051 家を手に入れよう (1)
「いや~、インスピール・ソース、美味いとは聞いていたが、本気で美味かったな?」
「本当にね。あんな適当な感じであのソースができるなんて、正直信じられないけど」
微睡みの熊亭に戻り、ハルカに『浄化』してもらって部屋着に着替えた俺たちは、持ち帰ったソース壷を前に
「ソースメーカーの努力に喧嘩売ってるよな。――詳しくは知らないけど」
お好みソースやウスターソース、きっと色々研究して、時間を掛けて作っているに違いない。
「でも、このソースのおかげで、これからの食事がかなり充実しますよね」
「マジでそれな! ナオがアエラさんの店に行ったのは、この世界に来て最大のファインプレーだろ、絶対っ!」
「力強く言うな。――否定できないから」
「あたしたち、最初に食べたのがサールスタットのあの料理だったから、正直この世界の料理に絶望しかけてたんだけど、あるところにはある物だねぇ」
「いやいや、大多数は不味いから、油断はできないわよ? この街で食べた料理も、8割は二度と食べたくないレベルだったし」
外食回数はそう多くないが、この宿を除けば、もう一度行っても良いかと思ったのは、例の高級な喫茶店のみ。その店にしたって、アエラさんの店を知った今となっては、二度と行くことは無いだろう。
「でも、ソースを使うにしても、自分たちで料理しないと意味が無いんだよな。ハルカ、家の方は?」
「一応、私の指導は今日で終わったから、明日、候補をいくつか見せてくれる予定になってるわ。全員で見に行きましょ」
「わ、楽しみ~~。自分たちの家とか、憧れるよねっ」
「せっかくなら好みの家を作りたいですが、それは将来の楽しみでしょうか」
「いやいや、俺たちの年齢で新築はあり得ないだろ。……ないよな?」
「田舎ならあるかもね。一応、成人だし?」
あるのか。甲斐性、凄いな。
俺たちには不可能……とも言えないか。1週間ほど前には1千万円ほど持っていたことを考えると。
尤も、装備を買うと簡単に吹っ飛んだので、冒険者を続ける限り、現実的には当分無理だろうが。
「そういえば、トーヤの方はどうなったんだ? 色々、終わったのか?」
「おうとも! ちょっと待て」
そう言ってトーヤが持ってきたのは、金属の板と棒?
「それは盾……ではないな」
「――ショベル?」
「おっ! ユキ、正解! 携帯型のショベルだ」
トーヤがそう言って、金属の板に持っていた棒をはめ込むと――確かにショベルになった。
「本当は、自衛隊が使うような折りたたみ式のにしたかったんだが、技術的に無理があったから、組み立て式だ。旧日本軍がこんなのを使っていたらしいぞ?」
トーヤから受け取ったそれを眺めてみる。
金属の部分が単行本程度の大きさしかないが、きちんと足を掛けるところもあり、穴掘りには便利そうである。
先の部分もしっかりと鍛えられて丈夫そうだが、柄が取れる以外には特筆するところもない、ごく普通のショベル。
「これが手札になったのか? トミーの弟子入りを斡旋しに行ったんだろ?」
トーヤはここ数日のトミーの真面目な仕事ぶりと、元の世界での性格を勘案して紹介しても大丈夫と判断したのだろうが、ガンツさんからすれば客の一人が連れてきた人物でしかない。
ただのショベルを作ったところで、手札としては弱くないか?
「いやいや、ショベルって結構凄いんだぜ? 一部では『最も多く人を殺した個人用携行武器』という話もあるぐらいで」
「へぇ~~、って、それは関係ないだろ」
確かにガンツさんは武器・防具をメインにしているが、ショベルを武器として売り込んだわけじゃないはずだ。
「もちろん、穴を掘る道具としてだぞ?」
「確かにショベルは売ってなかったが、似たような物はあるだろ」
「いやいや、ショベルがこの形になったのは結構最近のはずだぞ?
