050 トンカツを作ろう!
「期待外れにならないと良いんだけど……取りあえず厨房に行きましょうか。ここじゃ調理できないし」
「はい!」
少し苦笑するハルカとアエラさんが厨房へ移動。
残りは厨房の
「まずは油が必要だから、肉から採りましょうか」
「解りました。脂の部分を採れば良いんですね」
大きな鍋を用意して、その中に猪から取った脂身を入れていく2人。
結構皮下脂肪が多いので、みるみる溜まっていく。
特にアエラさんの手際が素晴らしい。
肉から綺麗に脂身の部分のみを削ぎ取っていく。
「なぁ、トンカツをラードで揚げるって、めちゃめちゃ身体に悪そうじゃないか?」
「俺も揚げ物はサラダ油ってイメージがあるんだが……」
「ラードで揚げる所もあるよ? 常温で固体だから、ベトつきにくいとか何とか? 身体に良いか悪いかは知らないけど」
「コレステロールの固まりだもんなぁ」
「でも、あたしとしては、サラダ油をどぱって使って、『コレステロールゼロです!』って言われるのもどうかと思うんだ」
「植物性油脂ならコレステロールゼロは嘘ではないんですけどね。嘘では」
食べ物に関しては身体に良い、悪いなんて結局量なんだよなぁ。
身体に良い物でも、たくさん食べたら害になることは多い。
『○○ダイエット』とか単品を食べるやつなんか最悪である。
始めた人全員が真面目に続けていたら、かなりの健康被害が出るんじゃ無いだろうか?
殆どの人はその前に止めるのだろうが。
「アエラさん、凄く慣れてますね。――これくらいで良いでしょう」
「肉は結構捌きましたからね。これ、全部使うんですか? かなりの量ですね」
「ええ。これを火に掛けて溶かしてください」
「はい」
鍋を持ち上げたアエラさんが、それをコンロに置いて何か操作する。
あれは……魔道具か?
薪を使うコンロが一般的だと思うのだが、アエラさんはこのあたりにもお金を掛けているらしい。
それとも、これも『自称コンサルタント』に乗せられた結果なのだろうか。
「次は肉を厚切りにするんだけど……どの部位が良いかしら?」
「オレはやっぱりロースだな!」
「あたしはヒレの方が好きかなぁ?」
「ナオはロースが好きだったわよね?」
「さほどこだわりはないが、そうだな」
一口サイズのヒレカツも良いが、厚切りのカツの食べ応えは如何にもトンカツという感じが良い。
なんだか贅沢している気分になれるのも一因なのだが、貧乏性だろうか?
「取りあえずロースを中心にいろんな部位で作ってみましょうか。アエラさんはロースを大体これぐらいのサイズと厚みで切り分けてくれますか」
「はい」
ある程度の数切り分けたら、それを叩いて軽く塩をする。
「手軽にできるからバッター液を使いましょ。アエラさん、卵ありますか?」
「はい、ありますが……お店で出すとなると高くなりますね」
信じられない安値で卵が買える現代とは違い、この時代の卵はかなり高い。
それなりに売ってはいるので、養鶏はされているのだろうが、少なくとも工業的なケージを使った養鶏ではないのだろう。
日本でも気軽に卵が買えるようになったのは、戦後かなり経ってからのことだから、当たり前かも知れないが。
「水でも構いませんが、卵を使う方が美味しいでしょうね。そこをどうするかはお任せします」
そう言いながら、卵と小麦粉を混ぜた液体を作るハルカ。
天ぷらみたいである。
「なぁ、ナツキ、あれがバッター液って言うのか? 俺の知っているトンカツの作り方と違うんだが」
「ナオくんのところでは、小麦粉を付けて卵液、パン粉でしたか? 場合によっては、小麦粉、牛乳、小麦粉、卵液、パン粉という所もあるみたいですが」
「うちは前者だな。つまりは、あれに肉を浸けてから、パン粉なのか?」
「そうですね。あのバッター液を使うと簡単にできて失敗しにくいみたいですよ? 私は使いませんが」
口調からするに、ナツキ的には微妙なのだろう。
俺はこだわりがないので、美味ければそれで良い。
「アエラさん、パンはある? 少し硬くなってても良いんだけど……ありがと。ナツキはこれを削って」
「解りました」
