133 ケルグ (3)

「発動体は諦めた方が良さそうね」

 店から出てそう口にしたのはハルカだった。

 俺同様、他のメンバーもそう思っていたのか、ハルカの言葉に同意するように皆頷く。

 さすがに競売で落札するほどの資金を集めるのは現実的では無いし、そこまで金があれば別のことに使った方が有意義だろう。

「ちょっと残念ですね」

「うん。ちょっと期待していただけに」

「『火矢ファイア・アロー』が3本同時に使えるようになれば、便利になるかと思ってたんだが……」

 冬の間も真面目に訓練はしていたので、現状でも発動させるだけであれば、3本までは十分な威力を保ったまま可能になっている。

 だが、それを別々の標的に、確実に当てるとなるとかなり難しい。1つの標的、もしくは極めて近くに居る3つの標的なら可能なのだが、バラバラな場所になってくると、着弾位置にかなりのズレが出てしまうのだ。

 それを発動体でなんとかできればと考えていたのだが、少なくとも簡単に手に入るレベルの物では意味は無さそうである。

「ま、せっかくだから作る練習だけはしてみるつもりだけど……自作なら、気持ち程度の効果でもあまり痛くないし。必要な素材も手に入ったしね」

「たくさん買っていたのは、それもあるのか?」

「うん。一応、調べてはいたから」

「そう考えると、オークリーダーの魔石を売ってしまったのは、ちょっと残念ですね」

「あたしたちが斃した中だと、オークリーダーが一番上位になるのか。次は何だっけ?」

「買い取り価格で言えば、バインド・バイパーだな。オークよりは少しだけ高い」

「あれかぁ……あんまり強くないから、期待できそうにないなぁ」

 ナツキの一刀で斃せてしまう魔物では、少々微妙と言わざるを得ない。

 かといって、あれ以上に強い魔物は出ていないし、そのために無理して斃しに行くのも本末転倒である。目的は、俺たちの安全性の向上にあるのだから。

「今は役に立たなくても、練習しておけば良い魔石が手に入ったときに作れるから、それで良いにしましょ」

「そうだな。――あとは、ギルドに行けば取りあえずの用事は終わりか?」

「そうだね。目的を達成できたかはちょっと微妙だけど」

「良いのよ。錬金術の素材はちゃんと手に入ったんだから。時間的には少し中途半端だけど……ま、行ってみましょ」


    ◇    ◇    ◇


 一番ギルドが混む時間帯よりは早い時間だったが、ケルグのギルドには多くの冒険者がいた。

 その分、ギルドの建物も大きく、職員の数も多かったため、混雑していると言うほどでは無いが、ラファンとは随分違う。

 俺たちがギルドの中に入ると、多少視線が集まったが、幸いにして特に絡んでくる相手も居なかったので、空いているカウンターへと向かい、受付のお姉さんに声を掛ける。

 そう、このギルド、カウンターに座っている職員の半分はお姉さんなのだ。

 ディオラさんに不満があるわけでは無いが、若い女の子がちょっと気になってしまうのは仕方ないよね?

