149 新たな魔物 (4)
ゾンビを処理した俺たちは、今度はもう一つ見つけていた、新しい反応の方へと向かっていた。
こちらの敵の移動速度はゾンビに比べると速かったが、それでもオーガーのような速度で走り回ることはなく、捕捉するのは容易だった。
だが、実際に目にしたその敵は、俺たちの予想を大きく上回っていた。
「(デカっ!? なんだあれ!)」
「(オイ! どう見ても歯ごたえありすぎだろ!)」
「(いくら何でもあのサイズは……厳しくない?)」
見えてきたのは、木々の間を悠然と歩く巨大な熊……熊?
大きさを例えるならば、アフリカ象だろうか。
足一本だけでも人の胴体ほどはあり、顔つきはかなり凶暴。
姿形は確かに熊なのだが、あまりに巨大すぎて、本当に熊と言って良いのか躊躇われるほど。
だが、【ヘルプ】で確認すると、『ダールズ・ベアー』と表示されるんだよなぁ。
――おや? 【ヘルプ】って固有名詞、表示されたっけ?
「(なぁ、ハルカ。今【ヘルプ】を使ってあの魔物を見ると、『ダールズ・ベアー』って表示されたんだが)」
「(ホントに? ……ホントね。何でかしら?)」
確か最初にタスク・ボアーを【ヘルプ】で見たときは『獣(食用)』だったはず。
レベル表記の無いスキルだし、変化することなんて無い、と思ってたんだが……。もしかして、アドヴァストリス様のサービスだろうか? 真面目にお布施をしている俺に対する。
あの時話した印象からして、あり得ないと言えないところが、なんとも……。
「(オイ、今はそんな事よりアイツだろ。見るからにヤバそうなんだが)」
「(あの腕で殴られたら、あたしなんて一発でミンチだよね)」
「(普通ならそうですね。後はレベルアップの効果がどのくらいあるか……)」
「(試してみるにはリスク高すぎ。どうする? 戦うの?)」
ユキのその言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
たまたま見通しが良かったおかげで、ダールズ・ベアーとの距離は未だ100メートルほどはある。
あまり探知能力が高くないのか、それとも俺たちの【隠形】特訓の成果が出ているのか、はたまた気付いていても気にされていないのか。
今なら逃げることはできるだろう。
だが、それでは何のために来たのか解らない。
「(やる、よな?)」
「(歯ごたえのある物って言っちまったしな)」
「(それじゃいつも通り、魔法の射程に入ったら開始ね)」
ゆっくりと近づくダールズ・ベアーを木陰で待ち構え、いつものように戦闘開始は魔法と矢のヘッドショットから。
だが、その時起こった現象は、いつもとは違っていた。
「がぁぁぁぁ!!」
森に響き渡るダールズ・ベアーの咆哮。
俺の放った『
「なっ!?」
「なんで!?」
思わず声がハモる俺とユキ。
普通の矢ならともかく、俺たちが放ったのは実体の無い魔法。
そんな物を手で叩き落とせば、下手をすれば手が吹き飛ぶ。
いや、普通ならそうなっていたはずである。普通にオークの頭を消し飛ばせるレベルの『
だが実際は、ダールズ・ベアーは特に痛そうな様子を見せることも無く、その毛皮も特に焦げた様子が無い。
また、ほぼ同時に放たれたハルカの矢は叩き落とされる事こそ無かったものの、首のあたりに突き刺さったかと思ったのも一瞬、そのままポトリと地面へと落下してしまった。
「この距離で刺さらない? どんな強度よ……」
呆れたような言葉を漏らしつつも、再度弓を構えるハルカ。
正直、俺もこの結果は予想外である。
あの巨体だけに、皮下脂肪がぶ厚くて矢が有効打にならないという可能性は考えていたが、まさか表皮を貫くことすらできないとか……。
「狩れたら、良い皮鎧が作れそうですね」
「余裕があるな、ナツキ。正直、オレは剣が通るか不安なんだが?」
「通らなければ、頑張って叩いてください。そのための剣なんですから」
剣と薙刀を構え、一歩前に出るトーヤとナツキ。
トーヤの剣が通らなければ皮鎧の素材としては最適だろうが、素材として狩る前に、こちらが狩られる危険性は高くなる。
そんな2人に向かって、ダールズ・ベアーは一気に走り始めた。
「速い!」
その巨体からは考えられないような、いっそ軽やかと表現したくなるような足取り。
体格的にはアフリカ象レベルでも、象のような体重は感じさせず、地響きなんて物も発生していない。
その動きは、そのままぴょんと木の枝に飛び乗ってもおかしくないような、そんな身軽さを感じさせる。
――もちろん、実際にそんな事をすれば、木なんて簡単にへし折れてしまうのだろうが。
あと僅かで前衛とぶつかる。その瞬間に再び俺たちの魔法が飛ぶ。
「『
「『
先ほどよりも明らかに魔力が込められた『
そして俺は、普段あまり使わない『
「ぐぉぉぉぉっ!」
再び響く咆哮。
と、同時に、その口にハルカの放った矢が飛び込み、途中で咆哮が途切れる。
ドガ、ドガンッ!