教科書にも載ってたものな。あれは木製で先端に金属が付けてあっただけだが。
先っぽが尖っていて、足を掛けて力を込めることができ、さらに掬った土を運ぶことができる。それが重要らしい。
確かに、存在しないなら売れそうな道具ではあるんだよなぁ。土木工事には便利だし、冒険者としても1つ持っていたら何かと便利だから。
トイレや野営の時に穴を掘る道具って、重要なんだよ。
「ま、売れることも大切なんだが、これを作るときのアイツの頑張りを見てもらう意図もあったから。ガンツさんが弟子入りを許したのも、多分その御蔭だろうな」
「あ、弟子入りはできたんだ?」
「おう。トミーも喜び、俺も鍛冶を体験できたし、ショベルも手に入れた。悪くない結果だろ?」
想像以上に考えて成果を出していた。言っちゃ悪いが、予想外である。『脳筋を目指す』とかアホなこと言っていたのは何だったのか。
ユキたちも感心したような表情で頷いたり、ショベルを見たりしている。
まぁ、元々それなりに面倒見が良いからなぁ、トーヤは。
「ま、若林君――トミーって名前にしたんだっけ? 彼も安定した仕事に就けたなら安心だよね」
「はい。面倒事は困りますが、クラスメイトが敵というわけではありませんから、可能なら助け合いたいところです」
ナツキがそんな優しいことを言うが、ハルカが頷きつつも苦笑する。
「えぇ、地雷でさえなければね」
「そう。それがあるから気軽にクラスメイトを探せないんだよねぇ」
「接触するだけで、問題が起きかねませんから……」
そう言って顔を見合わせ、重いため息をつく。
俺たちを除けば今のところ、若林と梅園で1勝1敗。……いや、直接出会ってはいないが、すでに退場済みの田中と高橋、それに名前を特定できてない7、8名。それを考えると、勝率は1割以下である。
接触するリスク、高すぎである。
尤も、地雷がすでに退場済みで、残っているのはまともなクラスメイトが多い可能性もあるのだが。
◇ ◇ ◇
翌日、ディオラさんが少し暇になる時間帯を見計らって、俺たち全員で物件を見に向かった。
紹介してくれた物件は全部で3件。それらを順番に回っていく。
――1軒目
「こちらは広い庭が特徴の物件です。剣や槍を振り回すにしても、模擬戦をするにしても十分な広さを確保できると思います」
「いや、ディオラさん、広い庭というか……これ、庭しか無いって言うんじゃないの?」
「いえいえ、一応あそこに建物、ありますよね?」
「あるにはあるけど、あれって物置じゃ?」
ディオラさんに最初に案内されたのは、微睡みの熊亭の5~6倍はありそうな広い土地。
全面に草木が生い茂り、だだっ広い空き地。申し訳程度に敷地の隅に建物があるが、ハルカの言うとおり、あれはどう贔屓目に見てもタダの物置である。
「元々は結構大きい屋敷が建っていたんですけどねぇ。住む人がいない間にだんだんと荒れて崩れ始めたので取り壊されたんです。荒れた建物は柄の悪い人たちのたまり場にもなりますからね」
日本でも空き家問題は深刻だったが、日本の場合は家が崩れると周りに迷惑がかかるというのが一番の問題点だったな。敷地が狭いから。
ホテルの廃墟みたいなところであれば、不良のたまり場になるみたいな話はあったが、普通の民家の空き家に破落戸が住み着くみたいな話は聞いたことが無い。それは日本のホームレスが基本都会に居るからなのか、警察が機能しているからなのか……。
「ディオラさん、庭に関しては要望通りですけど、建物に関しては要望とかそういうレベルじゃないんですが?」
俺がそう言うと、ディオラさんは解っているとでも言うように頷き、言った。
「ここに関しては建物はオマケです。あの物置も、邪魔なら撤去して良いと言われています」
「つまり、自分たちで家を建てろと?」
「はい。それならご要望通りの家になりますよね? しかも、これだけの土地で賃料は月に僅か金貨2枚です!」
金貨2枚、つまり2,000レア。確かに安い、気がする。このあたりの相場なんて解らないが。
「ただし、退去するときには、家をそのまま残して置くことが条件です」
「そりゃ、出て行くからと言って壊して行ったりはしませんが」
取り壊す費用が無駄だし、土地を貸した方としても建物が残って資産になるんだから、文句は言わないだろ?
