S014 トミー釣行へ挑む (5)
冒険者もどきを卒業(?)した僕は、ここしばらくはミンチを作る道具の試作に取り組んでいた。
その形状から、鍛造ではなく鋳造になるため、蝋を削って型を作る毎日。
ほぼ掛かり切りになっているんだけど、師匠の仕事とは競合しない内容ということで、むしろ推奨されてしまった。
まあ、師匠と僕、2人して武器ばかり作っていたら、供給過剰になるよね。
僕としては、ごく少数、超高性能な武器を作る『知る人ぞ知る鍛冶師』というのが理想なので、それ以外の稼げる商品を持てるのはありがたいし、独立を考えても、師匠と競合しない状態というのは望ましい。
この街には気心の知れたトーヤ君たちも居るし、店を構えるためにも師匠とは別の方向性を模索するのは正解だと思う。
そんなこともあって試作を頑張っているんだけど、なかなか良い感じにならないんだよねぇ。
僕の知っていることと言えば、ハンドルを回せばミンチが出てくるということぐらい。中身の構造はよく解らない。
多分、中に刃が付いていて、グルグル回せばその刃が肉を小さく刻むんだろうけど、それでどうやったらウニョウニョとミンチが出てくるのか……。
そんな試行錯誤が続いたある日、店に訪れたのはナツキさんとナオ君だった。
「お久しぶりです、トミー君。調子はいかがですか?」
「おかげさまで、まともな生活ができています。今日は?」
「武器の注文、ですね。ハルカたちに作った小太刀と同じぐらい丈夫な薙刀が欲しいんですが、できますか? あ、いえ、遠心力を考えると、あれ以上に、でしょうか」
あの小太刀もどきかぁ。
丈夫さとそれなりの切れ味は両立できたんだけど、重量と形は不満だったんだよね。小太刀と言うには太すぎて、優美さが足りないし。
薙刀は元々刃が大きいから、その部分に関しては問題にならないけど――。
「かなり重くなると思いますけど、大丈夫ですか?」
「はい。この身体は日本に居た時とは違いますから」
そう言ってニッコリと微笑むナツキさん。
外見的には相変わらずの美人なんだけど、この世界、外見と強さは一致しないからなぁ。
「解りました。ナオ君は?」
「俺の方はナツキの護衛かな。トーヤから聞いてないか? 地雷がうろついているって」
「あぁ、そういえば。さながら
「おお、上手いこと言うな? それじゃ俺は掃海艇か? お前みたいな奴なら、クラスメイトでも良いんだけどなぁ……困った奴の割合、多すぎじゃね?」
「ははは……」
僕自身も、初めて会った時にはナオ君たちに迷惑をかけているだけに、なかなか同意しづらい。
けど、否定も難しい。【スキル強奪】を取った人を『困った奴』に入れて良いのなら、確実に半数以上が『困った奴』になるわけで……。
「あ、そうだ。俺にも小太刀、作ってくれ。……いや、3本、あった方が良いか? ナツキ、どう思う?」
「近接戦闘の為ですか? 確かに私やトーヤ君にもあった方が良いかもしれませんね」
詳しく聞いてみると、長物を使っているナオ君とナツキさんは、狭いところや敵がすぐ側まで来た時にはなかなか攻撃が難しいらしい。
1対1なら距離を離せば良くても、複数相手の場合や、引いてしまうと後衛に攻撃が行く場合はそれもできず、危ない場面もあったとか。
剥ぎ取り用のナイフで対処することもあったと言うけど、アレじゃ危ないよね、切れ味はあっても丈夫さはないから。
「解りました。前回と同じ物で良いんですか?」
「いや、予備だから、少し短めで。腰の後ろに差して邪魔にならない程度にできるか?」
「はい、大丈夫ですよ。短ければそれだけ刃の幅も小さくできて、軽くなりますしね」
イメージとしては、剥ぎ取り用ナイフより少し長めって感じかな?
近接戦闘の為って事だから、サバイバルナイフに近い運用って事だろう。
「こちらの方は2、3日でできますが、薙刀の方はもう少し時間が必要ですね……1週間ぐらいで良いですか?」
「問題ありません。良い物をお願いします」
「はい、もちろんです!」
美人に頼まれると、俄然やる気が湧き上がるね!
