073 治療と解体

「ナオ、援軍は?」

「索敵範囲には無し」

 俺の返答を聞き、ハルカがホッと息を吐く。

「一先ずは安心だけど、急いで残してきた2匹の素材を回収、ここのオークも捌くわよ。丁寧さよりも速度優先でね」

 獲物を横取りする魔物などはいないと思うが、オークに気付かれるとマズい。

 急がないといけないのは解るが……

「あー、すまんが、先に治してくれるか? ちょっと、痛い。この腕じゃ解体もできないし」

 木の上で我ながら少々情けない声を出し、折れた左手を差し出すと、それを見たナツキたちが顔色を変える。

「ナオくん! だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫、ではあるが、痛い」

 戦闘中はアドレナリンが出ていたのか、そこまで痛みは感じなかったのだが、終わって少し落ち着くと、ズキズキと痛みが響いてくる。

 骨折はしたことあるが、ここまで見事な――明らかに腕が関節ではないところから曲がっている状態は初めてである。

「早く下りてきなさい! 治せないでしょ」

「それは解ってるんだが……」

 どうやって下りよう? 飛び降りる? 絶対響くよな、この腕に。

 しかし、良い感じに飛ばされたらしく、右腕だけで下りるにはちょっと高い。

「ほら、オレの肩を貸してやるから」

「おお、すまん」

 枝の下まで来てくれたトーヤの肩に足を置き、慎重に下りて地面に足を付ける。

 ホッと一息。しかし僅かな動きが響いて痛い。

「完璧に折れるとこうなるんだな~~」

 物珍しげに俺の腕を見るトーヤ。確かにそうそう見られる物じゃないが――

「トーヤ、そんな余裕があるなら、ナオの骨を正しい位置に直しなさい」

「え、オレ? そのへんはあまり詳しくないんだが……。このままじゃ治せないのか?」

「位置は戻した方が確実で早いみたいね。自分の腕を触って参考にしなさい」

 ハルカに促され、トーヤが自分の腕の骨を触った後、恐る恐る俺の腕を取ろうとするが……え、これをぐいっとかやられて骨の位置を矯正されるの? それって滅茶苦茶痛いよね?

