102 森の奥へ

「そういえばオレ、【索敵】スキルが生えたんだけど」

 トーヤがそんなことを口にしたのは、歩き出してしばらく経ってからのことだった。

「え、まじ?」

「おう。これまで以上に判るようになったぞ?」

 俺を振り返り、ドヤ顔を見せるトーヤ。

 ……いやいや、あんまりトーヤが高性能になると、俺の出番がなくなるんだけど?

 野営の時には便利だとは思うが。

「そういえば、ユキはまだ【索敵】はコピーしてなかったわよね?」

「うん。どうあれば良いのか判らなかったし」

「一応コピーしておいたら? 『教える』の判定は、結構緩い感じだし、なんとかなるんじゃない?」

 おふっ、ここにも俺の地位を脅かす相手がっ!?

「そうですよね。私も最近は何となく敵の気配みたいな物が判るようになってきましたから」

「私もそう。まだまだ気配が感じ取れる程度だけど」

「マジで!? おぉぉ、全員索敵ができたら、俺のアイデンティティー崩壊の危機!」

 ちょっぴりチートっぽい【索敵】が俺のアピールポイントだったのに。

 全体の底上げにはなるんだろうが、少し複雑である。

「いやいや、ナオみたいに100メートル以上離れている敵が判るわけじゃないんだから」

「はい。ナオくんの【索敵】は凄く役に立ってますから」

「でも、スキル構成的には、ナツキの方が斥候向きだよね。ナオって、ちょっと中途半端?」

「ユキ、言うてはならんことを……。本当のことでも傷付くんだぞ?」

 俺以上の近距離戦闘が可能なナツキが入った時点で、俺の立ち位置がちょっと微妙になったんだよなぁ。

 武器戦闘、魔法、斥候。いずれもパーティー内では平均以上ではあるのだが、このまま行くとユキの言うとおり、中途半端な構成になりそうではある。

 う~む、ここはどれかに専念すべきなのか?

「いや、オレからすれば、ユキが言うなよ、って感じなんだが? お前って現状、全部平均以下の器用貧乏だろ?」

「ですよね。基本的にコピーした物ばかりで、殆どのレベルも1ですし」

「そ、それこそ禁句だよ!? トーヤ!」

 ががーん、とのけぞるユキの肩に、俺は優しくポンと手を置き、微笑みを浮かべる。

「ナ、ナオ……」

 心細げな表情を浮かべるユキに俺は言い放った。

「ユキって、凄く中途半端?」

「追い打ちかいっ!」

 ビシリと良いツッコミが返ってきたが、ちょっとくらい良いだろ?

 俺も少し気になってた事を言われたんだから。

「まぁ、器用貧乏が嫌なら対象を絞るか、他人ひと以上に努力するしか無いよな、お互い」

他人ひと以上に努力って……今でもあたしたち、かなりの時間を訓練に充ててるよね?」

「だな。つまり、努力したところでパーティー内での立場は変わらない、と」

 俺が槍と魔法を訓練するのと同じ時間、トーヤが剣だけを訓練すれば、当然レベル差は広がる。かといって、槍だけ、魔法だけに専念するのも、なんか違う気がする。何というか、せっかくできるのに勿体ないというか……。

「それじゃあんまり意味ないよぉ」

「良いじゃない、別に器用貧乏でも。さすがに今コピーしているスキル全部を上げるのはどうかと思うけど、ある程度の方向性だけ決めて、全体的に上げるのはそう悪くないと思うわよ? 常に5人で行動するとも限らないんだし」

「ですよね。分かれて探索する可能性なども考えれば、言い方は悪いですがユキは『使い勝手が良い』と思います。むしろ、トーヤくんはもう少しスキルを増やしても……」

「おっと、ブーメランが飛んできた。オレも思わなくは無いんだが、完全な戦士タイプでキャラメイクしたからなぁ……」

「俺のお勧めは獣耳忍者――おっと、おしゃべりは終わりだ。敵、反応あり」

「え、そこで止めるか? 妙なパワーワードを口にして?」

 先頭を歩いていたトーヤが驚いた顔で振り返り、俺を見つめるが、俺はサクッと無視して言葉を続ける。

「反応は1つ。オークではないが、どうする?」

「無視かよ!?」

「トーヤ、うるさい。1つなら戦ってみるべきでしょうね」

「ハルカも酷い……で、方向は?」

「あっち方向、80メートルぐらいか? 多分、バインド・バイパーだと思うが」

 ハルカにも一刀両断されて少し悲しげな表情をしたトーヤもすぐに真面目な顔になり、俺の指さした方向に視線を向ける。

 基本的に群れているというスカルプ・エイプの情報が正しいのなら、周辺に他の反応が無いこれは、恐らくバインド・バイパーだろう。オーガーという可能性もゼロでは無いが、【索敵】で感じられる強さは、オークよりも圧倒的に強いというレベルではない。

