113 後始末も面倒だし

 最終的に俺たちが斃したスカルプ・エイプの総数は29匹に達していた。

 あたりにはその死体が転がり、正に死屍累々という有様である。

「多すぎじゃね? いくら何でも」

「だよなぁ。……何喰ってんだろ、コイツら」

 結構、身体が大きい上にこの群の数。

 魔物に常識は通じないかも知れないが、狩猟生活で賄えるのだろうか?

 まぁ、どのくらいが適正な生息数かなんて、俺には解らないのだが。

「それよりもナオ、怪我したんじゃないの?」

「ああ、左腕がちょっと。治療頼めるか?」

 心配そうに近づいてきたハルカに、俺は苦笑して左腕を掲げた。

 正直、かなり痛い。多分、骨にヒビが入っているな、これ。

 掴んで骨を折るとか、握力、どんだけって話である。

「私がやります。私は魔法を使ってませんから」

 ナツキが俺の腕をとり、『治癒キュアー』を使ってくれる。

 火照ほてりを感じていた腕からスッと痛みが引いていく。さすが魔法。

「ありがとう、ナツキ」

「どういたしまして」

 ニッコリと微笑んだナツキは、トーヤにもまた魔法をかけていく。

 前に出て戦っていただけあって、トーヤも何カ所か打ち身になったようだが、鎧のおかげもあって酷い怪我は無いようだ。

「さて、まずは……魔石の回収か。スカルプ・エイプの魔石っていくら?」

「1,200レアだったぞ、確か」

「……案外安いな? オークの半値以下とは」

 かなり厄介な敵だと思ったのだが、単体で見ればそこまで強くは無いということか。

 だが、群体としての危険度はオーク以上な気もする。

 包囲に気付いて先に攻撃を仕掛けたので凌げたが、包囲されるまま、20匹以上から同時に攻撃を受ければ、誰かが大怪我をした可能性は高い。

「でも、数は多いから、それなり? 29匹だから……34,800レアだね」

「他の部位はどうなの?」

「えーっと、ちょっと待ってくれ」

 ハルカに訊かれ、くだんの『獣・魔物解体読本』を取りだして調べたトーヤは、困った顔でため息をついた。

「一応、毛皮と肉が『売れない事も無い』らしいが、ほぼ買い手が付かないため、『剥ぎ取り作業にかかる時間と手間が見合わない』だと」

「え~~、結構大変だったのに。ナオなんて、文字通り骨を折ったんだよ!?」

 ヒビな、ヒビ。多分折れてなかったと思う。

 そして、それは俺のミスだから、あまり言わないで欲しい。

 あそこで腕を出すのはどう考えてもダメだよなぁ。

 戦闘経験がまだまだ乏しいのが原因だよな、やっぱり。

 基本、安全に斃せる戦闘しかしてないし。

 うーん、敵の体格から考えて、足払いとか有効だっただろうか?