「なぁ、ハルカ、痛み止めとかの魔法って無い?」

「私は知らないわね。泣いても良いから我慢しなさい」

「いや、我慢はするけど……」

 昔、麻酔無しでひびの入った骨の矯正をやられたときは、目の前が真っ白になるぐらい痛かったんだよなぁ……。

「あの、私がやります。トーヤくんよりは骨の構造、把握してると思いますから」

「あ、そう? じゃあ頼む」

 名乗りを上げたのはナツキ。トーヤもあっさりと場所を譲るが、俺としてもトーヤに怖々とやられるよりはナツキの方がまだマシである。

「それじゃ、ナツキ、頼む」

「はい。泣いても良いですよ?」

「いや、我慢する」

 そう言って悪戯っぽく微笑むナツキに、俺は男の矜持としてぐっと歯を食いしばる。

「そうですか。ハルカ、準備は良いですか?」

「いつでも」

 ナツキはハルカがそう言って頷くのを確認して、俺の腕にそっと手を添える。

 そして次の瞬間――

「――っっっ!?!?」

 一気にナツキの手が動き、突き抜ける痛み、目の前がチカチカとして、微妙に涙が溢れる。ただ声だけは何とか抑えるが、脂汗が吹き出ることは止められない。

 その一瞬後には急速に痛みが引いていき、なんとも嫌な色になっていた俺の腕は真っ直ぐに戻って、元の色を取り戻していた。

「大丈夫でしたか?」

「あ、あぁ……ナツキ、容赦無いのな?」

「ゆっくりやっても痛みが長引くだけですから。治せることが解っているんですから、痛いのは短い方が良いですよね?」

「……否定はできない」

 ゆっくりと骨の位置を直されたからと言って、痛みが和らぐというものでは無いだろう。

 理屈としてそれは解るのだが、あの手際の良さと思い切り、多分真似できない。

「ナツキ、凄いね! あたしだと無理だよ、それは」

「えぇ。本当に。治る速度と魔力の量を考えたら、一瞬でほぼ完璧な位置に戻したんじゃない?」

「一応、武道を囓ってましたからね」

 部位欠損でない限り、今のハルカでも魔力を大量に使えば、大抵の怪我を治すことはできるらしい。

 但し、治癒魔法で補正されるのには限界があり、下手な魔法使いが骨折を治すと微妙に曲がって繋がってしまったりして、障害が残る可能性もあるとか。

 その場合は、もう一度折ってから高位の治癒師に頼むことになると言うから……寒気がする。

「ナツキがいればオレたちも安心だな! 問題は、ナツキが骨折した場合だが」

「……ハルカかユキ、教えますから覚えてくださいね? じゃないと、万が一の際に、私の手が滑るかも?」

 そう言って2人の方を見て、ニッコリと微笑むナツキ。笑顔に迫力がある。

「う、うん! もちろんだよ! 時間があるときに教えてね。死ぬ気で覚えるから!」

「私も覚えた方が良いでしょうね。光魔法を使えるのは私とナツキだけだし」

 ブンブンと首を縦に振るユキに、ゆっくりと頷くハルカ。

 ま、どちらも頭は良いので、すぐ覚えられるだろう。俺たちの参加は――控えた方が良いか。女性の骨格とか、色っぽい話にはならないだろうが、恥ずかしくはありそうだし。

「さて、ナオの見た目も酷い状況だけど、まずは解体ね。骨折は治ったんだから、働いてもらうわよ」

「おう、任せてくれ」

 血まみれで汚れているが、解体するとまた汚れるし、ハルカの【浄化】で綺麗になると思えば、我慢できる。

「私とナオ、それにナツキで最初に斃した2匹を解体に行ってくるわ。トーヤとユキはここで警戒しつつ、可能な範囲で解体を進めていて」

 索敵ができる俺と解体の早いハルカ、最高戦力のナツキで素早く巣に近いオークを処理、残り2人はここで死体を狙う魔物を警戒という分担なのだろう。

 駆け足で移動した俺たちは、ハルカが1匹担当、俺とナツキでもう1匹を担当してオークを解体していく。

 さすがに10匹以上解体しているので、俺も大分慣れ、かなり手早く処理が進んでいく。

「しかし、こうなると、オークがまるごと入るようなマジックバッグが欲しくなるな。それがあれば、危険な場所で解体する必要が無くなる」

「これが入る袋って、クレーンで持ち運ぶようなコンテナバッグぐらいの大きさは必要じゃない? まだバックパックサイズでも成功してないのに?」

 『無理でしょ?』、みたいな視線を向けられるが、俺もそのへんは少し考えている。

「飽くまで獲物を少し移動させる用途だけを考えて、口は広いが底はめちゃ浅、付加するのも『軽量化ライト・ウェイト』と『空間拡張エクステンド・スペース』だけに限定すれば、多分いける」

「そうなの? じゃあ、試してみましょうか。私たちで袋を縫って」

 さすがにそんな特殊な形状の袋は売っていないので、自分たちで作るしかないだろう。

「できたら革製が良いと思うんだが。袋を持って物を入れるというより、地面に広げてその上に物を乗せるような使い方になりそうだし」

 少なくとも、オークを持ち上げて袋に突っ込む、みたいな使い方はできない。

 今回の戦闘後の状況を見ると、普段使っているような麻で作った袋を地面に広げれば、落ちている木の枝で穴が空く可能性はかなり高い。最低でも丈夫な布、可能なら丈夫な革製の袋にしたいところ。コストはその分かかってしまうが。

「刺繍は大変そうだけど、検討しましょ」

「私も手伝いますから。最近、【裁縫】スキルが取れましたしね」

「ナツキは元々、裁縫が上手かったからね。よし! 私は終わったけどそっちは?」

「こっちも、もう終わる」

 解体して皮の上に並べていた枝肉をバッグの中に放り込み、残った内臓類をまとめてそのあたりに放棄。皮を丸めてバッグに入れれば作業は完了である。

 最初は『気持ち悪い』とか思っていた肉の解体作業も、最近はもう食肉としてみられるようになってきたので、作業も早い。

「それじゃ急いで戻りましょ。敵は?」

「今のところ無し。オーク以外もな」

 戦闘でそれなりに大きな音は出たはずだが、様子を見にオークが近づいてくる様子がないのは正直助かるが、聞こえていないのか、それとも問題ないと思っているのか、援軍を出すだけの頭がないのか、どれだろうか。