「強さの確認も兼ねて、まずはオレが戦ってみても良いか?」

「別に良いと思うけど、大丈夫かしら? 打撃は効きにくいのよね?」

「それの確認も含めてだよ」

 危ないようなら援護すれば良いということで、トーヤの提案を受け入れ、バインド・バイパーの方へと進路を取る。

 残り10メートルほどまで近づくとトーヤも確認できたらしく、後ろを振り返って頷いた。

「木の上にいるみたいだな。まだ見えないが」

「気をつけろよ?」

「もちろん」

 トーヤは更に慎重に足を進め、残り1メートルほどまで近づいたとき、突然樹上から細長い物が伸びてきた。

 太さは直径20センチぐらいか。

 濃緑の蛇が一気に2メートルぐらい身体を伸ばし、トーヤの首に絡みつこうとする。

 だが、警戒していたトーヤにとってそのぐらいを躱すのは難しくも無く、素早く横に避けて剣を振るった。

「――っ! 硬い!?」

 トーヤは確かに剣を叩きつけたのだが、まるで弾力のある紐でも叩いたかのように蛇の身体はぐにゃりと曲がり、大してダメージが通っている様子も無い。

 その証拠にバインド・バイパーは、そのままスルスルと身体を縮めて木の上に戻ろうとしている。

「どうする?」

「頼む!」

 訊ねたのはハルカ。応えたのはトーヤ。

 その瞬間には、いつの間にか弓を構えていたハルカから矢が放たれ、バインド・バイパーの目に突き立っていた。

 ……いや、いくら距離が短く、蛇の頭がでかいとは言っても、その目って2センチぐらいしか無いんだぞ? それを的確に射貫くって。

 俺がそんな風に驚愕している間にも、状況は動いていた。

 矢が突き立った瞬間に大きく口を開いたバインド・バイパーの口の中にナツキが突きだした槍が刺さり、そのまま木に縫い止められる。

 俺もすぐに参戦し、頭に槍を突き刺そうとするが――

「硬ぇっ!」

 想像以上にバインド・バイパーの頭蓋骨が硬い。

 ナツキの槍は蛇の口腔内から下顎に向かって突き抜けているが、頭蓋骨を突き刺そうとした俺の槍は、想像以上に丈夫な表皮と骨ではじき返されてしまった。

「オレが!」

 俺の代わりに剣を叩きつけたのはトーヤ。

 身体の部分に関しては効果が薄かったトーヤの剣だが、硬い物に鈍器は良く効く。

 『ごしゃり』と鈍い音を立てて、頭蓋骨ごとバインド・バイパーの頭を叩きつぶし、血飛沫で木の幹を染めた。

 その威力はなかなかの物だったが、その一瞬先に、ナツキが素早く自分の槍を引き抜いていたことは見事としか言いようが無い。

 あのままだと下手したら槍が壊れかねないからな。さすがにハルカの放った矢の方は一緒に砕かれてしまったが。

「やったか? ……フラグじゃ無いぞ?」

「いや、この状態から復活するとかは無いだろ、いくら何でも」

 頭を完全に叩きつぶされ、木の上からだらんと垂れ下がったバインド・バイパーの胴体。

 掴んで引っ張るとシュルシュルと解けて、ドサリと地面へと落ちた。

「……長ぇなぁ」

「だな。トーヤ、ちょっとそっち持ってくれ」

「おう」

 2人で尻尾と頭を持って伸ばすと、少なくとも4メートルは軽く超えている。この長さと比べると胴体が細いようにも見えるが、それでも俺の太股ぐらいはあるんだよなぁ。

「トーヤ、バインド・バイパーから採れる素材はなに?」

「え、覚えてない――あ、【鑑定】か。皮と肉だって。……肉、食えるのか、これ? めちゃくちゃ硬かったんだが」

 トーヤが少し困惑するかのようにバインド・バイパーに視線を向ける。

 俺も槍の柄で胴体を叩いてみるが、返ってくるのはボコン、ボコンと、まるでゴムタイヤでも叩いているかのような弾力。少なくとも美味そうには見えない。

「皮は丈夫そうだが……ユキ、これって切れるか?」

「えっと、小太刀で、だよね? ちょっと待って」

 ユキが小太刀を引き抜いて切りつけると、一応は切れるのだが、死体になったこの状況でもやや苦労する感じ。俺も槍で刺してみるが、感覚としてはオークの皮よりも丈夫そうである。