……もちろん、ナオ君に頼まれた方を手抜きするわけじゃないけど、男だもん、仕方ないよね?
「ところでナツキさん。以前トーヤ君がミンチを作る道具があったら良いかも、と言っていたんですが……」
「あぁ、それですか。今、ハルカが魔道具でフードプロセッサを作れないか、頑張っているみたいですね」
「フードプロセッサ! 確かにそれでもミンチは作れますね。構造も簡単だし」
フードプロセッサなら僕も見たことがある。うちにもあったから。
刃の着いた軸をグルグル回すだけで構造は非常に単純。モーターの代わりにハンドルを着ければ……あ、スピードが足りない?
その点、魔道具にすれば対応できる、のかも。
くっ、頑張って頭を捻っていたのに……ま、確かにトーヤ君は「注文すると決まったわけじゃない」と言ってたんだけどね。
「そうなると、ミンチを作る専用の道具は必要ないですか?」
「ミンサーですか? いえ、きちんとした物ができるなら、ミンサーの方が大きさの揃ったミンチができますから、価値はあると思いますよ」
アレって、ミンサーって名前なんだ。
しかし、価値はある、か。
なら作りたいところだけど、構造が……あ。
「ナツキさん、ミンサーの構造ってご存じですか?」
「構造ですか? はい、一応」
こともなげに頷いたナツキさんは、僕が差しだした紙に、サラサラッと図面を描いてくれる。
おぉー、ホントなんでもできるね、この人。上手すぎ。
「この螺旋で肉を奥に送るんですか?」
「はい。例えば木ネジも頭を回すだけで奥に入っていきますよね? それと同じ事です。その先に付いた刃で肉を刻んで、最後の出口の穴の大きさでミンチのサイズを揃えます」
「ギヤは必要ですか? ハンドルをこの螺旋状の部品に直付けでは」
「ギヤ比によって力の増幅をしてますから、コンパクトにするなら必要でしょう。ハンドルの長さを長くすれば代わりにはなるでしょうが」
なるほど、物理学の問題なのか。
「あぁ、でも、この世界の場合、皆さん腕力は強いですからねえ。か弱い女性が使う事を考えなければ、ギヤ無しでも大丈夫かも知れません」
「そこは実験が必要かも知れませんね」
使う人の性能も違うだろうが、ミンチにする肉の種類も違う。
試作してみるしかないかな?
ハンドルを少し伸ばす程度で、ギヤ無しでも十分に使えるようなら、コスト削減のためにはそっちの方が良い。
「トミー、作れそうなのか? 構造的には、トンカン作るような形じゃないだろ?」
「鋳物ですよ。型を作って溶かした金属を流し込むんです」
「……あぁ、鍛冶師というと、金属を叩いているイメージがあったが、それも鍛冶師の範疇なのか」
「日用品なら、そちらの方が安く作れますからね。ガンツさんはあまりやりませんけど」
「うちにある調理器具、鋳物も多いですよ? ちょっと重いですけど」
「そうだったのか……普段使わないから、気付かなかった」
それは理解できる。
僕も鍛冶師のイメージと言えばハンマーで叩く、だったから。
多分、刀匠の印象が強すぎるんだろうね、日本人は。
「簡単にはできないかも知れませんが、できたら作りたいですね。ミンチにして混ぜれば、クズ肉でも食べやすくなりそうですし」
「俺もできたら欲しいかな。パンに挟むのはやっぱりハンバーグが食べやすいんだよな。単なる肉を焼いただけじゃ、噛み切りにくくて……トーヤなんかは関係なく食うんだが」
「やっぱり獣人だからでしょうか? 一応、隠し包丁は入れているんですけどね」
前回、トーヤ君に分けて貰ったハンバーガーはハンバーグが入っていたけど、ミンチ作りに手間がかかるだけに、やはり焼いたお肉そのまま、という事もあるらしい。
それもあってフードプロセッサを作っているみたいだけど……うん、ここは頑張って開発して、ミンサーをプレゼントしよう。
少しぐらいは恩返ししないとね!
