CASE.2-16

 「携帯電話だけは注意するように。過去の電話の着信電波に干渉することになる。過去改変に必要な要素でもあるから使用するとき以外は確実に電源を落とすこと。それとわかっているとは思うけど、過去の自分自身には絶対に接触しない」

 本日三度目の忠告であった。場所移動時に一回、到着してから一回、直前になってまた更に一回。

 「それで…何でここなの?」

 車を道路のわきに止めて歩いてきたの場所は真っ暗な敷地であった。渕上の忠告でフロントガラスから見えるように『警察車両につき駐車中』の手書きのコピー用紙を張り付けておいた。訳を訊いた智沙に、せめてもの予防策だと渕上は説明した。

 そして真っ暗で広い更地を二人は明かりもなく歩いていている。

 「君の話でピンときた。F&Sの原則に反する矛盾地点」

 「原則?それはつまり…未来のあなた渕上直夜が現れた時点のこと?」

 「そう。ちなみに未来の僕って言い方面倒だから渕上Bにしよう。そして今の僕がAってことで」

 「AとBは別の時間が起源ということね」智沙は使い慣れていない文字、数学的アルファベットに悪戦苦闘した。

 「そう、そして僕らが戻ろうとする過去にも当然僕がいるし、君もいる。彼を渕上Cにするとしたら、僕らはCにとってはBかもしれないし、Cにとっては自分たちをAとも思う。今の君がAであったとしたらこれから行く過去にいは犬養Cがいる。そして本来はお互いが干渉しないAとCが関わってDという存在を認識して…」

 「ちょっと待った。AだのBだの混乱してきた。端的に言って何?」

 渕上は残念そうな表情を向けた。時空論の解説が不完全燃焼であり、まだ物足りないとさえ感じていたが、頭をひねって簡潔に結論付けた答えがこれだった。

 「時間軸ごとに別人」

 「じゃあ、話は戻すけど、この病院の跡地がどうしてSFの原則にかかわりがあるの?」

 「SFは科学小説。そうじゃなくてF&Sの原則。要因と時空の原則」

 「どっちも一緒でしょ」

 「F&Sは法則、SFはジャンル。似て非なるもの」

 渕上はやけに熱を込めて反論した。昨日の説明の時はそこまでのこだわりを持っていなかった印象だったはずだが、ここにきて渕上のF&Sに対する頑なな思いが垣間見えつつあた。

 「わかったから。本題に戻って説明してちょうだい」

 渕上は再び残念そうな表情を浮かべて話を本筋に戻した。

 「渕上Bが現れて真っ先に病院に連れて行こうとした君は真っ先にこの場所に向かった。それはなぜか?」

 「それはBがけがをしていたから、一番近くて思い当たる病院がここにあると思ったから…」

 「でも、この土地に病院がないとは知らなかった」

 「そうよ。電話もなかったから焦ったわ」

 「では、どうしてこの場所に病院があると思い込んでいたのか?病院なんてこのあたりには昔から存在していない」

 「そんなはずはない。区警本部そばの病院はこの場所にあった蝶の森林記念病院は確かに去年も6年前からもあったはずよ。カーナビにだってこの場所が目的地だって表示されたんだから」

 「じゃあ、なんで存在しない?昨日の今日で更地になる病院なんて奇妙だ。不気味だ」

 それは智沙にも十分承知した事実だった。まるで神隠し、狐につままれたような気味の悪い現象のようだと感じていた。

 「もう一つの病院もなかった。たしか救命センター」

 「その場所を以前一度でも訪れたことはあったの?」

 「ないわ…」

 「この場所を起点としてBは君に接触した。起点となったことで病院は異次元的に消滅し説明のつかない異常を生んだのだろうね。そして救命センターにいたっては君自身が認識していなかったがために歪みの間に不明確なまま存在できず現にたどり着けなかったのではないかと思う」

 「わからない。病院が消えたっていうの?」

 「これも単純に説明するとだね、Bの影響で一時的に時間軸に差ができた。時間軸ごとに病院もあったり、なかったり、するということ」

 現に過去と現在を行き来できる渕上にしか説明できない理論であろう。F&Sに関してつい昨日かじったばかりの智沙には理解してくれというほうが無理な話なのだ。

 「説明は以上でいいかな?」

 煮え切らない智沙だったが、こんなところで議論していてはもし誰かにでも見られでもしたら通報されかねない。智沙はうなずいた。

 二人は敷地の隅、智沙の記憶では駐車場の位置に立ち止まった。

 渕上はその場にしゃがみこんで土に触れた。指で土をつまんだり、手のひらで軽く触れ、乗せた。

 「ちょっと!」

 智沙の声をよそに渕上は手の土をなめた。

 「ここならいいだろう。早速、過去に遡ろう」と腕をまくりながら言った。

 「どうやって?私はまだちゃんと意識して行ったことがないのよ」

 「わからないけど…多分僕につかまっていたらいけるんじゃないの?」

 渕上のずいぶんと投げやりな言い方に智沙は呆れて言った。

 「確信もないのによく行こうなんて言えるわね」

 「僕は行こうなんて言ってないよ。君が行きたいって言ったから連れて行くだけだし、何も確信がなく連れて行こうなんても思っていない。ただ、少しギャンブル要素が強いってだけさ」

 渕上は土の付いた手を払って右手を差し伸べた。

 「ギャンブルって勝敗は?」と智沙はそっと手を差し出した。

 「勝つに90%かな」

 二人は手を握ると風もなく姿を消した。七夕の夜はまだ始まったばかりなのだ。

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