魔法の威力が僅かに落ちたかどうか。
俺の放った『
そして、『
「マジか!?」
仮にオークに使ったとすれば、上半身が無くなるぐらいは魔力を込めたつもりだったのだが……。
「どんだけ魔法耐性が強いんだよっ!」
咆哮で魔法が消える事といい、これまで戦ってきた敵とは一線を画すると考えて戦うべきだろう。
ハルカによって口の中を射られたにもかかわらず、致命傷にもなっている様子も無い。
だが少なくとも、ある程度の視界を奪うことには成功したはずである。
「だりゃぁぁ!」
「せいっ!」
即座にタイミングを合わせて、同時に斬りかかるトーヤとナツキ。
だが、トーヤの打ち込みはダールズ・ベアーの掲げた右腕によってガッシリと受け止められ、その毛皮を切り裂くには至らなかった。
それに対し、ダールズ・ベアーの左側から切りつけたナツキは、ユキの魔法による援護の効果もあり、その肩口のあたりを大きく切り裂き、そこから血を噴き出させる。
「硬っ! ――っ!! ぐっっっ!!」
トーヤが声を上げた次の瞬間、ダールズ・ベアーは右腕でトーヤの剣を大きく跳ね上げ、そのままトーヤに向かって大きく腕を振った。
咄嗟に剣から片手を離し、腕に着けたバックラーでその攻撃を受け止めるトーヤ。
踏ん張れたのは一瞬。
その身体は浮き上がり、何メートルも離れた木の幹へと激しく叩きつけられた。
「トーヤ!」
「――っ」
その光景に嫌な汗がぶわっと吹き出たが、声こそ出さないものの、トーヤの身体が動くのを確認し、胸をなで下ろす。
本当ならすぐに救助に行きたいところだが、状況はそんな余裕を与えてくれない。
俺は槍を構え、前に出る。
さすがにナツキ1人に前線を任せるわけにはいかないし、小太刀しか持たないユキとハルカを前線に回すわけにもいかないだろう。
そして魔力をやや過剰気味に、【筋力増強】などの身体強化関連のスキルへと回す。
これをやると、普通の身体強化以上のドーピングが可能なのだが、魔力はぐんぐんと減っていくし、魔法を使う余裕も無くなる。
更には、戦闘後に後遺症も出てしまうのだが、背に腹はかえられない。エルフである俺に、獣人であるトーヤ並みの耐久度も筋力も存在しないのだから。
魔力を温存して死んだらシャレにもならない。
「ナオくん! 同時に!!」
「おう!」
小型サイズの魔物なら、同時攻撃なんかしたら互いの攻撃が邪魔になってしまうのだろうが、ここまでのサイズになると何の問題も無い。
そして相手からすれば右と左、同時攻撃を捌くのは難しい。
しかも、片方の目と腕に傷を負っているのだ。
それで両方の攻撃を捌けるとするなら、心眼的な何かが必要だろう。
――尤も、目も腕も、傷付いているのはナツキがいる側なんだよなぁ。
ギラギラと憎々しげに俺を睨む右目と、なんとも力強い右腕を見て、俺は思わず心中で愚痴ってしまう。
いくらドーピングしていると言っても、俺があの腕を受け止めるのは無理がある。
やるべき事は、ヒット・アンド・アウェイ。
ナツキと共にサイドに回り込むようにして攻撃を仕掛ける。
やはり健在な目がある方の俺が気になるのか、こちらに顔を動かすダールズ・ベアー。
もしかすると、左目の方は完全に見えていないのかも知れない。
だが、そんな隙を逃すナツキでは無い。
完全に視線が切れたその瞬間にナツキが攻撃を仕掛け、俺もまた牽制を仕掛ける。
武器の切れ味の差か、それとも属性鋼に込める魔力の差か。
ナツキが振るった薙刀は、再びダールズ・ベアーの毛皮を切り裂き、首の付近の大きな血管を傷つける。
空高く吹き上がる血。
それを避けるように正面に移動するナツキ。
「がぁぁぁ!」
ダールズ・ベアーは視界に入ってきたナツキに忌々しげな叫び声を上げるが、その声は最初に比べるとやや力強さに欠ける。
「下がって! 『
俺の背後からユキが狙ったのは、健在な右目。
先ほどの『火球』と同程度の威力を発揮したその魔法は、しっかりと右目を奪い、ダールズ・ベアーは再び叫び声を上げて、右手で顔を庇う。
「ハァッ!」
狙うは右側の首元。
俺は素早く踏み込むと槍を大きく突き込み、首元を大きく切り裂く。
そして振り下ろされてきた腕を避けて、後ろへ跳び退った。
視界を奪われ、首の両側から血が噴き出すダールズ・ベアー。
滅茶苦茶に腕を振り回しているが、それが俺たちに当たることは無い。
俺はナツキと視線を交わし、更に大きく後ろに下がると、武器を構えてダールズ・ベアーを警戒する。
だが、そんな警戒を他所に、大量の出血を強いられたダールズ・ベアーの動きはだんだんと鈍くなり、やがてゆっくりと地面に崩れ落ちると、そのまま動かなくなったのだった。
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