 俺たちがトーヤたちの所に戻ると、オークは2人で1匹ずつ処理がほぼ終わっていた。

 残りはオーク6匹と、オークリーダー。手分けして処理を進めていく。

 【解体】スキルは全員が持っているが、やはり一番早いのはレベル2になっているハルカ。残りのメンバーはさほど差が無いが、力のあるトーヤが少しだけ早いだろうか。

 ハルカが2匹処理する間に俺たちが1匹ずつ処理して、オークリーダーの解体に進む。

 二回りほど大きいだけで、構造自体は解体は難しくない……と思いきや、結構大変である。

「これ、マグロ用の包丁みたいに、でっかいナイフが欲しいわね」

 そう、解体用ナイフの刃渡りが短いのだ。皮を剥ぐのはともかくとして、肉を切り分けるために何度も刃を入れないといけないのが地味にきつい。

「オレの剣、使うか?」

 トーヤがそう言って剣を差し出すが、ハルカは苦笑して首を振った。

「それ、ほぼ刃が付いていないじゃない」

 トーヤの剣は重量重視の代物なので、力を入れて叩きつければ引きちぎるぐらいはできるのだが、肉をスッと切り分けるような事はできない。

 日本刀でもあれば良いんだろうが、実戦用としては微妙だろうなぁ。

 攻撃はすべて避けて打ち合いはせず、敵を切るときも硬いところは避けて切り裂く様な使い方をするか、突きを主体にするか……。

 日本の戦場であれば敵から奪った刀を取り替えつつ戦う、なんてことができるのかもしれないが、魔物相手の戦闘でそんなことができるはずもない。戦闘終了後に、毎回手入れをする時間を取れるとも限らず、それこそ魔法のアイテムのような刀でもなければ普段使いは無理だろう。

「マジックバッグがあるんだから、長い解体用ナイフを買っても良いかもしれないな。今回はこれで頑張るしかないが」

「そうね。正直、脂でベトベトになってキツいわ」

 ナイフを入れ、肉を引っ張って更にナイフを――と繰り返さないと肉が切れないほどぶ厚いのだ。腕の太さだけでも一抱えほどもあるのだから、簡単には切れない。

「……風魔法で、スパンと切れないものかしら?」

「使えるのはハルカだけですから、ハルカが頑張るしかないですね」

「水魔法でウォーター・カッターとかは?」

「水魔法も今使えるのはハルカだけだね。私は一応、素質を持ってるけど」

「そもそも、ウォーター・カッターって硬い物は切れるけど、あれって削るような感じだろ? 厚い物をスッパリ切るような用途には向いてないと思うが」

 日本に於いて工業用途で使われているウォーター・カッターは高圧で水、もしくは水に何らかの粒子を混ぜた物を吹き付けて、素材を削り取って切っている。

 刃が摩耗するという欠点がなく、熱が発生せずに硬い物でも切れるというメリットはあるが、例えば、1メートル先の物を切ると考えると、空気抵抗を考えればあまり実用的とは言えないだろう。

 魔法の効果で『水が拡散せずに常に加速し続ける』という効果でもあれば別だろうが。

「少なくとも解体を目的とするなら、いろんな刃物を用意する方がよっぽどマシだろうな。持ち運びの問題が無くなったんだから」

「そうよね。買っておくべきだったわね。オークの時にもちょっと面倒だったんだから」

 オークの解体でもナイフの刃渡りは少し問題になっていたのだが、1人が1度に解体するのは1匹以下だったので、みんな不満を口にせずに作業していたのだ。

 しかし今回ハルカはすでに3匹のオークを1人で解体、最後がこのオークリーダーなので不満も理解できないわけではない。

「ま、あと少しだから頑張ろうぜ」

「えぇ、そうね」

 不満を口にしつつもハルカの手は止まっておらず、5人でかかればオークリーダーといえど、そこまでの時間はかからず枝肉へと姿を変えて、すべてマジックバッグへと姿を消した。

 残った皮は普通のオークよりも丈夫そうだが、足の部分にはナツキの作った結構な数の刺し傷が。

 これが評価にどう影響するかだが、まさかナツキに『斃し方が悪い』なんて言えるはずもない。

 多少の金よりも命の方が大事なんだから。

「よし、終わったわね。それじゃ、速やかに撤退するわよ。少なくともオークのテリトリーからは」

「「「「おう(うん)(はい)」」」」

 ハルカが全員に手早く『浄化ピュリフィケイト』をかけ、綺麗になったところで各自荷物を持って足早にその場所を後にした。

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