アエラさんが出してきたパンを、ナツキがガシガシと削ってパン粉を作るのに合わせて、ハルカとアエラさんがバッター液に浸けた肉に衣を付けていく。
「ほうほう。これを熱した油の中に入れるんですね?」
「ええ、そうです。油の温度さえ気をつければ、そう難しくないですが……やってみますね」
パン粉を油の中に落として温度を測ったハルカが、衣を付けた肉をその中に入れる。
軽やかな音と共に、食欲をそそる香りが漂ってくる。
ただの油の匂いなので、それ自体は大して良い匂いでも無いのだが、これも一種の条件反射だろうか。
「大体これぐらいで上げます。やってみますか?」
「はい!」
ハルカに場所を譲られ、トンカツを揚げ始めるアエラさん。
最初こそ少し恐る恐るな部分があったものの、数枚も揚げるうちにすぐに危なげない手つきへと変わっていた。
作ったのは6人で食べられるほどの量なので、10分あまりですべてのトンカツは揚げ終わった。
「これで完成です。後は、ソースを掛けてそのまま食べるか、パンに挟んで食べれば良いだけですが……食事としては少し寂しいですね」
如何にも美味そうなトンカツはすぐにでも食べたいところだが、栄養バランス的にはかなりダメだろう。
デザートとしてディンドルがあるが、できればサラダが欲しい。
「それでしたら、私が何か作りますね。せっかく、新鮮な内臓もあることですし」
『サラダが欲しい』と思った瞬間、それですか?
いや、別にアエラさんは悪くないのだが、内臓で作ったサラダを思い浮かべてしまった。
『新鮮な内臓』、パワーワード過ぎる。
「……新鮮な内臓?」
うん、引っかかるよな、やっぱり。
それだけ聞くと凄くヤバそうな単語に、ハルカが少し引き気味な表情を浮かべる。
なので俺も少し言葉を付け加える。
「今日の狩りでアエラさんがいくつか『モツ』も回収してくれたんだよ」
「あぁ、そうなんだ……。アエラさん、見ていても良いですか? 私、モツの料理は処理方法とかは詳しくなくて」
同じ意味でも、『モツ』といえば食べ物と認識されるから、不思議である。
「ええ、構いませんよ。頻繁に狩りに行くなら、処理方法、覚えておいて損は無いですよ。内臓は傷みやすいですから敬遠されがちですが、自分たちですぐに食べるのには関係ないですからね」
そう言いながらアエラさんが冷蔵庫から取り出したのは、心臓に肝臓、腎臓、それに舌。
それらをまな板の上に並べていく。
はっきりと、グロテスクである。
ハツやらレバーやら、タンと言い換えても見た目は変わらないからなぁ。
「それでは、始めましょうか」
笑顔で心臓を切り開く子供(外見のみ)。
字面だけだとかなりヤバい。うん、客席で待っていよう。
◇ ◇ ◇
「お待たせしました~」
結局、俺とトーヤは客席で待ち、ナツキとユキは料理の見学をしていた。
プロだけあってアエラさんの手際は素晴らしく、さほど待つこともなく、トンカツ以外に野菜のスープ、それにモツを使った炒め物や焼き肉が並んだ。
「おおぉ、美味そう! でも、やっぱり最初はトンカツだよな!」
アエラさんが差し出したソース壷をトーヤが受け取り、トンカツにかけて
「うまひ! うあひほ!」
食べ物を口に入れたまま喋るなよ。何を言っているかは、一応解るが。
しかし、待ち遠しかったのは俺も同じなので、早速トンカツを一口。
「ん~!」
サクリとした歯ごたえと、甘いソース、それにじゅわりと溢れてくる肉汁が合わさって非常に美味い。
これは、肉自体が美味いんだろうな。少なくとも、ウチで普段買っていたような普通の豚肉と比べれば、数段上。
あえて難点を上げるとするなら、もっと粗めのパン粉を使えばさっくり感が増すかも知れない。
余り物の少し乾燥したパンを普通のおろし金でおろしたので、結構細かくなってしまっているのだ。
だがそれでも、ハルカたちはもちろん、アエラさんも頬を緩めて食べているので、この世界の人たちの口にも十分に合う料理なのだろう。
「これをパンに挟むんですね。……ふむふむ。少し柔らかめのパン、あと、少しアクセントがあれば良いかもしれません」
早速パンに挟んで食べてみて、そんなことを言うアエラさん。
売っているカツサンドって何が挟んであったっけ?