「こんにちは。資料室はありますか?」

「はい、ございますよ。冒険者のみ、ご利用できますので、ご利用になる方のギルドカードを確認させてください」

「はい」

 俺たちが揃ってギルドカードを出すと、お姉さんはそれぞれを確認して頷いた。

「ありがとうございます。資料室はあちらになります。資料は丁寧な取り扱いをお願い致します。破損されますと、弁償して頂くことになりますので」

「わかりました」

 お姉さんに案内された部屋は、確かに資料室だった。

 具体的には、本が本棚に並んでいる――わずか10冊あまりだったが。

 それでも机の上に数冊置いてあるだけのラファンよりはマシだろう。

「冊数は多いけど……同じ本もあるわね。種類としては、8種類だけか」

「だが、ラファンの2倍、しかもちゃんと本だぞ?」

 ラファンに置いてあったのは手作り感溢れる冊子、ってレベルだったからなぁ。

「でも、同じ本があるのは助かります。待ち時間が減らせますから」

「その点は確かに。さて、一番読まないといけないのは【鑑定】持ちのトーヤとユキだけど、どれくらいで読めそう?」

「あたしは……今日、明日……明後日まではかからないかな?」

「えぇっ、そんなに早く読めるか? 8冊もあるんだぞ?」

 ユキの言葉にトーヤが驚いたような声を上げるが、ユキは本をパラパラと捲って頷く。

「大丈夫でしょ。本の厚さに対して、ページ数はそこまで多くないし。紙が分厚いからね」

「それは……そうだが、俺は明後日、もしかしたら明明後日しあさってまでかかるかも」

「なら……3日後までここで資料を読んで、4日後にラファンに戻りましょ。それで良い?」

 やや自信の無さそうなトーヤの言葉に、ハルカは頷いて、そう提案した。

 その提案に特に反対する理由も無く、俺たちは早速それぞれが本を手に取り読み始める。

 俺が手に取ったのは魔物に関する資料で、ラファンよりは多くの魔物が載っているが、隣町だけに重複している物もやはり多い。

 それでもなかなかに興味深く、俺はのんびりと読み進めていった。


 結局その日は、夜になるまで黙々と資料を読み込み、翌日も朝から夜遅くまで資料室に籠もる。

 あまり資料室を利用する人がいないので、特にトラブルになる事も無く2日後の昼頃には、トーヤを除く全員が全ての本を読み終えていた。

「トーヤ、どうだ? 今日中に読み終わりそうか?」

「無理! まだ1冊以上残ってるんだぜ? お前たち、読むの早すぎ!」

 ユキは宣言通り、昨日のうちには読み終えていたし、ハルカやナツキも同様。俺も今日の午前中には読み終えている。

 だが、それは必ずしもトーヤの本を読む速度が遅いことを意味しない。

「トーヤは休憩が多すぎるんだよ。あたしたちが読んでいるときでも、時々『気分転換に』って部屋を出てたよね?」

 そう。トーヤはなかなか根気が続かないのか、1、2時間毎に席を立ち、部屋を出て行くのだ。トーヤ曰く『情報収集』らしいのだが、俺が見たときには、受付のお姉さんと世間話をしているようにしか見えなかった。

「今日は私たちも付き合うけど、明日は1人で読むのよ? 私たちは出発の準備とかするから」

「えー、出発の準備って、特にやることないじゃん?」

 ハルカの言葉に不満げな声を上げるトーヤだが、自業自得なので同情もわかない。

 1人寂しくこの部屋で本を読むが良い。

「大して準備が必要ないのは確かだけど、私たちがいても意味ないでしょ。もう読み終わったんだから」

「そうですね。明日はもう一度、市場を見てみましょうか。何か面白い物でもあるかもしれませんし」

「見るだけでも楽しいしね」

 そんな会話をする女性陣にトーヤが悔しそうに唇を噛む。

「くっ、仕方ないとは解っていても、羨ましい!」

「なら頑張って読め。今日中に読み終われば良いことだろう?」

「ナオ、無理って解って言ってるよな?」

「うん」

「こやつ!」

「はっはっは、サボったお前が悪いのだ!」

 決して受付のお姉さんと仲良くしていたのを、妬んでいるわけでは無い。

 悔しそうな表情を浮かべつつも、真面目に本を読むトーヤだったが、結局その日のうちにすべてを読み終えることはできず、翌日はトーヤ1人で資料室に向かうことになるのだった。


    ◇    ◇    ◇


 翌日、資料室へと向かうトーヤを見送った俺たちは、市場へと訪れていた。

 そこで二手に分かれて散策。俺はハルカとのペアである。

 ラファンに比べて大きな市には色々な物が並んでいて、なかなかに見応えがある。

 基本的には食料品がメインなのだが、一部には民芸品も並んでいて面白い。

 俺たちの生活に必要かと問われると疑問なのだが、ちょっと買いたくなってしまうのはなぜなんだろう?

「欲しければ買っても良いのよ? 自分のお金なんだから」

「いや……止めておこう」

 報酬を各自に分配するようになったので、自由になる資金という面ではかなり増えているのだが、最初に苦労しただけに、本当に必要でも無い物にお金を使うのはなんだか躊躇われる。

 特に俺が今見ていたのは、木彫りの置物だったし。

 朝市的なここで、これが売れるのだろうか? 謂わば、近所のスーパーで木彫りの熊が売っているようなものじゃないかと思う。

 こういうのって、旅先のお土産屋に置いてあって、旅行に浮かれて財布の紐が緩くなっているときにこそ売れる物じゃないか?