だが俺がそう言うと、ナツキが首を振って囁いた。
「(いえ、ナオくん。日本で土地を借りると、原状回復義務、つまり建物などはすべて撤去して元の土地の状態にしてから返す必要があるんですよ、普通は)」
「(そうなのか?)」
「(はい。居抜き物件として使える場合もありますが、大抵は邪魔なだけですからね。退去する場合は、大抵何か問題があるときですし)」
住みやすい良い家なら引っ越さない、お店として儲かっているなら廃業しない。
古くなって引っ越すならそんな家は必要ないし、利益が出ずに廃業するなら同じ業態の居抜き物件は借り手が付かない。
そんなわけで、地主としては建物をそのままにしておきたくはないのだ。日本の場合だと、更に建物の固定資産税まで加算されるので、取り壊す費用のみならず、維持費までかかってしまう。
「(まぁ、住宅地の場合は家があると軽減税率が適用されますから、一概に更地が良いとも言えないんですが)」
「(この世界だと、色々違うんだろうな、そのへんは)」
この世界の税制は知らないが、多分、日本みたいな細かい税制はとっていないだろう。
俺たちも今まで明確に払った税金は、街に入るときの大銀貨1枚だけ。
もしかすると、ギルドへの売却金や宿で払う料金などに含まれているのかもしれないが。
「う~ん、確かに希望通りにはなりそうだけど、金銭的には厳しいわね」
「だよね。ディオラさん、私たちが希望したような家、建てるのにどれくらいかかるか解る?」
夕紀にそう聞かれ、ディオラさんは口元に手をやって少しの間考えてから答えた。
「そうですね……色々節約すれば、大金貨100枚ぐらいでできるでしょうか」
「無理! 絶対無理!」
「ええ、そうですね。さすがにその金額は」
ディオラさんの口にした金額に、ユキとナツキはすぐさま否定的なことを言ったが、逆に俺とトーヤ、それにハルカは黙り込んでしまった。
それだけの金、実は少し前までは持ってたんだよ。
ディンドル特需みたいな部分はあったが、不可能ではない金額なんだよなぁ……。
ディオラさんもそれを知っているから、ここを紹介した部分もあると思う。取引の大半はディオラさんを通して行ってるわけだし。
そんなことを考えて俺たち3人は顔を見合わせ、揃ってため息をついた。
「ディオラさん、取りあえず保留で。次を案内してもらえますか?」
「ですよね。すぐに決断できるような金額じゃないですし」
「えぇ!? ハルカ、却下じゃなくて保留なの? 無理でしょ、そんな金額」
「そうとも言えないんだよねぇ。ま、限りなく却下に近い保留だから。次に行きましょ」
「う、うん……?」
少し疑問の表情を浮かべるユキとナツキを促して、俺たちはディオラさんの後を付いて歩きだした。
――2軒目
「こちらは、とある貴族の愛人が住まわれていたお屋敷です。先ほどより敷地は狭いですが、2階建ての立派なお屋敷と、手入れをすれば綺麗な庭が見事ですね」
「え、この庭、綺麗なのか? オレにはさっきの庭よりも酷い状況に見えるんだが」
「ええ綺麗――だったのです。以前は。木々を多く植えていた分、今は余計に荒れてしまってますが」
うーむ。芝生の庭なら荒れても草が生えるだけだが、庭木を植えて庭を造っていたら、放置すると大木が生い茂ってしまうよなぁ。葉っぱが落ちれば腐葉土もできて、ますます植物が繁茂してしまうだろう。
と言うか、あまりに木が茂っていて、ここからじゃ建物も見えないんだが。
ディオラさんがそんな説明をしたのは、敷地の門の前。ここから見えるのは殆ど森と化した庭だけである。
「ディオラさん、入らないんですか?」
「入るんですか?」
「え? 入らないと見えないですよね? 確かにこんな森の中を分け入るのは少し嫌ですけど、適当に打ち払っても良いんですよね?」
トーヤが剣を持ってきているから、先頭を行ってもらおう。
「入るんですか」
そう言いながらも門を開けて入ろうとしないディオラさん。
「……なんか、嫌そうですね? この物件、何か曰くでも?」
「ここは月に金貨5枚ですね」
「もうそれがすべて物語っている気もしますが、何があったんですか?」
「ここは先ほど言ったように、とある貴族の愛人の家だったのですが、イロイロあって今は空き家なのです」
「いえ、だから、具体的なそのイロイロは――」
「イロイロです」
「だから――」
「イロイロです! 良いですね?」
「はい、解りました」
笑顔なのに目は全く笑っていないディオラさん、怖すぎ。
貴族関連のことだから首を突っ込むとヤバいんですね。
「それでディオラさん、イロイロは解ったけど、実害はあるの?」
「いえ、大したことは……借りた人がよく病気になるぐらいで」
「大ありじゃない!」
「安心してください。関連性は証明されていません」
「ちっとも安心できないわよ! ディオラさんならここに住める?」
「いえ、私、そういうの信じる質なので」
あっさりそう言って首を振るディオラさん。
『信じない』じゃなくて『信じる』なんだ?
まぁ、魔法が存在する世界なのだ。怨念とか、そういった物が存在しても何ら不思議はない気もする。
「そんなの紹介しないでよ……。却下よ、却下」
「ですよね。私も入らずに済んで安心しました。次に行きましょう」
そうあっさり言って歩き出すディオラさん。
ディオラさんも本気で薦めるつもりは無かったのかもしれない。もしかすると、ノルマとか、一応紹介しないとマズいとか、そんなのがあるのだろうか?
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