「なら自分たちで消費するか? 肉は味が悪く、皮にも使い道が殆ど無いらしいが」

「貧乏なら、何とか工夫して食べるところですが、必要ないですよね。オーク肉という、美味しいお肉がありますから」

「うん、廃棄処分だな。不味い肉はいらない」

 俺の言葉に全員が頷く。

 娯楽の少ないこの世界、美味い食事は活力だから。

「となると、この死体だけど……さすがにこの数を放置するのは、まずいわよね?」

「お肉を取ったあまりぐらいならともかく、丸ままですからね。身体もゴブリンよりもかなり大きいですし、数も数ですから」

 やはり魔石にしか用の無いゴブリンも、戦闘後にその死体を放置してきた俺たちだったが、その数はおおくても5、6匹。

 その程度であれば森の動物や魔物が綺麗に処分してくれるのだが、一度に10匹以上の死体を放置した経験は無い。

 しかも、ナツキの言うとおり、スカルプ・エイプの死体は、ゴブリン2、3匹分の体積はあるだろう。

 もしかすると、この程度ならすぐに処理される可能性もあるのだが、残ってしまえばできあがるのは大量の腐乱死体である。

 今後もこの道は通ることになるわけだし、それは避けたい。

「となると、埋めるの? この量を?」

「森の中だと、穴を掘るのも一苦労なんだよなぁ」

 『マジですか?』みたいな表情を浮かべるユキに俺も同意する。

 さすがにトーヤに、「ショベルで穴掘って」とは言えないので、穴を掘るとなると俺とユキの土魔法だろう。

 先ほどの茶の木の移植でも解っているとおり、魔法で土を退けても、そこに生えている根っこは残ったままになるのだ。

 草程度であれば土と一緒に移動できるのだが、遠くから伸びてきている木の太い根っこはそうはいかない。

「でも、ここに放置はできないでしょ? 一度マジックバッグに入れて、森のあちこちに放り出すという方法もあるけど……」

「それは……迷惑行為ではないかい?」

 言ってしまえば、やってることは死体のポイ捨てである。

 上手く処理されれば良いが、そうでなければかなり迷惑。

「ナオくんとユキには苦労をかけますけど、素直に先ほどの茶の木を掘り起こした穴、あそこを拡張して埋めませんか?」

「それが現実的でしょうね、面倒だけど。死体、集めましょ」

 ま、やっぱそうなるか。

 結論が出たので、俺たちは戦場となった場所を歩き回り、スカルプ・エイプの死体を持ち上げてはマジックバッグに放り込んでいく。

 少々面倒な作業ではあるが、死体を運ぶ必要がない分、さほど困難な作業でもない。

 集め終わった後は、茶の木を掘り起こした場所まで戻り、そこの穴を俺とユキで深く掘り下げていく。

 周りに木が生えている関係上、穴の大きさは広げにくいので、とにかく深く。

 スカルプ・エイプの量が量だけに、穴の深さは3メートルは超えるぐらいまで掘り下げた。

 それと平行して他の3人がスカルプ・エイプから魔石を取りだし、できあがった穴に死体を投げ込む。

 深い穴もドンドンと死体で埋まっていき――。

「あ、それ、俺が石で斃した奴か」

「これ石でやったのか? ほぼ頭が消えてるんだが……。いくら【筋力増強】があっても、ここまで威力が出るのか? 投石で」

「『加重ヘビー・ウェイト』を使ったから、純粋な筋力じゃないがな」

 そうだ、そういえばあの時、何か違和感を感じたのだ。

 何に引っかかった?

 石を投げた速度……?

 確かに速かったが、十分に目で見える速度だったし、【筋力増強】があることを考えれば、そこまで異常なことではない。

 単純な速度で言えば、プロ野球選手の投球の方が速い気がする。

 では、何に……?

「でも、結構離れてたのに、良くピンポイントで当てられたね? ナオって、野球得意だったっけ?」

「いや、普通だったぞ」

 そう答えた俺に、ハルカが少し呆れたような視線を向けてきた。

「普通って、球技大会だと、部活に入っている人と同じぐらい活躍してたじゃない。トーヤと一緒に」

「あー、そうだよね、2人とも運動得意だったよね」

「あれを普通と言ってしまっては、他の人からひがまれますよ?」

 ユキとナツキまで同調した。

 活躍、ねぇ?

