042 カウンセリング? コンサルティング?

 このエルフさん――名前はアエラさん――は、ここから遠く離れた大きな街で結構長い間、料理修業をしてたらしい。

 目的は自分のお店を持つことだったが、修業で料理の腕は付いてもお金はなかなか貯まらず、さらに都会では地価も高くて店を買うのはなかなか難しい。

 そこで、ある程度まとまったお金ができた時点で、少し田舎のラファンの街に引っ越してきて、この店を購入したのだとか。

 とは言っても、この建物自体は飲食店ではなかったので、実際に営業するためには改装する必要があり、大工との打ち合わせを近くの食堂で行っていた。

 ここで出てくるのがすべての元凶、自称『コンサルタント』である。

 そばのテーブルで打ち合わせを聞いていたらしいその人物は、突然話に入ってきたかと思うと、アエラさんにダメだし。

 こうしろ、ああしろ、こうすれば上手く行く、と大いに語り、今のこの店のプランを作り上げてしまった。

 普通であれば突然話に割り込んだ人の言うことなど聞くはずも無いのだが、その時はなぜかそれが素晴らしいプランに思え、当初の予算を大幅に超える物にもかかわらず、アエラさんは言われるがままに発注してしまった。

 その後、その自称コンサルタントは『コンサルタント料金』という名目でアエラさんから少なくない金額を受け取り、姿をくらます。

 しばらく経って冷静になったアエラさんは、予想以上に資金を使ってしまったことに青くなったが、すでに発注してしまった以上、どうしようもない。

 仕方なくお店が完成した3日前から営業を始めたのだが、完全な閑古鳥。

 全く客が入らず絶望しかけていたところに、初めてやって来たお客が俺だった、ということらしい。


「……確かにお金は使いすぎましたけど、私の料理の腕があればなんとかなると思ったんです。でも、実際に営業を始めてみたら、全然お客さんが入ってくれなくて……。わ、私の何が悪いんでしょうか?」

 話しているうちに耐えきれなくなったのか、俯いたアエラさんの前には小さな水たまりができていた。

 小柄なアエラさんの両耳がへにょりと垂れ下がり、ぷるぷると震えている様子は妙に庇護欲を誘う。

 ここで「話だけは聞いたので、これで失礼しますね」といえるのはよっぽどの鬼畜だろう。

 そして俺は鬼畜ではないので、足りない頭をひねる。

 あえて彼女の悪いところを挙げるなら、自称コンサルタントの口車に乗ってしまったことだが……これ、怪しすぎだよな?

 この世界の常識とはちょっと外れたこの店構え。

 ある意味『普通』な店の内装。

 アエラさんが『なぜか』話を聞いてしまった状況。

 ――これ、クラスメイトが関わってないか?

 話を聞かせてしまう何らかのスキル持ちが、素人知識で、この世界の常識を一切考えずにプランニングしたらこんな感じになる様な気がする。

 料理が美味く、料金も安く、外観、内装も綺麗。

 さらにこの店の前は、近くにある政府施設に通勤する人が多く通るので、立地自体も悪くない。

 上手くやれば、昼食の需要も取り込めるだろう。

 元の世界なら、十分繁盛しうるシチュエーション。

 だが、ここは異世界なのだ。元の世界の常識がそのまま通じるわけがない。

 正直、俺たちに他人を手助けできるほどの余裕は無いのだが、クラスメイトが関わっているかもしれないと思うと、アエラさんの今の様子に罪悪感が半端ない。

 俺自身には何の責任も無いのだが、一応同郷だからなぁ。

 日本人が海外でバカなことをして迷惑をかけたというニュースが流れると、申し訳なくなるのと同じ感じである。

 幸い、時間的には余裕がありそうだし……。

「解った。アエラさん、俺で良ければ少しお手伝いするよ」

「えっ!? でも……私、もうお金がなくて……お礼もできませんし」

 驚いたように顔を上げて俺を見るアエラさんだが、途中で困ったように視線を逸らす。

「いやいや、ほとんどお金をかけずなんとかなると思うよ?」

「ホントですかっ!?」

 勢い込んで顔を近づけてくるアエラさんを慌ててなだめ、頷く俺。

「う、うん。お礼も気にしなくて良いよ。同族を見捨てるのは寝覚めが悪いからね」

 可愛いエルフさんに迫られたら、ドキッとするじゃーないの。

 免疫、無いんだから。

 ハルカは……別枠かな? 中身、ハルカだし。

「でも、一応仲間にも意見を聞きたいから、明日また来ても良いかな?」

「は、はい! お待ちしています! どうか、どうかよろしくお願いします!」

 そうして俺は、必死で頭を下げるアエラさんに「必ず来るから」と約束して、店を後にした。


    ◇    ◇    ◇


「――ということがあったんだ」

 宿に戻って夕食の時間、俺が今日あったことを話すと、みんなは頷きながら話を聞き、ハルカがポツリと一言。

「つまり、ナオはナンパをしてきたわけね」

「違うだろ!? 今の話、困ってる人を助けよう的な、ちょっと良い話系の出来事だっただろ!?」

 まったく、何を聞いていたんだ。

 心外である。

「つまり、下心は全くない、と?」

「……もちろん」

「「「「ギルティ」」」」

 全員の声がハモった。

「いやいやいや、そりゃ、可愛い子だったし? このまま別れるよりもお友達になりたいな、とかは思ったよ? 初めて出会った現地産エルフだし? でもそんな、下心とか、ねぇ? そういうあれな感じじゃ、ねぇ?」

「ナオ、もう良い! もう良いんだ! もう終わりにして良いんだ! ――墓穴掘ってるだけだから」

 慌てて言葉を並べる俺に、トーヤが肩に手を置いてそんなことを言う。

 墓穴とかそんな、違いますよ?

