014 ステップアップ? (1)

 それから1週間ほど、俺たちは堅実に、安全路線で仕事をこなし、装備を調えていた。

 まず最初に購入したのはくわ

 初日にモツの処理に苦労したのを教訓に、翌日には即購入した。農具だけにお手頃なお値段だったのも、すぐに購入した理由の1つである。

 もう1つの理由は、ちょっとアレだけど、ある意味切実なトイレ事情である。

 半日ほど森にいると、やっぱり出したくなる。

 それは人として避けられぬ生理現象である。

 かといって、出した物をその場に放置するのはまずい。人としてどうこうと言う前に、自分たちが踏んで『えんがちょ』になってしまうことを考えれば、埋めることは必須である。

 もっとも、大きい方で使ったのはトーヤの1回きりなのだが。

 1つの難点は、トーヤが鍬を担いで歩いていると、冒険に行くのか、畑仕事に行くのか、微妙な気分になることだろうか。

 ちなみに、これに関連して、ハルカが目隠しの幕布の購入を強く主張したが、それに関しては俺たちは二つ返事でOKした。

 反対できるわけないよね?


 衣服も着替えに困らない程度は購入でき、防具代わりの丈夫な革の服、そして前に立つトーヤには部分的な革の鎧も手に入れたため、怪我もせずに乗り切れている。

 武器に関しては俺の槍とハルカの弓を購入。

 多少鍛錬することで猪を突き殺せるようになったが、トーヤのように突進する猪の目を狙うことまではできないため、今のところ戦いの役には立っていない。

 毛皮の買い取り価格が下がるため、ハルカに魔法で援護しろと言われてしまったのである。

 ハルカの弓の方はと言えば、『焼き鳥が食えるようになった』と言えば解ってもらえるだろうか。

 近いうちに鍋でも買って、鳥鍋が食べたいところである。

 トーヤの剣については良いお値段がするので保留中。

 ただ、初日に木剣が猪の頭蓋骨に跳ね返された結果があったため、さすがに木剣に代えて鉄製の棍……いや、ぶっちゃけ、ただの鉄の棒を購入した。

 これはこれで毛皮に傷を付けずに倒せて便利なのだが、反面、【剣術】レベルが上がらず、【棒術】スキルが生えてきたのはご愛敬、だろうか。

 扱い自体は木剣と同じように使えているので、やはりゲームとは違い、スキルはもっと柔軟な物なのだろう。


 また、毎日鍛錬を続けた事で、魔法の腕も多少上がった。

 ……上がったのだが、こちらもあんまり役に立ってないんだよなぁ。

 『火矢ファイア・アロー』を使うと毛皮を焦がすから禁止されてるし。

 逆に、ハルカの方は大活躍である。

 まず、光魔法の『浄化ピュリフィケイト』。

 汚れを落として身体を清潔にしてくれる超便利魔法である。

 風呂のない宿ではあるが、これのおかげで日々暮らして行けている。ハルカ様、ありがとう!

 ちなみにこの魔法が使えると、冒険者たちから引っ張りだこになるぐらい大人気の魔法らしい。

 不潔そうなイメージがあった冒険者だが、実のところあまり不潔だと臭いで魔物等に発見されてしまう。それを避けるため、可能な限り清潔に保つのだが、そんな時に役立つのがこの魔法なのだ。

 更にハルカは、リストにない魔法も実現した。

 魔法としては比較的小規模で、ピンポン球サイズの氷を生み出すだけなのだが、これのおかげで狩った獲物を冷却保存でき、すぐに街へ戻る必要が無くなった。

 俺? まだ1つも新しい魔法はできていませんが、なにか?


 そして、地味に役に立っているのが、ハルカの【裁縫】スキルが光って唸り、俺とトーヤの意見が取り入れられたバックパックである。

 これはかなりの手間がかかった逸品で、元の世界の軍用バックパックをイメージして作ってある。

 ベースは布で、要所要所に革を使って補強、小物を入れるポケットや紐を結ぶことができる部品なども付いている。

 また、戦闘時には一瞬で外せるように工夫し、状況次第で背負い袋のように背負ったり、手でげて歩くこともできる様になっているかなり便利な鞄で、このあたりではまず入手不可能な代物だったりする。

 当初こそ普通に鞄を買うつもりだったのだが、見かけるのは単純な背負い袋や手提げ袋、精々が肩掛け鞄程度で、バックパックのような物はいくら探しても見つからなかった。

 幸いハルカが【裁縫】スキルを持っていたこともあり、それなら自分たちが使いやすい物を作れば良いよね、と言うことで、数度の試作を経て完成させたのが今使っているバックパックなのだ。

