の死体に関して問題ないでしょうね。ですが、コンポストに必要な魔石を考えれば赤字では?」

「そこは多少、コンポストの改造を行っています。魔石の代わりに自身の魔力を使い、魔物の骨なども粉砕して、短期間で処理できるようにしてあります」

「骨も一緒に処理しているのですね。そのコンポストは、どこで?」

「自分たちで作った物ですね。ですから、コストが安く抑えられるという面もあります」

 その言葉に、代官は少し驚いたように目を見開く。

 錬金術ができる事までは掴んでいなかったらしい。

「ほう、錬金術も。それは、注文可能ですか? もちろん、適正な報酬はお支払いします」

「そう、ですね。あまり大量には無理ですが……」

「コンポスト1つで、どのくらいの量、処理が可能なのですか?」

「おおよそですが――」

 ナツキの口にした説明に、代官はふむふむと頷き、少し考え込む。

「なるほど。残る問題は、魔物の死体をどうやって手に入れるか、ですね。うむ……取りあえず、10個作って納入してください」

「10個ですか……」

 ナツキがチラリと、ハルカとユキに視線を向けると、2人は少し考えて軽く頷いた。

「解りました。それで――」

 その後、コンポストの代金や納期など、細かい話を決めると、代官は笑顔で立ち上がり、手を差し出した。

「今日は非常に良い話ができました。先ほど言った様に、この町にとって腕利きの冒険者は得がたい存在です。今後ともよろしくお願いします」

「はい、こちらこそお願い致します。今のところ、暮らしやすい町を離れるつもりはありませんから」

 ナツキの手を強く握った後は、俺たちにもそれぞれ手を差し出して握手をし、代官は部屋を出て行く。

 それを笑顔で見送ったナツキは、扉が閉まると同時に大きく息を吐くと、力が抜けたように椅子に腰を下ろした。

「ふわぁぁ~~、緊張しましたぁ~」

 ナツキがあまり聞いたこと無いような気の抜けた声を出し、そのまま机に突っ伏した。

 話している間は非常に堂々としていた気がしたのだが、実は緊張していたらしい。

「珍しいわね、ナツキがそんなに緊張するなんて。人口から考えれば日本の町長レベル、良くて市長レベルでしょ?」

「人口だけならそうですが、ここでは法律が守ってくれませんから、同じ土俵上には居ないんですよ」

「そっか、相手の気分次第でどうとでもなり得るんだ」

「少なくともこの国では、そうそう無いとは聞いていますけど……」

 納得したように頷くユキに、ナツキは眉を寄せて、少し困ったような表情を浮かべる。

 実際問題として、この領内では昔、そんなのがあったわけで。

 物語的チート主人公であれば、力尽くで解決できるのかも知れないが、所詮『この町の冒険者では上位』というレベルでしかない俺たちは、頭を低くして生きていくしかない。

 もちろん、許容できないレベルの理不尽があれば、町を捨てることになるのだろうが。

「ですが、少なくともあの方は、ある程度信用できそうな印象でしたね。それが解ったことは収穫です」

「そうだよな。せっかくこの町に家を建てたのに、トップが信用できないとなると、安心して生活できねぇもん」

 朝令暮改、代官の気分次第で節がねじ曲がるのではやってられない。

「ところで、対価はいくらくれたの? 特に交渉もしなかったみたいだけど」

「肥料で得られる利益を考えれば、無駄に交渉をするより、貸しを作る方が良いと思いましたから。対価は……金貨100枚、みたいですね。悪くないです」

 ナツキが袋の中を覗き込み、軽く頷く。

 大した秘密でもなかったことを考えると、十分に多い対価かも知れない。

 代官も話を訊く前に渡してきて、その後でも特に何も言わなかったことを考えると、それなりに器の大きい人物と言えるだろうか。

「金貨100枚かぁ。オレたちからすればそこまでじゃねぇけど、結構な大金だよな、普通なら」

 廃坑に入っていた1週間、その時の稼ぎの3分の1にも満たないが、この世界の平民、1世帯の平均的稼ぎからすれば、半年分ぐらいはあるだろう。

「ま、俺たちは肥料で稼ぐつもりは無いんだから、ちょっとしたお小遣い程度の感覚で良いだろ。食料を買えなくなるのも困るし」

「だよな。――ところでさ、ちょっと思ったんだけど、オレたちもパーティー名とか決めた方が良くない? 今回みたいな時、個人名で覚えてもらうより、パーティー名を知っておいてもらう方が、都合が良いだろ、多分」