「オレの剣は胴体には効果が無かったんだよなぁ。オレも切れる剣が必要か?」

「蛇だから、頭を潰せるトーヤの武器は重要だろ。頭を一気に切り落とせれば別だが……ナツキならできるか?」

 レベル1だが、【刀術】のスキルを持ってるんだよな、ナツキって。元々も身につけていた技術のおかげなんだろうが。

「私ですか? ……ハルカ、少し小太刀を貸してください」

「ん、どうぞ」

 ハルカから小太刀を受け取ったナツキがバインド・バイパーの死体を前に腰を落とすと、息を整え、一気に小太刀を抜き取り切りつける。

 その所作は見事というしかないが、結果としては胴体の半分程度までを切断するに留まった。

 それでもユキに比べると大きく切れているのだが。

「ふぅ。少なくともこの小太刀では無理ですね。この状態でこの結果ですから、戦闘中では……。背骨の部分を断ち切るのは難しそうです」

「確かに、この背骨は硬そうだなぁ」

「薙刀なら遠心力と重量で押し切れるかもしれませんが……」

 トミーに頼めば作ってくれるかもしれないが、必要があるかだよな。

 森という場所では、振り回すタイプの武器は少し相性が悪い気がする。

「バインド・バイパーに関して、ということであれば、必要ないわよね」

「はい。基本1匹ですし、槍も刺さります。止めはトーヤくんがいますし」

「魔法もあるしな」

「そうね、次は魔法を使ってみることにして、今は解体しましょうか。他のに比べて簡単そうなのはメリットね」

 ハルカのその言葉に、俺たちは手分けして解体を始めた。

 頭の残骸から魔石を回収し、腹を割いて内臓と骨を取り出す。

「気分的にはウナギを捌いているような感じよね。やったことはないけど」

「一般人は、ウナギを捌く機会なんか無いですからねぇ。……骨離れは良いですね」

 ナツキが頭から尻尾まで切れ目を入れて骨を引っ張ると、そのまま繋がってスルスルと抜けてしまった。

 あとは皮と肉を分ければ終わりなのだが……。

「なかなかに……微妙な肉の色ね」

「だよな。てっきり白いのかと。あまり美味そうに見えない」

 バインド・バイパーの肉の色は、赤かった。マグロなんかも赤いのだから、異常というわけでは無いのだろうが……あまり食べたいとも思えない。

「純粋な味ではオークの方が美味しいみたいですよ? 入荷数が少ないので、同じぐらいの値段で売れるみたいですけど。逆に皮は高く売れます」

「なかなか綺麗ではあるよな、この皮。……そういえば、蛇が苦手な人はいないのか?」

 蛇はダメとか、蜘蛛はダメとかありそうなものだが、今回の戦闘、特に誰もそういう様子は見せていなかった。

 ちなみに俺は、芋虫とかがダメである。

 もし魔物として出現したら、遠距離から魔法で焼き尽くす所存である。

「あたしは少し苦手だけど、ここまでのサイズになると、それ以前の問題というか……」

「それはありますね。蜘蛛なんかも別物って感じです」

「ある程度は割り切りよね。最初は解体するのも吐きそうだったわけだから。――よし、できた」

 ハルカがトーヤを助手に剥ぎ終えた皮を、くるくると丸めてマジックバッグへ突っ込み、残った肉も適当なサイズにカットしてバッグの中へ。

「それじゃ、もう少しだけ探索して帰りましょうか。できたらもう一度、バインド・バイパーを、今度は魔法で斃しておきたいわね」

「了解。探そう」


 森の奥まで入ったためか、2匹目のバインド・バイパーはあっさりと見つかった。

 索敵にはスカルプ・エイプらしき反応もあったのだが、そちらは避けてバインド・バイパーと魔法で戦闘。これをあっさりと撃破した。

 通常の『火矢ファイア・アロー』ではほとんど効果が得られなかったのだが、オークの頭を吹き飛ばすレベルの『火矢ファイア・アロー』であれば、バインド・バイパーの頭もまたあっさりと貫通した。

 ただ問題点として、バインド・バイパーが居るのが基本的に木の枝の上であるため、『火矢ファイア・アロー』を使うと頭と一緒に枝まで吹き飛ばしてしまい、少々周りに対する被害が大きいのだ。

 延焼したりはしないので、大きな問題では無いのだが、余裕があればトーヤが頭を潰す方がスマート(?)だろう。

 尤も、被害を気にしなければ、トーヤに加えて、俺、ハルカ、ユキがバインド・バイパーにとどめを刺せることが解ったのは大きい。

 ――大きいのだが、逆に1人有効打が無いナツキがちょっと不満そうな顔で、妙なやる気を見せている。

 う~む、大丈夫だろうか……?

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