 ハルカに苦労させることにはなったが、おかげで比較的安価に全員分をそろえることができた。

 それにこれがあるからこそ、かなり大量の荷物を持ち運べるようになり、狩猟の比率をやや高めにしても、余すことなく成果を持ち帰れるようになったのだ。

 ただ、体力的な差異は如何ともしがたく、トーヤの運ぶ荷物の量は俺の2倍以上。俺もハルカよりは多いが、それの差も僅かである。


 そんなわけで、俺の最近の悩みは、自分がビミョーに役に立っていない気がすることである。


    ◇    ◇    ◇


「ねぇ、2人とも。そろそろ森の奥に入ろうかと思うんだけど、どうかな?」


 ここ数日は生活が安定してきたことで、行動のパターンもおおよそ定まってきた。

 朝は早起きして夕方までに仕事を終える。その後、数時間、夕食までは各自剣や魔法の鍛錬。

 夕食を食べたらハルカに『浄化ピュリフィケイト』をかけてもらい、気分によっては水浴び。

 就寝までの時間は、今後の方針決定会議と言う名の雑談を行う。

 そんな会議の最中、ハルカから出たのが先ほどの言葉である。

「そうだな、そろそろ大丈夫、かもしれない……、かも?」

 答えたトーヤの言葉が少し自信なさげなのは、恐らく昨日のことが原因だろう。

 森の入り口付近で現れるタスク・ボアーに関しては、特に問題なく狩れるようになっていたのだが、昨日初めて遭遇したのがでっかい熊。

 ヴァイプ・ベアーという名のその熊は、立ち上がった状態で3メートルほどもあり、俺たちにとっては圧倒的な大きさだった。

 トーヤが鉄棒で果敢に攻めるもほとんど効いている様子も見せず、高さが高さだけに目などの急所も狙いにくい。

 俺も慌てて槍で参戦、ハルカも弓で援護をしたが、分厚い毛皮に阻まれてなかなか効果が無かった。

 結局、ハルカの矢が目に刺さったことと、魔力の消費を度外視し、毛皮が傷付く事も気にせずに魔法を使いまくったおかげで何とか斃したのだが、正直、こっちに来て初めて命の危機を感じた出来事だった。

 更に辛いのが、苦労して大量の肉を持ち帰ったのに、その買い取り価格はタスク・ボアーの方が高かったことである。

 希少ではあるものの、味はそんなに良くないらしい。タスク・ボアー、美味いからなぁ。

 毛皮は綺麗なら非常に高く売れるらしいが、かなりボロボロになっていたので買いたたかれ、危険のわりに全く良いこと無しである。

 唯一慰めになったのは、ヴァイプ・ベアーに出会うことはそうそう無いという、ディオラさんの言葉である。

 『良くあることですよ』とでも言われたら、俺たち、色々と考え直したかも知れない。

 ちなみに、『良くあること』なのは、ルーキーがヴァイプ・ベアーに出会って全滅させられることらしい。――うん、滅多に出会わないけど、出会ったら死ぬって事ですね?

 俺たちが無事だったのもハルカの弓と魔法、トーヤが前線を支えられたおかげだから、ルーキーが殺されるというのも解る気がする。

 冒険者としては初心者でも、スキルのレベル的にはルーキーではないからなぁ、俺たち。

「別に反対はしないが、森の奥と言えば、ディンドルだよな? 行く必要はあるのか?」

 初日にディオラさんに聞いた、森の奥で採取できるという果実。

 1つ100~300レアで買い取ってくれるらしいが、現在の俺たちの稼ぎは猪のおかげで3~4万レアで安定している。

 それをディンドルで稼ぐためには、1つ平均200レアとしても、200個も採ってこないといけない。

 いくらバックパックがあるとは言え、小ぶりなリンゴ程度の大きさの物を200個も持ち帰れるだろうか?

「そのまま売った場合は、今とトントンの稼ぎになりそうだけど、上手く加工できれば高く売れるから、所得倍増も夢じゃないよ?」

 ディンドルの実をまるごと乾燥させ、ドライフルーツにすることで価値が倍以上に跳ね上がるらしい。

 ただ、このサイズの果実をカットもせずに、腐らせないように乾燥させるのは非常に難しく、かなりのノウハウが必要となる。それが理由で高価になるのだが、ハルカ曰く「そこは私の魔法でなんとかなりそうだから」とのこと。

 また、乾燥させて日持ちするようになれば、ギルドに卸さず自分たちで販売することもでき、より高く売ることもできる。

「まぁ、自分たちで売ってたら採取に行く時間も無くなるし、やるべきかどうかは考える必要があると思うけどね」

「ふーん。ってか、ハルカ、また新しい魔法が使えるようになったのか!?」

「新しい魔法って言っても、乾燥させるだけの魔法よ? 洗濯物を乾かすのには便利だけど」

 あぁ、最近ハルカの洗濯物が部屋にぶら下がってないと思ったら、それだったのか。

 てっきり俺たちと同じように、『浄化』で済ませて同じ物を着ているのかと……。

「いやいや、簡単な魔法でもすごいと思うぞ。ところで、ナオさん。キミはいくつ使えるようになったんだい?」

「――ゼロ」

「え? なんだって?」

 トーヤがわざとらしく、耳に手を当てて聞き返す。

「ゼロだよっ! こんちくしょう!!」

 さすが幼馴染み。

 痛いところを容赦なくえぐってきやがる!