 別に運動神経は悪くないからダメダメだったとは言わないが、目立つほどじゃなかったと思うが。

 やっぱり、毎日練習している野球部とは全然違うし。

 さっきだって、あの程度の距離ならトーヤだって当てるのに苦労はしないだろう。

「いや、単に投げただけ――それかっ!」

「えっ!? なに?」

 思わず声を上げた俺に、ユキが驚いて少し非難するような視線を向ける。

 だがそんな視線に構わず、俺は言葉を続ける。

「なんで当たったか、だよ、気になっていたのは。俺があの時、『加重ヘビー・ウェイト』を使ったのは話したよな?」

「うん」

「にもかかわらず、石は狙ったとおりに飛んだ」

「うん。それが何かおかしいの?」

 『狙って投げたんだから、当然だよね?』とユキたちの視線が物語っているが、俺は首を振った。

「おかしいと言えばおかしい。おかしくないと言えば、おかしくない。俺は『加重ヘビー・ウェイト』を対象にかかる重力を増加させる魔法と思っていたんだよ」

 その俺の言葉に、女性陣はすぐに理解したのか、ウンウンと頷く。

「……あぁ、それだと少しおかしいかも知れませんね」

「でも、頭を砕くような速度で真っ直ぐ投げたら、あんまり影響は無くない?」

「いえ、それでも同じ感覚で投げれば、狙った場所には当たらないわよ」

 それに対し、トーヤはすぐには理解できなかったのか、首を捻る。

「どういうことだ?」

「物理の問題だよ。斜方投射をした場合、対象にかかる重力が増えるとどうなるか、とな。重力が増えていれば、投げた石は俺の想定した軌道を外れるはずなのに、上手く当たったから――」

「『加重ヘビー・ウェイト』は重力じゃないと」

「多分な。威力も想定以上にあったから、質量を増やしているのか? 可能なのか、そんなこと」

 魔法に科学的根拠を求めること自体ナンセンスな気もするが、気になるところである。

「ナオくん、『E=mc^2』は知ってますか?」

「相対性理論だよな? エネルギーは質量と速度の2乗に比例するという」

 超有名である。

 多分、これを知らない高校生はいないだろう。

 交通事故なんかでも、『速度を上げると2乗で被害が大きくなる』という形で持ち出されたりもするし。

「はい。ちなみにこれ、原子力と絡めて語られる関係で『重い物を速い速度でぶつけると、大きなエネルギーが生まれる』というイメージが大きいのですが、イコールで結んであるだけあって、逆もまた真、なんですよ?」

「……ん?」

「『エネルギーを与えると、質量は増加する』です。つまり、魔力という不思議エネルギーを外的に与えることで、対象の質量を増やすことは可能なんです。科学的に考えれば」

「なるほど、言われてみれば確かに!」

 意識していなかったが、数式としてはその通りである。

 尤も、そこの部分だけ科学的に説明を付けても『魔力という不思議エネルギー』が万能過ぎて、色々台無しなのだが。

「で、ナオ。『加重ヘビー・ウェイト』が重力ではなく質量の増加と解ることに、何か意味があるのか?」

「いや、あるだろ? ほら、俺の投石でスカルプ・エイプの頭を砕いたみたいに」

 ある意味、飛び道具の革命だ。

 極論すれば、飛び道具とは投射物に如何に加速をつけるか、である。

 加速をつける前に質量を増やしてしまうと意味はないが、加速をつけた後で質量の増加が可能であれば、同じエネルギーでより高い効果を出すことが可能になる。

 例えば、弓で矢を射た直後に矢の質量を2倍にできれば、飛距離はそのままで威力は2倍である。いや、空気抵抗が変化しないのだから、僅かに2倍を超える?

 『加重ヘビー・ウェイト』の持続時間も着弾までで良いのだから、これってかなりコストパフォーマンスが良いんじゃないだろうか?

 と、まぁ、そんなことを力説してみたのだが――。

「ナオ、それは確かに凄いと思うけど、その瞬間を狙って魔法を使える? 矢が弓の弦から離れる前に魔法がかかると意味が無いのよ?」

「あたしも『加重ヘビー・ウェイト』は使えるけど、視認できない物にかけるのは難しいかなぁ」

「自分で調整できる、投石が限界じゃないですか?」

「うっ……」

 フルボッコである。

 通常の戦闘距離で、弓から矢が離れて敵に到達するまでの時間は1秒に満たない。

 いくら事前に準備していたとしても、それを視認して1秒未満で魔法をかけるとか、至難であることは否定できない。

 いや、10メートル以上の距離、高速で動く対象に『加重ヘビー・ウェイト』をかけられるのなら可能性はあるのだが……。

「不可能とは言わないけど、かなり練習が必要でしょうね。投石器とかなら有効そうだけど、私たちには関係ない話よね」

「くっ……低コストで便利な魔法を見つけたと思ったのに」

「投石だけでも十分便利だとは思うわよ? 矢玉がいらないから、凄く低コストだし?」

 それはそうなんだが、俺が投げる投石だと距離も限られるしなぁ。

 スリングで石を投げる練習でもすべきだろうか?

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