 本当に知り合いを作りたかっただけですよ?

「それで?」

 あれ? ハルカさん、何か声が冷たいですよ?

 誤解ですって!

 しかし、早く話せと言わんばかりに、顎をくぃっと動かしたので、言い訳――もとい、詳しい説明は断念する。

「俺だけじゃ意見が偏る可能性があるから、誰か女性陣も来て欲しいな、と」

「……うん、それは悪くないわね。私は手が離せないし、ユキとナツキ、お願いできる?」

 あれ、少し機嫌が直った? 理由が分からんが……ま、いいか。

 バックパック作製についてはおおよそ目処が付いているので、夕食後に作業を進めれば片が付くらしい。

 残りの作業は型紙を完成させて、ディオラさんのところへ教えに行くだけなので、こちらはハルカだけで問題ない。

「あたしは構わないよ。喫茶店とロリエルフ、興味あるし」

「私も同様です。もしクラスメイトが迷惑を掛けたのであれば、何とか手助けして差し上げたいですから」

「おお、2人ともサンキュー。女性目線が欲しかったから、かなり助かる」

 気になる点や改善案はいくつか思いついていたが、同レベルの知識――いや、俺以上の知識がある2人がいれば、かなり心強い。

「私の方は2、3日程度で片が付くはずだから、そっちもそのくらいの期間なら問題ないわよ」

「……なんとかなるように頑張る」

 即改善なんて難しいだろうが、その端緒にでもつけられれば御の字だろう。

 儲けるまで行かなくても、赤字にならないレベルになれば、長期的スパンで経営改善ができるようになるのだから。

「うん。私たちにも本業があるからね。トーヤは今日、何してたの?」

「オレか? オレはトミーが気になったから、そちらにちょっと手を付けていた」

「トミーって、若林の事よね? ドワーフになったんだっけ?」

「おう。真面目に働いているようなら、手助けでもできないかと思ってな」

 トーヤ、面倒見が良いなぁ。

 アイツは悪い奴じゃないから、余裕があるなら助けてやるのは反対しないが……。

「手助けって言っても、何ができる?」

「トミーは【鍛冶 Lv.3】に【鍛冶の才能】、更に【筋力増強 Lv.2】まであっただろ? 鍛冶屋になれれば普通に成功すると思うんだよ。もちろん、この世界の常識とか色々学ぶ必要があるだろうが。問題は弟子入りできるかだが、オレたちが世話になっているガンツさん、いるだろ?」

「ああ、いつもの武器屋の」

 最初にトーヤの木剣を買ったときから世話になっている、武器屋のガンツさん。

 一見無愛想なのだが、ある程度通って話をすると、結構気のいい人である。

「アイツが腐らずに真面目にやっているようなら、ガンツさんに紹介できないかと思ってな」

「どうだったの?」

「ガテン系で頑張ってたな。筋力はあるし、頼られているようだったが、まだ3日目だし、あと1日程度は様子を見る予定」

「ふ~ん、何か頼りなさそうな感じだったけど、覚悟を決めたのかしら?」

 少し、MMOの生産職みたいなイメージがあったみたいだからなぁ。

 現実は誰でも使える鍛冶場なんてないし、携帯鍛冶セットみたいな便利道具も存在しない――いや、ないかどうかは解らないが、少なくとも簡単に手に入ったりはしない。

 そして第一に、素性不明のヤツが簡単に弟子入りできるほど、職人の世界は甘くない。

「確かに俺たちは、多少買い物して話をするようになったが、それでガンツさんが弟子入りを許してくれるか?」

「難しいかも知れないが、一応、切り札……までは行かないにしても、役札ぐらいの考えはある」

「役札……何となく言いたいことは解る。で、それは何だ?」

「それは……上手く行ったら、ってことにしといてくれ。失敗したら恥ずかしいし」

「私はそれでも良いけど、トミーには迷惑を掛けないようにね? 彼だって、生活のために仕事をしているんだから」

「解ってる。気をつけるさ」

 う~む、俺はその『役札』が結構気になるんだが、諦めるか。

「それじゃ、明日からのスケジュールは、私がバックパック、トーヤがトミーのこと、残り3人がロリエルフ担当で良いのね?」

「ロリエルフには異を唱えたいが、そういう事だな」

「うん、却下で。それじゃ、明日からも頑張りましょう。ごちそうさま」

「「ごちそうさま」」

 俺の希望は流れるように却下され、みんな揃って食事を終えたのだった。

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