009 初めてのお仕事 (1)
翌朝、俺たちは日の出と共に起き出して、朝食を
時計がないのではっきりとした時間は判らないが、おそらく元の世界ならまだ寝ている時間帯だろう。
と言っても、昨日の夜は早めに寝たので、その分早く目が覚めただけである。
昨日はこの世界に来た初日で疲れていたことや、多少夜目が利くようになったとは言え、明かりもなしに夜更かしもできなかった事から、食事が終わった後は早々に床についたのだ。
明かり取り用のロウソクは当然のように有料。俺たちには贅沢品である。
魔法を使ってみようか、という話も出たが、いきなり室内で試すのは危ないんじゃ、と言うことで、実際には使っていない。
ちなみに、俺は早起きしたつもりだったが、目を覚ました時にハルカはすでに顔を洗い、身だしなみを整え終わっていた。
逆にトーヤの方は、俺が井戸から戻った後もぐっすりと眠っていた。すぐさま耳をモサモサとやって起こしてやったが。
ある意味、役得である。
トーヤの耳ではあるが、手触りは悪くなかった。うん。
朝でも安定して無愛想なオヤジから朝食として出されたのは、スープと共に煮込んだ肉、それにパンだった。
日本でも売っていそうな、ライ麦多めの白パン。
膨らみは少なく、やや固いパンだが、焼きたてで十分に美味しい。
多少固いぐらいならスープに浸ければ十分に食べられるので、変な酸味が無いだけでかなりありがたい。
トーヤも『これならこの世界でも暮らしていける……』と呟いていたので、かなりあのパンには参っていたのかもしれない。
俺も長期間食べ続けるのはさすがに厳しかったので、全くの同感なのだが。
しかもこのパン、おかわり自由なのだ。結構重いパンなので、数個食べれば十分だけどな。
トーヤも3、4個しか食べてないから、たぶん同じ感じなのだろう。
「あ、2人とも。今日の昼食は場合によっては無いから。お金ないし」
前言撤回。
俺とトーヤは顔を見合わせて、黙々とパンを食べているハルカを見習って、追加でパンをお腹に詰め込んだのだった。
◇ ◇ ◇
さて、満足のいく朝食……かどうかは置いておいて、とにかくお腹いっぱいは食べた俺たちは、この街へ訪れたときに使った東門へと来ていた。
朝早いこともあるのか、あまり人は多くない。昨日の兵士――名前はすでに忘れたが、アイツもいないようだ。
街から出るときには特にチェックは無いらしく、ぼんやりと立っている兵士の横を抜け東へ延びる街道を進む。
少し歩いてから南を望むと、視界の先に森が見える。
たぶん、あれが昨日ギルドのお姉さんが言っていた南の森なのだろう。
数時間は歩く必要がありそうな東の森に比べ、距離的には近く見える。
「ナオ、今日行くのは東の森だからね?」
「ああ、解っている。安全第一だな」
俺の視線の先を見たのか、ハルカがそう言って念を押してくるが、もちろん俺も解っている。トーヤの持つ棍棒1つで危なそうな森に突っ込むほど無謀ではない。
「東の森はこのまま街道を進めば良いのか?」
「ええ。街道沿いにあるそうよ。徒歩で2時間ぐらいで少し遠いけど、街道沿いだから比較的安全みたいね」
俺たちが昨日歩いた時間が1時間ぐらいだから、この世界に落とされた場所から更に1時間ほど街道を進んだ先だな。
あの時視界の先に見えた森がそれなんだろう。
比較的安全らしい東側に俺たちを落としたのは、邪神の温情だろうか?