 少なくとも、生活に必要な食料品や雑貨類と一緒に買うような物では無いと思う。

「……そういえば、ふと思い出したんだが、以前、バックパックの販売で、ハルカ、『不労所得が!』とか騒いでたよな? あれどうなったんだ?」

「そ、そんな騒いでは無いと思うけど? 少し嬉しかったのは否定しないけど」

 ハルカが恥ずかしげな表情を浮かべ、少し頬を染めつつ視線を逸らす。

 しかし俺は、ハルカがバックパックを作りつつ、嬉しそうにほくそ笑んでいたのを知っている。

 だが、あの頃は今ほどに懐に余裕も無かったし、それも仕方なかったと思うのだが。なんか響きも良いしね、不労所得。特に『不労』のあたりが。

「一応、時々貰ってるわよ。食費とかの共通費に使ってるけど」

「そうなのか? ハルカのポケットマネーでも良いと思うが」

「みんなにも協力してもらったからね。それに、今となってはそこまで大きい額でも無いから。……いや、それだけで見れば十分な稼ぎなんだけど」

 そう言ってハルカの教えてくれた額は、普通に生活するには十分な額だったのだが、今俺たちがメインの仕事にしているのは銘木の伐採である。

 これで稼げる額は、正直、魔物の討伐などをやるのが空しくなるような額なのだ。

 もちろん、見つければ見逃す理由も無く、討伐してアエラさんのお店に卸したりはしているのだが、効率の面では圧倒的に伐採である。

「でも、それももう少ししたら終わりよね」

「あぁ、あの話か」

 銘木の買い取りをお願いしているシモンさん曰く、「夏場に伐採した木は品質が落ちるから、できれば避けてくれ」との事。

 それでも切ってくれば買い取ってくれるようだが、俺たちとしても同じ事ばかりやるのも飽きるので、今のところ、夏場は休止する予定である。

 ――いや、一番の理由は暑さ、なんだがな。

 まだ比較的涼しい今の時期でも、木の伐採作業をしていると汗だくになるのだ。

 『夏場の炎天下で、この作業はしたくない!』という全員の思いが一致したのが本当のところである。

「夏場、どうするかなぁ? 森で普通の狩り、も暑いよな?」

「そのうち、『冷房クールズ』の魔法は作ってみるつもりだけど、『暖房ワームス』の事を考えたら、行動中は無意味よね」

「だな。あえて言うなら、『防熱レジスト・ヒート』だろうが、『熱く』はなくなっても、『暑さ』は防げない気もする」

 冬の間、実際に使ってみて気付いたのだが、『暖房ワームス』の魔法は掛けた相手が、寒いのを温かく感じるようになるわけではなかった。

 これは掛けた相手の周囲の空気を暖める魔法で、部屋の中やテントの中では有効なのだが、歩いているときにはほぼ意味が無いのだ。

 移動すればそのエリアからすぐに出てしまうし、風が吹けば暖かい空気も拡散する。

 魔力を大量消費して、常に周りの空気を暖めることも可能なようだが、そんな状況で戦闘なんてできるはずもない。

 同種の魔法として『冷房クールズ』を作ったとしても、同じ事だろう。

 冬場も寒かったと言えば寒かったのだが、このあたりはほぼ雪も降らない程度の気温だし、伐採作業は肉体労働なので、あまり問題も無かったのだ。

「ま、いざとなれば、夏場はバカンスという方法もあるけどね。貯蓄はあるし」

「うーむ、何となく罪悪感があるんだが、夏休みのある年代と言えば、年代なんだよな、俺たち」

 この世界では成人だが、日本に居ればまだ高校生。夏休みを満喫しても罰は当たらない。

 当たらないのだが、周りが真面目に働いているのに、俺たちだけ遊びほうけるってのも……。

「避暑地に行って働いてもいいけど……そのへんは、そのうち考えましょ」

「そうだな。全員と話し合う必要があるしな」

 夏休みに避暑地でバイト……その言葉に、新たな出会いを期待してしまうのは俺だけだろうか?

 まぁ、現実はそんなに夢のある物じゃ無いんだろうけどな。

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