158 探索準備 (1)

「廃坑、ですか?」

「うん。北西の森の奥で――」

「ストップです!」

 森から戻り、魔石の換金がてらディオラさんに廃坑のことを訊こうとした俺たちだったが、場所を口にした瞬間、ディオラさんがやや強い口調でハルカの言葉を遮った。

 そしてやや警戒したような表情でギルドの中を見回すが、時間的に殆ど冒険者が存在しないため、俺たちの方に注意を払っている人はいなかった。

「――皆さん、ちょっとこちらへ」

 やや硬い表情のディオラさんに連れられ、別室に通される俺たち。

 ここはあまり人に聞かれたくない依頼をする場合などに利用される部屋らしいのだが、俺たちが利用するのは初めてである。

 テーブルとそれを囲む様に椅子が10脚ほど置かれ、窓は無く薄暗い。

 ディオラさんは灯りを付けると奥の椅子に腰をかけ、俺たちにも座るように促した。

「ひとまず、座ってください」

「あー、やっぱ厄介事?」

「そうですね、若干ですが」

 俺の言葉に、ディオラさんは少しだけ困ったように苦笑する。

「この町の古老の方たちの間では公然の秘密、程度の物ではあるんですが、一応、貴族の醜聞になりますので……」

 そう言いながらディオラさんが話してくれたところによると、やはりあの洞窟は廃坑で間違いが無いらしい。

 だが、問題はそうなった経緯である。

 本来、鉱山の所有者はその土地を治める領主なのだが、その採掘量や採掘される金属はきちんと国に報告することが義務づけられている。

 これを怠ることは、税金や他国への輸出制限などの面から厳しく罰せられるのだが、この地方の領主である子爵家は、あの鉱山を隠した。

 しかし、隠している以上、大々的な労働者の派遣も行えない。

 ではどうするか。

 その代替となったのが犯罪者である。

 犯罪者を送り込み、採掘をさせる。

 当初こそそれで何とかなっていたのだが、鉱山という現場、しかもまともな技師も集められない状況では損耗率も高く、次第に人手が足らなくなる。

 その結果行われるようになったのが、軽犯罪、もしくは犯罪とは言えないような物でも重犯罪として扱い、人手を確保することである。

 そうやって人手の確保を始めたものの、幸いと言うべきか、それは長くは続かなかった。

 鉱山の視察に向かった領主とその息子が帰ってこなかったのだ。

 秘密裏に行われていた事業だけに、当初はどこで行方不明になったのか把握している人はごく僅か、その人たちも事情が事情だけに口を噤んでいたのだが、行方不明が1ヶ月以上に及び、国から調査団がやって来て真相が曝かれることになる。

 どういう状況で死んだのかなど、詳しい事情が平民に流れることは無かったのだが、異常なほどの犯罪の取り締まりは終わりを告げ、王都で官吏となっていた領主の弟が子爵家を継ぐことになったのだった。

「……つまり、その鉱山が俺たちの見つけた廃坑、と?」

「その可能性が高いですね。アンデッドとかいませんでした?」

「いましたね」

 現在、あの場所が鉱山として開発されていないのは、子爵家としては忘れたい汚点であること、アンデッドが発生していること、そしてそこまで採掘量が期待できないことがあるらしい。

 逆に埋蔵量が多ければ、必要となる人手や出荷量からして誤魔化しきれない上、収益も大きく上がるため、きちんと国に報告したのかもしれないが、誤魔化せそうな中途半端な採掘量というのが魔が差した要因とも言われているとか。

「しかし、あそこまで行っちゃいましたか……。魔物の量が増えて近づけなくなってたんですが……」

「もしかして、入るとマズいですか?」

「いえいえ、管理されていない場所ですから、問題は無いですよ。仮にハルカさんたちが勝手に掘っても文句は言われません。適当に掘ると危険ですから、止めた方が良いとは思いますけど」