「往復4時間+採取時間……ほぼ1日仕事だな。どのくらい稼げるんだ?」
「順調にいけば昼過ぎには帰れるけど……普通の人で、いわゆる平民の1日の給与+危険手当程度ね。見つけるのが上手かったり、危険な場所なら儲かるけど、普通の薬草採取で楽して稼げたりはしないわよ」
「まぁ、そうだよなぁ。それができるならみんな冒険者になるだろうし」
「そういう事。当たり前だけど楽な仕事なんてそうそう無い、って事ね」
肩をすくめながら苦笑するハルカ。
ある意味、誰でも採取できる物である以上、買い取り価格もそのあたりの値段になるのは当然だろう。
安すぎたら誰も集めに行かないし、高ければ集める人が増えて値段が下がる。
必然的に普通の人の時給+技術料というあたりに落ち着くのは異世界でも変わらないようだ。
それが経済原理というヤツである。
「元の世界でも、資格や技能持ちでもなければそんなもんだし、そのへんは世界が違っても同じってことだな」
「幸い、私たちはその
「おう、賛成。あまり贅沢を言うつもりは無いが、美味い飯を毎日食べられるぐらいにはなりたいな!」
「そうね。少なくとも今の宿屋を維持できるぐらいには。……あの屋台の食事は避けたいわ」
「激しく同意。黒パンは食べなくて済む生活をしたいな。あと、お湯を使うのを躊躇しなくて済むぐらいには」
昨日は節約のため、お湯を使わずに井戸水で身体を拭くだけだったから。
今の気候なら辛くはないが、寒い時期にはせめてお湯が欲しい。
お風呂やシャワーなんて贅沢は言わないから。
……いや、やっぱり長期的には欲しいけどさ。日本人だもの。
家を買えるぐらい稼がないと無理だろうけど。
「ところで、このまま森へ向かうのか?」
「いいえ……そうね、街の門も見えなくなったし、そろそろ良いかも。この辺りで少し自身の能力について確認しましょ」
ハルカは一度後ろを振り返って確認すると、街道から離れて草原の方へと移動した。
「おっ! 魔法を見せてくれるのか!? オレも取りたかったんだよなぁ、ホントは。ポイント足りなくて諦めたけど……」
「そうなのか? 【鍛冶】とか取らなければ何とかなったんじゃないか? そもそもゲームならともかく、【鍛冶】なんて使いにくいだろ?」
面白そうとは思うが、鍛冶場が無ければ使いようがないスキルなんだから。
現実の鍛冶師がそう簡単に鍛冶場を貸してくれるわけないし、ゲームみたいに共同作業場なんてあるとも思えない。
鍛冶場を購入するというのももちろん論外だろう。冒険者として大成して金が貯まった後ならともかく。
「いやいや、獣人が魔法を取るのは結構大変みたいだぞ? 試してみたんだが、魔法の素質を取らないと魔法のレベルが上げられなかったし、素質を取って、魔法を覚えると何十ポイントも必要だったし。【鍛冶】スキルは……ロマンだな!!」
「……生死がかかった状況でロマンを選べるトーヤを、私は尊敬すれば良いの?」
「いや、ただのバカだろ!」
トーヤの力の入った主張にハルカはちょっと困ったように笑うが、俺は言下に切り捨てた。
「少しでも生存確率を上げるスキルにしろよ! ロマンで飯は食えない!」
「いやいや、さすがにロマンは言い過ぎだけどさ、一応考えたんだぞ? お前たち2人とパーティー組めることを予想して、武器の消耗で戦えなくなる可能性を考慮して、10ポイントなら使っても良いかな、と」
「……そうなのか? それなら、ちょっと言いすぎたな。悪い」
一応考えたのか。
良く聞いてみると、獣人の場合、一つの魔法をLv.1にするためには、最低でも30ポイント必要だったらしい。エルフだと10ポイントで済むことを考えると、かなり重たい。
残った10ポイントで、トーヤが有益そうと選んだスキルが【鍛冶】。
確かに、ゲームだと耐久度が減って壊れるとかあるし、悪くない選択なのか?
「でも、現実では無意味じゃない? 炉も無しに修理なんてできないでしょ? 精々研ぎ直しぐらいで」
と思ったのだが、ハルカはばっさりと切り捨てた。
「そうなんだよなぁ。現状、研ぐ武器も無ければ、砥石も無いしな! 今後に期待してくれ!」
「武器、棍棒だけだからなぁ」
「だよなぁ。――あ、違う。木剣な、木剣。一応、剣の形してるから」
トーヤ的には剣じゃないといけないらしい。【剣の才能】的に。
「ま、まぁ、解体でナイフは活躍すると思うから、それの研ぎ直しは任せるわね」
獣耳がちょっとしょんぼりしているトーヤをさすがに可哀想に思ったのか、そんなことを言ってハルカがフォローする。
とはいえ、それも砥石を手に入れてからだろうが。
「さて、それよりもまずは身体能力の確認ね。メジャーもストップウォッチも無いけど、スポーツテストを参考に身体を動かしてみましょ」
「だな。正確には解らないだろうが、何となくは解るだろうし」
ハルカの提案のまま、俺たちは3人で短距離ダッシュ、垂直跳び、反復横跳び、走り幅跳び、石投げなどをやってみる。
その結果、明らかにトーヤの能力が高いことが解ったのだが……。
「どう思う?」
「おう! この身体、最高だな! まさにオレの思った獣人!」
ぴょんぴょんと嬉しげに跳びはねている。
軽く跳ねるだけで俺の胸の高さを超えているので、その身軽さは明らかに日本では無理だったレベルである。
それには劣るが、俺やハルカも腰ぐらいまでは跳べるので、肉体性能が元の世界よりも高いことは確実だ。
「俺たちも元の身体よりもかなり高性能だよな。体格的には細くなっていると思うんだが」
「だよね。私も明らかに成績が良いし。エルフだから種族特性とも少し違うだろうし、スキルも身体能力関係は取ってないから、あの邪神が能力を引き上げてくれたって事?」
「多分そうじゃないか? 人間のままにすれば比べやすかったんだろうが……」
エルフは比較的体力が無いという事だったが、それでも元の身体よりは良い。
あえて関係がありそうな物を上げるなら【頑強】だが、身体が丈夫になるというのは、体力的な物も含むのだろうか?