キャベツとかレタス? マスタードが入っているのもあったか?
「でも、これは売れますよ! ソースが完成したら売り出してみます。問題はいくらで売るかですけど……」
「原価、どれぐらいになるんだ?」
「そうですねぇ、どの部位を使うかにもよりますけど、これぐらい入れるとして、安い部位を使えば……15レアで何とか、でしょうか」
アエラさんが示した大きさは、50グラムぐらいだろうか。
この世界で普通に肉を買うと、元の世界よりも少々高い。
俺たちが取ってきた肉を売る値段自体は、平均するとグラム5レアぐらいで安めなのだが、これは脂身とか骨が付いた状態での値段なので、食べられる部分だけを切り出すと量はかなり減るのだろう。
「カツ自体は、どの部位でも結構美味いんだよな」
「それな! オレ、バラ肉のカツとか初めて食べたが、ほろほろと崩れて結構美味かったよな!」
「私はさすがにバラ肉はちょっと……そこ以外は全部美味しかったですが」
トーヤは脂たっぷりのバラ肉トンカツも可だったようだが、ナツキには少しキツかったようだ。ユキやハルカも頷いているところを見ると、同意見なのだろう。
俺はたまに1枚食べるならアリ。もしくは、一度茹でて脂を抜いてから揚げたら美味しいかも知れない。
「私としては、まるごと1頭分買って、良い部位は少し高級な料理に使うのが良いと思うんだけど。トンカツを作るには、脂も結構必要だからね。アエラさん、プロとしてはどう?」
「買えればそれが良いんですけど、肉屋さんだと難しいんですよ。買い占めは嫌われちゃいますから」
この世界で畜産をしているのは一部の地域に限られるため、この街の肉屋だと猟師や俺たちのような冒険者が狩ってきた獲物を仕入れることになる。
必然的に入荷量は安定せず、一頭買いを許してしまうと、他の人に売る分が確保できなくなってしまう。
簡単に『もう一頭多く注文する』事ができるのは、畜産と流通があってこそなのだ。
「う~ん、俺たちは結構狩ってるから、1頭分、卸すこともできるけど……」
「良いんですか!? 肉屋さんよりは高く買い取りますよ! 内臓も持ってきてくれれば買い取れます」
そうか、肉屋を通さないなら、内臓もすぐに提供できるから売れるのか。
アエラさんが作ってくれたモツ料理はどれも美味かったし、十分に商売になるだろう。
「みんな、どう思う?」
「オレは構わないぞ」
トーヤがすぐに賛成し、ユキとナツキも同意するように頷く。
「私は別に構わないけど……私たちもずっと猪を狩りに行くわけじゃ無いでしょ? そのあたりはどうするんですか?」
ハルカも頷いたものの、安定供給に関しては苦言を呈した。
「その時は入荷したときの限定販売にするか、他の入手先を考えるかしないといけないでしょうね」
「私たちとしては、突然買い取れなくなっても困らないから、入手先は継続的に探しておいた方が良いと思いますよ? 尤も、お客さんが普通に入るようになれば、カツサンドに拘る必要も無いと思いますけどね」
「元々が宣伝を兼ねての早朝店頭販売だからなぁ。少し高級路線にシフトするなら、確かに早朝に無理する必要は無いという考え方もあるな」
そんな俺たちの言葉に、アエラさんは納得したように頷く。
「そうですね。そこも含めて考えてみます。取りあえずは、ソースができる1週間後からお願いします」
「ん、了解。さて、俺たちはそろそろお暇するか。明日の仕込みもあるだろうし」
「アエラさん、明日から大丈夫? 手伝いとかいる?」
「いえ、元々私一人でやるつもりのお店ですから! それに、もう十分、手伝って頂きました」
そう言ってアエラさんが視線を向けた先には、妙にレベルの高い店頭看板とお店のメニュー看板が。
白一色のチョークで書いているのに、陰影まで付けられた絵やタイポグラフィ――って言うのか? 装飾的な文字などあまりにも見事。
空き時間にユキがサラサラッと描いていたのだが、俺も知らなかった予想外の特技である。
「色チョークがあれば、もうちょっとできたんだけど」と微妙に不満そうなのが信じられないレベルの出来である。
「私たちも時々食べに来ますので、困ったことがあったら気軽に相談してください」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げるアエラさんに、俺たちはおやすみを言って、その日は宿へと引き上げたのだった。
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