132 ケルグ (2)

「なかなかに厄介そうだったわね、サトミー聖女教団」

「信者……ドルオタだよね、ほぼ」

「有力者もいるんだよな? まさか、貴族も含まれていたりするのか?」

「権力を持ったドルオタ……始末に負えないですね」

 顔をしかめてそう言ったのは、ナツキ。

 普段はあまりそう言うことを言わないナツキだけに、ちょっと意外である。

「ナツキ、ドルオタに何か恨みでもあるのか?」

「いえ、そこまでは……」

「そこまで、って事は多少はあるのか」

「あはは、ナツキは以前、何度かマナーの悪いドルオタから、迷惑を被ったことがあるんだよ」

「一部の人とは解っていますが、どうしてもイメージが悪くなりますよね」

 ユキの言葉に、ナツキが苦笑して首を振った。

 確かに、マイナーな趣味人はどうしてもそういう目で見られがちである。本当はその個人が悪いだけなのだが。

「本来の宗教としての影響力は、神が実在するこの世界では限定的だとは思うけど……」

「いやぁ、ドルオタも一種の宗教だろ」

「問題は、サトミー聖女教団が異常に金を吸い上げてしまうことでしょう。ある程度までは経済活動の一種として吸収可能でしょうが、スキルをベースとした抵抗不可能な集金システムになってしまうと……」

「社会的歪みが大きくなるか」

「はい。その結果、社会不安、奴隷の増加、治安の悪化などが起きてしまうのは……」

 アイドルに入れ込んで借金苦、奴隷落ち、家族離散……普通なら自業自得なんだろうが、アエラさんのケースを見ると、スキルの効果は決して低くないように思える。

「でもそのへんのことを考えるのは政治家――いや、貴族の仕事じゃね? 俺たちが関わっても碌な事にはならないだろ」

「まぁ、そうだなぁ。アエラさんのことを考えると、放置するのはちょっとムカつくけど、下手に関わって俺たちが魅了とかされたりすると厄介だしなぁ」

「高松さんがアエラさんを騙したとは、まだ決まってないけどね」

「ですが、関わるメリットもありません。早いとこ用事を済ませてラファンへ戻りましょう。ラファンへも食指を伸ばしてくるようなら、その時は考える必要があると思いますが」

「ま、クラスメイトの所業に、俺たちが責任を持つ必要も無いよな」

 あえて責任があるというのなら、アドヴァストリス様だろうが、『包丁は殺人を犯すのか』的な論争になってしまうので、高松自身の責任ということで良いだろう。

「それじゃ、当初の予定通り、錬金術のお店に向かいましょ」


    ◇    ◇    ◇


「あ、トウモロコシ。……乾燥してるけど」

 錬金術のお店を何軒か回っている途中、そう言って立ち止まったのはユキだった。

 その視線の先を見れば、露店で籠に積まれているトウモロコシが。

 スーパーで見かけるような、穂と皮が着いたトウモロコシでは無く、綺麗に剥かれた状態で積み上げられ、大きさもやや小ぶり。

「そういえば、トウモロコシと花の種も話に出てたわね。買って帰る?」

「うん。でも、乾燥してても芽は出るのかな?」

「売っているトウモロコシの種は、乾燥してシワシワになってますから、大丈夫だと思いますよ? 加熱してから干した、とかならダメでしょうが」

「それじゃ、買ってくる!」

 俺も少し興味があったので、露店に向かったユキの後を追う。

「なんか、いろんな色があるな?」

「うん、日本だと黄色か白だけど、世界的には色々あるみたいだよ?」

「赤とかの暖色系はともかく、青みたいな色はちょっと食欲わかないよなぁ……」

「まぁ、慣れないよね。取りあえず、黄色っぽいのだけを買って帰ろうか。交配すると色が混ざるって聞いたことあるし」

 そういえば以前、真っ白いトウモロコシを育てるためには、黄色い品種の花粉が飛んでこないようにかなりの距離を離さないとダメ、という農家の人の話を聞いたことがある。

 黄色と青の粒が混ざったトウモロコシ……色と味は別なのだろうが、見た目も大事だよな、やっぱ。

「兄ちゃんたち、買うのかい?」

 俺たちがあれこれ言っていると、店番をしていた30前ぐらいの若い男が声を掛けてきた。

 商人、だろうか?

