CASE.3-27

 阿部が立ち入ったのはコンビニだった。人質にされた碓井は懸命に逃げる手段を模索していた。両手が解放された阿部はその手錠を碓井に掛けた。

 阿部には凶器らしいものは何も持っていないが、強靭な拳と鍛えた身体だけで十分だった。碓井を背後からがっちりとつかんで離さない。

 尻や腰をポンポン叩かれ「拳銃は?」と聞かれたが、碓井は持ってきていないと主張を続けた。プラスティックのフォークでさえ武器にしてしまう男だ。

 阿部は立ち寄ったコンビニでいろいろと物色を始めた。かごに入れたものからは何の計画性も感じられない。

 「あれ、阿部さんじゃないですか?俺ファンなんです」と見知らぬ男が声をかけてきた。どうやらファンの一人らしく、手を差し出して握手を求めた。

 前に付き従えていた碓井を押しのけてまで、阿部は差し出された手に快く答えた。

 「あれ、そういえば何かありましたよね?」と踵を返して男が口にした。

 「確か轢き逃げ事件がどうのだとか…」

 ほんの一瞬緊張感が走った碓井を差し置いて阿部は「ああ、あれね。勘違いだったんだ」と気さくに返した。

 「でも、ついさっき警察の会見が…ほら」と携帯端末の画面をかざして見せた。警察関係者の男が顔を赤くして否定を続けている映像が流されていた。

 「まったく、お前どうせにわかだろ」

 突然ファンを名乗った男を突き飛ばし棚にあったワインボトルを頭に叩きつけた。強度以上に大げさに破裂したワインボトルの破片はそれだけで凶器になる。

 「やめなさい」

 碓井は両手がふさがれながらも殴られた男のもとへと駆け付けた。状況を見るにたんこぶ程度で済んだ衝撃だったのだが、男は頭を押さえて痛みに悶絶していた。

 10人ほどいたほかの客は驚きのあまり店を一目散に出て行った。

 店には店員3名と碓井、頭を殴られた男、そして阿部だけが残された。

 「皆さんは逃げて!」

 碓井は店員たちに声を掛けた。店長らしき男は指示の通りバイト二人の若者を誘導したのち店を抜け出した。

 「俺たちも逃げないと」と阿部は碓井を勝手に頭数に入れていた。

 かごにたくさんの食べ物と飲み物を詰め込んでレジから現金を取り出そうとし た。

 「待ちなさい!」

 レジに手をかけ物色する阿部に碓井は拳銃を構えていた。いつの間にか後ろ手にしていた手錠は足の下に投げ出されている。

 「ウソついていたのか?一体その体のどこに隠し持っていた」

 阿部は観念したように両手をあげてた。

 「前に出て!」

 指示の通り阿部はカウンターを抜け出し、碓井から全身が見える位置に移動した。両手を挙げた阿部はまるで立ち上がったクマのように大きい。長身である碓井でも恐怖を感じるほどに大きく見えた。

 「そのまま腹ばいになりなさい」毅然としたまま碓井は銃を向け続けた。

 阿部は横ばいになれるほどの広い場所を探すようにして場所を移動し始めた。そして体勢を落とそうとするしぐさを見せたと思ったその刹那、碓井の両手に襲いかかった。

 はじき返された両手には力がこもっていない。

 飛び出した拳銃はカウンターの裏へと消え行った。

 阿部は見逃さずカウンターを乗り越えると下に潜り込んだ。

 すぐに碓井は両手を上げて背後へ下がった。

 「どんでん返しの展開だ!」阿部は機嫌よく片手で拳銃を構え彼女に向けた。

 「これ以上何をする気?私やこの人を殺して何処へ逃げるというの?」

 「分かんねえよ。俺は有名人だからさっきみたいに気づかれない場所を探す」

 「とにかく銃を下げてください」

 碓井は慎重な物腰で両の掌を見せながら手を下ろそうとした。

 そこで一台の黄色い車が駐車場に停まった。ちょうど乗っ取られた倉本の車の隣に並んでいる。

 「他のお客さんも来るわ。銃を下ろしてここを出て行った方がいいわ」

 阿部は舌打ちをして拳銃をカウンターの上に置くと無言でレジからお札を抜き取りだした。

 「阿部力男!大人しく投降しろ!」

 音もなく裏口から現れた倉本に阿部は瞬時的に拳銃を構えた。

 「どうしてここに?」

 阿部の質問に倉本は電子ボードのマップ画面を見せつけると、

 「馬鹿な真似はよせ!これ以上罪を重ねるな!」と構えた拳銃で威嚇した。

 「馬鹿はお前だ!いまさら昔の事件でかき回されたくないんだ。どうしてほっといてくれない?時効が成立した事件の罪を償ったところで萌絵は帰ってこないんだ」

 「一時さんのことを忘れるな!あの人はずっと娘を探し続けていたんだ。どうしてあの辛そうな姿を知っていながら殺害するなんてマネができたんだ」

 拳銃を構え合っている中、智沙と渕上、桑原が店内に姿を現した。

 「どいつもこいつも、俺を犯人呼ばわりか?あの哀れなクソジジイを殺して何が悪い?あいつは娘に疎まれ嫌われるようなことをした最低の親だったんだ。結局死んだのはあいつの自業自得だ。俺に責任を押し付けるのは間違っている」

 阿部は悪びれることなく拳銃を左右に振り回した。

 「一時さんによくもそんなひどいことを!」

 倉本は手が震えていた。今にも銃を発砲してしまうほどに顔が真っ赤だった。

 「倉さん、落ち着いて犯人は絶対確保するのよ」

 「班長、わかっています。でも一時親子のことを思うとどうしても許せない」

 倉本は構えた拳銃は一定のまま片手で目をこすった。あふれ出る涙が長年の苦痛を物表すように絶え間ないのだ。

 「堪えるの。お願いだから何があっても落ち着いてちょうだい」

 「そうだ、倉本。この姉ちゃんの言うとおりだ。試合でも揺らぎない心の持ちようってのは大事なんだ。俺は長年それをあのオーナーから嫌と言うほど身をもって味わい続けた。たとえ、愛する仲間を失ったとしても取り乱してはいけない」

 発砲音。

 阿部が放った弾道は智沙の腹部を貫いた。インナーのワイシャツが赤く染まっていく。

 その場に蹲る智沙に倉本は激怒した。

 「絶対に撃っちゃダメ!」

 内臓の痛みに耐え智沙は思いっきり訴えた。しかしそれは空間にかき消される。

倉本は構えていた引き金を躊躇うことなく引いていた。銃口は不安定ながらも阿部を捕えていた。

 銃弾はまっすぐと空間を駆け抜けた。途中で消えることも、歪むこともなくまっすぐに額に向かって飛んでいった。額からすぐに骨を貫き脳を抜け、体外へ飛び出した。

 絶命した阿部は背面の棚に頭を打ち付けてカウンターの裏へと消え行った。

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