 なるほど。今回の自己紹介の時、ちょっと気になったところではある。

 『ホニャララに所属するナオです』と紹介した方が、恐らく印象に残るだろうし、個人名より覚えてもらえそうな気がする。

 悪くない考え、と思ったのだが、ハルカはなんだか微妙そうな表情である。

「パーティー名……自分たちで付けるのって、なんか痛々しいとか思っちゃいけない場面なのかしら、これって」

「中二病的って? うん、気持ちは解らなくも無い」

「名乗るときに赤面するようなのは嫌だよ、あたし」

「なかなか難しそうですね」

 下手に強そうな名前を付けるのも名前負けしそうだし、人に名乗るのが恥ずかしいような名前も遠慮したい。

 かといって、あまり印象に残らないようなのもまた困る。

 冒険者たる物、たとえ中二病と思われようとも、ある程度の自己顕示欲が必要なのだろうか?

 俺たちがそんな話をしていると、部屋の扉が開いて、ディオラさんが入ってきた。

「皆さん、お話は無事に終わったようですね」

「はい、おかげさまで。無理を言うような方ではなくて、安心しました」

「前回の方と比べて、今回の代官様は有能ですから。皆さんぐらいのランクの冒険者が、この町で貴重なのはよく解っておられます。心配は不要ですよ」

「みたいですね。きちんと対価も頂きましたし」

 ナツキは金貨の入った袋を軽く持ち上げてディオラさんに見せると、それを仕舞い込んで立ち上がる。

 俺たちもまた立ち上がり、揃って部屋を出る。

「あ、そうだ。ディオラさん、冒険者のパーティーって普通、名前を付けるものなの?」

「パーティー名ですか? そうですね、付ける方と付けない方がおられますが、ある程度のランクになると、付けてない方はほぼゼロです。あ、ユキさんたちも付けるんですか? 冒険者ギルドとしては推奨しますよ?」

 なぜ推奨するかと言えば、覚えやすい名前が付いていた方が冒険者としての名声が高まりやすく、指名依頼などもしやすくなるため、ギルドとしても都合が良いようだ。

 俺たちとしては、あまり指名依頼に興味は無いのだが、ディオラさん曰く、「ある程度名声がある方がトラブルを避けられる」との事なので、やはり付ける方が良いのだろう。

 『あいつらはホニャララのマルマルだぞ、手を出すな』的な。

「でも、どんな名前が良いのかしら? ディオラさん、どんな感じに付けるの?」

「好きで良いですよ? まぁ、登録したてのパーティーが『竜殺しドラゴンスレイヤー』とか、そんなのを付けると、失笑されてしまいますけど」

「実績が無いと当然でしょうね。私たちの場合……『鬼殺しオーガーキラー?』」

「それはちょっと嫌かなぁ。もっと綺麗な名前にしようよ!」

「それもまた抽象的だな。ディオラさん、どんな付け方をするんですか?」

「本当に自由で良いんですが……自然物や武器の名前を入れたり、後は目標を入れたり。『竜殺しドラゴンスレイヤー』なんかはそのタイプですが、あんまり実力の伴わない大言壮語だと……」

 ディオラさんはそう言って苦笑する。

「ですよね。ありがとうございます、考えてみます」

「はい。でも、ナオさんたちであれば、大きな事を言っても良いと思いますよ? きっとあなたたちは成功するタイプの冒険者ですから」

「そうですか? ちなみに、そのタイプとは?」

「無理をしない、努力をする、自分を知っている、あなどらない、おごらない、準備をする、などですね。これらができない冒険者は、上には行けません」

「そうなんですね。覚えておきます」

 いずれも基本と言えば基本なのだろうが、逆にある程度ランクが上がったときこそ、注意すべきだろうなぁ。

 きっと、『ちょっと強くなったかな?』とか思ったときが一番危ない。

 慎重なハルカがいるし、多分大丈夫だとは思うが……そんな心構えをパーティー名にするのもありか?

 なんか微妙な名前になりそうな気はするけど。

「まぁ、ハルカさんたちぐらいになれば、パーティー名は着けておいた方が良いでしょうね。もし決まったらご連絡ください。ギルドの方にも登録しておきますので」

「解りました。考えてみます」

 下手をすれば今後数十年と付き合っていくことになる名前。

 簡単に決めることもできず、俺たちは一時保留として、冒険者ギルドを後にしたのだった。

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