 農家にしては体格とかがやや貧弱に見える。

「えーっと、これってどうやって食べるの?」

 さすがにユキも乾燥トウモロコシを使ったことは無いのか、店員にそう訊ねた。

 普通のトウモロコシなら茹でて食べれば良いのだろうが、乾燥した物となると……粉にしてトルティーヤ? いや、俺の知識では、トルティーヤがトウモロコシの粉を使うことぐらいしか知らないのだが。

「おや、知らないのかい? まぁ、このへんじゃ、麦に比べればあまり食べられてないからなぁ。この粒を軸から外してスープと一緒に煮込んだり、粉にしてパンを作ったりだな。小麦とはまた違った味で美味いぞ?」

「え、もしかして、このあたりじゃ育たない作物だったり?」

「いや、そんなことは無いと思うよ? 食べられてないから作られてないだけ、じゃないかな? 近くに作ってる地域もあるし」

「ふーん、お兄さんは行商人?」

「そうだよ。この周辺の町を回っているのさ。ここに並んでいるのは、別の町で仕入れた作物さ」

「なるほどね。それじゃ、この3つを10本ずつちょうだい」

 並んでいるトウモロコシの山から、ユキが黄色い物を3つ選んで指さして注文する。

「毎度! 姉ちゃんは黄色いのが良いのかい?」

「うーん、何となく黄色い方が美味しそうに見えるから?」

「そういう物なのかな? 赤とか美味しそうじゃない? 黄色とはちょっと味も違うし」

 注文したトウモロコシを袋に詰めながら、商人は首を捻る。

 確かに固定観念でしかないと言われれば、その通りである。小豆なんか普通に赤いし、濃い紫とかも果物なら普通にある色で、ナスなんかも紫である。その点、黄色とか白とか、普通ならちゃんと熟していないようにも見える。

 ただ単に、馴染みのあるトウモロコシが黄色というだけの話でしかないのだ。

 それはユキも解っているので、苦笑して口を開く。

「あたしの個人的な感覚だから。それに濃い色の物だと、スープとかに入れると色が付きそうだし」

「殆どの物は皮だけで中は白いんだけど……まぁ、皮の色は気になるのかな? ちょっと色は付くし」

 ちょっと首を捻りつつも、ユキの言い分も理解できたのだろう。頷きつつ、袋の中に色つきの物を1本ずつ放り込んで、その袋を差し出してきた。

「おまけで別の色のも1本ずつ入れておいたから、試してみてよ」

「良いの? ありがと! 機会があったらまた買いに来るね」

「ああ。時々このへんで店を開いているから、また頼むよ!」

 

 俺たちがトウモロコシを買って戻ってくると、ちょうど他の3人も、露店で何かを買って戻ってくるところだった。

 人目があるところでマジックバッグに入れるのもマズいので、俺は一抱えほどの袋を持っているのだが、ナツキが持っているのは片手で持てる程度の袋。米なら2、3キロぐらいが入っていそうな大きさだろうか。

「ナツキたちも何か買ったの?」

「はい。菜種を売っていたので、それを」

 菜種……いわゆるアブラナか。

 油を搾るのか? 確かにうちには植物性の油は無い。動物から取れる脂がたくさんあるので、あえて買う機会が無かったのだ。

 確かにラードはちょっとしつこい部分はあるし、サラダ油があっても良いかも――。

「うん、菜の花畑も良いね。庭は広いから、見応えはあるかも! 花壇以外に植えても良いわけだしね!」

 食べる方ではなく観賞用だったらしい。

「観賞用の花はやっぱりあまり売っていないみたいです。花も楽しめる作物を植える方が簡単かも知れませんね」

「あとは自分で採取してくるか、よね。時期的に、森に行けば百合とか生えてるかも。球根タイプの植物なら移植もしやすいし」

「百合かぁ、それも良いね。球根なら手間もかからないし。チューリップとかは無いかな?」

「原生種があるかも知れませんが……どうなんでしょうね? あの森だと」

「俺は、あまり花を見た記憶は無いが……」

 森に入っていた時期的な物もあるだろうが、俺には花が咲いていることを意識した覚えが無い。

 単純に花を愛でる余裕が無いから、目に入らなかった可能性もあるが、そう都合良く森に花が咲いているだろうか?

「いえいえ、園芸種のように目立つ物は少ないですが、花自体は結構咲いていますよ? チューリップがあるかどうかは別ですけど」

「日本だと野生の草花を採ってくるのはマナー違反だけど、ここだと問題ないだろうし、次に行ったときには探してみましょ」

 ナツキやハルカはしっかりと気付いていたようだ。

 トーヤに『気付いた?』と視線を向けると首を振ったので、そのへんは男女の意識の差、なのだろうか?

 最近は薬草も、自家消費分しか採取しなくなっているので、植物に目を向ける機会も少なくなっているからなぁ。

「それじゃ、花の種に関してはもう良いのか?」

「売ってたら買うけど、探す必要は無いかな? 良いよね?」

「そうですね。所詮は趣味の範囲ですから、そのぐらいで良いと思います」

「了解。それじゃ、錬金術の店に行くか」

 サトミー聖女教団やトウモロコシと、ちょっと寄り道が多くなったが、俺たちは本来の目的である錬金術の店に向かって再び歩きだした。


    ◇    ◇    ◇


 この街にある錬金術関連のお店は、俺たちが調べた範囲では4つ。

 その4つの店を巡って、俺たちは必要な素材を買い集めていった。

 必要な素材自体は2軒目のお店で全部揃ったのだが、資金的にはある程度余裕があるので、素材も多めに買い込むため、そして魔法の発動体を探すため、すべてのお店を回る予定である。