◇ ◇ ◇
1週間後に納品した小太刀と薙刀は、僕としてはなかなかに満足のいく出来だった。
特に薙刀は、僕が思いっきり丸太を切りつけても歪みもしなかったので、そうそう壊れることはなさそう。
僕の作った武器が壊れたせいで死んじゃったとか、確実にトラウマ物なので、丈夫さはやっぱり重要だよね。
で、その後からミンサーの作製を始めたんだけど、これはなかなかに苦難の連続だった。
問題になったのは2点。
まずは均一な螺旋の作製。
軸がぶれていたら、その時点で問題外。周りと干渉して回らない。
もちろん、軸が真っ直ぐなだけでもダメで、外枠との隙間の大きさ、螺旋の形、それらが上手くマッチしなければ、肉は送れない。
それを何とか解決しても、次にはもう一点、強度という問題が待っていた。
普通の鋳物に使う金属だと耐久性が足りず、何度か使うと軸が折れてしまうことが続発。しかも固い肉の場合は、かなりの力を入れるものだから、あっさりとねじ切れてしまうことも。
強度や防錆性能を考えれば白鉄が一番でも、溶解温度や流動性の問題で、そのままじゃ鋳物には使えないし。
途中で動滑車の注文が入ったこともあるけど、開発にはかなりの時間が必要となり、結局、僕がミンサーを完成させたのは、師匠の伝手を頼り、鋳物が得意な鍛冶師にアドバイスを貰った後のことだった。
独力で完成させることができなかったのは残念だけど、ナツキさんたちにプレゼントしたミンサーは喜んでもらえたから、結果オーライかな?
すでにフードプロセッサは、随分前に完成させていたみたいなんだけど、ハンバーグはともかく、サイズの揃ったミンチの方が使いやすい料理もあるって事で、活躍しているみたい。
できればその料理、僕も食べさせて欲しいなぁ……さすがに言えないけどね。
友達と言えるぐらいには仲良くなれたと思うけど、友達の家に「ご飯食べさせて!」と押しかけるほど鉄面皮は持ち合わせてないから。
◇ ◇ ◇
「なぁ、トミー、お前の休みは何時だ?」
その日、僕を訪ねてきたトーヤ君から訊かれたのはそんなことだった。
「え? 基本的にはないけど?」
休日という概念がないからね、この世界。
普通の日雇いだと、休んだりしていたらお金なんか貯まらないしね。
そうやって頑張って貯めたお金も、多少体調を崩したりしたらすぐに消えていくんだから、なかなかに世知辛い世の中。
僕も、トーヤ君とゴブリン討伐に行った時以外は毎日働いている。
日雇いの時に比べればずっと稼げてはいるけど、何時か自分のお店を持つために、貯蓄は必要だからね。
「あー、そうか。魚釣りに、と思ったんだが」
「えっ!! トーヤ君たち、また魚釣りに行くの!?」
休み、何とか調整しないと!
師匠に頼めばなんとかなると思うけど、もしこの機会を逃すと何時になるか。
せっかくゴブリンを倒し、今も続けている鍛錬も、釣りに行くその時のため!
「いや、俺たちが行くというか、お前を連れて行ってやれって、ハルカたちがな」
訊いてみると、釣りに行くのはトーヤ君とナオ君だけで、彼らが行きたいと言うより、僕を連れて行くのが主目的らしい。
僕がプレゼントしたミンサーの開発理由に、トーヤ君の言葉があった事がハルカさんたちに伝わったようで、「期待を持たせたなら、行ってきなさい」と言われたとか。
「あー、なんかゴメンね」
これまでのお礼のつもりだっただけに、少々申し訳ない気持ちになる。
尤も、全く期待がなかったと言えば、嘘になるけど。
「あ、いや、つまり、連れて行ってくれるって事!?」
「おう、3秒で支度しな!」
「よしきた!」
――さすがに3秒は冗談だったけど、その3日後、僕にとって、この世界に来て初めての釣行は決行された。
あまり戦力にならない僕を連れている以上、トーヤ君とナオ君の2人だけでは泊まりは不安と言うことで、残念ながら日帰りの釣行だったけど、早朝――いや、真夜中にラファンを出発して、走り続けたおかげで朝まずめには目的地に辿り着くことができ、釣果も十分。
以前トーヤ君が言ったように、あまりに簡単に釣れる事に驚いたけど、凄く楽しかったことは確かだった。
それ以来僕は、たまにトーヤ君たちが行く釣りに、付き合わせてもらえるようになったのだった。
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