「それはそうよね、素人が手を出したら崩落する可能性もあるわよね。ちなみに、何が採れる鉱山なの?」

「噂では、ミスリルだったとか」

「「「ミスリル!?」」」

 ディオラさんの言葉に、俺たちの声がハモる。

 思わず身を乗り出した俺たちに、ディオラさんは少し身を引いて苦笑を浮かべた。

「食いつきが良いですね。まぁ、冒険者なら憧れですし、仕方ないと思いますけど」

「属性鋼の武器は手に入れましたからね」

「やっぱ欲しいよな、ミスリルの武器!」

「属性鋼も、この町で持っている冒険者はほぼいないと思いますけどね。でも、飽くまで噂ですよ、噂。少なくとも、産業になるほどの量は採れてないと思いますよ? そこまで採れるなら、国も無理をしてでも開発しているはずですから」

 ミスリルの武器――正確にはミスリルを含んだ合金で作った武器――は非常に高性能で、下手をすれば国力を左右するほど。

 そんな金属であるため、有望な鉱山でも見つかれば、国はその土地の領主に無理矢理に金を貸し付けてでも開発させる。

 それを考えれば、放置されているあの廃坑がどうなのか、自ずと判ってしまう。

「そんなわけですから、あまり入る利点は無いと思いますが……行かれますか?」

 ディオラさんにそう訊ねられ、俺たちは顔を合わせた。

 盗賊のアジトでは無いので、隠されたお宝は期待できない。

 ゲームのように、お手軽に鉱石を採掘することもできないし、採掘しても含有量に期待できない。

 アンデッドが残っているなら魔石は手に入るが、その価値はそこまで高くないし、ドロップアイテム的な武器は売ることもできない。

 ――これ、わざわざ危険な廃坑に入る意味、無くない?

「あまりお勧めは出来ませんが、もし入るようなら、お願いしたい依頼があるのですが……」

 そう言って、ディオラさんは部屋を出て行き、1枚の依頼票を持って戻ってきた。

「こちらになります」

 テーブルの上に置かれた依頼票は茶色く変色していて、かなり年季が入っている。

 それを揃って覗き込む俺たち。

「家宝の剣の回収?」

「はい。先ほど話に出た子爵――ネーナス子爵と言うんですが、そちらの家に伝わる剣が行方不明になっているのです。恐らく鉱山で行方不明になった当主が持っていたと思われるのですが、諸般の事情で未だ回収できていないのです」

「子爵が行方不明になったのって、随分昔じゃ?」

「えぇ。すでに数十年前になりますから……」

「なるほどね。随分古びた依頼票だと思ったわ」

「現在の子爵本人は回収に行かないんですか? 私兵ぐらいは持っていますよね?」

「今の子爵は、問題を起こした子爵の甥に当たるのですが、先代共々まともな人でして……」

 幸運なことにお取り潰しは免れた子爵家ではあったが、それは王都で勤務していた子爵の弟がとても優秀、かつ半ば放逐される形で王都に来ていて、悪事に加担してない事が明確だった為である。

 だが、前子爵の行ったことは、下手をすると国家反逆罪なのだ。

 いくら張本人が行方不明とは言え、多少のペナルティは科されることになり、そのような家に他家からの支援は見込めない、もしくは何らかの思惑がある物ばかり。

 更には領民に対する異常な取り締まりなどのこともあり、領内はガタガタ。

 そのような状況に於いて、家宝の剣の回収に割く余力などなかったのだ。

「ある程度領内の立て直しが終わってから、回収を行うつもりだったようですが、その頃にはまた別の問題が起こりまして……」

 別の問題とは、これまで銘木を伐採していたエリアの魔物が手強くなり、銘木の入手が難しくなったことである。

 廃坑があるのは、銘木の伐採エリアよりも更に深い場所であり、生中な腕では到達も難しい。

 私兵を使って回収に向かおうにも、残念ながら問題を起こした子爵の抱える私兵の腕などたかが知れている。

 むしろ、廃坑から剣を回収できるほどの腕があるのであれば、銘木の伐採を可能にする方が優先されるため、まともな貴族であった前子爵はそちらに力を入れたのだが、現状を見れば結果はお察しである。