 しかし、魔法の発動体は3軒目まで空振り、そして一縷の望みを掛けて、最後の4軒目でも同様に質問をする。

「魔法の発動体はありますか?」

「無いよ」

 店主の老婆から返ってきたのは、これまでの店と同様、にべもない言葉だった。

 だが、ここの店主の言葉には続きがあった。

「そういうのは武器屋で扱う物じゃろう? ここで聞いてどうするんだい」

「あ、いえ。武器じゃない、指輪とかそういう物を。心当たりはありませんか?」

 朝方回った武器屋でも訊いたのだが、出てくるのは杖やスタッフタイプの発動体で、指輪などは皆無だったのだ。

 それでも凄く効果が高いのなら購入もしたのだが、見るからに微妙そうで、それでいてかなり高価。それを買うのであれば、普通の武器や鎧にお金をつぎ込んだ方が生存率は高くなるだろう。

 他のメンバーの意見もまた同様で、結局、一つも買うことは無かったのだ。

「武器じゃないタイプかい? それは、ちょっと難しいと思うねぇ」

「そうなんですか?」

「発動体はあまり出回らないからねぇ。作れる術師も少ないし。貴重な魔石も必要になる」

 発動体を作っているのは錬金術師なのだが、実際にそれを作れる錬金術師というのはかなり限られるらしい。

 俺たちが微妙と評価した発動体でも作るのはそれなりに難しく、それが値段にも反映されてしまっているようだ。

「なるほど……ちなみに、お婆さんは?」

「ワシかい? 無理だねぇ。素質が無かったよ」

 店主が首を振ってため息をつく。ベテランっぽいのに無理とか、結局は素質ということか。

 素質……もしかして、【錬金術の素質】を持つハルカなら作れたりする?

 作れるのなら、それも一つの手かも知れない。

「ところで、魔法の発動体って、どんな効果があるんですか?」

「なんじゃ、そんな事も知らずに探しておったのか?」

 若干呆れたような表情を浮かべる店主に、質問したユキが慌てたように手を振る。

「いやいや、『魔法が使いやすくなる』というのは知っているんだけど、具体的にはどうなるのかと」

「そうだねぇ、そのへんで手に入るレベルなら、正にその程度だねぇ。僅かに発動が早くなるとか、気持ち魔力の消費が少なくなる気がするとか」

「気がするだけ?」

 拍子抜けしたような表情を浮かべる俺たちに、店主は苦笑を浮かべる。

「そのへんは感覚的な物だからねぇ。ある程度高位の魔石を使った物なら、はっきりと解るって話だけどねぇ」

 武器屋で見て微妙に感じたのは、確かに微妙だったからのようだ。

 その程度であれば、買う意味なんて殆ど無いよな? 俺たちは『その僅かが生死を分ける!』的な戦闘を行うつもりは更々ないし、それならば素直にレベリングをする。経験値があることも解ったことだしな。

「ちなみに、高位とはどの程度ですか?」

「最低でも幻獣レベル――グリフォンとかそのへんだろうね。ドラゴンあたりなら、魔力の消費が半分になるとか、1つ、2つ上のレベルの魔法が使えたとか、そんな眉唾な話も聞くけどね」

 それは凄いな。

 2つ上ならば、『再生リジェネレイト』も大分近づいてくるし、非常時に高位の魔法を使えるのは保険にもなる。

 ただ、問題は『眉唾』ってところか。

「眉唾って事はあり得ないんですか?」

「違う違う。そんな魔石を使った発動体なんぞ、流通してないんじゃよ。あれば国宝級じゃろうなぁ。幻獣の魔石の物でも、王都で競売に掛けられるレベルじゃろうて」

 ちなみに、競売に登場すれば、純金貨が飛び交うレベルの話になるらしい。

 純金貨――その名の通り純金の金貨で通常は流通していない金貨である。金貨10枚で大金貨、その大金貨100枚分の価値があるのが純金貨なので、仮に日本円に換算するとするなら1,000万円くらいの価値はあるだろうか。

 大きさは、手のひらサイズという巨大さ、らしい。見たこと無いから知らないが。

 基本的に備蓄用の硬貨なので、一般人が見ることはほぼ無い物なのだ。

 純金だけに普通に流通させたら、簡単に傷は付くし削れるしで、とても使い物にはならないだろう。

 俺たちの今の貯蓄額なら手に入れることも可能だが、これが『飛び交う』レベルの競売ではちょっと太刀打ちできそうには無い。

「それだと仮に見つけても、買うのは無理そうですね……。幻獣レベルの魔石も高いんですか?」

「物によるねぇ。純金貨を出さなくても買えるものもあるが、流通が少ないからねぇ」

 それだと、自分で作るのも難しいか。

 後は、自分たちで幻獣レベルの魔物を狩りに行くかだが、そのレベルになっていればすでに発動体の必要性は低くなっている気もする。

「わかりました。いろいろありがとうございました」

「あいよ。また来ておくれ」

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