「うんうん、ナオ。あなたがダメな子でも私は見捨てないから安心して?」

 ハルカが慈愛の笑みを浮かべて両手を広げているが、ちっとも嬉しくねぇ。

 ――いや、正直言うとちょっと嬉しいが、それ以上に悔しい。

「同情するなら金を――じゃなかった。コツを教えてくれ」

「コツ? コツ、ねぇ……? あえて言うなら、実現したいことだけじゃなく、その過程も想像することかしら?」

 例えば今回の『乾燥』。

 ただひたすら「乾燥しろ」と考えて魔力を注ぎ込むのではなく「対象物に含まれる水分をどうしたいか」と考えて使っているらしい。

 また、結果は同じでも工程によって魔力の消費も異なり、「水分子の動きが激しくなって発熱、蒸気となって消える」というのと、「水分が絞り出されて外に出て消える」とでは、後者の方が省エネになるとか。

 前者の方は乾燥させた後に熱を持つので、その熱の分も魔力消費があるんじゃないか、というのがハルカの考察である。

「へぇぇぇ。ありがと、参考にするわ。つーか、それって水魔法で擬似的な電子レンジができるんじゃないか?」

 電子レンジはマイクロ波で水分子を動かし発熱させている。

 つまり、ハルカの『乾燥』が本当に水分子を動かしているのなら、上手く制御できれば乾燥の手前、発熱の段階で止めて食品を温めることが可能になるかもしれない。

「うん。じつは実験中。まだ今一歩だけどね」

「上手くいけば、また食生活が豊かになるな! 期待してる! あ、別にナオでも良いんだぞ?」

 俺たちは、資金に多少余裕ができて以降、昼食は毎回宿で用意してもらった物を持って行っている。

 幸いこれまで獲物が獲れなかったことはないが、狩った獲物を食べるためには焚き火を起こす必要があり、どうしても時間が取られる。

 そのため、持って行ったので済ませていたのだが、当然その頃には冷めているし、それなりに食べられる宿の食事も、冷めてしまうと正直あまり美味くない。

 俺の『着火』で多少あぶったりはしていたが、まぁ、トーヤに揶揄されたように、なかなか良い感じにはならないんだよな。

「くっ……近いうちに便利魔法を作ってやるからなっ! 首を長くしておけっ!」

「いや、そこは首を洗ってじゃね?」

「え? 俺、別にお前の首を切り落とす気はねーし?」

 むしろ、全裸待機で待っていろって感じである。……いや、何か違うか。

「おーい、ナオ、便利魔法も良いけど、戦闘用も、ね?」

 ああ、うん。もちろんそっちも頑張ってますよ?

 今は『火矢ファイア・アロー』を毛皮を燃やさない程度に集束できないかと試行錯誤しているのだが、これがなかなか上手く行っていない。

 新規の魔法ではないので発動自体はするのだが、目標としている1、2センチまでは小さくならないのだ。

 ただ、小さくしても威力は減らさないという点に関しては実現できている気がするので、あと一歩じゃないかな? 俺の楽観的予想では。

「それで、2人とも、森の奥に行くことに関しては賛成ということで良い? ――少しずつでもステップアップしないと、『一般的冒険者』で終わりかねないし」

 あぁ、最後に死ぬやつね。それはマズい。

 向上心、忘れるべからず。

 目指すは『成功した冒険者』。

「うーん、正直言えば、ちょっと不安がある」

 ハルカの言葉に頷いた俺に対し、トーヤは少し唸って首を振った。

「滅多に出ないとはいえ、ヴァイプ・ベアーに俺の武器、効かなかっただろ? だから、武器を新調できるなら賛成、ってところだな」

 全く効果が無いわけじゃなかったが、致命傷を与えたのは魔法と俺の槍。

 現状のトーヤの筋力では、あの熊レベルの肉の鎧に打撃武器でダメージを与えるのはかなり厳しい感じだった。

 ハルカもそれを思い出したのか、少し考えて頷く。

「そう、ね。確かにそれは必要かも。今なら貯蓄がなくてもなんとかなるし……使うのは片手剣で良いの?」

「獣人だけに、両手剣を振り回すというのも憧れるが、前衛が俺だけだからな。ここは片手剣と盾で堅実に守れるタイプが良いか?」

「私たちのスタイルだと、それが安心ね」

「あぁ、正直、そうしてくれると助かる」

 防具に関しては、俺とハルカは紙である。

 エルフ故に、肉体的にも言わずもがな。

 熊に殴られても何とか生きていそうなトーヤに対し、俺とハルカは多分折れる。

 だとしても、あの熊に対して正面で渡り合ったトーヤの度胸には正直感心するな。

「まぁ、適材適所、だよな。ただ、良い奴を頼むぜ? 俺の命だけじゃなく、お前たちの命も預けるんだからな!」

 そう言ってトーヤはニカッと笑った。

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