CASE.1-06

 「竹中勇哉、あなたは妻竹中未希殺害の疑いで逮捕します」

 真鍋は逮捕状を軽く見せつけると後ろ手に手錠をかけようとした。

 「はあ?俺が妻を殺害だと?お前、適当なこと言うんじゃねえ」

 暴れる竹中を無理やり二人の捜査官が取り押さえた。

 「手伝ってくださいよ」

 最初に音を上げたのは桑原であった。竹中勇哉の抵抗が意外に強く、今にも逃げ出しそうな勢いでいた。

 「倉さん、お願い」

 智沙に頼まれた倉本は無言で容疑者の両肩を背後から押さえつけた。

 「証拠を示せ」

 竹中は悶えながらも声だけは必死に張り上げた。

 真鍋は待ってましたとばかりに竹中に顔を近づけると、にやりといやらしい顔を見せつけた。

 「ないんだろ」

 顔の距離は唾が容易にかかるほどのものだ。

 真鍋は自信満々ににやけ顔をさらに際立たせて押さえつけている捜査官の一人に目を配らせた。

 「ばっちりとした証拠があるんだよ。あんまり言い逃れしようとするなら裁判で不利になるぞ」

 「はったりなど効かない。俺は無実だ」

 「渕上、証拠を提示してほしいそうだ。準備できたか?」

 「まあ、すぐに見たいというならすぐにでも出せるけど、この状況じゃあ」

 犬養班はこの時初めて渕上という男の存在を知った。

 渕上は竹中を押さえつけ、何か言わんとばかりにばつが悪そうにしていた。

 「なんだ?」

 真鍋は渕上の言いたいことが理解できていなかった。

 すでに室内には真鍋班以外に犬養班、後から来た高岡班、ほかにも関係者数人が集まってきており、オーディエンスで溢れていた。

 渕上は腕で必死に押し付けながら気づいてとばかりに顎で手許を示した。

 気が付かない真鍋はイライラし、「あ?」や「は?」と胆略的な言葉を並べた。

 「こっちは任せろよ」

 奇妙なやり取りに耐えかねた倉本が口を継いだ。

 「ありがとう」

 渕上は素直に感謝を述べると、両手を上着で拭った。そして気が利かない真鍋をにらみつけるとポケットから電子ボードを取り出した。

 「皆さんにも証拠をお見せしたほうが良いでしょう」と言うと端末機を指さし画面に向かってグルグルと輪を描き始めた。ただ顔はこちらを見ていたので、操作しているようには見えない。

 何を示しているのか読み取れなかった一同はその姿を見ているだけであった。

 「画面見て。証拠の映像が入っているから」

 そうかと各々自分の端末機を取り出し、事件捜査共有の画面から新たに上げられたであろう動画を確認した。

 智沙もこれにならって再生の準備をした。

 「単純な事件さ」

 渕上は竹中に画面を見せた。

 渕上の指示で共有するすべての端末の画像が再生を始めた。

 動画は真っ暗な空間を映し出す。渕上が動画を先送りにすると画面上が明るみを帯びていった。

 はじめのうちは訳も分からすに見ていた竹中の表情がみるみる恐怖に染まっていった。

 「これ、うちだぞ」

 「正確にはあのあたりからのここの風景」と渕上はキッチンのほうに指を向けた。指した先は冷蔵庫の天井辺りだった。

 「どういうことだ?」

 「まあ、見ててよ」渕上の口調はやわらかい。

 さらに動画を先送りにすると竹中勇哉本人が朝食を済ませ、出かけていく姿、そのあとも被害者である奥さんが家事をこなしている姿へと続く。画面上の時刻が10時を過ぎたところで早送りを止めた。

 「ここであなたは家に帰ってきた」

 画面上の竹中勇哉が不気味な様相でこのリビングにやってきてどっかりとソファーに座った。高圧的な姿はつい先ほど抵抗して見せたそれ以上に傲慢な印象を与える。

 「会社を抜け出したのね」と智沙は口を出した。

 「そのようだね。まあ、僕らに言った証言にうそをついたからにはそれなりの理由があってのことだろう。あとは言わないでもわかるだろうけど」

 取り押さえられていた竹中は苦々しい表情で黙っている。

 「ですが、容疑者にはアリバイがありました。それもどこにも抜け目のないような完璧なものです」

 「それは…君たちで解決できるんじゃないか?」と碓井の単純な疑問を簡単にあしらってみせた。

 「アリバイ自体が嘘ってことですか…」

 渕上は両肩を上げて見せた。具体的に返答したくないようでもあった。

 画面上の竹中未希が焦った様子で玄関へと向かおうとしていた。夫の様子が怖かったのであろうことは画面越しでもうかがえた。

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