 結果、代替わりした今をもっても、家宝の回収には至っていないのだった。

「腕の良い冒険者を雇えば可能なんでしょうが、そんな余裕があるなら領内の開発をする、というタイプなんですよ、子爵は」

「ふ~ん、いい人、なのかな?」

「そうですね。領民にとっては良い領主でしょうね。他の貴族からは少々、侮られているようですが」

「となると、この報酬は頑張った方、なんだろうか?」

 依頼票に書いてある報酬は、金貨300枚。

 ここのギルドで受けられる依頼の中では破格だが、現在の廃坑に入って回収してくる報酬としては、ちょっと安い気がする。

 トーヤの持つ剣でも買えば金貨300枚以上はするのだ。

 家宝と言うぐらいだからそれなりに価値のある剣だろうし、危険性を考えればメリットは少ない。

「はい。ですから、こちらの依頼は回収できたら請ける、という形で構いません。見つからない可能性なども考えると……」

 言葉を濁し、苦笑を浮かべるディオラさん。

 通常、こういうタイプの依頼はしっかりと探して、それでも見つからなければ違約金は不要なのだが、廃坑を隅から隅まで探すのは難しい上、依頼料を考えれば全く割が合わない。

 数十年単位で塩漬けになっていたことを考えると、実際に見つけるのはかなりの運が必要になりそうである。

「そのぐらいの軽い感じで良いなら、やってみても良いかしら?」

「オレは賛成。廃坑の中、涼しいし」

「……なるほど」

 これから夏が近づくにつれ、だんだんと暑くなっていくわけで、森の中での活動は厳しくなることだろう。

 それを考えれば、多少稼ぎが少なくなっても、涼しい廃坑内でアンデッド退治を行うのはそう悪くない選択なのかも知れない。

 そう言われれば反対する理由も無いか。

 俺もトーヤに同意し、ナツキたちも特に反対は口にしない。

「わかりました。運良く見つかれば、ですが、一応探してみます」

「ありがとうございます! 子爵も半ば諦めてはいるようなのですが、依頼の取り下げまではされないので、冒険者ギルドとしてはちょっと困っていたんです」

 何十年も達成されない依頼を抱えているのは、冒険者ギルドの立場的にもあまりよろしくないようだ。

 今回の依頼は依頼料が適正価格よりも安いため放置されていたが、適正価格以上の依頼であれば、ギルドから冒険者を斡旋して処理することもあるらしい。

「なるほどー、安いのかぁ。適正価格より。そんなのを請ける私たちって、良い冒険者だよねぇ。――ところでディオラさん、こんなのがあるんですけど、なんとかなりません?」

 ニッコリと笑いつつ、ハルカが机の上に並べたのは、スケルトン・ナイトが使っていた剣。

 紋章が入っていて、死蔵が決定されていたアレである。

「このタイミングでそう言われると怖いんですが……。この剣は……ネーナス子爵家の紋章ですね」

「扱いに困っていたんですが、子爵家の方で買い取ってもらえない?」

「そうですね……白鉄製ですから、刀身自体はまだ十分に使えそうですね。高く買い取ってもらうことは難しいでしょうが、このレベルの武器の店売り価格ぐらいなら、なんとかなるかも知れません」

「店売り価格……交渉してもらって良い? 正直、そのへんの武器屋に売るのも難しくて」

 白鉄製の剣の店売り価格であれば、金貨40~50枚ぐらいは期待できる。

 今回拾ってきた3本であれば150枚。悪くない稼ぎである。

「そうでしょうね。トラブルの元になりかねません。わかりました。お任せください。その代わり、剣の回収の方、可能な範囲で構いませんから、よろしくお願いしますね?」

「了解。廃坑がどれだけ広いかにもよるけど、しばらくは頑張ってみるわ」

 単純な利益だけ言えばメリットは少なくとも、普段からお世話になっているディオラさんの頼みである。

 それなりに頑張るべきだろう。

 もちろん、俺たちの安全が確保される可能な範囲で、だけどな。

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