「可能性としてはこの世界の人間の平均が、元の世界よりもかなり高い可能性もあるけど……」
「まぁ良いんじゃねーの? 虚弱になったんじゃないんだから!」
「うん、まあ、そう、よね。どうしようもないことだし。じゃあ次は魔法を使ってみましょうか」
「おっ! 待ってました!」
「あ、トーヤはそっちで素振りでもしててね。見てても良いけど、十分に離れておくように」
「えーー!」
不満そうに声を上げるトーヤだが、ホント危ないと思うぞ?
「丸焦げになりたくないでしょ? 制御できるか解らないんだから。ナオ、私たちも十分に離れて、別方向に向かって練習しましょ」
「そうだよな。全く未知の技術なんだから気をつけないと。トーヤ、どうせそのうち飽きるぐらい見るんだから、我慢してくれ」
「りょーかい。オレも死にたくはないしな」
「じゃぁ、私は向こうに行くわね」
そう言って離れていくハルカに背を向けて、俺は自分のステータスを改めて眺めた。
俺の取った魔法は【時空魔法】と【火魔法】。
現状使えるのは、【時空魔法】が『
この辺はステータスから確認できるので、どんな魔法か解らないという事が無くてありがたい。
魔法の種類はレベルあたり2つ? 少ないような気もするが……。
あー、でも、ゲームみたいに『
とりあえず試してみるか。
「まずは『
指先に魔力を集めて……初めてやるのに、そういった感覚が解るのもなんか不思議な感じだな。違和感なく言葉が使えている時点で考えるだけ無駄なんだろうけど。
「――『
ぱすっ!
そんな音と共に、俺の指先からパチッと火花らしきものが散り、ふよっと漂う煙。炎は見えなかった。
「魔力が少なすぎたか? もうちょっと集めて――『
ぼわっふっ!
「うわっとっと!! 危ねー、前髪がお亡くなりかけた……」
今度は予想以上の炎が一瞬上がり、慌てて顔を背けてのけぞる。
案外難しいな。もっと明確に……指先から水を細く流すような感じで……
「『
ぼぼぼぼ……
「おお、良い感じ! これなら着火の名前に恥じない魔法じゃないか?」
イメージとしては、指先がロウソクになった感じか? 炎がユラユラと揺れている。
「うーん、どうせならもうちょっとアレンジしてみたいな。ターボタイプのライターとか、ガスバーナーみたいにはならないか?」
枯れ葉に火を付けるには十分そうだが、炭とか木の薪に火を付けるにはちょっと火力が弱い気がする。
いったん火を消し、今度は指先から魔力を噴射するようなイメージで……
「『
しゅごごごごご!!
「おお! まさに!」
ガスバーナーのように、青い炎が10センチぐらい指先から噴射している。
「これなら炭だって……っ、ちゅ、中止!」
なんか、自分の中から何かがみるみる減るような感じがして、慌てて火を消す。
「あ、危ねー。あれって魔力だよな? つまり……威力に比例して消費されると言うことか。当たり前と言えば、当たり前だが」
数値で把握はできないが、あの減り方はちょっとヤバかった。
1分も使っていれば魔力が無くなっていたかもしれない。
「ダメかー。俺が成長したら使えるかもしれないが、しばらくは真面目に小さい火種から火を
当たり前だが、この世界に着火剤なんて無いだろう。
それを考えたら、乾いた落ち葉や小枝、木の皮などは集めて持っておいた方が良さそうだ。焚き火が必要なときに都合良くあるとは限らないわけだし。
「ま、次だ、次。『
十歩ほど離れた位置の地面に丸を描いて、元の位置に戻る。
今度はどんな感じか……矢だから、溜めて一気に吐き出すような感じで……。
「――『
前方に手のひらを突き出し、そこから魔力を飛ばすイメージで唱える。
ドンッ!
その瞬間、手のひらから炎の矢が飛び出し、目標とした円のすぐ側に着弾した。
「おおっ! 今度は一発で成功か! 目標位置も概ね合っているし、何度か練習すれば使えそうだな……」
更に何発か、今度は魔力に強弱を付けながら使ってみる。
その結果、十歩程度の距離であれば、20センチ程度の範囲に集束できるようになり、威力の方も多少変更できるようになった。
「ふぅ~。あとは、時空魔法なんだが魔力の方が微妙なんだよなぁ」
感覚でしか解らないのだが、今まで使った量と疲労度を考えると、時空魔法を練習していると魔力が足りなくなりそうだ。
今から採取に向かうところだというのに、まさか使い切るわけにも行かないだろう。
「とりあえず、『
名前の通り、魔法をかけた対象を重くしたり、軽くしたりする魔法だ。
ひとまず足下の石を拾い、魔力少なめで『
「……少し、重くなったか?」
持っている状態でかけたから解る程度の変化。
持続時間もあまり長くないし、使い道が微妙そう……?
使うとしたら、罠ぐらいか? 上から石を落とし、その直前に『
次に『
邪魔な岩をのけるとかには使えるかもしれないが、魔力はかなり必要になりそうだ。
「取りあえず、ここまでにしておくか」
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